138 ワイバーン狩り
「うほほー、これは面白いね!」
さくらは大空に舞い上がったワイバーンの背中で颯爽と宙を飛びながら大喜びをしている。
彼女が普段乗っているドラゴンたちは安定感抜群で気流や横風の影響を全く受けずに飛行するのだが、体の小さなワイバーンの場合はそうはいかない。うまくバランスをとってやらないと最悪の場合失速してしまうのだ。
分かり易く例えるとドラゴンたちは高級車で、ワイバーンはじゃじゃ馬なバイクといった感じだろうか。とにかく安定して飛行する事に気を遣わなければならないので操縦が難しいのだ。
だが運動神経抜群のさくらはそのコツをすぐに掴んで、ドラゴンには不可能なアクロバティックな曲芸飛行もどきを楽しんでいる。くるくると旋回するその飛行曲線に合わせて手綱を操作していけば、確かに教国が飛竜師団を作っていたように空中戦も可能だ。
さくらは楽しさに夢中になっている内に、ワイバーンの方が疲れてきたようなので竜人の里に帰還する。機動性はいいが、航続距離はドラゴンたちに比べてはるかに短いのが難点といえよう。それでも地上を旅するよりも比較にならない程早く移動できるのは間違いない。
30分くらいで元の場所に降り立ったワイバーンとさくら。
「ただいま、すごく楽しかったよ!」
完璧に乗りこなして満足した様子だが、ワイバーンの方はかなり無茶な扱いを受けてヘトヘトになっていた。
「この短い時間で一体どうすればここまでワイバーンが疲れ切るのですか!」
戻るのを待っていた里長は目を丸くしている。
「うん、面白いからくるくる回ってみた!」
事も無げにさくらは言うが、超高等技術をいきなり使いこなしたという事に全く気が付いていない。この程度は出来て当たり前と思っているのがさくらだ。
「そうですか、さすが獣神様です。おおそうだ、あちらに歓迎の宴をご用意いたしましたのでどうぞいっぱいお食べください」
宴と聞いてさくらの目が光る。ちょうどお腹も空いてきたいい頃合だ。
「せっかく用意してくれたんだからね、いっぱい食べちゃうよ!」
そのまま会場に突入したさくらはその食欲に目を丸くしている竜人たちを尻目に、旺盛な食欲を発揮して食べまくった。
「うほほー、久しぶりの和食だよ! いくらでも入っちゃうよー!」
目の前に並べられた煮物や川魚の塩焼き、魔物の肉の味噌焼き、お浸しに漬物、大盛りのご飯に味噌汁などを心行くまで堪能するさくらの姿があった。決して豪華ではないが、自然のもたらす深い味わいに敵うものは無い。その上日本人に馴染みが深い味噌や醤油で味付けされているから、さくらのお腹が断る理由が無かった。
「獣神様は我らのもてなしにご満足されていらっしゃるようだ」
今回の宴の準備を担当した竜人の一人はその様子を見てホッと胸を撫で下ろしていた。さくらの場合は大抵の料理に満足するのだが、今回は特別美味しく頂いている。
「ムーちゃん、竜人の里はいい所だね!」
「さくらよ、そなたも気に入ったようだな。ここはこの世界でもっとも平和で美しい場所だ」
バハムートの念話に素直に頷けるさくらだった。それだけここは居心地が良くてまるで日本に居るような錯覚すら覚えてしまう。
散々にもてなされたさくらは里長の家で1泊して、翌朝里の者たちが総出で見送る中バハムートの背に乗って飛び立った。
「ムーちゃん、とりあえずワイバーンを捕まえたいんだけどどこに居るのかな?」
さくらのマジックバッグに作り変えられたリュックには大量のお饅頭が詰め込まれている。もうこれだけで竜人の里に来た意味があるのだが、肝心な事がまだ残っているとさくらの頭は辛うじて覚えていた。
「うむ、奴らは大体小さな山の麓に巣を作る習性がある。少し探してみるか」
バハムートはコースを変えてそれらしき所に向かっていく。一口に小さな山といっても色々あるからそこはバハムートに任せるしかない。
「あの辺りが怪しいな。一つ下りてみようとするか」
山の麓の一部が誰かの手で開かれたようなあからさまに怪しい様子を見てバハムートはそこに降り立つ。そしてその予想は正しくて、卵を抱えたワイバーンが怯えた様子でこちらを見ている。
「ムーちゃん、話は通じるの?」
「あれは我の話を理解する程の知能も無い愚かな者だが、脅し付ければ言う事を聞く筈だ」
