129 さくら無双
お待たせいたしました。エミリヤ砦攻防戦の続きです。単独で侵攻したさくらの活躍ぶりをお楽しみください。
「これがさくら殿の力ですか! これはまた想像を絶するものがありますな」
遠巻きにさくらが突入したエミリヤ砦の様子を見ているメルドスが隣に立っている元哉に漏らした言葉だ。彼は以前、魔境で元哉たちに接触をした時に橘の魔法の一端を見ていたが、その時さくらは森の中に身を潜めていたのでその戦いぶりを目にするのは初めてだった。
戦闘自体は砦の内部で行われているため直接目にする事は出来ないが、常に鳴り響いている爆裂音が内側から砦の窓を突き破り、壁を部分的に崩落させていく。その威力だけでもさくらの戦闘能力が人智を超えている事が自ずと理解されてくる。もっとも彼女は獣神だからその戦いぶりはすでにこの世界では神の領域に両足を突っ込んでいる。
「まあこんなもんだろう。さくらが本気になると橘でさえ相打ちを覚悟しないとならないからな」
メルドスはそれを聞いて絶句する。あの大魔王橘に匹敵する能力の持ち主が存在するという事実に。俄かには信じ難いが、その戦いぶりを見せ付けられると元哉の言葉に納得するしかない。
現在元哉たちはさくらが突入したエミリヤ砦の帝国側から見て反対側に砦を包囲するような形で散開している。距離は約400メートルで、さくらの猛攻に会って砦から逃げ出してくる教国兵を待ち構えていた。
この前のガザル砦の攻略では活躍の場面がなかったメルドスの部隊や支援部隊の位置づけだった一般兵が今回の主力として投入されている。昼間の戦いなので特殊旅団を投入するメリットがないために彼らはガザル砦で待機して次の戦いに備えていた。
「そろそろ逃げ出す連中が出てくる筈だ。メルドス、ここは任せる」
「承知いたしました」
彼は喜び勇んで陣頭指揮を執るために自らの部隊の下に戻っていく。
「さあ、ドンドンかかっていらっしゃい!」
さくらは擲弾筒をぶっ放しつつ、砦の内部を制圧していく。彼女の前に立ち塞がる事は教国兵にとっては死を意味していた。
さくらの身体能力と魔力擲弾筒のセットは戦場のシチュエーションを問わずにコンスタントに活躍出来る非常に相性の良い組み合わせだ。橘のように広域を一度に殲滅するのは無理だが、街中や屋内での戦いでは無類の強さを発揮する。
何しろその攻撃範囲にまったく死角がない。離れた敵は擲弾筒で仕留め接近した敵は体術で屠る。足止めのための拳による衝撃波まで加えれば、敵の攻撃をまったく許さないうちに一方的に攻撃を仕掛けられるのだ。このような遠近万能の攻撃力に加えて、敵の視覚では追えないような素早い動きと無尽蔵のスタミナで攻撃目標を完全に殲滅していく。
そんなさくらに襲われた砦の兵士たちは恐慌状態に陥っていた。
何しろ前方に現れた新ヘブル王国の兵力に対して攻撃の照準を合わせていたところを背後から襲われたのだ。ただでさえ虚を付かれた上に、その圧倒的な攻撃を目の当たりにして指揮系統はたちまち大混乱に陥った。
「ダメだ、敵の攻撃を止められない!」
「この場は放棄して後方で戦線を立て直せ!」
さくら一人にいいようにやられて次々に戦線を放棄して後退する守備兵、彼らの武器ではさくらにまったく脅威を与えられない。
「はい、ここも一丁あがり!」
マシンガンモードで擲弾筒を連射して10人くらい固まっていた兵士を秒殺しながら突き進むさくら、1階はすでに掃討を終えて階段を上がっていく。
「上に来たぞー! 矢を放て!」
必死に持ち場を死守しようと矢を放つが、さくらの拳から放たれた衝撃波によって矢は方向を失い、放った兵士自体も吹き飛ばされて倒れていく。
もはや誰もさくらを止める事は不可能だった。2階を守っている兵士は次々に彼女の餌食となって倒れていく。
「そろそろお腹が空いてきたね。早めに終わらせちゃおうかな」
さくらは擲弾筒を全開で放ちながらついに屋上に上っていく。そこには魔族迎撃のために最も多くの兵が集結していた。
「はいはい、まとめて掛かってきなさい!」
それでも余裕の表情で自分に向かってくる兵士たちを見下ろすさくら、彼女の左手がゆっくりと引き上げられる。
