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116 締結交渉

新ヘブル王国の代表という立場で城に呼ばれた元哉たちですが、交渉は果たしてどのように進むのでしょうか。

「さくらちゃんにはどれが似合いますかねー?」


「フィオちゃん、どれでもいいからチャッチャと決めてよ!」


 現在二人は帝城に上がるために着ていくドレスを選んでいる最中だ。フィオの家の御用達商人を宿舎に呼んで、様々な色合いのドレスを取っ替え引返えしながらフィオは顎に手を当てて考え込んでいる。


 対照的にさくらは早く決めてくれと言った表情だ。自分が着るドレスなのに全く興味を見せない。むしろなぜドレスなぞを着ていかなくてはならないのかと憤慨している。


 以前城に行った時は橘が適当に選んだ子供用のピンクのドレスを着ていったのだが、さくらの身長が伸びたせいで大人用のドレスが着られるようになったのだ。この機会に新調しようという事で今日は試着会が開催されている。


 だが着る物などに興味を示さないさくらと折角だから一番似合う物を選びたいフィオとの間の温度差が凄い事になっている。


「さくらちゃん、これも着てみてください」


 フィオはまた一着ドレスを手渡す。


「えー! もうこれで3回目だよ! 早くいいのを見つけてよ!」


 さくらは完全にフィオに丸投げしている割には文句が多い。


「さくらちゃん、普通の女性はは新しいドレスを選ぶためには20着くらい試着するのが当たり前ですよ! まして今回は皇女様に呼ばれているんですから、もっと気合を入れてください」


 フィオは気合を入れろと言うが、このような遣り取りはさくらが最も苦手とする作業のため気合など入るわけがない。


「じゃ、じゃあ、これにする! うん、これしかないよ!」


「さくらちゃん、適当な事を言っていないで早く着てください。その色はさくらちゃんには全然似合いませんよ!」


 さくらが適当に選ぼうとしたのはシックなエンジのドレスで、もっと大人びた印象の女性に合いそうな一着だった。仕方なくフィオが選んだ淡いレモン色のドレスを渋々着るさくら。


「さくらちゃん、この色はいいですね! これはキープという事で今度はこちらを着てみてください!」


「もう勘弁してくれーーー!!」


 こと戦いにおいては無敵を誇るさくらの心の底からの訴えが響き渡るのだった。





 数日後、スーツ姿の元哉とともに馬車に乗り込むさくらとフィオ、さくらは例のレモン色のドレスに身を包みフィオは暖色系のグラデーションで染め上げた最新のドレスをまとっている。彼女も大臣の家系に連なる令嬢なので、そこらの貴族とは格が違うところを見せなければならなかった。


「フィオちゃん、どうもこんな姿だと不安でしょうがないよ」


 さくらはドレスのヒラヒラした飾りと膨らんだスカートの部分が動きの邪魔で、こんな姿では満足に戦えないという不安を訴えている。


「さくらちゃん、これからお城に戦いに行く訳ではないのですからそんな事は気にしないでください」


 フィオの言葉はもっともだが、食べる事と戦う事しか能がないさくらにとっては仕方がなかった。元哉はそんな二人の遣り取りを微笑ましく見ているだけだ。下手に話に首を突っ込んで巻き込まれるのを恐れている。沈黙は金なのだ。



 帝城に到着すると皇女付きのメイドが門で待ち構えており控え室に案内する。彼女はしばらく見ない間にさくらの身長が伸びていたのに驚きの声を上げたが、それは最初だけでその後は普段と変わりなく接してくれた。もちろん彼女は訓練生上がりのメイドでさくらの事は骨身に染みてよく知っている間柄だ。



 控え室に通されて待っていると軍務大臣がやって来る。


「ようこそ帝城へ。さくら殿もフィオレーヌも中々の美しさですな。見違えましたぞ」


 一応社交辞令を述べる大臣。


 誤解の無い様に言っておくと、さくらの顔立ちは美人ではないが可愛らしいと表現出来る。ただその性格が全てを台無しにしているだけだ。フィオの方はジジ馬鹿の大臣の贔屓目を除外しても美少女と呼ぶに相応しい。


