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148 皇帝オーガ5

「さて、雑魚は片付けたからいよいよメインの料理だね♪」


 さくらの周囲には彼女に向けて殺到し、華々しく玉砕を遂げた高ランクのオーガたちが横たわっていた。さくらが身体レベルを最大に引き上げたために少しでも接触したら最後、オーガたちは成す術無く吹き飛ばされて即死している。これなら止めを刺す必要も無い。


 後方をチラリと見ると獣人たちがその場で祈りを捧げている姿が目に入る。さくらは彼らの祈りの対象が自分である事など気付きもせずに『戦いの場で一体何やっているんだろう?』と首を捻った。彼女にとってはたったこのくらいの戦いで崇められるなど思いも寄らない。


『まあ、神様だしいいか』


 理由がわからないので自分の中に居る神様に責任を押し付けて、さくらは最大の標的の皇帝オーガに向き直る。


 彼女の目に映る皇帝オーガは怒りに震えていた。森の支配権を手にするのを目前に、まさか手勢が全滅するとは思ってもみなかった。その原因たるドラゴンを攻め立てようとした時に突然目の前に現れた小さな存在、それが取り巻きの精鋭をあっという間に全滅させたのだ。


 皇帝オーガの瞳に映るさくらは、どう見ても小さくて弱々しい存在のはず。それがあろう事か恐ろしいまでの戦いぶりを見せ付けた。オーガの思考は単純で『大きい=強い、小さい=弱い』が基本となっている。それ故に他の個体の倍近くの4メートルにも及ぶ巨体の皇帝オーガにとっては、小さいものが強いと自らの存在意義を脅かされる事になるのだ。したがってこの魔物は群れが全滅したことよりも存在意義を否定されたことにより強い怒りを覚えていた。



 そんな皇帝オーガが怒りの炎を燃やす中、さくらは悠然とその前に足を進める。その目は強そうな獲物を前にしてキラキラだ。


「うほほー、地竜とどっちが強いかな? こんな楽しいのは久しぶりだね!」


 まったく物怖じというものを知らないさくらは、皇帝オーガといえどもただのお楽しみのひとつにしか見ていない。少しは手を煩わす強さであってくれと願いながら悠然と踏み込むタイミングを計っている。


「オ前ハ何者ダ?」


 突如皇帝オーガの口から怒りに満ちた言葉が辺り一帯に響く。その大音響は森の草木を震わせて多くの木の葉が舞った。


 一方のさくらは自分の周りをキョロキョロしている。誰に対しての質問かまったく理解していなかった。


「オ前ハ何者ダト聞イテイル」


 さくらの態度にさらに怒りを増した皇帝オーガは彼女に指を突きつけて大音響を発した。先程よりももっと多くの木の葉が舞い落ちていく。


「何だ私のことか、それならそうと早く言ってよね!」


 さくらは巨大な指を突きつけられてようやく自分に対する問いかけだと理解した。その態度に皇帝オーガはますます怒りを募らせている。彼女は魔物を怒らせる天才のようだ。というか、初対面の者は大抵さくらの態度に面食らう方が当然といえよう。話を聞いていないことにかけては右に出る者が居ない天才だから。


「ふふふ、私の事が聞きたいんだね! 何を隠そう私こそがついさっき獣人の王様になったさくらちゃんだ!」


 小さな胸を張って答えるが『ついさっき』では王様としての威厳もあった物ではない。どこかで百円玉でも拾ったかのような軽さしか感じない。


「獣人ノ王ダト! ハッハッハ、笑ワセルナ! 我ノ餌タル獣ノ分際デ笑止ナコトダ。オ前モコノ場デ食ッテヤル」


 その大きく尖った牙を剥き出しにして大笑いする皇帝オーガにさくらはかなりムカッとした。


「まったく、今から遣られる分際で態度が大きいんだよ! 魔物は魔物らしく素直に私に殺されなさい」


 珍しくその口から挑発的な声が漏れる。そしてさくらは言い終わった後で拳を構えて思いっきり踏み込んだ。


 突然のさくらの攻撃がどうやら見えていた皇帝オーガは武器の大剣を持った反対の手を握り締めて上から振り下ろすようにさくらに合わせて突き出していく。


「ガシャーーーーン!!」


 空気を切り裂きながら高速で放たれた2つの拳が金属音のような激しい高音を響かせて、衝撃波が四方に飛び散る。両者が激突した地面はさながらクレーターのように陥没していた。


