117 同盟始動
予定よりも一日早い投稿です。元哉を中心として交渉もまとまり帝国との同盟が本格的にはじまりました。ここから彼らはどのような動きをしていくのでしょう・・・・・・
「こちらが穀物の倉庫になります」
官吏に案内された元哉は倉庫の中に入ってその量を確かめる。実は帝国は毎年教国に食料を輸出していたのだが、今年は戦争が起きたために貿易が途絶していた。その分、いつもよりも豊富に食料が倉庫に眠っている。
ここにあるのは主に小麦で、麻袋に詰められて広い倉庫に見渡す限り山積みになっている。とても国内で消費するのが不可能な量で農業国である帝国の底力が見て取れる。だがいつまでも在庫をおいておくことは出来ないし、時間の経過とともに質が悪くなる。仕方がないので家畜の餌に放出しようとしていた矢先の元哉の申し出は帝国にとっても実は都合のいい話だった。
「ここにある物を全て受け取っても構わないのか」
およそ一万トン近くになろうかというその量を前にして元哉は平然と話す。
「構いませんがこれ程の量をどのように運ぶつもりですか?」
官吏は不思議そうな表情で元哉に尋ねる。帝国と新ヘブル王国の間には教国が挟まっているために、陸路で運ぶことが出来ない。もちろん内陸国なので海運や運河なども両国には無かった。
「こうすれば簡単だ」
元哉は山と詰まれた小麦の袋を次々とアイテムボックスに仕舞っていく。全ての袋を収納するのに20分も掛けなかった。
元哉が手を触れるたびに小麦の袋がまとめて消えていく光景を目にした官吏は腰を抜かして驚いている。実は元哉は以前まったく同じ方法で北の公爵領の兵糧を空にした事があった。もちろん戦争の終結後その兵糧は元に戻したが、無限に収納できるアイテムボックスを活用するのは当初からの計画通りだった。
この調子で元哉は案内される倉庫を次から次へと空にして、小麦の他に豆類や玉ネギニンジンなどの保存が利く野菜類などを大量に手に入れていった。何しろ一つの国の食糧を賄わなければならない。その量は全体で数万トンに及んでいる。
「このくらいあれば十分だろう、案内感謝する」
呆れて言葉が出ない官吏を残して元哉は宿舎に戻っていった。
元哉が宿舎に戻るとそこには来客があった。にこやかにフィオと話をしているのは軍務大臣だ。
「わざわざお越しとは孫の顔を見に来たわけでは無さそうだな」
「それが最大の目的だが、他にも用件があってな」
お互いにかなり長い付き合いになるのでフランクな話し方がすっかり染み付いている。
「お爺様、私の件は後で構いませんから先に大事なお話を済ませてください」
フィオはそのジジ馬鹿振りを嗜める様に話を元に戻す。大臣の方は溺愛する孫娘にそんな事を言われてかなり不満そうだ。
「仕方無い、フィオレーヌがこう言っているし用件を話すとしよう」
本当に残念で仕方が無い様子だが、彼の本職の表情に戻る。
「せっかく同盟を結んだのだが、2つの国が国境を接していないので連絡やいざという時の協力体制に問題が起きかねないという話をしに来た」
元哉は大臣の言葉の意味を頭の中で反芻してその問題点を洗い出していく。
「確かにその通りだな。こちらから連絡を取りたい時はドラゴンに乗ってくればいいが、帝国からの通信手段が現状では無いという事だな」
「その通り、こちらが話をしたい時にどうすればよいのか解決策を考えなければこのままでは話が一方通行だ」
元哉はしばらく考え込むとおもむろに口を開く。
「方法は2つある。一つは橘に頼んで魔法の力で両国の間に通信手段を設ける事」
元哉はホットラインの設置を提案する。この世界で実現可能かどうかは不確定だが、試してみる価値はありそうだ。
「もう一つは物理的に国境を接する国にする事だ」
元哉の言葉の意味を考える大臣・・・・・・どうやら彼が相当物騒な発言をしている事に気が付く。
「強国から領地を奪うという事か?」
「その通りだ」
かつて帝国と新ヘブル王国は隣り合った国家だった。40年以上前に教国に攻め込んだ新ヘブル王国が敗れて西ガザル地方を獲られる以前の話である。現在帝国に住んでいるわずかなルトの民はその戦争以前に偽王の迫害を逃れて西ガザル地方から帝国に移住してきた者たちだ。
ちなみに新ヘブル王国の間諜たちは現在でも危険を冒して両国を行き来している。
「わが国としては当面教国に攻め込むつもりはないが、元哉殿はどう考えておられる?」
「こちらもしばらくは国内整備を優先しなければならないが、もし教国の方から手を出してくれば追い払うついでに元の領地を取り戻してもいいと思っている」
元哉は勇者の身柄を転移で運び去った存在がこのまま手を拱いているとは考えていなかった。いつか必ず教国の側から何らかの動きを見せるはずで、その時までに一戦交える国力を蓄えておく事が最優先課題だった。
「なるほど、実に頼もしい考えだ」
大臣は元哉の見通しと彼が整備するであろう強力な軍備を想像する。わずか3ヶ月という限られて時間であそこまで帝国の兵士を育て上げた元哉にかかれば、それは決して不可能ではないだろう。それだけではなく、元哉、さくら、橘の誰か一人でも本気を出せば容易に事が片付くはずだ。
