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147 皇帝オーガ4

 バハムートに街の守りを任せて前進を開始した獣人たち、その先頭を悠然と歩くさくらのウサミミが彼らの目に頼もしく映る。残ったオーガたちが待ち構えている所まではおよそ1キロ、数が減ったために1箇所に固まって動こうとはしない。


 少しずつ前進していた獣人たちの行軍が一旦停止する。先頭を進むさくらが止まったためだ。


「すっかり忘れていたよ! 今から作戦を話すからよく聞いていてね。後ろ半分の人たちはここから散開してまだ息があるオーガたちに止めを刺してちょうだい。残りは5人一組になって1体のオーガに当たること。勝手に一人で飛び掛っちゃダメだよ!」


 いつも一人で勝手に獲物に飛び掛っていく自分の事は棚に上げて配下の獣人たちに指示を出すさくら、だが彼女が作戦を考えるとは驚きだ。いつも行き当たりばったりで、強引に突破するのが彼女の持ち味なのに一体どうしたことだろう? 何か悪いものでも食べたのではないか。


 そんな心配をよそに獣人たちはさくらの指示通りにある者は倒れて動けないオーガに止めを刺して回り、ある者は近くの仲間と役割分担を相談している。彼らにとってさくらの指示は何を置いても最優先で絶対に守るべき事項だった。ことに獣人には血の気の多い者が居て彼らは一人で突進しがちなのだが、さくらの言い付けを守ってチームを組んでいる。




 それとは対照的なのが皇帝オーガが率いる陣地だ。これまで破竹の勢いで獣人たちに襲い掛かり多くの集落を滅ぼしてきた。目の前にあるウッドテールの街を滅ぼせばもうこの森は手に入ったも同然なのに、突然空から遣って来たドラゴンに次々に兵力を削られて今残っているのは周囲に控えている500体ばかりになっている。


「オノレ、邪魔ダテスルナラバ容赦はシナイ!」


 皇帝オーガは苛立っていた。ドラゴンに向けて一斉攻撃を仕掛けようとした矢先に、獣人たちがこちらに向かってくる様子がその目に捉えられたのだ。


「貧弱ナ連中ガイクラ束ニナッテカカッテコヨウト、我ノ敵デハナイ」


 数は減っても皇帝オーガはまだ自信を持っていた。この戦いで倒れたのは殆どが普通のオーガたちで、自分の回りに居る300体のオーガジェネラルや20体のオーガキングたちは無事だった。


「迎エ撃テ!」


 皇帝の指示を受けた5体のオーガキングに率いられたジェネラルを中心とする200体が前進する。手には獣人たちから奪った槍や剣を持って敵を蹴散らそうと迫る。


「うほほー! あっちからやってきたよ! これは歓迎してやらなければいけないよね! みんな私が適当に蹴散らすからあとは頼んだよ」


 さくらはオーガたちが動き出した方向に走り出す。走りながら身体強化をかけて体全体から真っ赤な魔力が吹き上がる。その弾丸のような速度に獣人たちは取り残されるが、さくらはお構い無しに300メートルの距離を一気に詰めてオーガの隊列に殴り込みをかける。


 一人で飛び出していった王を心配して獣人たちが後を追うが、いくら身体能力が高い彼らもさくらの速度に追いつく筈もなくはるか手前でさくらが隊列に突っ込んでいく様子を目にした。


「そんなばかな・・・・・・」


「ありえない・・・・・・」


 信じられない様子で立ち止まった獣人たちが目にしたのは、さくらが触れたオーガが空に高々と吹き飛ばされていく信じられない光景だった。赤い光がオーガの真ん中に突っ込んだと思ったら、その周囲の何体かが吹き飛ばされて地面に激突して呻いている。そして急激に方向を変えたその光は隊列を横断してほぼ全てのオーガを10秒もかからずに地面に這い蹲らせていた。


「それー! 一気にやっちゃうよー!」


 さくらの前にオーガの巨体が立ち塞がるが、そんなものは彼女にとって何の障害物にもならない。勢いに任せてどんどん跳ね飛ばしていく。隊列は大混乱に陥り、さくらによる蹂躙はほんのわずかな時間で終了した。その場に立っているオーガは一体も居ない完膚無きまでの一方的な蹂躙劇だった。


「なんだ、こいつら雑魚だね! この程度だったら帝国の訓練兵たちのほうがもっと歯応えがあったよ!」


 さくらは余りに呆気無く終わってしまった事に腰に手を当てて憤慨している。だが彼女の勘違いは未だに直っていないようだ。帝国兵を鍛えていた頃に比べて彼女の攻撃力その他は10倍に跳ね上がっているのだ。神様に昇格した効果などすっかり頭から抜け落ちていたさくらは、この場で全力の6割くらいの力を出していた。その結果がこれである。わざわざ拳を出すまでも無く、体のどこかか触れただけで吹き飛ばすというほとんど無敵状態だ。