「今回は色々と骨を折ってくれたようで感謝する」


 元哉は例の帝国と新ヘブル王国の同盟について大臣が奔走した結果今回話がまとまる運びとなった事に感謝の意を表明する。


「いやいや、この国の利益に繋がる事だからな。私が説得する間でも無く殿下をはじめとしてみな素直に受け入れてくれたよ」


 大臣はこれ以上無い程に好相を崩して答える。教国の脅威が完全に去った訳ではないところにもって来てこの度の橘からの提案は渡りに船だった。帝国は喉から手が出るほどほしい橘特製の武器の数々を供給してもらえるのだ。


 元哉たちは新ヘブル王国の国王橘の名代でこの場に立つので、今までとは全く立場や帝国からの扱いが異なる事や具体的な謁見の段取りなどを話し合ってから、大臣は自らの仕事に戻っていく。その間暇を持て余したさくらはドレス姿で熟睡していた。



 しばらくして係の者が謁見の時間を告げる。


 案内についていき謁見の間に入るとそこにはアリエーゼ皇女が待っている。彼女はあくまでも病弱な父親である皇帝陛下の代理なので、玉座ではなくその横の皇后が座る椅子に腰を下ろしている。


 元哉たちがその姿を謁見の間に現すと、その瞬間皇女の表情が変わった。この時をどれだけ待っていたかわからないといった大きな喜びに溢れた表情に彼女の元哉に対する感情が思いっきり見て取れる。


「皇女殿下、お久しぶりです。あれからひょんな事がありまして、このたびは新ヘブル王国国王橘の代理人としてやってまいりました」


 元哉たちは最敬礼で彼女に対して跪く。


「楽にしてくださいませ、元哉殿と皆さん。このたびは遠い所から私たちに良い知らせをもたらしてくれた事に感謝いたします」


 当然同盟の事は皇女の裁量を得ているので、彼女はそれについて前向きに検討している事を告げている。


「このたびはドラゴンで帝都の皆さんを驚かせた事をまずはお詫びいたします。この先もここに居りますさくらと契約したドラゴンが度々この帝都に訪れると思いますので、その際は慌てない様にお願いいたします」


 普段から傲岸不遜な話し方しかしない元哉が珍しく敬語を使っている。それは今回の外交交渉によって新ヘブル王国の民が飢えから救われるかもしれないという使命の重さを心得ているからだ。


「確かに初めてドラゴンを目にした時は私もこの帝都が終わりの時を迎えたのかと驚きましたが、さくら殿が操ると知って改めてその偉大さに深く感じ入りました」


 何しろさくらは帝国にとって誰もが認める救国の英雄だ。もちろんさくらだけではないが、彼女の戦い振りは今回の会戦において群を抜いていた。彼女はこの国にとって手放しで褒め称えられるべき存在になっているのだ。


「それ程の騒ぎになっていたとは、改めてお詫びします」


「もう過ぎた事ですから構いません。それから次に来る時はもうそんな騒ぎにならぬように民に触れを出しましたので、どうぞご安心してやって来てくださいませ。それから同盟の件については後ほど具体的な事を大臣たちも交えて話しをしたいと思っていますがいかがでしょうか?」


「承知いたしました」


 この遣り取りで元哉たちの謁見は終了して彼らは控え室に下がる。そこでお茶などを飲みながら緊張を解していると再び係が呼びに来る。


 今度は謁見ではなくてより具体的な交渉のために、別室で非公開の話し合いが行われるのだ。




「改めて帝国を代表いたしまして、新ヘブル王国の新王橘様にこの度の就任の祝賀を申し上げます」


 皇女は上座から橘の国王就任を認める発言をする。今までは信頼出来るかどうかわからない支配体制だった国が、新たな王を擁いた事によって十分に信頼に値する国に生まれ変わったのだ。


 新たな支配体制を他の国が認めるかどうかというのは、その国にとっては重要問題だ。現代の地球においても国家同士の承認によって国というものが成り立っている。同盟を結ぶ以前に国家を承認するというのがまず第一段階なのだ。


「ついこの間まで帝国にいた者が急に国王になったなどというとんでもない話をご理解いただいて感謝いたします」


 これで両者の同盟に向けての交渉の前段階が整った。


「それでは具体的な話に入ってまいりましょう。私はこの国の宰相でありますワルス=ファン=アドストラと申します。元哉殿には先の戦いで大きなお力添えをいただき感謝しております。それで具体的にはどのような条件を考えておられますか」


