144 皇帝オーガ
「フーちゃん、とりあえず森の上を飛び回ってみて」
さくらはイフリートの背に乗って上空に舞い上がっている。空からオーガを捜索しようという作戦だ。獣人たちの話によるとオーガは森の西の方から遣って来ているらしい。
一口に森と言っても東西に300キロ以上続いている広大な森だ。その西の方向という漠然とした情報しかないが、空から見渡せばその気配が察知出来るだろうという事で何か変化が無いか森の様子を探っている。
「フーちゃんは皇帝オーガってどんなやつか知っている?」
さくらの問い掛けに『出会った事は無く知らない。バハムート様ならばご存知だろう』という念話が返ってくる。
「そうか、しばらく暇だしムーちゃんに聞いてみよう。もしもしムーちゃんですか?」
ドラゴンの飛行速度でもオーガたちがいる場所は2,30分掛かる筈なので、その間何か情報が無いかとバハムートと念話を繋ぐさくら。
「どうした、さくらよ」
頭の中に重低音が響く。
「ああムーちゃん、今獣人の森に居てこれから皇帝オーガを倒しに行くんだけどどんなやつ?」
「んん? エンペラーオーガの事だな。我も何度か倒したがあれは中々強いぞ、その上多少厄介だ」
バハムートはかつて対戦した経験があるらしい。その経験を元に神龍が『厄介だ』と言っている。普通ならば恐れや警戒心を抱くのだが、さくらの目は強い相手と対戦できる喜びにキラキラだ。
「エンペラーオーが自体はそなたと契約している3体のドラゴン程度の強さだ。それはそれで厄介な相手なのだが問題は・・・・・・」
バハムートはここで一旦言葉を区切る。楽しみな情報を待っているさくらは『勿体付けるんじゃないよ!」と念話で抗議している。
「やつが居る事で群れのレベルが高くなる。ざっと2倍程になるな」
バハムートはさらっと凄い事を言った。レベルが2倍になると言うのは大変な事だ。この世界ではレベルが1上昇すると各能力が約3パーセント上昇する。レベル10の攻撃力をレベル20の攻撃力を比較すると1.3倍に過ぎないが、レベル40とレベル80を比較するとその差は3.2倍になる。つまりレベルが高い程効果が高くなっていくのだ。強い物がより強くなって立ちはだかる事になる。
「ほー、それは面白いね!」
さくらは元々計算が苦手なので細かい数字はまったく理解していないが、強い相手が出て来る事に関しては大歓迎だ。その相手を正面から打ち破ってこそ真の強者だと信じている。
「面白いでは中々済まないぞ。相当の覚悟をしないと通常は返り討ちだ。まあそなたたちの事だから問題無かろうとは思うが」
この時バハムートは大きな勘違いをしていた。まさかさくらが単独で向かっているとは思っていなかったのだ。その隣にはいつものように元哉あたりが付いていると思い込んでいた。
「ムーちゃんわかったよ! どうもありがとう」
聞きたい事を聞いたので一方的に念話を切ったさくら、これから始まるオーガ狩りに逸る心を抑え切れない。上空からの索敵を厳にして空を進んでいく。
しばらく進むと森に開けた場所が見えてきた。今までいくつかの集落が在って見た目それ程の変化が無くてスルーしてきたが、その集落は一目で大変な事態に巻き込まれている様子が伝わった。
「フーちゃん、あそこに降りて!」
さくらの命に従ってイフリートは集落の真ん中の開けた場所にフワリと舞い降りる。
「フーちゃんはオーガが村の中に入ってこないように見張っていて」
ドラゴンの巨体から飛び降りながらさくらは『承知した』と言う声を聞いてそのまま駆け出していく。すでに集落を囲う柵を破ってオーガが多数侵入している様子が上空から見て取れた。建物に隠れていた女性や子供が逃げ惑う姿も確認している。
イフリートはさくらの命令通りに前進して破られた柵に向かいその場に仁王立ちしてオーガたちを睨み付けた。さすがにドラゴンを目の前にしてオーガたちは算を乱して逃げ去っていく。
だが逃げ出したオーガよりも驚いているのは必死にその場でオーガの侵入を阻止しようと戦っていた獣人たちだった。突然空から現れた巨大なドラゴンがまるで集落を守るように仁王立ちしている。彼らはドラゴンを恐れながらも村を守るために来てくれたと歓迎していた。と言うよりもこんな非常事態で助けの手は大歓迎だった。
