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143 獣人の王2

「とりあえず王様のことは置いといてみんなが心配して待っているから森に帰るよ」


 さくらの言葉に跪いていた獣人たちは頷いた。彼らも一刻も早く家族が待っている場所に帰りたかったのだ。


「馬車を扱える人は居るかな?」


 さくらの問いに大人の何人かが操縦を申し出る。彼らが御者台に乗り込んでから、それぞれの馬車に残りの獣人たちは乗り込んだ。


「フーちゃんは先に兄ちゃんたちの所に戻っててくれるかなぁ。私はこの人たちの護衛をしながら馬車で戻るから」


 さくらの言葉にイフリートは『承知した』と答えて空に羽ばたいていく。待ち合わせ場所はさっきの森の入り口だ。


「じゃあみんな、出発するからね!」


 さくらを先頭に10台の馬車の後ろに騎兵から取り上げた馬たちが続く。手綱を取っている者たちは先程まで人間に捕まって連れ去られ酷い目に会う事を覚悟していたが、一転して助け出されて家族たちの元に戻れるのでその表情は至って明るい。馬車の中の多くの子供たちは特に助けの手を差し伸べてくれたのが王様だったことに歓喜して、馬車の僅かな隙間から覗いた戦いぶりを口々に話し合っていた。


 草原に残っている轍の跡を辿って行けば間違いなく元の場所に戻れる筈だが、念のためさくらの横には猫人の女性が道案内役で座っている。彼女は偶然にもさくらが最初に助け出した幼い姉妹の母親で、二人が無事で居るとさくらから聞いて涙を流して喜んでいた。


 彼女の話によると獣人が住む森の一帯は帝国と教国の境に在って、どちらに所属するか曖昧なために今まで両国とも相手を不必要に刺激しないように手を出さずにいた。それがここ最近になって急に教国の兵士が遣って来て住民を奴隷にするために連れ去りだしたらしい。おそらくは10万人以上の兵力を損耗した教国の人手不足の穴を埋めるために彼らを連れ去ろうとしていたのだろう。


 その上獣人の森は教国の脅威だけではなく別の問題も抱えているそうだ。母親は詳しいことを話さなかったが、森全体が差し迫った危機に陥っているらしい。


 そんな話をしながら安全第一で1時間近く馬車を走らせると、遠くに佇んでいるドラゴンの姿が見えてくる。


「みんなもうすぐ着くよ!」


 さくらの言葉に気持ちが逸る獣人たち、まさかこんなに早くこの場所に戻ってこれるとは思っていなかった。



 遠くからこちらに向かってくる様子を見つけたターシャとアーシャの姉妹は馬車に向かって思いっきり手を振っている。目がいい獣人には先頭の馬車にさくらと母親が座っているのがはっきりと分かっていた。


 馬車が到着して降りてきた母親に抱きついて喜び合う姉妹、彼女たちだけではなく森に隠れていた獣人たちが戻ってきた家族を迎えに出てそこら中で再会を喜び合う声がこだまする。


 ひとしきり喜び合っていた彼らはようやく落ち着きを取り戻し、全員がさくらの前に集まって跪いて頭を垂れる。森に隠れていた者たちも助け出された家族から事情を聞いて、救いの手を差し伸べたのが王様であると耳にしていた。彼らは平伏さんばかりの勢いでさくらに対してお礼と歓迎の言葉を口にする。


「兄ちゃん、何で私が王様なの?」


 相変わらずさくらはまったく事情が飲み込めていなかった。


「だってお前獣神だろう。王様くらいやってやれよ!」


 元哉はさくらの頭で理解出来るように思いっきり端折った説明をする。このくらい簡単にしないとさくらは話が耳から抜けてしまうのだ。


「あっそうか! 言われてみればそうだよね! はなちゃんだって大魔王なんだし、私が王様でもいいんだよね」


 さくらはあっさりと納得した。この世界の全ての獣を統べる獣王でもあったので、獣人から慕われるのは当たり前だと納得する。彼女に覇王の予言など面倒なことは話しても忘れるからこれでいいのだ。


