135 新ネタニヤ砦
街の門を抜けて整然と隊列を組んだ部隊がネタニヤに入場していく。彼らは脇目も振らずに中央の大通りを進み、そのまま反対側の門の外に出て行った。
「外に出て何をするつもりだ?」
その様子を不安そうに見ていた住民がヒソヒソとささやき合う。大魔王の代理を名乗る者が安全を保障していたが、いざその目で魔族の部隊が進軍するところを見ると誰しもが不安に思ってしまうのだった。
「全軍停止!」
メルドスの号令に合わせてピタリと歩を止める部隊、彼はその行軍の中程を進む馬車に駆け寄る。
「大魔王様、この辺りでよろしいでしょうか?」
掛けられた声を合図に馬車のドアが開いて、中から乗員が出てきた。元哉を先頭にディーナ、橘、さくらの順に馬車を降りてくる。
「そうね、ここで大丈夫よ。巻き込まれると危険だから全体をもう少し後ろに下がらせて」
橘の指示通りに部隊全員が100メートル程後方に下がっていく。
「じゃあ始めましょう。コンストラクション!」
橘の一言で門の外の土が隆起を開始して、あっという間に塀の外側に沿って巨大な要塞が出来上がる。彼女が以前アライン渓谷に造り上げた物に比べると二周りほど小さな造りだが、これは収容人数の違いだ。何かあれば橘が直々に大魔王としての力を行使するので、最大でも5000人程度の人員で十分だった。
このような光景は橘の魔力を散々見てきたルトの民にとってはごく当たり前に思われるのだが、初めて目にした街の住民たちは大騒ぎだ。
「いきなり塀の外側にでかい建物が出来たぞ!」
「あれは一体何の建物だ!」
元哉によって予告はされたいたものの、実際に目にすると驚かない方がおかしい。その馬鹿げた魔力とともに大魔王の恐ろしさを再び実感する住民たちだった。
橘は元哉たちを引き連れて内部に入り込み、補強部分の確認や部屋の壁などを更に造りこんでいく。
「こんな物でいいでしょう。後は内部を整えればすぐに住めるようになるわね」
この要塞はメルドスの部隊が今後長期間に渡って駐屯する西ガザル地方の守りの要となる。戦略上多くの兵士を置く必要が無くなったガラリエの街とガザル砦に居た兵士たちが後から補充でやって来てメルドスの指揮下に入る予定だ。
元哉は大量にしまっておいた生活必需品をアイテムボックスから取り出して、兵士たちに部屋に運び込むように手筈を整える。内装などはネタニヤの住民を雇って整えていく予定だ。
「後はみんなに任せましょう」
そう言って橘は外に出た。砦の外に宿泊施設を用意してそこでしばしの休憩時間にする。
橘お付のメイドが早速お茶の準備を開始してのんびりとティータイムだ。今までソフィアが橘の面倒を色々と焼いてくれていたのだが、彼女は魔道具の製作で忙しくなってその暇がなくなった。だったらと橘は自分で食事やお茶の準備をしていたのだが、それを見かけた魔王城に仕える者が『大魔王様に食事の支度などさせられない』と半ば無理やりに3人もメイドを付けたのだった。
書類仕事に追われてせっかくの息抜きに料理を楽しんでいた橘は、その息抜きすら奪われて死んだ魚のような目になっていたが、彼女のためにいそいそと働いてくれるメイドたちを追い出すわけにもいかずに、されるがままになっていた。
「元くん、これからどうするつもりなの?」
ティーカップを置いた橘が元哉に尋ねる。さくらはいつものように自分の前に置かれた山盛りのお菓子に夢中だ。
「そうだな、しばらくはここで教国の動きを監視しないとならなそうだ。さくらに頼んで上空から彼らの首都も見てみたいと思っている」
どうやらしばらく彼はここに腰を落ち着けようと考えている。橘としては一緒に王都に戻ってもらいたいのだが、せっかく勝ち取った西ガザル地方が安定するまでは元哉がこの地に居た方が安心できる事くらい理解していた。