 今回の戦いで今まで影が薄かった皇室が皇女の活躍で大きくその威光を増したが、こういった実務的な話し合いは宰相の出番になる。彼らのような政治家は自国にどれだけ多くの実益をもたらすかで評価されるので、このような場面はまさに腕の見せ所だ。


「仮想敵国は教国という事で利害は一致しているはずだ。我々は橘が作成する各種の武器を提供するので、それを元に共同で教国に当たりたい」


 元哉は単刀直入に案件を伝える。いきなり最大のカードを切った形だが、彼にとっては勝算に基づいた判断だ。


「武器というとどのような物ですかな?」


「それに関しては私がお答えいたします」


 元哉の横に座っているフィオが答える。彼女は帝国と新ヘブル王国のパイプ役として、その立場は帝国でも認められている。


 この時さくらはこのような話し合いの邪魔になるので、現在内宮のダイニングで豪華なお食事の接待を受けている。ここまで彼女の喜ぶ声が聞こえてきそうだ。


「橘様のお考えによると、用意できるものは今まで帝国に供給した武器と新たにマジックアイテムを用意する予定です。マジックアイテムに関しては市場で販売する事も考えましたが、国が管理した方が良いのではないかとの橘様のご提案です」


 孫娘がこれだけのお偉方が揃った席でしっかりとした話をする事に軍務大臣は完全にジジ馬鹿顔を晒している。公の場なのだからもう少し何とかならないものか。


「ほう、マジックアイテムまでとは!」


 この話は宰相の予想を超えていた。会戦で用いられた矢をはじめとした武器は侵略に対する備えとして必要だが、同様に個人の能力を高めるマジックアイテムは魔物に相対する時など大きな効力を発揮する。冒険者だけでなく騎士たちも喉から手が出るほど欲しい価値ある一品だ。


「供給の対価として食料を援助して欲しい。出来ればすぐに持って帰るのが望ましいが、今すぐどれだけ用意できる?」


 元哉が強気に出る。代金の先払いを要求しているも同然だ。


「用意できないことは無いが、それはあまりに虫がいい話ではないのか」


 宰相は元哉の提案に不満を述べる。皇女や軍務大臣はそんな事どうでもいいから早く話をまとめろという表情をしているのを彼は完全に無視をする。


「今まで渡した武器の代金だと思ってもらえればいい。特に矢は定期的に術式を掛け直さないとただの鉄と魔石になるからな」


「その話は本当なのか!」


 横から軍務大臣が大きな声を上げる。当然ながら対教国に対する防衛の要はそれらの武器に大きく依存しているからだ。


「ああそうだ。工程の多くは魔法学校の者たちがやっていたが、一箇所だけ橘が直々に術式を組み込んである。その部分を定期的にメンテナンスしないと武器として役に立たなくなる」


 半ば脅迫に近い元哉の言葉だったが実はまったくの出まかせだ。橘は最終的に術式が作動するかどうか矢を点検をしたが、特に自ら術式を掛けてはいない。しかし1本の矢に何重もの術式を重ね掛けしているので、帝国の魔法使いではその術式がどうなっているのか解析する事は不可能だった。


 帝国からしたらメンテナンスして欲しかったら食料を寄こせと脅迫されているようにしか聞こえない。この状況に交渉の主導権を握っていると思っていた宰相は真っ青になっている。


「わかりました、その条件を飲みましょう。その代わりになるべく早く新たな武器を引き渡してください」


 事の成り行きを注視していた皇女は元哉から発せられる絶対に譲歩しないというオーラを見て取り、これ以上有利な条件を引き出す事を諦める。その言葉に元哉の横にいたフィオの表情が和らいだ。


「ではこれで2国は対教国において同盟を結んだということでいいな」


「その通りです、元哉殿。今後は協力し合っていきましょう」


 皇女の言葉で同盟が締結され両者の代表が書類にサインをして、ここに史上初の帝国と新ヘブル王国の同盟が正式に発足した。


 



「こんにちは、フィオです。元哉さんはまたまた強引な理屈で交渉をまとめ上げました。いったいどういう神経をしていればあんな無茶なゴリ押しが出来るのかまったく理解が出来ません。でもそんなところが男らしくて格好いいですよね。次回も帝国での滞在記になります。投稿は金曜日を予定しています。感想、評価、ブックマークお待ちしていますね」

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