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146 皇帝オーガ3

 さくらはバハムートの背中から眼下の街を見渡してオーガの様子を観察している。街が襲われている以上は闇雲に突っ込んでいくのではなく、最も街に被害を出さない方法を考えていた。さくらの頭はこと戦いになると非常によく回るのだ。


「ムーちゃん、押し寄せてくる連中のど真ん中に思いっきりブレスを撃っちゃって!」


 彼女は決断していた。さすがにこれだけの数の大群を食い止めるには、バハムートの協力を得る必要があると。本来ならば単独で突っ込んですべてをその手で撃破したいところだが、その間にも街の被害が広がってしまう。


「承知した、景気良くやってやろうではないか」


 バハムートは体内の魔力を集め始める。それはほんの一瞬のタメに過ぎない。神龍の恐るべき魔力があっという間に体内でエネルギーに変換されて、白銀の光の奔流がその口から吐き出される。


「ゴォーーーーーーーー」


 たった1発のブレスで攻め寄せていたオーガの群れのど真ん中に直径100メートル近い大穴が開いた。もちろんそこに居た筈の何百体ものオーガは蒸発している。


「うほほー、さすがムーちゃんだね! 今度はあの穴の手前にもう1発お願い」


 さくらの指示通りにバハムートは2発目のブレスを放つ。当然先ほどと同じように数百体に及ぶオーガを消滅しながら地面に大穴を開けた。


「ムーちゃん、サンキュー! あの手前の穴に降りてやって来るヤツらを始末して。私は柵に取り付いている連中を片付けてくるよ」


「任せろ!」


 バハムートは指示された場所にその巨体に似合わない程軽々と着陸する。そこは穴というよりはクレーターと呼んだ方が相応しいような深さ5メートル程に抉れた地面だったが、着陸地点としては十分な広さがある上オーガたちはそこを迂回しなければならないので侵攻の妨げともなっている。


「ムーちゃんは穴の手前でオーガたちを近づけないようにしていて」


 地面に降り立ったバハムートの背中から一声掛けて飛び降りたさくらは、一気に柵の方向にオーガたちを蹴散らしながら駆け出す。まるで無人の荒野を走っているような速度で、立ち塞がるオーガはその体の一部でも触れた途端に遥か彼方へ吹き飛んでいった。 


 獣人たちが急ごしらえで作り上げた最も外側の柵に取り付いたさくらは、そこに居るオーガを排除しながら柵の中に進入する。そこから獣人たちが死守している3番目の柵との間にはすでに300体以上のオーガが入り込んでいた。


 擲弾筒を構えてマシンガンモードに合わせて、さくらはそのオーガに魔弾の雨を降らせていく。彼女に近づいて襲い掛かろうとした連中を軽く足蹴にして擲弾筒を乱射しながら内側の柵目掛けて進む。オーガたちはさくらにいいように遣られながらも次から次へと襲い掛かってくる。それは生存本能を無視したある種の鬼気迫る特攻だった。


 さくらがいいようにオーガを蹴散らしている頃、バハムートの周囲は夥しいオーガが取り囲んでいる。普段ならドラゴンを見かけると我先に逃げ出す連中が、神龍に対して恐れを抱かずに立ち向かっているのだった。


「まったく厄介極まりないヤツらだ。エンペラーオーガの能力によって恐怖を忘れた戦士になっておる。ある程度集まったところで一まとめに片付けようとするか」


 オーガたちは手にした石斧や棍棒でバハムートの体を必死に叩いているが、その程度の攻撃など蚊に刺されたほども影響が無いバハムートは何もしないでオーガたちが集まるのを待っていた。そして頃合も良しと判断したところで急に尾をしならせながらその場を一回りする。たったそれだけの事で周囲に居た大量のオーガはブルドーザーが通った跡のようにきれいさっぱりと消えてなくなった。ある者は勢いに跳ね飛ばされて、またある者はその巨大な尾に押し潰されてその命を散らしていった。それでもオーガたちは再びバハムートの下に集まってくる。それはもはや死ぬ順番待ちをするための儀式を行う集まりに過ぎなかった。


「それそれそれー!」


 さくらはついに獣人たちが立て篭もる柵の間際まで辿り着いた。これまでは魔弾が獣人たちに当たらないように街の方向には発砲していなかったが、ここまで来れば何の遠慮も要らない。清々しいほど全開で魔弾をばら撒いていく。すでに柵内に入り込んだオーガの半分以上は倒れており、生き残った連中に容赦無く死を撒き散らしながら彼女は引き続きオーガの排除を進めていく。


 その様子を目の当たりにした獣人たちは見知らぬ少女が突然現れて街の防衛のために戦っている様を見て『助かった!』と胸を撫で下ろす者と『あれは一体誰だ?』といぶかしむ者が半々だった。それまで圧倒的に攻め立めていたオーガたちの圧力が急激に弱まったと思ったら、その少女の左手から放たれる魔弾によってなす術も無くオーガたちが倒れていく光景が目の前で繰り広げられていく。


