132 ネタニヤ攻略作戦
「こ、これを私が言うの・・・・・・」
橘はディーナから手渡されて文書を見て言葉を失っている。その手はどうやら微かに震えているようだった。
現在、ネタニヤ砦と街の攻略のための会議が開かれている最中の出来事だった。
ディーナに計画を丸投げした橘は、その文書に書かれている余りにも中二病的な内容に、これを4万人の前で口にしなければならないという役割に頭を抱えていた。
「何を言っているのですか! 橘様は大魔王らしくしっかりと決めていただかなければなりません!」
ディーナは『大魔王』の所を殊更強調して橘に伝える。この恥ずかしい台詞の数々は元哉とイチャイチャする事に気もソゾロで、大事な仕事を丸投げされたディーナのちょっとした仕返しでもあった。彼女は大まかな案が決まってからその場に居合わせたさくらとロージーに相談して、橘が精神的に大ダメージを受けるような恥ずかしい台詞の数々を並べ立てていた。
「そ、それにしてもこれは・・・・・・ 幾ら何でも遣り過ぎじゃないの」
抗議する橘はディーナに丸投げした負い目のせいでいつもよりも声のトーンが心なしか弱い。縋る様な目で元哉を見るが、彼は何の反応もしない。どうやらディーナの案に肯定の意思を示しているようだ。
ガックリと項垂れながら退路が断たれた事を自覚する橘。
「分かったわ。この案でいきましょう」
自分の台詞以外のディーナの案は街を無傷で手に入れるプランとして橘の予想以上にパーフェクトな出来だった。これだけの作戦を考え出したディーナに感心するしかない。
「それでは5日後に決行という予定で進めます。皆さんよろしいでしょうか?」
ディーナは出席している全員を見回すと、さくらが思い出したように手を挙げる。
「ディナちゃん、それがね・・・・・・」
「ええー! それは大事ですね! ではこの部分を修正してこれでどうでしょうか?」
さくらが言い出した思いがけない変更点にディーナは慌ててプランを修正する。
「うん、これで大丈夫じゃないかな! 派手にやりたいからね!」
「それでは明日の朝に出発しますので、皆さん準備を進めてください」
この言葉で作戦の最終会議が終了して、各自は自分の持ち場に戻っていく。
今回街を占領する主力のメルドスの部隊と特殊旅団の半数は早速出発の準備を開始するためだ。
さくらは嫌がるロージーの手を引いて朝の鍛錬に出掛けて行って、その場に残ったのは元哉、橘、ディーナの3人だった。
「それにしてもよくこんな作戦を思いついたな」
元哉はディーナに感心している。橘は頬杖を付いてため息をあげるだけだった。
「はい、ロージーさんとさくらちゃんのおかげです」
ディーナが橘の無茶振りに頭を抱えていた時、二人の何気ない言葉で閃いた今回の作戦だった。手柄を独り占めしないで二人のおかげと主張するところがいかにもディーナらしい。
「これが上手くいけば本当に戦う事無く街一つを手に入れられる。この際橘が多少恥ずかしい思いをする事など些細な問題だ」
「私に味方は居ないの!」
元哉にまで裏切られて呆然とする橘だった。
5日後、ネタニヤの街が見える所まで進軍した新ヘブル王国軍は矢の届かない位置に布陣して攻撃の意思を見せる。
対する教国側の兵は街の門を硬く閉ざして、これを迎え撃つ態度を示している。すでに農村部から逃げ出した一部の者たちから魔族が侵攻したという話は伝わっているはずだが、ここから見て兵力を増強した様子は無い。おそらく侵攻する速度が早過ぎて準備が間に合わなかったのだろう。
「抗戦する意思はあるようだけど、何処まで持つのかしら」
橘はその様子を見て余りに手薄なその守備陣に同情を隠せない。もっとも今回のディーナの策ならばたとえ10万人が守っていても無駄なような気はするが。
「そろそろ開始しよう。さくら、始めるぞ!」
魔法通信で後方に待機するさくらに開始の指示を出す元哉。
「兄ちゃん、了解! 始めるよ!」
明るい声でさくらの返信が帰ってくる。
「さて、始めようか」
