109 解決の道筋
お待たせいたしました。魔王城での対決の続きです。橘とディーナの前に現れた仮面の男、果たして対決の行方は・・・・・・
正面の入り口とは別の扉から現れた仮面の男、彼は橘たちを見て無言で立っている。さらにその扉から二人の男と兵士が数人現れた。
身構える橘に対してディーナは驚きの声を上げる。
「バルキアスにカミロス! あなた方が謀反の首謀者だったのですか!」
彼らはかつてメルドスと並んでディーナの父親の腹心だった。彼女が捕らえられた時に表に表れなかったために、ディーナは首謀者が誰なのか知らなかったのだ。
「ディーナ、この者達があなたを幽閉した張本人だということかしら?」
橘は彼女を落ち着かせるためにわざと低い声で問い掛ける。その表情は険しいままだ。
「そのようです、まさか父上の側近がこれほど謀反に関っていたとは思いませんでした」
橘の問い掛けで多少落ち着きを取り戻したディーナは彼らを気の毒な者を見るような目で見返す。どれだけ愚かな行いをしでかしたのかと問い詰めたい思いがあるが、今更そのような事を言っても始まらないのでグッと堪えている。
「我らの事など気にする必要はない。お前たちはこの場で死ぬのだ」
仮面の男がディーナに宣告する。この場で邪魔者を消せば、彼にとってこの不利な状況を覆せるとでも思っているのだろう。
「さて、どうかしら。確実に言えるのはどちらかが死ぬ事になりそうだと言うこと。それよりもその無粋な仮面をとって素顔を見せたらどうなのかしら」
橘は先程と同じようにエアブレードを発動して仮面を真っ二つに切断する。その間男はまったく動く暇も無かった。
「叔父上!」
またもやディーナの口から驚きの声が発せられる。仮面の下から現れたのはディーナの叔父で前国王の弟のマウロスだった。
これでようやく彼女にも四十数年前の謀反の実態が明白に理解できた。結局は国王の弟による権力欲しさのクーデターだったのだ。
だがその事実はディーナの心に重く圧し掛かる。肉親同士の無駄な争いで父を失い多くの民が苦しんだ事に困惑している。
「ディーナ、覚悟を忘れないで!」
橘は事実を知って揺らいでいるディーナにヘブロンで何度も念押ししたあの気持ちを思い出させた。彼女はたとえ相手が叔父であろうともここで引く訳にはいかないと再び顔を上げて彼らを睨み付ける。
「さて、役者は揃ったようだし始めましょうか」
剣呑な輝きを湛える橘の目が相手を捉える。その眼光は目にする者全てを飲み込み滅ぼしかねない物騒な光を放つ。
「お待ちください。その前に少々私の話をお聞きください」
カミロスが偽王の横に立って橘に話しかけた。今にも魔法を放つばかりだった橘もその言葉に興味を引かれて一旦集めかけた魔力を元に戻す。
「お聞き届けていただき感謝いたします。私はカミロスと申す、現在の財務長官を務める者です。大魔王と称される方でよろしいですかな?」
彼は敵とは思えぬずいぶんと丁寧な物腰で尋ねてくる。彼の態度に若干の戸惑いを見せる橘に対して偽王マウロスは打ち合わせに無い事を突然彼が言い出して大きく戸惑っている。
「そうね、私が大魔王の橘よ」
「名乗っていただきありがとうございます。橘様、可能であればその証を示していただけませんか」
橘は頷いてステータスウィンドウを開きその称号を開示する。そこには正真正銘の『大魔王』の文字が刻まれている。
「まさか本当に伝説の大魔王様が出現されるとは思っていませんでした。お手数を掛けました事お詫びします」
丁寧に頭を下げるカミロスに対して偽王は違う意見を以って反論する。
「いくら大魔王とはいえ、ルトの民でない者がこの国を統べる訳にはいかん!」
彼にとってはこれが最大の反論の根拠だ。いや、すでにこの程度の事を反論するしか残された道が無かった。当初は3人で力を合わせて大魔王を討ち取ろうという話で姿を現したにもかかわらず、カミロスのまるで橘の味方と言わんばかりの態度に偽王は憤慨している。
偽王の力はカミロスやバルキアスを上回っているが、二人掛りで反抗されてそれを取り押さえる程では無かった。まして目の前に大魔王がいるこの場で仲間割れしている場合では無い。
そんな偽王の立場を見透かしたように橘は努めて冷静に告げる。
「そうね、私はあなたたちと同族ではないけれど、満更縁が無い訳でもないのよ」
橘は神殿で前魔王と話したルトの民が約束の地を追放された経緯を話し始める。代々の魔王に語り継がれてきた話なので彼らにとって初耳の話だ。
「という訳で私はあなたたちがかつて住んでいた世界から来た者、というよりもあなたたちを追放した側になるのかしら」
