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134 ネタニヤ平定

 翌日の昼過ぎに、元哉は一人でネタニヤの街へと向かった。


 いきなりメルドスたちの部隊を街に侵入させるのは只でさえ怯えている住民たちの恐怖をさらに募らせるので、一応人の姿をしている元哉が橘の代理で街の支配を伝達する役割だった。彼は見た目は人だが、その中身はメルドスたちの部隊を軽くあしらう事が可能な恐ろしい存在であるとは知らない住民たちはいい面の皮だが。


 街の入り口の門はまだ硬く閉じられているが、この程度は元哉の障害にはならない。右手で軽く掌打を放つと内側のかんぬきが簡単に折れて門は開いた。


 門を抜けて街の内部に入り込むと住民の姿は全く無くて、一見無人の街のようにも見える。橘の勧告通り兵士たちはすでに立ち去った後のようで、誰も彼に向かってくる様子が無い。


 街の中心に向かって歩いていくと元々は砦として造られていたが現在は街を治める行政機関と思しき建物が見えてくる。元哉は躊躇う事無く中に足を踏み入れると、そこには彼の予想通り数人の人間が残って残務の整理をしていた。


「お前たちは逃げないのか?」


 元哉が彼らに近づいて声を掛けると意外な答えが返ってくる。


「我々はこの街以外に行く場所が無い。教国は原則としてその街から他所の街に転居出来ない仕組みになっている。もしこの規則を破ると即座に奴隷として取り扱われてしまうので、いっその事殺されるのを覚悟でこの場に残った方がマシなのさ」


 元哉が新ヘブル王国の使者だという事に気が付かない下っ端の官吏の様な男は書類に目を通しながら答えた。彼の話を聞いて元哉はどこかの社会主義を標榜する独裁国のような政治体制だなと思ったが顔には出さない。


「そうか、お前のように逃げなかった者たちは多いのか?」


「ああ、半分以上は残っている筈だ」


 ぶっきらぼうな返事が返ってくるが、その答えは元哉の予想以上の好内容だった。あれだけ派手に脅かしたにも拘らず、半分以上の住民が残っていれば街の再建はそれほど困難ではない。むしろ行く当てが無くてここに留まった者たちは生きるために必死になって王国のために働かざるを得ない。その待遇を良くしてやれば、彼らは積極的に大魔王に協力する可能性が高い。


「そうか、ではお前たちで残った住民を広場に集めてくれ。これから大魔王の統治の基本方針を布告する。出来れば住民全員が聞いておいた方が望ましい」


 元哉の言葉に男は手にしていた書類を落として、呆然とした表情で彼を見る。てっきり自分と同じようにこの街に残ることを選択した住民だと思っていたのが、どうやらそうではないらしいという事が彼には理解出来た。


「あ、あんたは魔族の手の者なのか?」


「ああ、大魔王の代理でここに来ている。別に捕って食おうと言う訳ではないから安心しろ」


 これは大変な事になったという表情で元哉を見つめる男だが、どうやら乱暴な行為をされる心配はなさそうだと判断した。


「俺だけではなくて街の者たちにも乱暴な事をしないのか?」


 不安そうな目で問いかける男、だが目の前に立っている元哉からは一向に危険な気配は伝わってこない。


「当たり前だろう、大魔王はこの街の住民たちを新たな国民として自分の国に迎えるつもりだ。これから国民になる者に対して無益な暴力を振るう意味があるのか?」


 元哉の話は筋が通っていると男が理解した。だが彼の心の中には魔族に対する拭い難い不信と恐怖が植え付けられている。


「だが、魔族というのは人族の敵の筈だ。それが一体何故?」


「教国は魔族は敵という古い考え方に固執しすぎているだけだ。現在帝国では魔族も人も一緒に暮らしている。時代は変わったのだ」


 確かに帝国は魔族を人として扱っている話は聞いている。先日の戦争は人族に対する裏切りをした帝国を滅ぼして人間全体が団結して魔族に対抗しようという目的だったのは教国の全国民が知っている。


「しかし昨日大魔王はドラゴンまで呼び出してこの街を襲おうとしたではないか」


 なおも執拗に抗議をする男、どうやら本能に近いレベルまで魔族は敵という話が浸透しているのだと元哉は判断する。


「あれはただの脅しだ。もし反抗する場合は恐ろしい目に遭うぞという大魔王の力の一端を示しただけだ。それともお前は本気でドラゴンたちがこの街に襲い掛かる事を望んでいるのか」


