130 集落にて
お待たせいたしました。砦の攻略を終えた元哉たちは西ガザル地方の内部に侵攻して行きます。彼らの行く手には・・・・・・
エミリヤ砦を手中に収めた元哉たちだが、まだ課題は山積みだった。
ガザル砦とエミリヤ砦は西ガザル地方の辺境に置かれている。
ガザル砦を攻略した新ヘブル王国軍は人が住む場所を避けて、荒野を進んでここまで侵攻してきた。だが残るネタニヤ砦は教国との境に在って、その手前は大勢の住民が住む街になっている。またその街に至るまでにも多くの集落が在って、そこに住む住民たちへの対処が必要となってくるのだ。
これには橘も散々に頭を悩ませていた。教国の住民は骨の髄まで『魔族は恐ろしい敵』と思い込まされている。確かに過去何度も戦争を繰り返して殺し合いをしてきた事実は存在するが、王国側の指導体制が大きく変わった事を期に、これまでの対立の構図を改めたいと彼女は考えていた。
それに対する答えとして、現在西ガザル地方に住み着いている住民たちをうまく取り込んでいく方法を彼女は苦心して纏め上げていた。この方策が首尾良く住民たちを引き止める事が出来るかどうかは、ひとえに元哉とディーナの手腕にかかっている。
「出発しましょう」
ディーナの号令の元エミリヤ砦を後からやって来た守備兵に任せて、彼女が率いる侵攻軍は西ガザル地方の中心部に向けて行軍を開始する。
「うまくいくでしょうか?」
「どうだろうな・・・・・・相手の出方次第だ」
住民たちの説得工作の先行きを心配するディーナに対して、元哉は彼らの反応を見てから対応を考えようとしている様子だ。ただし両者とも武力で押さえつけるのは問題外という認識では一致している。およそ2万人と推定される住民を敵に回すのはこの際得策ではないのだ。
「それにしても本当に豊かな地域ですね」
ディーナが言う通り西ガザル地方は山脈の南側で、適度な雨と穏やかな気候によって一面に畑が広がっている。季節的には収穫を終えているので今は何も植えられていないが、もう少し前ならば黄金色に実った小麦の絨毯が広がっていた事だろう。
刈り入れを終えた畑は誰も仕事をする者は無くひっそりと静まり返っており、そこには落穂をついばむ小鳥の姿が見られるだけだ。延々と広がる耕作地を見ながら進むとついに最初の集落が見えてくる。
ディーナと元哉は馬車を降りて兵を一旦その場に留めてから二人だけでその集落に向かう。
およそ100軒近くの家が柵の中に固まっている小さな集落だ。その造りは帝国の村落とまったく同じような小さな家の集まりだが、その中心に不釣合いなほど大きな教会らしき建物が建っている。集落の中は静まり返っており誰も外に出ていない。
二人は住民が居ないかとその中を歩いて奥に進むが、結局誰にも会う事無く最も突き当たりの教会まで行き着いた。そしてそこには、すべての村人が寄り集まって手に粗末な武器や農具を持ってこちらを怯えた目で見ている。
「全員安心しろ。お前たちに対して手荒な事はしない」
その様子を見て元哉が声をかける。彼らはおそらく遠巻きに魔族の軍がやって来たのを発見して、教会に避難して守りを固めていたのだろう。自らの家族を守ろうと必死に勇気を奮い起こして立ち向かおうとしている。
「そんな事を信じられるか! お前たちは悪魔の使いだ! 俺たちを皆殺しにするつもりだろう!」
短剣を手にした男が声を上げると全員が同意する。その様子を見ていたディーナは心から悲しそうな表情をしている。
「信じようと信じまいとお前たちの勝手だがこちらにはそんな気は無い。出来れば武器を下ろして話を聞いて欲しい。誰か代表者はいるか?」
元哉の呼び掛けに一人の男が歩み出てくる。
「私が村長のエルドルだ。話を聞こう」
彼は周囲が止めるのも聞かずに教会を囲む塀の中から出てくる。エルドルには分かっていた。もし集落の外に居る兵士たちが攻め込んできたら、大した備えも無い村人たちでは一溜りも無いと。もし自分たちが生き残るチャンスがあるとすれば相手が提案する話に乗るしか残された道は無かった。
「提案を受け入れてくれた事に感謝する。村人たちに伝えて欲しい。安全は保障するのでそれぞれの家で普段通りに生活して構わない。特に怯えている子供を安心させてやってくれ」
元哉の言葉通り大人よりも子供の方がこの緊急事態に怯え切っていた。恐怖のため今にも泣き出しそうな表情で親の手を握り締めて離そうとはしない。
その様子をあまりに不憫に思った元哉はアイテムボックスに常備してあるお菓子を大量に取り出す。これは主にさくらの機嫌取り用の品だ。
「子供たちに配ってくれ。この通り毒など入っていないぞ」
元哉はその一つを口にして隣に立っているディーナにも食べさせる。その様子を見ていた子供たちは今度はそのお菓子に気を取られて見る見る目が輝きだす。村長は元哉から受け取った包みを村人の一人に手渡してから各々の家に戻るように伝えると、子供たちはお菓子を手に嬉しそうに家に入っていく。