バハムートの言葉にさくらはしめしめとと言う表情をしている。恐れる様子も無くその背中からワイバーンの目の前に飛び降りる。ワイバーンの方はバハムートも恐ろしいが目の前に立っている少女もドラゴンと同等に危険な存在だと直感した。
「ここで殺されるか私に仕えるか好きな方を選べってムーちゃん通訳して」
「承知した」
バハムートは無言でワイバーンを睨み付ける。その眼光の凄まじさにワイバーンは一溜まりも無く地面にひれ伏した。
「これでこやつは使役獣となったぞ。そなたの命に従うはずだ」
この流れはさくらの思惑通りだ。バハムートの威光と自らの力で捻じ伏せれば、使役する事が可能だろうと予想していたのだ。さくらにしては滅多に無い閃きが功を奏している。
「じゃあ付いてくるように言って。ああ卵は私が預かっておくよ」
さくらは卵を受け取ってリュックにしまいこんだ。大事に育てれば竜人の里のように飼い慣らすことが出来る。
こうしてさくらは5体のワイバーンを捕まえて使役獣にするとともに7個の卵を手に入れた。
「このくらいいればはなちゃんも満足するかな。よし戻ろうとするか」
再び大空に飛び立つさくら。だがしばらく飛んでいるとおかしな事に気が付いた。
「ムーちゃん、ワイバーンってあんまり長く飛べないんじゃないの?」
「我がこやつらに魔力を流しているからな、我の魔力に引っ張られるようにして飛んでいるから非力なこやつらも我と同じように飛べるのだ」
なるほどとさくらは理解する。竜人の里では30分しか持たなかったが、こうしてバハムートの魔力に包まれて飛行すると航続距離を稼げるのだ。
「私が放出した魔力でも大丈夫かなー?」
「もちろんだ、我ら龍族は翼に魔力を投射する事によって空を飛んでいる。誰の魔力であってもそれは構わないのだ」
これはいい事を聞いたとさくらは思った。たとえば橘が魔力を放出し続ければワイバーンはずっと飛んでいられるのだ。元哉のアホみたいな量の魔力では墜落してしまうだろうが。
ワイバーン狩りを終えて帰路に付く一団、ちょうど地竜の森の上空でさくらはそれを見つけた。
「ムーちゃん、ついでだからあれも捕まえていこうよ!」
「あんな物を捕まえるのか? そなたが言うのなら仕方ない、承知した」
空中で鉤爪を伸ばし飛行している物体をガシッと捕まえるバハムート、そのまま何事も無いように飛行し続ける。
「ただいまー」
お使いを無事に済ませたさくらの声が空からネタニヤの街に響く。住民たちはさすがに慣れてきたのでもう驚きはしない。ただ今回はドラゴンが何やら連れている光景がいつもと違うなという感想しか持たなかった。
そのまま橘が滞在している宿泊施設の前に降り立っていく。行きと違って大所帯が無事に着陸をした。
「さくらちゃん、お疲れ様でした。リクエスト通りワイバーンを連れてきてくれたのはいいんだけど1体変なのが混ざっていない?」
迎えに出た橘の指摘通り5体のワイバーンに紛れてそこには1体の翼竜が居る。名前は翼竜だが地竜の森の上空を飛んでいたプテラノドンにそっくりな姿のやつだ。龍の仲間ではなく魔物に属する種で、その体はワイバーンよりも一回り大きく翼を広げると25メートルほどになる。
「目の前を飛んでいたから捕まえてきちゃった。でもこれはワイバーンよりも安定して飛べるらしいから運動神経が無いはなちゃんでもきっと大丈夫だよ」
さくらは竜人の里で試し乗りをした時に、運動神経ゼロの橘には乗りこなせないだろうという危惧を抱いた。だからわざわざバハムートに翼竜を生け捕りにしてもらってここまで連れてきたのだ。すでに使役獣にする契約は済ませており実際にさくらは試乗もしている。これなら鈍い橘でも何とかなるだろうという手応えをすでに得ている。
「そ、そうなの。ワイバーンって乗るのが難しいんだ」
橘は自らの運動神経の無さを自覚しており乗り易い方が良いとは思っているが、それにしても翼竜に乗る羽目になるとは思ってもみなかった。
「いいじゃん、魔物に乗っている方が大魔王らしいよ」
さくらのフォローは橘の心を深く抉るだけだった。
「ヤッホー! さくらだよ! 竜人の里は本当にいい所で楽しかったよ。お土産もたくさんもらったしね。また今度ムーちゃんに連れて行ってもらうよ。これからみんなに竜人の里饅頭を配って回らないといけないから忙しいよ! 次の投稿は金曜日の予定です」