「帝国の要望は理解した。技術的に可能かどうかは新たな装備を引き渡す時に回答する」
元哉の発言に満足そうに頷く大臣、もうその顔はジジ馬鹿に戻っている。
「お爺様、これから私たちは商業ギルドに出向きますので今日のところはこの辺で」
そこに無慈悲なフィオの言葉が掛けれられて、せっかく孫娘と憩いのひと時を過ごそうと思っていた大臣の表情が悲嘆に暮れる。まるでお菓子を取り上げられた時のさくらのようだ。
そのさくらは現在退屈を紛らわせるために地龍の森に一人で出掛けている。許可が出たので大っぴらにドラゴンを呼び出してその背に乗って飛び去った。これは帝都の住民に安全をアピールするための措置でもある。政府から触れが出ていたので今回は全く混乱する事無く、住民たちは空を悠々と飛び去るドラゴンを見送った。
「ようこそお出でくださいました。フィオレーヌ様」
にこやかに出迎えるギルドマスター、この日の午後は元哉とフィオの二人が商業ギルドにやって来ている。孫娘と話がしたいとゴネるジジ馬鹿大臣と妥協案として昼食をともにしてから馬車に乗り込んだ。
「今日はよろしくお願いいたします。こちらは元哉様です」
フィオの紹介で彼女の横に立っているのは誰だろうといぶかしんでいたギルドマスターはハッとする。さくらや橘ほど表に出ていないものの元哉は勇者を倒した英雄として帝都で人気が高いのだ。
「これは大変な有名人とお会いする機会が出来ました事を感謝いたします」
上にも置かない様子で彼は最も上質な応接室に二人を案内する。そこには貴金属を専門に扱う商人が3人顔を揃えていた。
「早速ですが我々が用意した商品をご覧ください」
簡単に自己紹介をしてからそれぞれの商人が持ち寄った指輪やペンダントの数々を披露する。殆どは金属のみでこれから宝石を取り付ける品が並ぶが、中にはすでに小さな石が付いている物も混じっている。
「では一点ずつ確認させてもらいます」
フィオはそれらを手に取り慎重に鑑定の魔法で吟味を始める。条件に合った物とミスリル以外の不純物が多い物に全ての品を分けてにっこりと微笑む。
「こちらの品だけ引き取らせていただきます。全部でおいくらになりますか?」
商人たちはダメで元々と思いかなりの量の不純物が混ざった品も一緒に持ち寄っていたが、それらは見事にフィオによって弾かれていた。その鑑定眼に呆れて何も言えない彼ら。
フィオが選んだ品は指輪が48点にペンダントが23点に及んだ。弾いた物もほぼ同数だ。
「〆て金貨で8800枚になります」
ミスリルは大変貴重な金属でその加工が非常に手間がかかる。中には付いている宝石よりも土台の方が高いといった現象もあるくらいだ。この値段からすると以前ドワーフの親父から買ったディーナの剣はかなりお買い得だった。
「わかった、現金で払うから確認してくれ」
元哉がアイテムボックスから無造作に金貨が詰まった袋をテーブルの上に出す。ドスンと音を立てた置かれた袋には3000枚の金貨が詰まっている。それが合計3つ置かれた。今回元哉はただの財布係りに過ぎない。これだけの金貨の袋をフィオ一人に持たせられないので付いてきただけだった。
「確かにお預かりいたしました。200枚お返しいたします」
金額をあらためたギルドマスターはホクホクして釣りを元哉に手渡す。横の商人たちも同様の表情をしている。多少ボッタくられたとしても、この際細かい事は気にする必要は無い。マジックアイテムに作り変えればその何十倍もの価値を持つのだ。
ギルドを出て馬車に乗り込む二人、これで今回帝都での用件は全て片付いた。
「明日はまた橘様の所に戻るのですね」
フィオの言葉に無言で頷く元哉。
さくらの帰還を待って翌日ドラゴンの背に乗って、大空に飛び立つ彼らだった。
「さくらちゃん、お帰りなさい」
「ディナちゃん、ただいま!」
(ディーナ)「今回は大事な任務を果たしてもらってありがとうございました」
(さくら)「気にすることないよ! 結構楽しかったし、やりたい事も出来たからね」
(ディーナ)「やりたい事?」
(さくら)「兄ちゃんたちと違って私は暇だったから地龍の森に行って狩をしてきたよ!」
(ディーナ)「相変わらず自由人ですね(呆れ声)」
(さくら)「はい、お土産に地龍の森饅頭を買ってきたから食べてね」
(ディーナ)「こんな物まで売っているんですか?」
(さくら)「知らないけどなんか売っていたからいっぱい買ってきた」
(ディーナ)「いったい誰がこんな物を作っているんですか? あっ! 箱の裏に『バハムート本舗謹製』って書いてあります!」
(さくら)「なんですと! ムーちゃんは私に隠れてこんな仕事をひっそりとやっていたんですか! 油断も隙もないやつだ!」
(ディーナ)「でもこれ意外と美味しいですよ!」
(さくら)「どれどれ・・・・・・おお! 中々イケるよ! 今度大量に持ってこさせよう」
(ディーナ)「こんなさくらちゃんにいいように使われるバハムート様は気苦労が絶えませんね。でもなんでお饅頭なんか作っているんだろう? 謎を知りたい方は感想、評価、ブックマークをお待ちしています」
(さくら)「もう一箱あるからこれも開けちゃおう! 次回の投稿は金曜日の予定です」