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145 皇帝オーガ2

 さくらは集落を襲ったオーガの群れをたちどころに殲滅した後、周辺に残っているいくつかの小さな群れをきれいさっぱり片付け終えて考え込んでいる。


『うーん、どうやらこの辺にはもうヤツらは居ないみたいだし、もう一度空から探したほうがいいのかな? でもフーちゃんは村の守りで動かせないし、いっその事もう一人誰か呼んじゃおうか!』


 どうやら彼女の中で結論が出たらしい。


「もしもーし! 誰か暇な人は居ませんか!」


 念話でドラゴンたちに呼びかけるさくらの頭の中に再び重低音が響く。


「今日はいつになく忙しないぞ! さくらよ一体どうしたというのだ?」


「あちゃー! 寄りによってムーちゃんが出てきちゃったよ!」


 さくらは神龍バハムートに向かってあからさまに失礼なことを言い放ちながら渋い表情をしている。実は彼女はこの場にバハムートを呼び出すのは避けたかったのだ。その理由は獲物を独り占めしたいという彼女の単なる我侭につきる。


「む! 我に向かって『出てきちゃった』とはどのような意味だ? さすがに温厚な我でも事と次第によってはそなたと色々と話し合わねばならぬぞ!」


 誰からも恐れられて敬われるのが当たり前のバハムートにとっては余程心外だったらしい。言葉の端々に不満な様子が伺える・・・・・・というよりも思いっきり憤慨している。


「えー、せっかく一人で思う存分オーガを狩ろうと思っていたのにムーちゃんが来ちゃったら獲物が減るじゃん! 特に皇帝オーガっていうヤツは絶対私一人で仕留めるつもりだったんだから!」


「ちょっと待て! そなたは今一人なのか?」


 バハムートは腹を立てたことを一時横に置いて、それよりももっと大事な話に気がついたようだ。


「そうだよ。一人で狩を楽しんでいるんだからムーちゃんには絶対に邪魔されたくないんだよ!」


 獣人たちの王になって彼らを守るために戦っているなどという気持ちはさくらには更々無い。彼女の場合はあくまでも自己都合で戦っている。それも危険な事にたった一人で・・・・・・これは彼女が一人で魔物を相手にするのが危険だからという訳では断じてない。元哉や橘といった歯止めがない状況でさくらを野放しにしたために周辺環境への被害が危惧されるという意味での『危険』の事だ。


「よいかさくらよ、今すぐに我を呼び出すのだ。とにかくすぐにその場に我を呼び出すのだぞ、よいな!」


 バハムートは普段の重々しい口調とは打って変わってかなり慌てている様子だ。自分が監視していないとさくら一人ではどんな無茶を仕出かすか分からないと、本気で焦っている。バハムート自身が飛んでいける距離ならば自ら押しかけていくが、大急ぎで飛行しても丸一日以上たっぷりかかるし、そもそもさくらが獣人の森のどこにいるかも不明だ。何とか彼女を口説き落として呼び出してもらわないと、バハムートは動きの取りようが無かった。


「えー! ムーちゃん来るの! 約束してよ、皇帝オーガは私の獲物だって」


 あまりに慌てた様子で『呼び出せ!』を連呼するバハムートに根負けしたさくらは仕方なく条件を出した。これを認めてくれるならば呼び出すのも吝かではないというなんとも上から目線だ。


「そんな事はどうでもよい! そなたが倒して構わないから早くするのだ!」


「じゃあ少し広い所に出たら呼ぶからちょっと待ってて」


 さくらはバハムートから言質を取ったので一安心して念話を切る。せっかくの大物に心を躍らせていたのでこれだけは絶対に譲れなかった。


 その後周辺を探し回って条件に合った場所を探すと、泉が湧き出る畔にちょうど良い開けた場所を発見した。


「ここなら大丈夫だね、あっ、でも喉が渇いてきたしお腹も空いてきたからちょっと休憩にしよう♪」


 さくらは泉で喉を潤し座り易そうな切り株に腰を下ろしてアイテムボックスからサンドイッチを取り出す。これは『何かの時に食べなさい』と橘が作って持たせた物だ。食パン2斤分をたっぷりと使ったボリューム満点のサンドイッチをパクつくさくら、彼女の頭からバハムートの事はすっかり抜け落ちている。


「ごちそう様でした! やっぱりはなちゃんが作った物は何でも美味しいね。さてお腹いっぱいには程遠いけどちょっとひと寝入りするか」


 さくらはバハムートの事などすっかり忘れていつもの習慣で切り株にもたれ掛かりウトウトし始める。どこまでも果てしなくマイペースだ。


「さくらよ、どうした? まだ適した場所が見つからんのか?」


 すっかり夢心地のさくらの頭に念話の声が響く。


「んもー、うるさいなー! せっかく気持ちよく寝ていたのに誰だろう?」


 居てもたっても居られなくて呼び出されるのを待ちかねたバハムートに対してまだ寝惚けているさくらのいい加減な対応、これにはさすがのバハムートも呆れ返っている。


「そなたは寝ておるのか! 早く目を覚まして我を呼び出すのだ!」


「んん? その声はムーちゃんか! 一体何の用?」


 さすがさくらだ、食べて寝て起きたら脳内が完全にリセットされている。バハムートを呼び出す件などはるか忘却の彼方だ。


「そなたは皇帝オーガを倒しに行くのだろう。いいから早く我をそこに呼び出すのだ」


「おお! そうだった! ムーちゃん、いい事を思い出させてくれたよ! それで話があるんだけれど・・・・・・」


 当然ながらこの後で先程と同様に『皇帝オーガは自分の獲物だ』という確認を再度する羽目になったのは言うまでも無い。バハムートはさくらの呼び出しを痺れを切らしながら待っていたが、そのやり取りに体の力が抜けていくような感覚をその長い生涯で初めて感じていた。


