131 大魔王の無茶振り
しばらく王都に篭もっていた橘が久しぶりに元哉たちの所にやって来ます。どんな無茶振りをするのでしょうか・・・・・・
評価とブックマークありがとうございました。
「兄ちゃん、ただいま!」
上空からさくらの魔道具によって拡声された声が駐屯地に響き渡る。
西ガザル地方のおよそ半分を手中に収めた時点で、当初の予定通りにさくらはドラゴンに乗って王都まで出向き、残るネタニヤ砦攻略のために橘を連れて戻ってきたところだ。
大魔王直々の登場に侵攻軍の士気は嫌が上でも盛り上がっている。当然橘に拾われて命を救われた者たちが多いので、その忠誠心は絶大なものがあった。
「大魔王様、バンザーイ!」
地上に降りてきたドラゴンの前に整列して、兵士たちは自らの主を出迎える。元哉とさくらの手によって完全に洗脳済みという言い方も可能であるが、彼らは兵士としての教養も一通り学習しており『大魔王と国民に奉仕する事』が骨の髄まで植え付けられているのだった。
その彼らを隅から隅まで見渡して頷きながら橘はドラゴンの背から降りてくる。兵士たちは直立不動ながらも心ここに在らずといった様子だ。
「元くん、ここまでずいぶん順調に来たわね。ディーナもご苦労さんでした」
「橘様、ここまでこれたのは何もかも元哉さんとさくらちゃんのおかげです。それに比べて私のやった事は本当にちっぽけです」
ディーナは謙遜ではなくて心から思っていた事を橘に伝えた。だがその言葉を橘は諭すように否定する。
「ディーナ、戦争というのは最前線に居る者だけが行うわけではないのよ。後方でその戦いを支える働きがあってこそ、兵士たちは後ろを心配しないで戦闘に集中できるの。国を取りまとめる立場にある者はたとえどこに居ても戦場の兵士たちを支える責任があるという事をよく覚えておきなさい」
橘は支配者の心構えとして当然の事を教えようとしていた。今回の侵攻で2つの砦を落とすにあたって、裏方で装備や食料の確保に尽力したのはディーナだった。彼女の目に見えない働きが実際に兵力の運用に大きな貢献をしていたのは事実だ。
橘はその事について直接褒めるのではなく、後から考えて自分の仕事の重要性に気がつくようにわざと説教くさく話をした。これをどう受け取るかはディーナ次第だ。場合によっては元哉あたりに意見を求めるかもしれないが、それはそれで彼から何らかのためになる話を得られる筈だと考えている。
「橘、ご苦労だったな。王都の方は変わりないか?」
「ええ元くん、少しは政策を実行するスタッフも集まりだして以前よりは大分ましになったわ」
久しぶりに会えた元哉に橘の笑顔はキラッキラに輝いている。これだけ長く離れていたのは出会ってから初めての事で、王都でやきもきしながらさくらの迎えを待っていたのだった。
素っ気無い元哉の挨拶でも、その声を耳にするだけで天にも登る気持ちになる橘。本当なら思いっ切り抱き付きたかったが、兵士たち数百人が見つめている前ではさすがにそこまでする勇気はなかった。
「兄ちゃん、ついでにロジちゃんが暇そうだったから連れてきたよ!」
「元哉さん、お久しぶりです。ディーナも元気そうね」
ロージーは魔王城でやる事が無くて暇にしていた所をさくらに見つかって『兄ちゃんに会えるよ』という悪魔の囁きに、ついフラフラと付いてきてしまった。確かに元哉に会えるのだが、さくらとの修行の日々というオマケが付随している事などすっかり頭の中から消え去っている。クモの巣に捕まった蝶と言えば聞こえはいいが、現実にはゴキ○リホイホイに捕らえられたアレのように抜け出すことも不可能な地獄の仕打ちがこの後で待っている。
「ロージーも元気そうだな。せっかくだから戦場をよく見ておけ」
またもや素っ気無い元哉の言葉だが、ロージーは戦場ではなくて元哉を見に来たのだった。そして彼に隙があればあんな事やこんな事を・・・・・・ その欲望は彼女の妄想の中で限りなく広がっていくが、果たしてそれが叶う事はあるのだろうか。
集合の号令も出されていないのに自主的に大魔王を迎えるために集まった兵士たちには解散して持ち場に戻る事を命じて、元哉は臨時司令部が置かれた天幕に橘たちを招き入れる。
「何分野営が続いているもので不自由だろうがが楽にしてくれ」
テーブルを中心に並べられた椅子に腰を下ろして状況の確認を開始する。本当はさくら以外の女性陣は元哉と2人切りになりたいのだが、最前線でうかうかとそんな事を言い出すわけにも行かないと全員が弁えている。
