110 玉座の行方
橘と偽王の一騎打ちが始まります。戦いの行方は・・・・・・
「ついに偽王が倒れる時が来た!」
「偽王の首を掲げろ!」
「大魔王様万歳! 姫様万歳!」
話を聞いて王都の民は仕事を放っぽり投げて、大人も子供も続々と闘技場に集まってくる。彼らは長い弾圧の日々から解放される事を心から望んでいる。そしてこの国が正当な支配者によって正しく導かれる新時代に希望を持っている。
闘技場は一万を超える人員を収容できるが、集まった民衆はその3倍でもきかない。皆が期待に胸を膨らませて詰め掛ける。中に入れない者たちはせめて近くでその戦いの行方を見守りたいと、闘技場を囲うようにおびただしい人垣が出来ている。
そこに橘たちを乗せた馬車が到着する。『ワー!』と声を上げた群衆にたちまち取り囲まれるが、ディーナが顔を出して『道を空けてください!』の一言で潮が引くように馬車の前に道が出来る。彼らは一目ディーナたちを見て応援の声を掛けたかった。手を振るディーナに熱狂する群集、彼らは馬車が見えなくなるまで手を振り続けた。
「どこの街でもディーナの人気はすごいわね」
橘はその様子を見てため息をつきながら窓の外を見る。そこには見渡す限り手を振る群衆の姿があった。
「そんな事は無いですよ。これからこの国は橘様の時代ですから、私なんかよりもはるかに大きな歓声が橘様に向けられます」
ディーナは自信を持って言い切る。彼女の目にはどう贔屓目に見ても橘が理想的な君主に映っている。彼女が君主になる事でこの荒廃した新ヘブル王国がようやく安定と平和の時代を迎えると固く信じている。
「あんまり人前には出たくないのに・・・・・・」
橘はまだ国王になる踏ん切りがついていない。いつでもディーナにその地位を明け渡す用意があって、そのために彼女をまずは事務処理面について勉強させている。戦う能力だけでは国を治められないのだ。
闘技場の入り口に到着して馬車から降りる橘たちは、そのまま案内に従って控え室に通される。あと一時間後にはいよいよ一騎打ちが始まるタイミングだ。
「橘様、私が一足先に観衆の皆さんに挨拶をしてまいります」
ディーナは一礼して控え室を出て、闘技場に詰め掛けている観衆の前に出て行く。その姿を見送る橘はそっと彼女の体全体を覆うシールドを掛ける。万が一の事があるといけないという配慮だ。口では色々と厳しい事を言っても、過保護なくらいにディーナへの安全に気を使う橘だった。
「ウオーーー!!」
「姫様! 姫様がお姿を見せたぞー!!」
闘技場の中心に姿を見せたディーナに観衆たちは喝采を叫ぶ。彼女の姿を見ただけで泣き出す者も多数出ている。
「皆さん、長いこと留守にして申し訳ありませんでした。オンディーヌが王都に帰ってまいりました!」
一斉に歓声を上げる観衆たち、彼ら自身もう何を言っているのかわからないくらいに興奮している。やがてその歓声が治まる頃合いを見計らってディーナは再び話し出す。もちろんその声は魔法で増幅しているので闘技場の隅々まで届いている。
「今からこの国の新たな支配者をめぐる一騎打ちが行われます。現国王に戦いを挑むのは大魔王の称号を持つ橘様です。橘様は私の命の恩人でもあり、大変慈悲深い方です。きっとこの国を豊かで住みやすい国にしてくれる事でしょう」
再び大きな歓声が上がる。王都の民は橘がどのような人物か知らなかったので、ディーナの言葉を信じるしかなかった。だが彼女は極めて心の優しい姫としてその評判が非常に高かったので、ディーナが推薦する人物ならばと皆が素直に橘の事を受け入れる。
「そして橘様はどんな敵にも負けない強さをお持ちです。ガラリエではやって来た勇者を簡単に退けました!」