イフリートがオーガの侵入を食い止めている間にすでに行動を開始しているさくらは目に付いたオーガを片っ端から仕留めていく。多少力が強くなったところでさくらの前ではオーガはあくまでもオーガに過ぎない。村人を助けるのを最優先にして遠くの敵は擲弾筒で狙撃し、近くの敵は心臓目目掛けて正拳を入れていく。
程無くして侵入した20体ほどのオーがたちはすべてさくらの手によって仕留められていった。その光景を目撃した獣人たちは信じられない表情で立ち竦んでいる。
「フーちゃん、ご苦労さん。おかげで村の人たちが助かったよ!」
さくらはイフリートの元に戻ってその労をねぎらいながら背中に駆け上がっていく。そして立ち竦む村人たちを見下ろして声を上げた。
「みんな、王様のさくらちゃんが来たからもう安心だよ!」
ビシッとⅤサインをしながら元気のいい声で呼びかける。その姿を見て『もしや!』と思っていた獣人たちはいっせいに平伏した。
「挨拶は後でいいから、先に怪我をしている人を助けて! それから手が空いている人は壊れた柵の補修に取り掛かって」
矢継ぎ早に指示を出すさくらの声で獣人たちは再起動する。いそいそと動き回るその様子をドラゴンの背中で見ながら色々と指示を出すさくら、こうして見ると中々頼もしく映る。
一通り片付けが終わると村人たちは再びさくらの前に集まって来る。村長が代表してさくらの前に進み出る。
「王様、村の危機に駆けつけていただき助けていただいた事深く感謝いたします」
恭しい態度で礼を述べる村長、彼はどうやら狼人族のようだ。さくらの前に集まっている村人も狼人が多いが、その中には犬人、猫人、熊人などの姿もある。
「ああ、そんなお礼はいいから。これから私はオーガを追いかけてすぐにここを出るよ。私の代わりに見張りでフーちゃんを置いていくからね」
さくらはイフリートをこの場に置いて今度は地上からオーガたちを追いかけていく方針に切り替えていた。空からでは小さな集団を見落とす恐れがあるためだ。
「王様、せめて今日ぐらいはこの村でゆっくりしてください」
せっかく現れた王様を何とか引き止めたい村長はさくらの説得を試みようとした。
「だめ! この村が安心でもオーガが居る限り他の村が危険でしょう!」
いかにもそれらしい事を言っているが嘘である。本心は一刻も早く魔物狩りに取り掛かりたいのだ。もうオーガを追いかけたくてさくらはウズウズしていた。
「わかりました、どうかオーガたちを退治してください」
「わかった、行ってくるよ!」
そのままさくらは村を飛び出して逃げたオーガたちの後を追っていく。村はイフリートに任せておけば安心だ。
「よーし、これだけ気配が残っていれば後を追いかけるのは簡単だね!」
森の中にはオーガの足跡やなぎ倒された草木がそこら中に在る。その跡を辿って行けば逃げ出した連中はすぐ捉まる。森の中を高速で移動するさくら、およそ人が出せない速度でオーガを追いかける。
追跡する事15分、ついにさくらのレーダーに集団で立ち止まっている気配が伝わってきた。
「うほほー、居る居る! これは大豊作だね!」
気配を消してオーガたちが座り込んでいる場所に近づくさくら、視界に入る所まで近付いて木の陰から様子を伺う。オーガの殲滅はもう何度も経験しているだけに自信満々だ。
そっと様子を伺うと一際大きな個体を中心に何か相談ごとでもしているかのような様子だ。
「まずは頭を消すのが鉄則だよね」
そのまま少し離れた木に登って上から最も条件のいい狙撃位置を確かめる。擲弾筒を念のため撤甲弾モードにして照準を合わせていく。
「狙撃、今!」
小さな声に合わせて音も無く発射された魔弾はさくらの狙い通りにオーガたちの前で指示を出していた個体の頭に着弾してそのまま貫通して行った。
ドサッと大きな音を出して倒れるオーガ、その光景を真正面で見た群れは大混乱に陥っている。
「さあ、チャッチャと片付けるよ!」
マシンガンモードで魔弾をばら撒きながらオーガの群れに襲い掛かるさくらだった。
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