124 魔境再び
お待たせいたしました。サブタイトルの通りに元哉たちは再び魔境に踏み込みます。そのような経緯でそこに向かうのでしょうか・・・・・・
「元哉さん、これでどうでしょうか?」
ディーナは執務室のソファーにデンと腰を下ろす元哉に、ようやくまとめ終えた今回のガザル砦侵攻の計画書を手渡して意見を求める。彼女は橘に侵攻作戦の責任者に指名されており、他の仕事に優先して計画を纏め上げるのに心血を注いでいた。
「だめだな、移動と砦の攻略にかかる時間の見積もりが楽観的過ぎる。それに準備する兵糧の量がまだ足りない」
元哉は橘の依頼でディーナの補佐役を務めており、彼女が立てた計画の不備や人員、物資の不足などを一目で看破して修正させていた。書類を突き返すのはもうこれで5回目だ。
大勢の兵士を動かした経験などある筈もないディーナにこんな計画を立てさせるなど、端からとんでもない無茶振りであると橘は重々承知していた。そのために軍事の専門家の元哉を補佐につけたのだった。
最終的な計画の内容は全て元哉の意見を元に出来上がる事など最初から橘は見越しているが、それでもこのような経験をディーナのために積ませるのが彼女の将来に必ず役に立つと考えていた。
「この前お見せした物よりも私なりに考えてかなり余裕を見たんですが、まだだめですか・・・・・・」
付き返された書類を手にお得意の涙目になるディーナ、何しろ元哉が満足するレベルの計画を作成しなければならないという途轍もなく高いハードルがそこにある。
「その上これでは各隊の動きがバラバラで互いを支援する事が出来ないぞ。もっと部隊の間隔を詰めて、隊ごとの連絡を取りやすくしろ」
元哉の容赦の無い指摘が飛ぶ。何しろこの国の未来が懸っているだけに、生半可な内容では認める事は出来ない。
「わかりました、もう一回見直してみます」
一言残して執務席に戻るディーナ、その肩は下がっていく一方だ。
対する元哉は上空から見た砦の詳細な造りを頭の中に描いて、何処から攻略するのが最も効果が高いかを考え始める。自分たちが手を出して構わないのなら、こちらの被害を無しで済ませる方法はいくらでもあるが橘の方針には逆らえない。この国では彼女が国王であり元哉はその婚約者ではあるが、言ってみれば部外者なのだ。
「これはさくらに言って作戦部隊の訓練のペースを更に上げないとまずいな」
ソファーの背にもたれ掛かってそうつぶやく元哉だった。
「おい、今何か得体の知れない寒気を感じたんだけど、一体何だろうな?」
「お前もか! 俺も背筋がいきなり寒くなったんだ。どうも嫌な予感がする」
ここは元哉とさくらの手によって再訓練が施されたいる特殊作戦旅団の食堂だ。ここに放り込まれた元秘密警察のメンバーが地獄を見るさ中で、ほんのひと時の安らぎを感じる掛け替えの無い場所だった。
隊員たちが不安に苛まれているその一番奥の席では、さくらが大量の食事に囲まれてご満悦の表情をしている。
「うほほー! 今日もいい運動をしてご飯が美味しいよ!」
彼女はこの訓練において隊員の誰よりも動き回って暴れている。その度に彼らには災難が降りかかるのだが、さくらにとっては軽い運動のようなものだ。あれだけ暴れて全く疲労した様子を見せないさくらに対して、旅団の中ではすでに彼女の伝説が数多く出来上がっていた。
『100人を相手にした組み手の際、5分掛からずに中隊を全滅させて息一つ乱していなかった』
『右手から繰り出した拳の風圧で50人を吹き飛ばした』
『腹が減ったといって10人前の食事をペロリと平らげた』
どれも帝国の新兵の間で広まった伝説と全く同じだ。さくらにとっては大した事では無いが、初めてそれを目にする者にとっては衝撃の光景ばかりが続く。だが、帝国の新兵たち同様にこのようなさくらの異常さに慣れる事が出来れば一人前だ。ここに放り込まれた以上は誰もが通る道だと諦めてもらう他は無い。