橘が用意したティーポットでお茶を飲みながらの会話がはじめる。気心の知れている者しか居ないので寛いだ雰囲気の中で話が弾むが、現在までの状況説明を終えた元哉はこの先の展開について切り出す。
「ここから西に約25キロ進むとネタニヤの街だ。さくらの偵察によると街は砦を中心にしてその両側の3キロ程度に広がっている。人口は街の規模からいって約4万人で砦の兵士は1000人弱だ。橘、どう攻略するつもりだ?」
ネタニヤの街は元々教国が魔族の襲来に備えて造った砦だった。それが40年前の戦争で東側も教国領となったために防衛拠点としての重要度が薄れて、西ガザル地方の中心の街として次第に発展していった。現在はこの地方の行政の中心地としての役割が大きく、そのため兵力は意外に少ない。
「そうね、私も自分の目で見てみないと何とも言えないけど、せっかくだから街と人を全部頂きたいわね」
この地方の農村部を着々と手中に収めてきただけに、どうせならばその中心地も丸ごとこちら側にする・・・・・・さすが大魔王だけあって言う事が大胆だ。
だが橘の考えでは4万もの人口というのはその生産量と消費量を考え合せても、貧しい新ヘブル王国にとっては非常に魅力的な物件に映る。特にこれから流通ルートに乗り始める生活を豊かにする魔道具の販売先として有望なのだ。
「さすがに4万人も居ると無傷という訳にはいかないぞ」
元哉は街ひとつを巡る本格的な戦争を頭の中でシュミレートして弾き出した回答を述べる。彼の計算によるとどんなに少なく見積もっても敵方の4分の1と味方の半数が犠牲になるという結果だった。
「そうね、どうしようかしら・・・・・・ ディーナに任せるわ。街を敵味方とも無傷で降伏させる方法を考えてちょうだい」
「ええーーー!!」
橘から与えられた無茶振りを通り越したとんでもなく高いハードルにディーナは唖然としている。彼女はこうして橘が自らやって来たからには陣頭指揮を執ってくれて、自分は付いていくだけだと完全に油断し切っていた。
「た、橘様・・・・・・ 本当に私が考えるんですか」
お得意の涙目で確認を求めるディーナに対して橘は『こんな簡単な課題なんだから早く答えを出しなさい』という目で見るだけだ。
「あ、あの・・・・・・元哉さん、何かいい案は無いですか?」
「今は思いつかないな」
ディーナはガックリと肩を落とす。さくらの方を見ても彼女はひたすらお茶を飲みながらクッキーを食べているだけだ。そもそもさくらに突入させたりしたら、味方の被害はゼロでも街が住民丸ごと消えてなくなってしまう。
「じゃあディーナ、頑張ってね。そうそう、元くんは相談したいことがあるから一緒に来てちょうだい」
橘は元哉を連れて天幕の外に出る。そのまま駐屯地の空いている所を見つけて一瞬で宿泊施設を造り上げると、彼の腕を取って中に入ってしまった。どうやらもう我慢の限界で、相談を口実にイチャイチャするつもりらしい。
天幕に残された3人。ディーナは頭を抱えて、ロージーは羨ましそうに2人が消えた先を見ている。そしてさくらは最後の1枚のクッキーに手を伸ばしていた。
「ロージーさん、何かいい案は浮かばないですか?」
縋る様にロージーに意見を求めるディーナだが、ロージーは元哉と橘の2人の行方が気になってそれどころではない。当然その返事もお座成りだ。
「えー! 何かドーンと脅かしてやればいいんじゃないの!」
ロージーの適当な意見を真に受けて真剣に考え込むディーナ。そこへタイミングよくさくらの声が飛ぶ。
「ごちそうさまでした。でもちょっと物足りないからバハムート本舗のお饅頭でも食べようかな!」
「それです!」
突然にディーナの頭の中に何かが閃く。
「んん? ディナちゃんもお饅頭食べる?」
「いえ、お饅頭ではなくてさくらちゃんにお願いがあります!」
肩を掴んでさくらの首がガタガタ揺れるくらい揺さぶるディーナ。対してさくらの方は一体何事か全く分かっていない。
その後、饅頭を頬張るさくらに対して真剣な表情で何やら頼み込むディーナと、気もそぞろに彼方の施設を見つめ続けるロージーの姿がそこにはあった。
「こんにちは、ロージーです。元哉さんに会えると聞いてつい此処まで来てしまいましたが、お饅頭を食べ終わったさくらちゃんに連れ出されて、あれから2時間ほど地獄を見ました。橘さんは気持ちいい事をしているのに、何で私だけ・・・・・・ 世の中はとっても不公平にできています。でも、魔力を使い切った振りをして最後に元哉さんから・・・・・・ 久しぶりで生き返りました。次回はネタニヤの街攻略のお話です。一体どうなるのでしょう、どうぞお楽しみに! 感想、評価、ブックマークお待ちしています。次回の投稿は木曜日の予定です」