 元哉は少々目に力を込めて問いかけた。その視線は気の弱い者ならば十分に気を失うレベルだ。


「そんな事は望んではいない。では本当に我々を国民として扱ってくれるんだな」


 これが大魔王の代理を名乗る者の恐ろしさなのだという事を男は理解した。だが自分と街の住民のためになけなしの勇気を振り絞って返事をする。これ以上は元哉の視線に逆らえない、むしろここまで面と向かって元哉と話が出来た男の胆力を褒めたいところだ。


「さっきからそう言っているだろう。お前たちは西ガザル地方の中ならば自由に暮らしてよいという昨日の大魔王直々の話を聞いていなかったのか?」


「俄かには信じ難いが確かに昨日大魔王はそう言っていた。どうやら本当に信じていいらしいな」


 ようやく男の心の中にあった頑迷な抵抗が消え去り、この街を平和裏に支配しようとする橘の意図が伝わった。ここまでくればしめた物だ。


「この内容を住民たち全体の前で伝えたい。早く彼らの不安を取り除きたいからな」


 元哉は一枚の書類を男に手渡し、内容を確認するように伝えた。


「これは・・・・・・」


 書類に目を通した男の手がかすかに震えている。その内容は教国の統治に比べて遥かに自由で住民たちが生活しやすい内容だった。あまつさえ、街の代表者を住民の選挙で選んでよいとまで書かれている。この内容に異存などあるわけが無い。


 男の手によって庁内に居た官吏たち全員が集まって手筈を整えて街中に呼びかけが開始される。その呼びかけに応じてまだオズオズとした態度ながら、多くの住民たちが広場に集まってきた。その大半は魔族たちによって処刑されるのではないかという不安に染まっている。


「始めてくれ」


 元哉は住民たちの前に立ってはいるものの、統治の基本方針の説明を先程の男に任せていた。彼は手にした書類を拡声の魔法を使って住民に伝える。


「この街を支配される大魔王様の寛大なる御心を皆様にお伝えします。この街は本日から新へブル王国の管轄となりました。この街を統治するに当たって大魔王様は住民全てを新たな国民として迎え入れます」


 最初の一文を聞いた住民たちはポカーンとしている。何しろ昨日は街中を恐怖にどん底に突き落とした大魔王だ。それが急に国民として迎えるとは一体どういう事か理解が追いつかない。


「住民はこの街と西ガザル地方で自由に暮らしてよいという寛大な沙汰です」


 さらに分かりやすい説明に住民たちは明らかに安堵の表情を浮かべる。その後当面は教国との交流は閉ざされるが、帝国とは自由に交易が可能な事や今までよりも遥かに民主的な統治の原則が発表されていく。


 それを聞いて住民たちの表情は次第に歓喜に包まれていく。彼らのようにこの世界の下々の者は誰が統治者でも構わないのだ。要はそれによって自分の生活がどう変わるかが肝心であって、それが良い方向に変わるのであれば手放しで喜ぶ。特に彼らにとっては税率が大幅に下がる事が最大の歓迎材料だった。


 統治についての説明が終わってから元哉が最後に前に出る。


「大魔王の代理の者だ。これからこの街を守る部隊が街に入るが、彼らは住民に理由無く暴力を振るう事を固く禁止されているから恐れる必要は無い。それからこの街の教国側に部隊の拠点となる砦を今日中に造り上げるから驚かないように。大魔王の力をもってすれば、この程度は簡単な事だと分かってもらえれば助かる」


 短い話を終えて元哉は後ろに下がる。


「この街の行政に関してはお前たちを中心に必要な人材を募ってくれ。後は任せる」


 あまりにも大雑把な指示を残して、元哉は部隊を率いるために一旦街の外に出て行くのだった。

 


 

「ヤッホー! さくらだよ! 今回はムーちゃんたちがノリノリで派手に街の人たちを脅かしたから心配だったけど、兄ちゃんがうまく説得して無事に街を手に入れられて良かったよ! さすが私の兄ちゃんだね。次回は皆で街に入ってこの後どうするかというお話になると思うよ。水曜日の投稿予定だからよろしくね! もしかしたら久しぶりのあのシーンが・・・・・・」

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