128 エミリヤ砦
お待たせいたしました。元哉たちの次なる戦いの火蓋が切って落とされます。どのような戦いぶりが見られるのでしょう・・・・・・
「えーと・・・・・・もう一度今の話を伺ってよろしいですか?」
皇女が何とか口を開く。それに合わせて宰相と軍務大臣もどうやら立ち直っている模様だ。
「教国の攻撃に対する報復でガザル砦を攻略して現在占領中だ」
疲弊して殆ど力を失った筈の新ヘブル王国が僅かな期間で立て直しを図り、教国に侵攻を果たしたという事は帝国の首脳陣にとってはこれまでに無い衝撃だった。そしてそれを可能にしたのは、僅か3人の人間の仕業という事は言うまでも無く彼らは理解している。
「何処まで攻めようというのだ?」
軍務大臣が今回の作戦の目的を尋ねてくる。元哉はようやくこれで交渉の核心に入れると、大臣の質問を歓迎している。
「作戦の目的は40年前に教国に取られた西ガザル地方を完全回復する事だ。これによって新ヘブル王国は帝国と国境を接する事が出来る。同盟の有機的な運用が可能になるだけでなく、先々は2国間の貿易も視野に入れている」
元哉の説明内容を聞いた上で頭の中で様々な事を考え巡らす帝国首脳陣、特に宰相は帝国にとっての利益と不利益を天秤にかけている。
「国境を接する事によってなるほど元哉殿が言う通り互いの利益が生まれますが、この先不必要な摩擦を生み出す可能性も考えられますぞ」
彼は新ヘブル王国の力がここに来て再び増大して、帝国の利害に絡む事を最も恐れている。今までは教国に対する備えをしていれば何とかなったが、今後は3国の間での外交が必要となってくるのだ。
「それはお互い様だろう。両国の代表が話し合って問題が発生した場合の解決策を決めればいい事だ」
宰相の心配事は元哉の発言で一蹴される。冷徹な戦略家でも有る元哉の先を読む目にどうやら軍配があがった模様だ。
「先々の事を今から心配しても仕方ありません。現在最も危険なのは教国です。両国がこの認識を持っていれば、友好的に協力し合えるでしょう」
皇女の発言は元哉の意見を完全に支持している。何しろ武器を新ヘブル王国に依存している以上は、これは仕方の無い事だった。
「さて、エミリヤ砦についてだが、我々は近々攻略を開始する予定だ。それにあたって帝国にも協力を仰ぎたい。具体的には・・・・・・」
「そ、そのような恐ろしい策を用いるのですか。これでは砦の守備兵たちは一溜まりも無いでしょうな」
元哉の説明に軍務大臣はヤレヤレという表情をする。元哉が帝国に協力を求めたのは、エミリヤ砦に相対する帝国のファルク要塞の守備を固めて逃げ出した教国兵に対処して欲しいという事だけだった。
「この方法がもっとも安全で確実だからな。戦闘自体は短期間で終わるはずだから、そのつもりで準備して欲しい」
帝国と教国は長い国境線で接しているが、大軍を動かせるのは大きな街道に面した2箇所しかない。
一つはこの前教国が侵攻して来たアデキエス砦で、これは取り潰しになった旧オフェンホース公爵領に在る。現在は皇帝の直轄地になっており、帝国軍が守りを固めている。
そしてもう一つが西ガザル地方に面しているファルク要塞だ。これはアデキエス砦よりもかなり東側に在って、オルガノン辺境伯領内の要塞だ。とは言っても橘が作り出したアライン要塞に比べると気の毒になるほどの規模しかないが・・・・・・
元哉の提案はこの要塞に特殊旅団を500人ほど送って欲しいという内容だった。そしてその旅団にはさくらが同行するという事も追加されている。
「わかりました、こちらも至急準備にかかりましょう」
皇女は元哉の提案を受け入れる。仮に何の用意も無くて新ヘブル王国との戦闘に敗北した教国兵が帝国側に逃げ込むのは、治安の問題からいっても無視してよい話ではなかった。
こうして両国のエミリヤ砦を巡る協力の交渉は無事にまとまって、元哉はさくらを伴いずいぶん留守にしていた宿舎に戻る。
「マーちゃん、ただいま!」
いつものようにニンジンを持参して愛馬の元に顔を出すさくら。馬の方は久しぶりに会えた主に大喜びで出迎えている。
「マーちゃん、今度は私を乗せてしばらく旅をするからよろしくね」
さくらの話が分かっているのか、馬はブルンと鼻を鳴らして返事をする。さくらはしばらく馬を可愛がってから宿舎の中に戻っていった。
5日後、さくらが特殊旅団本部に顔を出すと、幹部たちは顔面蒼白で彼女を迎える。何しろしばらくぶりでその存在を目の当たりにした瞬間にあの訓練時の恐怖が蘇ったのだ。旅団にはアライン要塞の戦いの後に補充されてさくらの恐ろしさを経験していない者も居るのだが、彼らもその伝説は耳にしており直立不動で彼女を出迎えた。