確かに天使のミカエルはソドムとゴモラの民を追放した側に当たるが、橘はその辺の話を濁して伝える。
「俄かには信じられぬ」
「そんな話嘘に決まっている!」
カミロスとマウロスのそれぞれの反応だ。バルキアスは相変わらず黙って立っている。ディーナは助け出されて時にこの話を聞いていたので今更驚く事は無い。
「さて、こちらの事情は全部話したし、今度はそちらのお話を聞こうかしら」
橘はさっさと話さないと実力を行使すると暗に脅しを込めた圧力を掛ける。その威圧感はまさに大魔王に相応しい。
「話がし難いので少々お力を弱めていただけませぬか」
さすがに精神的な圧迫感にたまらず泣き言を口にするカミロス、仕方なく橘は威圧を緩める。
「橘様はヘブロンにて慣例に従い国王との一騎打ちを申し出られたとお聞きしますが真でしょうか?」
橘は何も言わずに頷くのみだ。
「私とバルキアスは慣例に従う所存です。橘様がよろしければ今から闘技場で一騎打ちを行いたいと考えます」
よもやの裏切りの言葉に偽王は大きく動揺している。まさかこの場で自分を売って助かろうとするとは思ってもみなかった。すがるような目でバルキアスを見るが彼は微動だにしない。
「それで構わないわ。城の入り口に大勢の民が集まっているから彼らにも伝えて」
橘は最初から大勢の民衆の前で堂々と偽王を討ち取るつもりだった。話の流れが都合良く進んでいるので心の中で手を打って喜んでいる。元々はガロマレの裏切りを利用して偽王との一騎打ちに持ち込むつもりだったが、彼があのような姿になって駒を一つ失っていたので、次の手はどうしようかと考える手間が一つ減った形だ。
それとは対照的に偽王は大慌てしいる。まさか一騎打ちの場に自分が駆り出されるとは思っていなかった。まんまと謀られた悔しさに歯噛みしてカミロスを睨み付ける。
だがここまで話が及んではもう大魔王を倒すことしか助かる道が無い事を偽王は悟った。
「ではこのまま第一闘技場にて2時間後に一騎打ちを開催するということでよろしいですな」
橘に念を押すカミロス、この流れは橘にとって申し分ないので反対する理由が無い。
「結構よ、でも何故あなたたちは自らに不利になるような事をするのかしら?」
橘は余りに出来過ぎなこの流れの理由を知りたかった。でないと何か罠でも仕掛けられる可能性がある。
「私はかつてこの国を裏切りました。そして多くの民を殺めました。もうこれ以上裏切りたくないのです。神聖な慣例に従って新たな支配者を決める、この国の伝統に従うまでです」
カミロスの表情は全てを悟った清々しさが浮かんでいる。ディーナがこの国のために命を投げ出してもよいと覚悟を決めたように、彼もなんらかの覚悟を決めているのだろう。
彼は偽王の身柄をバルキアスに任せて橘たちとともに門に向かう。そして民衆に向けて大声で緊急の要件を伝える。
「王都の民に伝える、今から2時間後この国の支配者を決定する一騎打ちを第1闘技場で行う。慣例に従った正式な一騎打ちだ。皆の者闘技場に集まれ!」
カミロスの声に沸きあがる民衆たち、彼らは大切なオンディーヌ姫が城の中に消えてから心配でずっとこの場に留まっていた。そして彼女の無事と新たな支配者を決める一騎打ちの宣言に心の底から快哉を挙げている。
「ディーナ、王都の皆さんがずいぶん期待しているけど、あなたが一騎打ちに出てもいいのよ」
橘は横に立つディーナに向かって微笑んでいるが、対するディーナはその提案を丁重に断る。
「橘様、私は残念ながら魔王の称号を持っていませんのでその資格がありません。やはり橘様に出ていただかなくては」
ディーナに国王の地位を押し付けようとした橘の目論見は跳ね返される。橘を崇拝しているディーナからすれば、彼女を差し置いて自分が王になるなど有り得ない事だった。
「そう、さくらちゃんを連れて来れば良かったわ。あの子なら喜んで代わりに戦ってくれるでしょうから」
つくづく残念そうにつぶやく橘、余程王位に就きたくないらしい。
「橘様、さくらちゃんが王になったらこの国はもっと無茶苦茶になるのでそれだけは止めてください」
ディーナのさくらに対する信頼の程が伺える意見だ。もっとも橘も全く同じ意見を持っているのは言うまでも無い。
ひとしきり話し込んでから門を出て民衆の盛大な見送りを受けながら馬車に乗り込む橘とディーナだった。
「こんにちは、ディーナです。ついに国王の地位を賭けた一騎打ちが開催される事になりました。ただ相手が自分の叔父という点が私にとっては複雑です。でもこの国のためには橘様に勝ってもらわなければいけませんよね。感想、評価、ブックマークお待ちしています。次の投稿は月曜日の予定です」