「擲弾筒迫撃砲モード、発射!」
音も無く砦の屋上にある一切合財を吹き飛ばす死の魔力が射出されていく。必死に矢を放とうとしたり、槍を構えて突撃を敢行しようとする兵士たち全てを巻き込んだ閃光が一帯を包む。
「ドーーーン!」
高さ30メートルの火柱が宙に登って凄まじい爆風が走る。
ようやく収まった煙の先には動く者は居なかった。わずかに遠くの方で呻き声が上がっているところを見ると。まだ息がある敵兵が居るのだろう。だがこの一撃でエミリヤ砦の攻防は完全に終結した。
「攻撃目標制圧完了」
「了解した、こちらに合流してくれ」
さくらは元哉と連絡を取ると、再び砦の内部を見回ってから一旦帝国側に戻る。
「マーちゃん、行こうか」
砦突入の際に預けておいた愛馬の手綱を受け取って、砦を抜けて元哉たちが待っている反対側に移動する。
「おーい、兄ちゃん! お腹空いたよー!」
馬上から手を振って元哉のそばに駆け寄るさくら。
「さくら、ご苦労だった。予想よりもだいぶ早かったな」
「早く昼ごはんにしたかったからね!」
元哉の労いに対してこの程度は大した事ないという表情をしている。それよりも彼女の関心は昼食に向いているようだ。
「用意はしてあるから後方で休んでいてくれ」
「うほほー! さすが兄ちゃんはよくわかっているよ!」
大喜びで愛馬の腹を蹴って食事場所に駆け込むさくらだった。
「元哉殿、逃げ出す敵兵はもう居ないようですな。砦の内部の探索を開始してよろしいですかな」
逃げ出した教国兵の掃討を終えたメルドスが元哉の所にやってくる。教国兵でさくらに追い立てられて砦の外に逃げ出した者たちは魔族の姿を見て敵意をむき出しに襲い掛かってきた。だがそんな虚しい抵抗も準備万端で待ち構えていたメルドスたちの魔法の餌食となってその命を散らしていく。
そのため降伏して捕虜となった者は50人程しか居なくて残りは全て討ち取られている。教国から見るとまさに惨敗だった。
「いいだろう。さくらの話によると動ける者は居ないそうだが、注意して中に入ってくれ」
「承知いたしました」
メルドスは自らの部隊を率いて砦に入っていく。それを見送って元哉はディーナが待機している本陣に戻っていくのだった。
「さくらちゃん、お疲れ様でした」
「ディナちゃん、ただいま! いい運動が出来て楽しかったよ!」
さくらは馬から飛び降りて迎えに出たディーナににこやかに帰還の挨拶をする。帝都に向かって飛び立ってからしばらく振りの再会だ。
「さくらちゃんがお腹を空かせて戻ってくると思って、お昼をたくさん用意しましたからいっぱい食べてくださいね」
「えっ! もしかしてディナちゃんが作ったの?!」
ディーナの料理の腕はさくらと並んで最悪だ。以前旅をしている最中に彼女が作った料理を口にした瞬間、あれだけ丈夫なさくらの胃袋をしても戻してしまったという逸話を誇っている。味覚に対する激烈な殺傷力を持つディーナの料理、さくらの脳裏にはあの時の悪夢が過ぎった。
「大丈夫です。ちゃんと係りの兵士が用意したものですから。私は相変わらず橘様から食材に触れるのは禁止されています」
変な所で胸を張るディーナ、穏やかで女の子らしい外見とは裏腹に彼女の女子力は壊滅的に低い。
「よかったよ! これで安心してお昼を食べられる」
さくらにとっては一大事だった。ご褒美の昼食が一歩間違うととんでもない罰ゲームになる瀬戸際だったのだ。『良かった良かった!』と喜びながら昼食をパクついている。
約2000人が命を落として500人が負傷というとんでもない被害を出した教国のエミリヤ砦からほんの少し離れたその場所は、いつもの日常のような平和な空気が流れていた。
「こんにちは、ソフィアです。最近出番が無くて元哉さんは出掛けたままだし色々と溜まっています。私と同じようにロージーさんも悶々としているみたいです。これはきっと近いうちにお風呂回を実施する必要がありそうですよね! この所戦争の話ばかりで息をつく暇が無いですから、どこかでノンビリとしたいです。皆さんどうぞお楽しみに! 感想、評価、ブックマークお待ちしています。次の投稿は土曜日の予定です」