114 フィオの涙
帝都での話が続きます。今回はフィオのお話です。彼女は長年住んでいた帝都でどのような行動をするのでしょうか・・・・・・
翌日、フィオは商業ギルドにやって来ている。
「ギルドマスターを呼んでいただけますか」
受付の女性に声を掛けるが、彼女はフィオが何者であるか知らないらしくて怪訝な表情で尋ねる。
「失礼ですが、お約束が御座いますか?」
それはそうだ、通常ならば二十歳前の小娘に対してわざわざギルドマスターが応対するはずが無い。
「ああ、申し送れました。わたくしはフィオレーヌ=ファン=ルードラインと申します。軍務大臣の孫娘と名乗った方がよろしいでしょうか」
フィオは余り家名を振りかざして自分の都合を押し通すのは好きではない。魔法学校でも努めて大臣の孫という事は口にせず、誰にでもなるべく平等に接してきた。だが今回は橘のたっての頼みでやって来ており、新ヘブル王国のためになるべく質のよい貴金属を集めなければならない。
「大変失礼いたしました。すぐに呼んで参りますので、あちらの個室でお待ちくださいませ」
受付嬢はまさかフィオが政府要人の関係者とは知らなかったので、慌てて彼女を商談用の個室に案内する。
ゆったりとしたソファーに腰掛けてしばらく待つとドアがノックされて初老の男性が入ってくる。
「お待たせいたしました。私がギルドマスターのベルトルフです。大臣のご家族とお聞きいたしましたが、本日はどのようなご用件でしょうか」
相手が相手だけに彼は丁重に対応する。ここで失礼があったら軍務大臣の機嫌を損ねる事になりかねない。商人は常に政府の関係者とはうまくやっていきたいものだ。その心理を今回フィオは逆に利用している。
「わたくしは魔法学校生徒会長のフィオレーヌと申します。今回ご相談に参ったのは、私の師でもあります橘様のたっての要望で、アクセサリーの材料を集めたいと思ってここにやって参りました」
魔法学校の生徒会長といえばつい先日の対抗戦トーナメントの優勝者だ。しかも橘の名前はあの伝説の一騎討ちで帝都中に知られており、その名代でフィオがここにいる事を明かす。何事も高名な者ほど信用されやすいものだ。
「アクセサリーの材料と申しましても数限りなく様々で御座います。もう少し具体的にお話いただけると助かります」
ギルドマスターはまさかの超有名人からの依頼とあって緊張を隠せない。現代でいえばハリウッドスターが来店したようなものかもしれない。
「そうですね、指輪やペンダントの宝石を嵌め込む前の状態の物がたくさん必要なので準備していただけますか」
橘の計画ではこれらに魔石を嵌め込んで術式を埋め込む事でマジックアイテムに作り変える手筈だ。一つ金貨数枚の物が千倍の価値を生み出す予定になっている。新ヘブル王国で用意出来れば良かったのだが、街中に出回るアクセサリーの数が少なくて、仕方なく帝都まで買出しに出る羽目になった。
「承知いたしました。私どもが責任を持ってご用意いたします」
「ありがとうございます。主に男性が使用しますのでなるべくサイズの大きな物、かつ大き目の石を嵌め込みますので土台の部分も大きな物を用意してください。素材はミスリル限定でお願いします」
期限は1週間で来週再びやって来る約束をして今回の商談は成立した。本来ならば手付金が必要だが、大臣の孫娘の威光で全額後払いになっている。彼女も今まで余り家名を出さないでいたが、このような時は便利なものだなと、自分の家系を見直している。
用を済ませて宿舎に戻ると、まだ元哉とさくらは冒険者ギルドから戻っていなかったので、一人で昼食をとってから久しぶりに魔法学校に顔を出そうと身支度をして再び外へ出る。
宿舎備え付けの馬車を出してもらい、15分ほどで学校に到着する。しばらく振りで見た魔法学校はまだ学籍こそ残っているものの、なんだか卒業した母校を訪ねるような変な気分に囚われるフィオ。
『ここにいた頃と比べてまったく別の世界に行っていたから、当たり前のように毎日通っていた校舎がひどく懐かしいわ』