「ウゴガガガガーーーーーー!!!!」


 一帯に皇帝オーガの咆哮がこだました。獣人を軽く蹴散らすつもりが飛び出してきた小さな存在に何も出来ないまま送り出した部隊が殲滅された怒りの咆哮だった。だがこの声を聞いたオーガたちの体から一斉に魔力が吹き上がる。それはさくらと同じ真っ赤な魔力だったが、さくらの鮮やかな赤に対してオーガたちがまとうのはドス黒い血の色を濃くしたような赤だった。


『血の咆哮』皇帝オーガだけが成し得る、群れ全体の個体の生命力と魔力を全て闘争本能と攻撃力に変換して敵に向かっていく最大の切り札だ。もちろん生命力すら犠牲にしているので戦いの後で群れのオーがたちは全員死ぬ。そんな奥の手を使うほどに皇帝オーガの怒りは頂点に達していた。それは同時に追い詰められているという証でもある。


「ほう、あれに対してさくらはどうするか見ものだな」


 離れた所で戦いの様子を見つめているバハムートは独り言のようにつぶやく。それはさくらの力が一体どこまで到達しているのかを知るよい試験材料でもあった。興味の光がこもった眼で身動ぎせずに戦いの行方を見つめるバハムート。


「ほほう、敵も何か仕掛けてきたね。ここはひとつ慎重に行こうかな。おーい、ここに居る倒れているやつらの止めは任せるよー!」


 後方の獣人たちに呼びかけたさくらは身体強化のレベルをもう一段引き上げる。橘との戦いで最高レベルまで引き上げた事はあったが、魔物を相手にしてここまで自分の力を引き上げた記憶は無かった。それだけさくらにも敵が並々ならぬ覚悟で向かってくるとわかっている。


 闘争本能のままにさくら目掛けて一斉に襲い掛かるオーガたち、その目にはもはや狂気が宿っている。元々オーガは闘争本能が旺盛で、獲物を見つけて貪り喰らう事しか考えていないのだが、それが完全なバーサーカーに変貌しているのだ。その数300体、さらに中にはオーガキングすら混ざっているとんでもない集団だった。


「ちょっと数が多いな、どうせ雑魚だし減らしておくか!」


 さくらはそんな恐ろしい集団を目の前にして全く動じろ様子が無い。冷静に擲弾筒を構えて迫撃砲モードで射出していく。


「ドーン」


「ドーン」


 6秒間に1発放たれる広範囲に死を撒き散らす魔弾が迫り来るオーガたちに着弾すると、大きな爆発音とともにまとめて何十体も吹き飛ばしていく。吹き飛ばされたオーガは即死したものは殆ど居なかったが、あるのものは右腕を失い、あるものは片足を失って倒れこんでいる。それでも何とか立ち上がってさくらに迫ろうとする。立ち上がれないものは這って前に進む。それは地獄の亡者が群がっているような恐ろしい光景だ。だが、そんなオーガたちの足掻きは長くは続かない。爆発によって受けた傷口からどんどん生命力が流れ出しているのだ。切り札だった『血の咆哮』が返って仇となっている。


「これで半分くらいになったね。じゃあ行きますか!」


 さくらは地面を蹴ってダッシュする。それは明らかに先程よりも早く鋭くなっていた。走りながら倒れているオーガをピョンピョン飛び越えて、まだ無事な後方の群れに自分から突っ込んでいく。


 まずは先頭のオーガに軽く右手のストレートを入れてみる。さくらの手に先程よりはズッシリとした手応えが残ったが、オーガは腹に大穴を空けて崩れ去った。


「うん、さっきよりもいい手応えだね。これならちょっとは楽しめそうだよ」


 相手がどんな状態でもさくらからすればオーガは所詮オーガに過ぎない。軽いサンドバッグが少し重たいものに変わった程度だ。何しろこの世界に来たばかりの頃はゴブリンだと思い込んでいた相手だ。余りに格が違い過ぎた。


 後方でさくらの驚くべき戦い振りを見ていた獣人たちは、瞬く間にオーガの群れを片付けていくさくらにある者は飽きれて、ある者は感動し、ある者は賞賛の言葉を浴びせている。それほど彼らにとってはさくらの戦い方が異様に映った。その異様な戦い振りを見た彼らが共通して抱くのは畏敬の念という言葉が最も適しているだろう。先程のバハムートといいさくらといい、とにかくそれは『神々の戦い』というレベルのものを見せ付けられた驚きで、彼らの心は大きく揺さぶられていた。


「我らの王は神が遣わしたに違いない!」


 獣人の一人が言い出すと周囲は皆『そうだ、そうに違いない!』と同調した。本当の神様自身がそこに居るとは知らずにさくらを崇め始める獣人たち。さっきまで戦場だったこの場に動いているオーガはもう居ない。前方からさくらを超えてやってくるオーガも皆無だ。


 神に等しい王に向かっていつの間にかその場で獣人全員が跪いて心からの祈りを捧げ始めていた。


 

次の投稿は木曜日か金曜日の予定です。

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