昼食時間が終わりに近づいた頃、さくらの所に元哉が現れて訓練状況の話をする。二人の遣り取りが終わってから元哉は全体に向き直りよく通る声で伝達事項を話し出す。
「各員訓練に関する連絡事項だ。諸君は期待以上の訓練の成果を挙げている。よって、これからより実践的な訓練に入る。具体的には明後日から魔境で3週間実地訓練だ。質問は一切受け付けない、各員準備をしておけ! 以上、通達終わり」
元哉の話を聞いて静まり返る食堂内、誰一人咳払いをする者も居ない。奥の方でさくらが一人で『思いっきり魔物が狩れるぞー!』と大喜びをしているだけだ。これでも彼らはこの程度の事で動揺したら命がいくつあっても足りない程の訓練を受けて来た者ばかりなのだが。
さすがに元哉の通達にあった『魔境』という文言を聞いて不安に感じる者が出てくる。そのうちの一人が代表でさくらに質問をした。
「さくら教官、お聞きしたいことがあります。教官殿は魔境に足を踏み入れたご経験があるのでしょうか?」
「んん、あるよー! あそこの魔物は大して強くないけど数が多いから面白いよ!」
『ああ、やはり・・・・・・』とその場に居合わせる全員が思う。さくらにとっては大して強くなくても、自分たちにとっては大問題だ。それに数が多いというのはどうやら事実らしい。中には家族宛に手紙を書き始める者が出始める。どうやら遺書のつもりらしい。残りは皆揃って諦めた表情で呆然と座っているだけだった。
翌々日、元哉とさくらに率いられた約500人の部隊が王都を出発する。特にやる事が無かったロージーも無理やりさくらによって引き込まれて同行している。
一行は王都からヘブロンを通ってガラリエの街の門を出て、荒野を3日進みいよいよ魔境の端に到着する。王国では見られないその鬱蒼とした森の姿に圧倒される隊員たち、同様にロージーも噂に聞く魔境を前にしてやや緊張している。彼女は魔境の西の端に近いテルモナの出身なので魔境が恐ろしい場所だという事を子供の頃から聞いていた。そこにまさか自分が遣って来るとは思いもしなかったが。
「ロジちゃん、そんなに緊張しなくて大丈夫だよ! ここの魔物だって大した事無いから」
さくらは軽く言うがロージーは知っている。さくらの『大丈夫!』程当てに成らないものは無いと、これだけは今までの経験上絶対に間違い無い事だった。
小隊ごとに散開して森の中に入っていく。彼らには暗視ゴーグルや魔力通信機など帝国の特殊部隊と同様の装備が支給されている。
魔境を前に皆不安そうな表情であったが、覚悟を決めてその内部に踏み込んでいく。3分もしないうちに其処彼処から『居たぞー!』『注意して当たれ!』と声が上がるが、元哉たちは知らぬ振りを決め込んでいる。こんな端の方でいきなり強力な魔物が出て来る訳が無いと経験上知っているのだ。
「兄ちゃん、みんな楽しそうだね!」
さくらにとっては『魔物=楽しいおもちゃor遊び相手』なので、このような非常識な見解が飛び出す。
「さくらちゃん、一応言っておきますけど、普通の人たちにとっては魔物というのは恐ろしい敵なんですからね」
ロージーの言葉の意味を全く理解出来ずに首を傾げるさくら。神様の基準からすれば、そのような答えになるらしい。
「ええー? だっていい運動になるし、楽しいよ!」
相変わらずの答えに元哉は苦笑いを浮かべるだけだ。
元哉の所には各小隊から順調に進んでいる報告が入ってくる。中には『ワイルドウルフを討伐しました!』といった幸先のよい話も混ざっている。彼らが討伐した魔物は小隊ごとに手渡した椿が作成したマジックバッグにしまわれて持ち帰る手筈になっている。これらを売ることによって旅団の貴重な予算の足しにするのだ。