「みんな揃って出迎えご苦労さん、しばらく一緒だからよろしくね♪」
明るい口調のさくらに胸を撫で下ろす幹部たち。これなら大丈夫だろうと安心していた。
「うーん・・・・・・出発まで暇だから軽く演習でもしようか!」
さくらのこの一言で旅団全員のその日の運命は決まった。当然ながらその行き先はこの世の地獄だ。全員が血の涙を流しながら、さくらが放つ衝撃波を懸命に避けている。
「おい。さくら教官の技の威力が上がっていないか」
「間違いない、あれを食らったら本当に命に関わるぞ」
どんな戦闘よりも危険な演習は丸一日続いていく。終了の号令が掛かった瞬間にその場で全員が崩れ落ちるほどの恐ろしい訓練だった。隊員一同は命があった事を心から神に感謝している。
「みんな! おいしいご飯が待ってるよー!」
さくらは一目散に食堂に駆け込んでいく。残された隊員たちはしばらく起き上がる事はなかった。
翌々日、特殊旅団を引き連れたさくらは愛馬の背に乗ってファルク要塞に向かう。元哉は交渉がまとまった翌日にドラゴンに乗ってガザル砦に送り届けていた。現在お目付け役が居なくて彼女のやりたい放題の筈だが、移動中という事もあって一応自重しているようだ。
行軍は順調で約1週間でファルク要塞に到着する。作戦開始まではしばらく時間があるので、適当に演習をしながら時間をつぶすさくら。その度に隊員の中に怪我人が発生する。もっともさくらに言わせればこの程度は怪我のうちには入らないらしい。
そんなさくらの元に元哉からの連絡が入る。
「さくら、準備はいいか? こちらの配備は完了した。送れ」
「兄ちゃん、いつでもいいよ! どうぞ」
「よし、攻撃開始だ」
「了解、通信終了」
エミリヤ砦攻略のために元哉が立てた作戦はシンプルこの上ない。帝国側からさくらが単独で攻撃をして、逃げ出した教国兵を砦の外で待ち構えている元哉の手兵で討ち取るというものだった。
すでに王国の者の手で砦を奪うという橘の当初の目的は達成しているので、遠慮なく最も安全で確実な手段を取った次第だ。これが帝国の軍務大臣が言っていた『恐ろしい策』の正体だった。
「うほほー! 頑張っちゃうよ!」
ガザル砦の攻略に参加出来ず、鬱憤が溜まっていたさくら。その上、帝国の特殊旅団との演習でシュミレーションは完璧だ。
魔力擲弾筒を構えてエミリヤ砦の門に照準を合わせる。敵は反対側に姿を現した元哉率いる新ヘブル王国軍に注意が向いており、一人で近付くさくらの事など一向に気に掛ける様子が無い。
「発射、今!」
音も無く放たれる魔法弾が一直線に門に向かう。
「ドーーン!」
大音響とともに門は破壊されて、エミリヤ砦は易々とさくらの侵入を許す。
前方から現れて砦を取り巻くようにして動きを見せない敵軍に対して監視を強化していた砦の兵たちは、突然裏から雪崩込んださくらにいい様に蹂躙されていく。
固まっている敵兵には魔法弾を放ち、散開している兵は縦横無尽の動きで翻弄してその拳の餌食にする。突然現れた敵兵には容赦なくその拳が生み出す衝撃波を食らわせて、瞬く間に砦の下層を制圧するさくら。彼女の動きに付いてこられる者は誰一人として居ない。
「これは悪魔の仕業に違いない」
砦の幹部たちにも攻め込んできた相手が大勢なのか少人数なのかすら分からないままに、混乱して次々に討ち取られていく守備兵たち。
「おい、さくら教官が本気を出しているみたいだぞ」
その様子を遠巻きにして見つめる帝国の兵士たちは凍り付いている。何しろ演習とは全く次元の違う炸裂音が砦から常に鳴り響いているのだ。ここでようやく自分たちはどれだけさくらに手加減されていたかを理解する。
「驚いている暇はないぞ! 教国兵が逃げ出し始めた。俺たちもお仕事の時間だ」
ボーガンを構えて逃げ出してくる砦の守備兵の確保に向かう帝国特殊旅団の姿がそこにあった。
「こんにちは、ディーナです。元哉さんとさくらちゃんは私が事務処理を終えてあまりの疲労でダウンしている間に、帝国まで飛んでいってしまいました。私は完全に蚊帳の外です。元哉さんはすぐに戻ってきたんですけど、さくらちゃんが行方不明になっています。一体どうしたんでしょうか? ええー! いつの間にか攻撃が始まっているってどういうことですか! どうやら全て私が知らないうちに話が進んでいるようです。責任者なのに・・・・・・ このお話の続きが気になる方は、感想、評価、ブックマークをお寄せください。次の投稿は水曜日の予定です」