「じゃあ呼び出そうかな。ムーちゃん、さっさとここにいらしゃーい!」


 いつものように魔法陣からバハムートが姿を現す。そしてその巨大なドラゴンは現れるなり周囲を見渡して自然が破壊されていない様子を確認してホッと一息ついた。


「さくらよ、どうやら今のところ我の心配は杞憂に過ぎなかったようだな」


「ムーちゃんも過保護だね、何の心配をしているの! あんなオーガごときに私が遣られる訳無いでしょう」


 まったく会話が噛み合っていない。バハムートが一体何を心配していたのかまったくわかっていないさくらだった。


「むう・・・・・・ まあ良いだろう。そなたはこれからどうするつもりだ?」


「何しろ森は広いからね、空から皇帝オーガの居場所を探して一気に叩くよ!」


 もう雑魚には飽きたさくらは本命の皇帝オーガと戦いたくて待ちきれない様子だ。バハムートの背中によじ登ると早速大空に舞い上がる。


「ムーちゃんは魔物の気配とか分かるの?」


「おおよその位置はもう掴んでいる。このまま真っ直ぐに進んでよいのか?」


「いいよー! 楽しみだね、早く見てみたいよ!」


 さくらの弾む声を背に受けて皇帝オーガの元に真っ直ぐ突き進むバハムートだった。




 一方その頃、ここは獣人たちの最大の集落で彼らは『ウッドテール』と呼ぶ獣人たちのいわば本拠地に当たる森に造られた大きな街がある。現在ここはオーガたちの大群に襲われて決死の覚悟で街を守ろうとする獣人たちとの間で激戦が繰り広げられていた。


「2番目の柵を放棄しろ! 奥の柵で隊列を整えろ!」


 獣人を指揮する虎人族の指揮官の声が乱戦模様を呈している戦場に響き渡る。獣人たちはこの街を守るために森中の戦士を掻き集めて幾重にも渡る厳重な守備網を築いていた。


 その影響で教国側の守りが手薄になって人族による奴隷狩りが横行していたのだが、今はそちらに構っている余裕が無いほど皇帝オーガに率いられたオーガの群れによる侵攻は激烈だった。


 ウッドテールよりも西側の集落は全て跡形も無く滅ぼされて、逃げ遅れた多くの獣人が犠牲になった。命辛々逃げる事が出来た者たちはこの街に救いを求めて何とか辿り着いていておりその数約3万、着の身着のままで逃げ出した彼らはここで保護されていたが、それも束の間いよいよウッドテールにもオーガたちは大挙して押し寄せてきた。


 5千体にも上るオーガの大群は容赦なく全てを飲み込んでいく。通常のオーガであっても獣人たちにとっては強敵だが皇帝オーガの威光で全ての個体のレベルが2倍になっており、只でさえ討伐するのに苦心するオーガが余計に強くなっていた。


 この街全体の守りを固めるために獣人たちは急遽周囲を5重の柵で囲ったが、すでに外側の2つは破られてその防壁もかなり心許なくなっている。


 材木を組んで丈夫な蔓を巻いて造り上げた臨時の柵は密集して攻め寄せるオーガを防ぎとめる事が出来ないままに、獣人たちは後退を余儀なくされている。唯一の救いはこの街を迂回した約300体のオーガがさくらによって殲滅されていた事だった。彼ら獣人たちは知る由も無いが、もしこの別働隊が街の背後から襲い掛かっていたらもうすでに此処はオーガたちに蹂躙されていた可能性が高い。


「矢は効果が無い! 柵の隙間から槍を突き立てろ!」


 指揮官は声を枯らして指示を出すが、それを嘲笑うかのようにオーガはその剛力で柵を破ろうとする。矢はその強靭な皮膚に跳ね返され余程柔らかい箇所に当たらないとオーガたちの突進を阻めない。すでに破られた柵の内側では多くの戦士たちが犠牲になっている。


 獣人たちがオーガを討ち取る有効な術を見出せないままに、刻一刻と街の中に入り込まれるのは時間の問題かと思われた時、突然それは空から遣って来た。


 西側の柵に向かって列を成して襲い掛かるオーガに向けて空から目映い光が降り注ぐ。密集していたオーガたちは突然光に包まれたかと思ったら、次の瞬間にはその体が光の中で蒸発した。声も上げぬままに跡形も無く消え去っていた。


 その光景に一体何が起きたのかと呆然としながら獣人たちは空を見上げる。そこには1体の巨大なドラゴンが大きく口を開いて今一度ブレスを吐こうとしているところだった。


  

次の投稿は土曜日の予定です。

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