「さて、ここで立ち話も出来ないでしょう。狭くて申し訳ないが私の家にお越しください」
村長の案内で彼の家に通される二人、そこは周りの家よりも一回り大きいものの質素な造りで家具も簡素な物が並んでいる。
「早速本題に入るが、我々新ヘブル王国はこの地方にあるガザル砦とエミリヤ砦を占領した。1ヶ月以内に残るネタニヤ砦も落とす予定だ。この西ガザル地方は我々の領土になる」
村長はその話を聞いて驚愕する。まったくその兆候も何も無いままになんと2つの砦が落とされていたという事実に絶望の表情を浮かべる。これは元哉の隠密作戦が功を奏している証明でもあった。
「私たちは一体どうなるのですか?」
縋る様な目で元哉に問いかける村長。
「どうもならない。この地に住みたいのならば今まで通り住めばいいし、もし我々の支配を受け入れられないならば出て行けばいい。いずれにしても安全は保障する」
元哉の話に目を丸くする村長、彼も長らく魔族は残忍で襲ってこられたら皆殺しの目に会うと固く信じていた。それがどうも話が違う事に気が付いたようだ。
「今まで通りにここに住んでも構わないという事ですか?」
「もちろんだ。ただし新ヘブル王国の住民として税は納めてもらう。収穫高の2割だ。家族で食べて残った分は売るなり何なり好きにしろ。この村を立ち退く者に対しては当座の生活費として一家族当たり金貨20枚を支給する。ただし、ミロニカル教の信仰は禁止だ」
元哉の提示した条件は破格だった。この村の現在の税率は4割でさらに教会への寄付として2割を取られている。どれだけ働いても食べるのがやっとの生活から抜け出せるチャンスなのだ。
「分かりました、今の話を村の者たちと相談します。時間をもらえますか」
「2日待つ。それまでにどうするか決めて欲しい」
元哉の提案は村長にとっては途轍もなく魅力的だった。この辺りに住む農民にとっては食べる事が第一で信仰などは二の次の問題だ。今まで収穫に半分以上を持っていかれていたのが、2割の税を納めるだけでよいというのでは暮らしがまったく変わってくる。
実は橘の狙いもそこにあった。今まで半分以上を税として持っていかれたのでは仕事に対する熱意が働かない。税の負担を減らして収入が増えれば、農民は自らの生活を豊かにするために自ずと努力するものだ。唯一の不安である今まで恐れていた魔族による支配が、安全で快適なものだと知れば彼らは従うだろうという目算を立てていた。
2日後、元哉の所に村長がやって来て、村の全員が王国の支配を受け入れるという報告がもたらされた。この村から出て行ったのは教会に勤める関係者だけで、彼ら以外はこの場に留まる選択をしたのだった。
「まずは上手くいったな」
「はい、さすがは元哉さんの交渉力です」
村の外に駐屯して村長の返事を待っていた二人の声は明るく弾んでいる。
「橘が用意した統治プランのおかげだ。俺は話を伝えただけで何もしていない」
「確かに素晴らしいプランですが、税率がこんなに低くて大丈夫なんですか?」
ディーナは事前に橘からこの話を詳しく聞いていた。その時も果たして大丈夫なのかと実は不安に思っていた。
「この土地は王国にとって元々無かった土地だ。そこから税収が上がればそれは余力の収入になる。その上この地域の経済が活発になれば色々と物を買う力が増す。今椿さんを中心に作成している魔道具がたくさん売れればルトの民も豊かになるんだよ」
元哉の話す経済の初歩をディーナはなんとなく理解する。現在王都では魔石を用いた調理器具や暖房具の開発が最終段階に入っている。近々商品として売り出される予定だ。今の所は販売先の中心は帝国だが、先々は西ガザル地方にも広める予定でいる。
王都を中心に王国を先進的な工業地域にして発展させていこうという橘の長期にわたる経済計画がすでにスタートをしていた。その上工業というのは農業よりも産業としての裾野が広い。調理器具一つを作るのにしてもその部品一つ一つを手掛ける者や魔石を調達する者が必要になり、それによって多くの就労人口を生み出す事が可能になってくる。一つの産業として上手く回れば、需要が必ず生まれて生産量が増大するはずだ。
橘の先見性に舌を巻きつつ他の国には無い高い魔法技術を生活に応用していく事で、発展する自らの国の明るい未来を夢見るディーナだった。
「こんにちはディーナです。今回見事に元哉さんの交渉が実って村を無事に王国に組み入れる事に成功しました。何て言うんでしょうか・・・・・・元哉さんの交渉って相手に有無を言わせないんですよね。体から滲み出る迫力が他の人と全く違うっていうか・・・・・・とにかく格好いいです! 次回は多分残っているネタニヤ砦の攻略にお話が移っていくと思います。感想、評価、ブックマークお待ちしています。次の投稿は月曜の予定です」