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105 ヘブロンの街

 お待たせいたしました。橘を先頭に新たな街に進出します。

 元哉たちは橘に預けられた男たちを引き連れて、館の裏側の壁で仕切られたサッカーグランドの半分程度の訓練場にやって来る。


 一体何をされるのか不安な表情の男たちを前にして元哉は彼流の軍事教練を開始する。


「全員整列! 点呼!」


 指示通りに並んで点呼をとる男たち、一応の基礎は出来ているようだ。


「いいか、これから貴様たちはただの道端に転がっている石ころ、いやゴミ屑だ! そのつもりで扱うからよく覚えておけ! 反論はするな、言われた通りの事をやれ! 無駄な事は考えるな、ゴミは何も考える必要は無い!」


 元哉の言葉に戸惑う男たち、彼らもかつては新兵として訓練を経験した者ばかりだがどうも彼らが受けたものとは様相を異にしている。


「返事はイエスかノーだ! わかったらさっさと返事をしろ!」


「サー! イエッサー!」


「手始めに外周を100周走れ! 遅いやつはさくらがケツを蹴飛ばして回るから死ぬ気で走れ! むしろ死んでこい!」


 こうして彼らの地獄の日々が始まった。元哉の考えで先にリーダーを努める者を養成していく方針にしたので特に彼らにはひどい目に会ってもらう予定だ。




 こうして2週間が過ぎ、ガラリエの街は橘を新たな国王として完全に忠誠を誓う拠点となった。


 訓練中の男たちは休暇兼組織の寝返り工作のためにすでにヘブロンの街に出発している。


 本来ならまだここで足元を固めておきたいところなのだが、こうしている間にも偽王による弾圧の情報が聞こえてくるので、橘はヘブロンの街に移動する事を決意した。もちろん元哉の助言も大いに参考にした結果である。


 ヘブロンは王都のベツレムに隣接したこの国第2の大きな街で、国全体に与える影響はここガラリエよりも遥かに大きい。この街を押さえる事で、王都の民にもディーナや橘の話が伝わり彼らに希望を持たせる事が出来ると同時に偽王に対する圧力を掛けられる。


「さあ、みんなでヘブロンに行きましょう!」


 橘の号令で馬車は動き出す。ガラリエの住民総出の見送りを受けて一行は次の街を目指す。


 メルドスの部隊が馬車の護衛に付いてはいるが、馬車の中にはこの国中で最強の大魔王が乗っているので彼らは飾りみたいなものだ。


 特に襲撃を仕掛ける者も無いまま途中2泊の野営を挟んで馬車はヘブロンの街の門に到着する。


 噂を聞きつけた住民が門の外にあふれる程の勢いで押しかけたため、一旦馬車は停止してメルドスの部隊が彼らの規制に乗り出す。


「姫様と大魔王様の凱旋である! 皆の者失礼の無いようにきちんと並ぶのだ!」


 彼の号令で今か今かと待ち侘びていた住民は行儀良く門の左右に並んで馬車を出迎える。彼らからは一目でいいからディーナの無事な姿を見たいという熱い思いがメルドスにも伝わってくる。


「姫様、大魔王様、恐れながら馬車からお出ましになり一言彼らに声を掛けてはいただけませんでしょうか」


 メルドスは馬車に近づいて外から呼びかける。もちろんディーナと橘はせっかく集まってくれた人たちの前に出るつもりで待機していた。


 

 ゆっくりと馬車の扉が開いて、中からディーナが姿を現す。今日は旅装のためごく普通の水色のワンピースを着ているだけだがその姿は気品に溢れている。


「姫様だ、姫様だぞー!」


「お待ちしていましたー!」


 馬車の前に降り立って歓声に手を振って応えるディーナ、ここでもその歓迎振りは熱狂的だ。


 続いて白のローブに白の帽子という魔法使い姿の橘が馬車から降り立つ。彼女が自然に発する威厳に住民たちは思わず息を呑んで次々に跪く。


「皆さん出迎えていただいてありがとうございます。今日は到着したばかりなので日を改めてここにいらっしゃる大魔王様とともに挨拶をします。今日は本当にありがとうございました」


 一礼して馬車に戻るディーナと橘に住民たちから再び歓声が沸く。



 彼女たちを出迎えた中に一組の親子連れがいた。


「姫様、すごくきれい!」


 母親に手を引かれてやって来た小さな女の子がポツリと漏らした感想にその母親は嬉しそうに頷いている。


「大魔王様、すごいね!」


 その横に立っている女の子の兄らしい子供も素直な感想を口にする。彼に対しても母親は満足そうに微笑みを返すだけだった。だが彼女にはわかっている。この子達が口にしたことが真実だと、子供の目は決して誤魔化せないと。そして今目の前に立った二人はこの子たちの将来を託すのに十二分に値する人物だと。