「えー皆さん、私が王様のさくらちゃんです!」


 さくららしいまったく気取らない挨拶だが、それを聞いた獣人たちは目を見開いて感動している。彼らは200年間自らを率いる王が現れるのを待っていたのだ。そしてその王が現れて最初にやった仕事が捕らわれた仲間を助け出すという、誰が見ても感動する話だった。さくらの前にいる獣人たちは身も心も全てさくらに捧げる決心をしている。


「王様、お待ちしていました!」


「ありがとうございます!」


「神様に感謝します!」


 などの声を皆が口にしている。彼らは気が付いていない。目の前に居るのは王様を飛び越えて本当の神様だということを。


「ところでちょっと聞いたんだけれど、この森で何か困ったことが起きているらしいね」


 さくらの話にそこに居る者たちが一斉に顔を見合わせる。彼らは現れたばかりの王様がこの話を聞いて去ってしまう事を何よりも恐れていた。


「とても困ったことが起きています。王様の力で何とかならないでしょうか」


 一人の男が意を決して進み出た。彼はどうやら今まで集落をまとめる立場にあった者らしい。


「何を困っているの?」


 さくらは獣人たちの躊躇いなど一向に構う事無く尋ねる。人に気を使うなどさくらにとっては異次元の世界のお話だ。そんな事に構っていたらご飯が不味くなる。


「はい、この森に潜んでいた魔物が最近になって急に勢力を拡大して我々の手に負えなくなってきました」


 魔物と聞いてさくらの目が光る。彼女の大好物が向こうから遣って来たのだ。


「ほほう、それは面白そうだね! どんな魔物でも私に任せなさい!」


 さくらの力強い言葉を聞いてホッと一安心の男、だが彼はその魔物の正体を明かす事をまだ躊躇っている。何しろ相手が相手だ、『それは無理』と断られる可能性が高いのだ。


「それがこの森には何百年かに一度皇帝オーガが現れます。そのあまりに強大な力に我らは成す術が無く、すでに森に在った集落の4分の1が壊滅しました」


 無念そうに答える男の表情に関係なくさくらはホクホクしている。どうやら久し振りに強そうな魔物が登場したのだ。この機会を見逃したらいつ出会えるか分からない。


「ヨッシャー! 任せなさい! ああそうだ、ちょっと兄ちゃんと相談するから待っててね」


 さくらは元哉たちに向き直る。


「兄ちゃん、魔物も面白いんだけど、話によると千人近くの獣人が街に連れて行かれているらしいんだよ。どっちを優先すればいいかな?」


 さくらはこの話を聞き出した経緯を元哉に詳しく話す。獣人たちを早く助けないと他の街に移送されたら取り返すのが困難になる。かと言って皇帝オーガも放って置けない問題だ。


「そうだな、獣人を取り返すのに街に忍び込むのは夜のほうがいいだろうから俺とロージーに任せろ。お前は魔物退治に専念するといい」


 元哉の協力が得られれば怖いもの無しだ。獣人の救出は二人に任せるとさくらは了承する。


「えー、話がまとまりました。捕まった人たちの救出は私の兄ちゃんとロージーがやってくれます。私はこれから森に入って早速その皇帝オーガとやらを退治します」


 さくらにしては珍しく長い話をした。こうして話すとどうやら王様っぽい。


「本当ですか!」


 さくらの話を聞いて事情を説明した男は信じられない思いだ。普通皇帝オーガと聞くと誰もが尻込みするのに目の前の王は自信を持って『任せろ!』と言ったばかりでなく、連れ去られた人々の救出までやると言っている。相手がどのくらい強大な敵なのか分かっていないのではないかと逆に不安になる。


 だがさくらの雄姿を垣間見た子供たちは彼女を心から信じていた。


「王様はものすごく強いんだ! 人間の兵隊なんか一捻りだったぞ!」


 大人はそれを最初は子供の言うことだから話半分に聞いていたが、よくよく考えればさくらはドラゴンを連れているではないか。あのような巨大なドラゴンを従えているのは何よりもの力の証と次第に考えを改めるようになっていった。


「王様、我等も力を合わせて戦います。どうかこの森に平和を取り戻してください」


 そんな獣人たちの切なる願いもさくらにとっては二の次だ。まだ見ぬ獲物に心を躍らせてこれから始まる戦いを思い浮かべてにんまりとしていた。


 


 

次の投稿は火曜日です。

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