 そして彼らは気がついた。少女が魔弾を放つ方向を変えるたびに頭の上についているウサミミがピョコピョコと向きを変えている。


「まさか!」


 その反応は他の獣人たちの村の者たちとまったく変わらなかった。絶体絶命の危機に瀕したウッドテールに突然現れてドラゴンとともにオーガを滅する存在、その姿は神がこの世に使わした獣人の王に他ならないとその場に居る全員が確信した。


 獣人たちの思いをよそに柵の中のオーガたちをすっかり片付けたさくらは彼らに向き直る。


「みんな、王様のさくらちゃんが来たからもう安心だよ! 今のうちに怪我人の手当てをして、手が空いている人は私と一緒に皇帝オーガの所まで攻め込むぞー!」


「ウオオオオーーーーーーー!!」


 獣人たちの間に途轍もない規模の雄叫びが上がった。大声を上げながら彼らは全員が魂を震わせている。長年待ち侘びた王がこんな危機の最中に現れて自分に付いて来いと言っているのだ。さっきまで防戦一方だったことなどすっかり忘れて、動ける者たちは武器を取り直して柵の外に続々と出て行く。


 オーガたちが皇帝が現れた影響でレベルが2倍になっているのだったら、こっちは王様が現れて勇気100倍だ。犠牲になった多くの仲間の無念を晴らそうとさくらを先頭に残ったオーガの群れを目指して進んでいく。


「あー、ムーちゃん、聞こえますか?」


「どうした、さくらよ?」


「今から獣人たちと一緒に皇帝オーガの所に攻め込むから間違えて踏み潰さないでね」


「承知した、気をつけて行くのだぞ」


 街に侵入しようとするオーガの対処はバハムートに任せて、さくらはまだ戦える獣人約5千人を率いて堂々と進軍しようという考えだ。目障りに立ちはだかるオーガは悉くさくらの餌食になって散っていく。その有様を見た付き従う獣人たちは自らの王のその強大な力を肌で感じていた。何しろ自分たちがあれだけ苦労してやっと一体倒すオーガを軽く放った拳ひとつで簡単に倒していくのだ。そのあまりの強さに沸き返る獣人たち、もうすでに勝ったような気でいる者も現れる始末だ。


「油断はしないで! 喜ぶのは敵が全滅してからにしなさい!」


 さくらが言う通りでこの場に居るオーガの半分近くを倒してはいるが、まだ3000体近い無事な連中が控えている。決して危機が去ったわけではなかった。さくらの一声で沸き返っていた獣人たちが新と静まり返る。


「ムーちゃん、両翼の連中に1発ずつブレスをお見舞いして!」


 さくらはバハムートが立ちはだかる位置まで前進して、敵陣の様子を観察して指示を出す。さくらにしては珍しくここは数を減らす安全策をとった。自分ひとりだったら大した危険ではないが、彼女としては獣人たちに危険が及ぶのは避けたかった。


「承知した」


 さくらの指示通りにバハムートは遠慮なしのブレスを吐き出す。ご丁寧に首を左右に動かしてかなり広い範囲の敵を消し去ってくれた。今日のバハムートはサービス精神が旺盛なようだ。固定砲台と化したバハムート、味方にとってはこれほど頼もしい存在は無いが、逆に敵にとっては悪夢のような存在だろう。バハムートは神龍だから魔物を滅ぼすのは当然の措置だ。むしろ神様の命令で忙しくしていたせいで、皇帝オーガなどという災厄級の魔物の発生に気がつかなかったというのは彼にとっては失態だった。それを取り返す意味でもいつに無く張り切っている。


「おお、ムーちゃん、ずいぶん派手に遣ったね! これで残りは約500ってところかな。どうやらあの真ん中に居るでかいヤツが皇帝オーガみたいだね」


 獣人たちがバハムートのブレスの威力に唖然としている中でさくらは冷静に分析をして最善の攻略法を考えている。繰り返すがこと戦いにおいてはさくらはバカではないのだ。


 さくらの目に映るそのシルエットは通常のオーガの倍以上の巨体を誇り、大勢の親衛隊に囲まれて陣の中央で仁王立ちしてこちらを睨み付けているようだ。その姿は遠目で見てもなるほど皇帝というネーミングがぴったりと来る威風堂々とした感がある。


「でも所詮は魔物、頭が悪いから作戦とかは立てていないみたいだね」


 さくらに『頭が悪い』と断じられた気の毒な皇帝オーガだが、確かに彼女が言う通りで数を10分の1にされても何ら策を講じるわけでも無く、ひたすら無謀な突進を繰り返しているだけだった。


「よし、ムーちゃん、ここは任せた! 私が討ち取ってくるよ!」


 意を決して付き従う獣人たちに向かって『前進!』の号令を掛けるさくらだった。 




 

次回の投稿は火曜日の予定です。

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