108 魔王城
お待たせいたしました。話はついに魔王城に舞台を移します。偽王との対決の行方は・・・・・・
「陛下、ご報告があります。オンディーヌ姫と大魔王と称する者がヘブロンで反旗を翻しました」
魔王城の玉座の前に跪いて報告をもたらしたのは、夜中に館を抜け出して王都までやってきたガルマレだ。彼は元哉一行の毒殺を図った時点で再び偽王に寝返りを決めていた。
「お前はなぜ此処にいるのだ」
玉座からくぐもった声が聞こえる。そこに座るこの国の現支配者は黒い仮面を付けて決して人前で素顔を晒さない。
「申し訳ございません。何しろ強大な力を持つ者ばかりで、全員の毒殺を図りましたが事が露見して止む無く逃げ出しました」
冷や汗を流しながら自らの不手際を弁解するガロマレ、額を床に擦り付ける勢いだ。目の前の暴君に対して少しでも対応を間違えると命が無い。
「そうか、相手はそれほど強いか」
偽王は彼の言葉に納得したようにつぶやくだけだった。
「基本的にはそれでいいと思うが、本当に二人だけで行くつもりか?」
元哉は橘の提案に驚きを隠せない。彼女は王都にディーナと二人だけで行くつもりだ。さすがにそれでは護衛が手薄のような気がするが、橘の事だから何かしら意図があるのだろうと考え直す。
「私たちだけで行く事に意味があるのよ」
自信たっぷりな様子の橘に元哉は首を縦に振るしかなかった。
3日後、橘はディーナと馬車に乗り込み出発した。御者の他にはメルドスがどうしてもと無理矢理に付けた護衛の兵士が5人だけの僅かな人数でこれから王都に乗り込む。
「ディーナ、覚悟はいいわね」
橘は馬車の中で彼女に念を押す。いざとなって覚悟が鈍らないように何度も言い聞かせてきた事だ。
「はい橘様、とうに覚悟は出来ています」
ディーナは真っ直ぐに橘を見つめて答える。その目は自らの命さえもこの国に捧げるという強い意志を湛える。
朝ヘブロンを出た馬車は昼過ぎには王都のベツレムに到着した。
「ようやく此処に戻ってきました」
ディーナの頬に一筋の涙がつたう。四十数年ぶりに懐かしい生まれ育った所に戻ってきたその感慨は幾ばかり程か他の者にはわからないであろう。
門の前には街を出入りする大勢の人が行き交っているが、その様子をディーナは懐かしそうに見ている。
「ディーナ、感傷に浸るのは其処までにしておきなさい。あなたの役目があるでしょう」
橘の声にハッとして姿勢を正すディーナ、彼女は軽く息を吸い込んでから馬車の扉を開いて外に飛び出す。
「王都の民よ! 今ここにオンディーヌが帰って参りました!」
御者の隣に立って門前にいる全員に聞こえる声で帰還を宣言する。
その声を聞きつけた群衆がディーナの姿を認めた。
「姫様だ!」
「本当にいらっしゃるなんて!」
「これでこの国は救われる!」
声を上げて駆け寄る群集たち、橘は彼女がもみくちゃにならないようにそっとシールドを張った。
「門番の者! 私が誰だかわかっているならば、そこを通しなさい!」
ビシッと指差して城門を見つめるディーナ。
対して番兵は身動きひとつしないでディーナを見つめるばかりだった。彼らは国王から直々に彼女を捕らえるように命じられていたが、その凛とした姿を見て動く事が出来なくなっている。まして熱狂する群衆に囲まれた彼女に手を出すとその場にいる全員から袋叩きにあいかねない。
彼はその圧力に耐え切れずに道を空ける。門前の詰所にいた兵士たちもその行動を黙認する事しか出来なかった。
ディーナは車内に戻り、群衆が取り囲んだまま馬車は進む。このまま直接城に乗り込むつもりだ。噂を聞きつけた群衆は次第に数を増して大通りを埋め尽くすばかりの勢いに膨らんでいる。
城の前で馬車は一旦停止する。素早く馬車から降りたディーナは再び御者の横に立ちスラリと腰の剣を抜く。今日彼女はこのためにドレスでもなく私服でもなく、冒険者の装備に身を固めていた。
「民たちよ! あなた方は此処に留まりなさい! 危険を冒すのは私たちだけで十分です。此処まで一緒に来てくれた事を心から感謝いたします」
住民たちは心配そうにしながらも、ディーナの言葉に従って後ろに下がりだす。彼らは盛んに声をかけるが、ディーナは一切振り向こうともしない。それは彼女の決意の表れでもあった。
門の前には槍を構えた兵士が30人ほど並んでいる。彼らもディーナを捕らえろと固く命令されていた。
そしてディーナはたった一人で彼らの元に歩いていく。後方の住民たちからは『危ない!』『姫様、逃げて!』と悲鳴が飛び交っているが、もうそれはディーナの耳に入ってこない。
「兵たちよ! エイブレッセの名に懸けて命じます! 道を空けなさい!」
剣を抜いたままで兵士たちを睨み付けるディーナ、それは元哉やさくらに鍛え上げられた戦う者の顔付きだ。