確かに橘と行動をともにしてから、ドラゴンに乗って空を移動したり、勇者を追い返したり、果ては魔族の国で橘が国王なってみたり、この一月ちょっとの間に学校に通っていた頃よりも何倍も密度の濃い時間を過ごして来た。
自らが望んで選んだ道なので全く後悔は無いが、学校に残してきた友人や後輩たちの事も気になる。
『みんな元気にしているかな?』
そう思いながら校舎の入り口をくぐる。今は授業中なので全員教室や実習室に居て、廊下を歩く者は一人も見当たらない。取り敢えず自分のクラスに行ってみようかと考えてそちらに足を向ける。廊下に佇んで教室の中の様子を覗うと、教官の声が聞こえてくるのでどうやら座学の時間のようだ。
『もう時間割もすっかり忘れちゃった』
毎日通っていた頃は頭の中に全て入っていた時間割すらもう思い出せない程遠い記憶のようだ。人間必要の無い物はさっさと忘れた方が新しい知識を詰め込みやすいのかもしれない。
教室のドアをそっとノックして『失礼します』と言ってドアを開けると、全員が一斉にフィオに注目する。そして教室中の全員が急に理由も告げずに休学して姿を見せなくなった彼女が不意に戻って来て驚いている。
「フィオレーヌさん、戻って来たんですね。さあ座ってください」
女性の教官は彼女が再び学校に戻ってきたものと思って席に付かせようとしたが、フィオはそれを断る。
「教官、急に居なくなった事をお詫びいたします。今日は皆さんにお別れのご挨拶をしに参りました。ほんの少しお時間よろしいでしょうか」
教官はなおも彼女を引きとめようとしたが、フィオはそれを無視して生徒の前に立つ。
「みなさん、急に居なくなってご心配をおかけしました。私は魔法や様々な知識を知りたくて現在橘様と一緒に居ります。今回は帝都に用事があって皆さんも目撃したあのドラゴンに乗って帰ってきました。橘様たちと一緒に居る日々はとても充実していて毎日がとても勉強になります。1週間程でまた帝都を離れますが、一言皆さんにご挨拶したくて顔を出しました。たぶんこの学校に来る事はもう無いと思います。皆さん本当にお世話になりました」
別れの挨拶をして深々と頭を下げるフィオ、誰が引き止めても彼女の決心が揺らぐ事は無い。だが、生徒の方は彼女の言葉に目が点になっている。まさかあの橘の元に押しかけていたとは余りにも予想外な行動だ。元々フィオは学校では優等生で通っていた。行動も慎重で理性的な生徒会長として評判だった。
それが今回余りに思い切った行動を仕出かした事について生徒たちの頭が付いていけない。中には色々と聞きたそうな表情の者も居るが、フィオは質問を一切受け付けないと言う表情で全員を一瞥するとそのまま教室を出て行く。
これで彼女なりに世話になった魔法学校にけじめを付けたつもりだ。クラスメイトたちの中にはこの先二度と会えない者も居るだろうが、人生に別れは付き物だ。一足早く卒業したものと思ってもらえばそれでいい。
「みんな、さようなら」
廊下に出てドアを閉めてから教室に向かって振り向いて、最後の別れを告げるフィオ。その目には涙が浮かんでいる。それを見られたくないから急いで教室を出たのだ。
そのまま廊下を歩いて誰にも見られる事無く、表に停めている馬車に乗り込む。そのまま彼女は誰にも会わずに、校門を出て行くのだった。
「フィオちゃん、お帰り!」
「さくらちゃん、ただいま戻りました」
宿舎に戻るとさくらが出迎える。元哉はまだ色々な所に挨拶回りをしているらしい。
その後は他愛も無い話をする二人、やはりもう自分の居場所はここなのだと改めて実感するフィオだった。
「こんにちは、フィオです。今回は私のお話が中心でした。学校のみんなと別れるのはやっぱりちょっと辛いですが、これも新たな旅立ちのための一つのけじめです。みんなに何も言わないまま出てきて、私も今まで胸につかえていたものが取れたようで、寂しい反面スッキリしています。観想、評価、ブックマークお待ちしています。次回の投稿は土曜日を予定しています」