初日は一旦全員が森から出てきて、魔境から少し離れた所で野営をする。魔境の魔物は森から絶対に外に出ないので一歩外に出ると襲われる事は無い。これは魔境の魔素の濃度が濃い事が関係していると思われる。
3日間はこのような訓練を繰り返し魔境の環境に慣れる事を目的とした。そして4日目からは魔境の更に奥を目指して全体が行軍を開始する。これまでは肩慣らしで言わばここからが本番だ。
奥に踏み込むにつれて魔物のレベルが上がり、次々に手強い敵が出てくる。小隊で手に負えない時には時間を稼いで周囲の隊の応援を得て大人数で当たる事を徹底したので、ここまで多少の怪我人は居るものの死者は出していない。
常に緊張に晒されている隊員たちは自ずと顔付きが変わってくる。それはそうだ、魔物相手に常に命の遣り取りをしなければならないのだ。一瞬の油断が小隊の全滅にすら繋がる、訓練では絶対に経験出来ない実戦の緊張感を嫌と言う程味わっている。
そんな中でここに全く緊張感の無い人物が居る。
「うほほーー! また出てきた! 楽しくてお金を払いたいくらいだよー! ロジちゃん、そっちの小さいのは任せるよ!」
さくらは2体いっぺんに出たきたサーベルタイガーを相手にして大喜びで向かっていく。唸り声を上げて威嚇する魔物に全く怯む事無くその前に飛び出すと、魔物の牙による攻撃を避けて一瞬でサイドに回りこみ側頭部に正拳を叩き込む。あっという間に見事な毛皮をした3メートルを超える大物を倒していた。
対してロージーはさくらの相手よりはやや小さな個体を前にして困り果てていた。任せると言われてもこんな大物を相手にした経験が無いし、近くに居る元哉は全く手を貸そうともしない。元哉から見ればロージーの実力ならばこの程度の魔物は一人で倒して当然という見立てだった。
覚悟を決めた彼女は念のために身体強化を発動する。淡い水色の魔力が彼女を包み込んでその身体能力を大幅に引き上げる。魔力は使ってナンボ、無くなったらその場で元哉に補給してもらえばいい。それはそれでロージーにとっては非常に魅力的な誘惑だ。
飛び掛ってきた魔物をロージーは強化された動きで右にかわすとすれ違いざまに首に父親譲りの剣を突き立てようとする。魔物もその動きを横目で見ていたのか空中で器用に体を捻って避けようとする。わずかにロージーの剣の動きが早く浅く首筋を捕らえて血が噴出すが、避けられた分致命傷とはなっていない。
それどころか手負いとなって憎しみの篭った目でロージーを睨み付けるサーベルタイガー。多少その動きは鈍っているが危険な存在に代わりが無い。
「次が勝負」
ロージーは無意識につぶやく。魔物の動きはいつも組み手でしこたまやられているさくらに比べれば遅いしその威圧感も子供だましだ。この対戦はどれだけ相手の攻撃を見切って、うまくかわすかに勝敗の全てが掛かっている。
先程と同じように魔物が飛び掛ってくる。ロージーはすでにそのタイミングを一度見て掴んでいた。今度は左にかわしてミスリルのナイフを首筋に狙いを付けて差し込んでいく。ナイフは彼女の狙い通りに反対側の首に大きな傷を付けて、先程以上の出血を魔物に強いる。このあたりは武器を両手に持っている者の強みだ。
かなりのダメージを与えたが、まだ動いている魔物に向けてロージーはファイアーボールを放つ。見事に顔面を捉えてその熱にのたうち回る魔物、ロージーはこの隙を見逃さずに最後は肋骨の隙間から心臓に剣を突き立てて止めを刺した。
「見事だ、いい動きだったぞ」
元哉のお褒めの言葉にややテレながらも、魔物に息が無い事を確かめるロージー。ここら辺は徹底的に仕込まれている。
こうして本格的な魔境での一日が過ぎていった。
「ヤッホー! さくらだよ! 今回私は魔境で狩に夢中でこのコーナーはお休みです。思いっきり暴れて楽しすぎるよ! ブックマークありがとうございました。引き続き、感想、評価、ブックマークをお待ちしています。次の投稿は日曜日の予定です」