なおも槍を構えたまま動こうとしない兵士たちにディーナは魔力を充填した剣を横なぎに振るう。
「雷光!」
20メートルの距離を稲妻が走る。ディーナは威力を加減しているので兵たちが死ぬことは無いが、それでも彼女は自分の国の兵を傷つけた事に心を痛めている。口には出さずに『ごめんなさい!』と謝っていた。
兵士の方はまさか剣からいきなり魔法が飛んでくるとは思ってもみない。障壁が間に合わずにその場にいる全員が稲妻に当たって倒れていく。
その瞬間後ろで心配そうにその様子を見ていた住民から大歓声が沸き起こった。
「姫様! すごいぞ!」
「ご立派になられて!」
口々にディーナを褒め称える声が飛ぶ。まだ成人前の体で魔法を扱えるその才能に驚くばかりだ。
「ディーナ、よくやったわ」
馬車から降りた橘が彼女の横に並ぶ。橘がディーナに与えた課題は自分の力で道をこじ開ける事だった。ようやく帰還したのだから橘の力に頼らずに自力で何とかさせる、それが橘の教育方針だ。
そこから先は二人だけで進んでいく。立ち塞がる者もいるが全てディーナに任せて悠然と進む橘だった。
偽王がいる謁見の間の扉の前に立つ二人、此処に来るまでに百人以上倒している事もあってディーナはやや疲労の色がみられるが、今はそんなことを言っていられない。息を大きく吸って扉に手を掛けて中に入っていく。
謁見の間にも大勢の兵士が待機しているが彼らは橘が指の一振りで眠らせる。そのまま誰にも邪魔される事無く玉座に座る偽王に向かっていく二人。
「良くぞ此処まで参ったものだ、この死に損ないが」
仮面の下から聞こえるその非道な声にディーナは唇をかみ締める。今彼女の胸には様々な思いが去来している事だろう。だがそれを一切顔には出さずに強い目で偽王を睨み付ける。
「卑しき王よ! 挨拶も碌に出来ないとは情けない限り! そのような愚かな者は私が戦うまでも無い。すぐにそこから降りて跪くがよい」
氷のような橘の声が響く。その瞬間謁見の間の気温がグッと下がったように感じる。
「お前が大魔王を僭称する者か。その正体我が手で暴いて串刺しにしてやるわ」
橘は思った・・・・・・馬鹿に付ける薬は無いと。そしてその余りのふてぶてしさに心の中で盛大にキレていた。
「まずはその腐った顔を見せよ!」
橘はエアブレードを放つ、絶妙な力加減で放たれた魔法は偽王の仮面をきれいに縦2つに切り裂いた。
「お前はガルマレ!」
ディーナの驚いた声が響く。だがガルマレの様子がおかしい。まるで人形のように目が虚ろで口を動かすだけで体は動かそうとはしない。
「誰かに操られているようね。もしくはすでに死んでいて死体を動かしているだけかもしれないわ」
確かにその顔色は生者のものとは思えないほど血の気が無い。橘もさすがに死体を操る魔法の知識だけはあるが、習得する気も無いので詳しい事がわからない。
「では偽王は一体どこに?」
ディーナが疑問の声を上げた瞬間、背後に魔力が集まる気配が伝わってくる。橘は無意識にシールドを展開した。
「ガシーン!」
音を立てて後ろからシールドに魔法がぶつかる。闇の炎がシールドを燃やし尽くそうと広がるが、橘が軽く手を振っただけで集束された魔力が霧散して炎も消え去る。
「偽王というのはずいぶん卑怯者のようね」
橘とディーナが後ろを振り返るとそこには仮面を付けた男が立っていた。
「こんにちはディーナです」
「ヤッホー! さくらだよ!」
(ディーナ)「あれ、さくらちゃんはヘブロンに残っているはずなのになんで此処にいるんですか? 私に付きまとっているんですか? ストーカーですか?」
(さくら)「いきなりディナちゃん飛ばすねー! えーととりあえず衛星通信かなんかで結んでいるということで・・・・・・」
(ディーナ)「えいせい???? それは一体何の事ですか?」
(さくら)「私が知るかーーー!!(なぜか逆切れ)」
(ディーナ)「ところでさくらちゃん、私の活躍見てくれました?」
(さくら)「ゴメン、人の活躍に興味ないから」
(ディーナ)「さくらちゃんひどいです! せっかくの私の見せ場なのに!」
(さくら)「人を小バカ呼ばわりするからだよ!」
(ディーナ)「まだ根に持っていたんですか! 過ぎた事は水に流しましょうよ!」
(さくら)「絶対にお断りだね!(険悪)」
(ディーナ)「私さっき元哉さんにお菓子をもらったんですけど」
(さくら)「ディナちゃんは私の一番のお友達だよ! さあ、お菓子を出しなさい!」
(ディーナ)「こんなさくらちゃんですが、皆さん呆れないで可愛がってください。次回は新ヘブル王国編のクライマックスになりそうです。感想、評価、ブックマークをお待ちしています」
(さくら)「ディナちゃん、このお菓子おいしいね! もう一個頂戴! ああ次の投稿は土曜日です」