 と同時にさくらの体が衝撃に負けて後方に飛んでいく。皇帝オーガはその場に仁王立ちのままで立っていた。


 さくらはというと百メートル以上吹き飛ばされてゴロゴロと地面を転がってようやく止まったが、その体はまったく動く気配が無い。


「王様が・・・・・・」


 その光景を目撃した獣人たちは挙って息を呑んだ。見た事も無いような速さで両者が近付いて、その直後にさくらの小さな姿が遠くに吹き飛ばされた。彼らの所にはその直後に大音響と衝撃波がやって来たが、十分に離れていたので直接の影響は無い。


 だがそれよりも彼らにとって衝撃だったのは、あれ程の強さを見せていたさくらが一撃で吹き飛ばされて動かないことだった。心配そうにその行方を見守る者、中にはさくらを何とか助けようと彼女の元に駆け出すために立ち上がろうとした者も居る。


 だが獣人たちが動く前にさくらはむくりと立ち上がった。その体は僅かに震えている。


 彼女はダメージで震えているわけではなかった。この世界にやって来て初めて魔物とまともにぶつかって弾き飛ばされた屈辱に震えていたのだった。


「あー、腹が立つ!」


 思わず口から自分の不甲斐なさを責める声が漏れた。さくらはこの世界で今までに何度か負けた事がある。最初はドワーフの鍛冶屋との腕相撲だった。あの時はふざけ半分だったので、大して気にも留めなかった。二度目は橘との対戦の時、あの時も何度も吹き飛ばされたが自分と互角の橘が相手なのでむしろ戦いが楽しかった。


 だが今回はまったく違っている。自信を持って放った拳の打ち合いで負けたのだ。拳の速度ではさくらが勝っていたが、重さは皇帝オーガが圧倒していた。体重が軽いさくらはその運動エネルギーに負けて飛ばされたのだった。無傷で立ち上がったのは本来持っている高い防御力と身体強化のおかげだ。


 彼女が立ち上がってどうやら無事とわかると獣人たちはホッと胸を撫で下ろす。せっかくの彼らの希望の光がここで費える心配があったのだ。獣人たちは一斉にさくらの加勢をしようと皇帝オーガに向かって突撃を始める。


「動くな!」


 だが彼らが走り出した矢先に、絶対の命令を含んだ厳しい声が飛んだ。さくらが彼らの動きを止めたのだった。


「前に出るな、もっと後ろに下がっていろ」


 普段の陽気さとは違う彼女の本気の声に気圧された獣人たちがすごすごと後ろに下がる。


『危ない、危ない・・・・・・獣人たちに獲物を取られるところだったよ! それにあのくらい下がっていた方が巻き込む心配もないし』


 さくらはこの戦いを誰にも邪魔されたくなかった。だから咄嗟に厳しい声を出したが、獣人たちが離れるのを確認したらいつものさくらに戻っっている。


『さて、力押しが利かないとなるとこれはいよいよ本気を出さないといけないみたいだね』


 さくらは身体強化を解くとほんの一瞬精神を集中した。彼女は皇帝オーガを見据えて自らの心を研ぎ澄ます。静かな水面の如くにどこにも力を入れずにゆっくりと敵の前に戻って来た。


「フン、弱イ者ノ分際デワザワザヤラレニ戻ッテクルトハ良イ度胸ダ。望ミ通リニオ前ヲ喰ラッテヤロウ」


 皇帝オーガは先程さくらに打ち勝ったこともあって余裕の構えだ。むしろさくらに勝った後で遠くに控えているドラゴンをどうやって始末しようかと考えている。


 対するさくらは無言のままで半身の体勢で両腕を軽く胸の高さに構えつつ、皇帝オーガの出方を伺っている。


 そのまま両者の睨み合いは数瞬続くのだった。


次の投稿は日曜日の予定です。

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