これは本当はさくらの手柄なのだが、橘が戦っても同じ結果になったはずだ。宣伝は巧妙にしておいた方が効果が高い。
「おい、今姫様は勇者と言ったよな!」
「確かにそう言ったぞ!」
「勇者なんて実在したのか!」
驚きの声が闘技場に広がる。勇者のもたらす災厄を未然に防いでくれた、それだけでもこの国の民にとって大恩だ。足を向けて眠れないほど感謝してもし足りない。
「大魔王様万歳!!」
どこからともなく闘技場に巻き起こる橘に対する大きな歓声、それは彼女に対する大きな期待に繋がっていく。ディーナはそんな観衆の様子を満足そうに見ている。
「皆さん、橘様を一目見ただけで皆さんは大魔王様として尊敬して信頼することでしょう。そして橘様は皆さんの信頼に必ず応えてくれる方です!」
「ウオーーー!!」
「大魔王様!!」
ディーナが煽った事によって観衆の期待は一気に高まる。彼女は扇動者としての素質があるのかもしれない。
そんな観衆とディーナの遣り取りを橘自身は控え室で呆然として聞いている。
「ちょっと、いくらなんでも遣り過ぎでしょう!」
だが今更止めようとしても後の祭りだ。もう観衆は橘に対する大きな信頼感を持っている。
そしてディーナの扇動を苦々しい思いで聞いている者がもう一人いる。反対側の控え室に一人置かれている偽王マウロスだ。
「何故だ、何故こんな事になったのだ!」
頭を掻き毟りながら外から聞こえてくる歓声に表情を歪める。彼はカミロスとバルキアスに半ば無理やりここに連れて来られた。二人が脇を固めてその他にも大勢の兵士に囲まれ逃げ出す隙も無かった。
「こうなったら大魔王を倒すのみ!」
ようやく此処に至って覚悟を決めるマウロスだった。
「ただいまより神聖なる慣習に基づいた現国王と新たなる支配者として名乗りを上げた者の一騎打ちを開催する。見届け人の元老代表ガレオンの名に於いてこの戦いを正式な国王選任の儀とする」
元老とは元々は国王の諮問機関であり偽王によって形骸化して現在は名誉職のようになっているが、この戦いの見届けをするのは彼らの最も重要な役割だった。
「両者、入場!」
ガレオンの声に合わせて東西の扉が開き橘とマウロスが中央に向かって進み出る。橘に対しては惜しみない歓声と拍手が、マウロスに対しては怨嗟の声とブーイングが一斉に沸く。
白いローブ姿でディーナよりも小柄な橘に対してマウロスは2メートル近くの巨体で腰には剣も差している。観衆は両者の姿を対比して、小柄な橘に一瞬不安を抱く。
「本当にあの小さな方が大魔王様なのか?」
「偽王はかなり強いという話だが、本当に大丈夫だろうか?」
ひそひそと囁き合う声が広がるが、それはほんの僅かな時間に過ぎなかった。
「どうやら皆さんが不安になっているようだから、ちょっと本気を出してみようかしら」
橘は今まで押さえ込んでいた魔力の制限を解除する。その小さな体からは溢れんばかりの魔力が迸る。その様子を見た観衆は一斉に平伏した。周囲を自然にそうせざるを得なくさせる力が橘の魔力に込められている。
「こんな恐ろしい魔力はみたことがないぞ!」
「ああ、まさしく本物だ! 伝説の大魔王様だ!」
まだ何もしていないうちから圧倒的な影響を周囲に及ぼす橘の力に観衆は畏敬の念を抱いている。もうこれだけで本当の支配者が誰なのか明白だ。一騎打ちなどする必要も無いくらいに観衆は全てを理解した。
「このくらいで驚いてもらったら困るんだけど」
橘はそのつぶやきとともに臨戦態勢に移行していった。
「こんにちはディーナです。ようやく偽王を引っ張り出す事に成功しました。この国を皆のために取り戻すまであと少しです。次回は多分決着が付くと思います。感想、評価、ブックマークお待ちしていますね。次の投稿は水曜日の予定です」