「そうね、さくらちゃんには連絡役として頑張ってもらうわ。私も暇を見つけてここに来たいし」
自分が話題になっているにも拘らずさくらは一切話を聞いていない。彼女にとっては今目の前にあるお菓子こそが世界の全てだった。
「私はどうしましょう?」
ディーナは自分はどうするべきか判断がつかなかった。西ガザル地方攻略の責任者として目的を達成したので、この後どうするのか橘に方針を確認する。
「ディーナは私と一緒に王都に戻ってまた書類仕事よ」
一気にディーナの目が死に至った。またあのクソ忙しい日々に忙殺されるのかと思うと体中から力が抜けていく。
「元哉さーん、どこか攻略する所はありませんか!?」
「今のところ無いな」
無情な元哉の返事にガックリと項垂れるしかないディーナだった。
「あのー、私はどうしましょうか?」
今まで話に加わっていなかったロージーが口を開く。
「んん! ロジちゃんはここに残って私の訓練相手だよ!」
ここでさくらはちょうど山盛りのお菓子を食べ終えていた。そして偶然ロージーの話が耳に飛び込んできたのだ。せっかく捕まえたおもちゃをそう易々と手放すさくらではない。
「私はこっちですか?!」
縋る様な目で元哉を見るロージーだが、元哉はいいんじゃないかという顔をしている。
ロージーの目も無残に死亡宣告された。
「それから元くんとさくらちゃんにお願いがあるんだけれど」
二人は一体何事かという表情で橘を見る。
「ほら、前教国がワイバーンの部隊を編成していたでしょう。この国は余裕が無いからあんなに沢山は要らないんだけど、街との連絡用とかに10体くらい手に入らないかと思って。それに私がドラゴンに乗せてもらって移動する時この子達は馬車で移動じゃ効率も悪いし」
橘はメイドたちの方を見る。彼女たちは今回橘がエミリヤ砦に移動した時わざわざ一足早く馬車で城を出て、ガザル砦で待機していたのだった。そんな姿を見かねた橘の思い遣りだ。
「わかった、ムーちゃんに聞いてみるよ!」
さくらは二つ返事で引き受ける。
「もしもしムーちゃん、聞こえますか?」
「何の用だ、獣神さくらよ!」
さくらだけに聞こえる念話が彼女の頭の中に響く。この場合頭の良し悪しは関係無い。
「繋がったよ! いつもながら高性能だね! ああ、それでね、ムーちゃんはワイバーンを捕まえて乗り物にする方法って知っている?」
「何だ、そなたならばいつでも我らを呼び出せるであろう」
一体何を言っているんだこいつは! という疑問を含んだバハムートの声が響く。
「私じゃなくてほかの人が乗るんだよ。はなちゃんたちが使いたいんだって」
「なるほど、そういう話ならば解らんでは無いな。我が眷属の竜人たちがあのトカゲどもを使役している。やつらならばその方法を知っているだろう」
さすがバハムート、神龍だけあって何でも良く知っている。
「うほほー! ムーちゃん! 竜人といえばあの竜人の里だね! すぐ連れて行ってよ!」
「すぐという訳にはいかん! 我もそれなりに忙しい。ふむ、5日後に我を呼び出せ、その日ならばそなたを連れて行ってやろう」
「わかった、5日後だね! じゃあまたね」
どうやら話はまとまったようだ。
「はなちゃん、5日後に竜人の里に行ってくるからもうしばらく待って」
「さくらちゃん、ありがとう。少し出発を延ばすわ」
魔王城に戻れば山のように積み上がった書類を片付けなければならない橘はつかの間の休息を延長して、その間たっぷりと元哉に甘える決心をするのだった。
「こんにちは、ディーナです。ようやく街を手中に収めてホッとするのも束の間、また王都に戻って書類との格闘を言い渡されてしまいました。こうなったら意地でも今回のご褒美に元哉さんとお風呂に入ってみせます。絶対に入ります! 次回の投稿は金曜日の予定です、久しぶりのお風呂タイムですから皆さんお楽しみに」