さくらは魔力を解放して巨大な魔法陣を展開する。
「それではムーちゃん! 出てきてください!」
例によってその巨大な魔法陣からバハムートの巨体が現れてくる。
「獣神さくらよ! 久しいな」
重々しい声が響くが、神龍を前にしてもさくらはいつもとまったく態度が変わらない。
「まったくムーちゃんも暇なんだね。わざわざこんなつまらない事に首を突っ込んだりしなくていいのに!」
「暇ではないぞ! だが、我の仕える神でない邪神を崇める人族に目に物を見せるよい機会だからな」
さくらの言う通りで最初は赤、青、黄のどれか一体の龍を呼び出すつもりだったのだが、遠話を聞き付けたバハムートが『我が直々に神罰を下してやる』と申し出て、それを機に我も我もと3体の龍たちも参加を希望して合計4体が今回の作戦に駆けつけるとんでもない事態になっていた。
「まあ、賑やかで派手な方がいいから構わないけどね」
さくらは気心の知れた仲間たちなので特段大した事無い様子で気楽に考えているが、これから4体のドラゴンに包囲される街の者はたまったものではないだろう。
「ムーちゃん、ちょっと待っていてね。みんな出てきてちょうだい!」
もう一度放った魔力で今度は3体まとめて呼び出すさくら、ここまで来るとその力は本当に神の領域だ。
「みんなご苦労さん、私の後に付いて来ればいいからね。脅かすだけだから暴れちゃダメだよ!」
一応注意事項を伝えると『了解した!』という返事が返ってくる。さくらはバハムートの背中に乗って号令をかける。
「では出発! 目標はネタニヤの街!」
4体の巨大なドラゴンはふわりと浮かび上がってバハムートを先頭に街に向かって飛び出した。
「どうやら来たようだな」
遠くの空に大きな影が飛んでいる姿を発見した元哉がつぶやく。彼の声に同時にそちらの方に顔を向けて作戦の準備を開始する橘とディーナだった。
「おい! あれは一体なんだ?」
ネタニヤの街の門の上で魔族の来襲に備えて見張りをしていた兵士は大きな叫び声を上げる。最初は黒い影にしか映らなかったものが、次第に近づくにつれてその輪郭がはっきりとしてくる。
「まさか・・・・・・」
「そんな・・・・・・」
「終わりだ・・・・・・」
兵士の間に絶望が広がった。魔族に備えて守りを固めていた矢先にあろう事かドラゴンまでやって来たのだ。
この世界での最強の生物であるドラゴンに襲われたら、たとえ相手が一体でも国の一つや二つは簡単に滅ぼされる。それが4体もまとめてやって来たその光景を見て戦意を保てる者は一人も居なかった。兵士たちは次々とその場に膝を付いて武器を手放す。彼らに出来るのはもはや無事にドラゴンが去る事を祈るしかなかった。
兵士たちよりも大きな衝撃を受けたのは街の住民たちだった。彼らは口々に『ドラゴンだー!』と叫びながら、反対側の門に殺到する。その姿は算を乱すなど生易しいほどの恐慌振りだった。泣き叫んでいる者はまだマシな方だ。力の無い者はしゃがみこみ呆然とするしかない。
「フーちゃんとグーちゃんはあっちの門の前に降りて。ルーちゃんは手前の門だよ」
さくらの指示でイフリートとジグムントは街の教国に繋がる門の前にふわりと降り立ち、ヘルムートは新ヘブル王国の兵士が布陣している地点の手前に着陸した。
これで街はその出入り口を全てドラゴンによって塞がれた格好になる。逃げ出そうとして門に向かっていた群衆はそれを見て足を止めた。誰が好き好んでドラゴンが待ち受ける方向に行きたいものか。
逃げ出す事も出来ず、戦う事は無意味な程の強大な相手に包囲されて、頭上にはさらに巨大な黄金龍が旋回している。住民たちにとってはこの世の終わりさながらの光景が展開していた。
「こんにちは、ディーナです。今回私がプランを立てた作戦が始まりました。うまくいくか不安だったんですが、始まってしまえばもう勢いに任せるしかありませんよね。次回はいよいよ街を手に入れるために橘様が出陣します。どうぞお楽しみに! 投稿は土曜日の予定です」