 出迎えてくれた住民たちに窓から顔を出して手を振るディーナ、彼らを残して馬車はこの街の町長の館に向かう。


 町長のガロマレは迷っていた。今まで街の治安を守るメルドスたちの部隊と秘密警察との力のバランスを保ちながら何とかこの街の行政を担ってきた。だがここに至って彼はどちらに付くか鮮明にしなければならない。


 どこの世界でも日和見をする者は必ず存在する。彼もその中の一人だ。まだ自分の意思を決めかねているうちに馬車の到着を告げる係の声がする。


 慌てて外に出た馬車を迎えるガロマレ、そしてゆっくりと馬車の扉が開きディーナとともに降り立った橘を目にした時、彼は無条件で二人に従う事を決めた。


 報告で聞いてはいたが、本物の大魔王は話で聞く以上の存在だった。とてもではないが自らの吹けば飛ぶような力で逆らえるレベルではない。あれはもはや神に近い存在だとガロマレは本能的に悟ったのだ。実際彼の直感は正しかった。橘は大魔王だが、その裏に潜むミカエルは『神に最も近いもの』という称号を持っている。


 ガロマレの案内で応接室に通された一行は、冷や汗を流しながら跪いて挨拶を述べる彼をソファーに戻して話を開始する。


「この街の皆さんは私たちの事を歓迎していますが、あなたはどのような協力をしていただけるのかしら」


 橘が発した凍て付くような声に震え上がるガロマレ、彼は偽王に近い日和見派と予めメルドスから聞いていたので彼女は今のうちに釘を刺しておくつもりだ。でないとこの街を治める足元を脅かされかねない。どの道彼のような取るに足らない人材は近いうちに更迭するつもりだ。


「命に代えても大魔王様に従います」


「そう、ではその言葉に従って動きなさい」


 橘が彼に下した命令はそれだけだった。後はガラリエで作成した統治の方針が記された書類を渡して、その通りにせよと命じて下がらせる。  


「どうするつもりだ?」


 元哉はその様子に橘に何か考えがありそうだと見当を付ける。橘も元哉にはどうせバレているだろうとは思っているようだ。


「そうね、彼にはユダになってもらうわ」


 元哉以外はその答えを理解出来ない。いや、さくらはそもそも話をまるっきり聞いてもいない。出されたお茶を飲みながらもう一方の手には元哉から手渡されたクッキーを持ってご満悦だ。


「橘様、それはどのような意味ですか?」


 ディーナが首を捻りながら聞いてくる。彼女に聖書に書いてある事を理解しろという方が無理だ。


「ユダというのは私たちの世界では裏切り者の別の呼び方よ。彼はおそらく私たちを裏切るでしょうから、それを切っ掛けにして偽王を追い落とすのよ」


 橘の頭の中でどのようにパズルのピースが組合されていくのか不明だが、ディーナにもガロマレは油断ならない人物という事は理解出来た。


 その時ドアがノックされて、メイド服を着た女性が一礼して用件を伝える。


「元哉様に用のある者たちが門の前で面会を求めておりますがいかが計らいましょうか」


「来たか、会いに行くからそのままで構わない」


 元哉は応接室を出て門に向かう。そこには彼が地獄の訓練に引き込んだ男たちに引き連れられた30人の新顔がきちんと整列して持っていた。


「元哉教官殿、この町に居りますメンバー全員30人を連れてまいりました!」


 門の前に10×4で整列している男を代表してガラリエでしごいてやった一人が報告する。


「任務ご苦労! 只今よりこの場にいる全員は俺の配下に入ることで間違いないか?」


「サー! イエッサー!」


 キビキビとした返事が返ってくる。ここに来るまで経験者が元哉のやり方を教え込んでいたのだろう。新顔もしっかりと声を揃えている。


「そうか、あとで滞在場所を準備するので、貴様たちはそのまま門の警備を行いながらこの場に待機!」


「サー! イエッサー!」


 中々使えそうな連中だと考えながら、あとはこいつらをどう洗脳するか思案しながら部屋に戻る元哉だった。

 

「こんにちはディーナです。今新しい街でやらなければならない仕事が沢山あって手が離せないので、このコーナーはお休みします。ブックマークありがとうございました。次回はいよいよ王都に向けて何らかの働きかけを開始するそうです。感想、評価、ブックマーク引き続きお待ちしています」

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