101 深夜のガールズトーク
お待たせしました。100話到達記念の閑話です。女子たちが集まる部屋ではいったいどのような会話が行われているのでしょうか・・・・・・
話は遡って、町長の館に賊が侵入する日の夜のこと・・・・・・
女子たちが5人が寝るこの部屋は、皆が寝付くまで賑やかな声が止むことが無い。全員が風呂から上がってパジャマ姿で思い思いの姿勢で話をしているが、いつまでも話題は尽きない。
いつの間にかディーナもその中に混ざって、ソフィアのベッドの端に座っておしゃべりを楽しんでいる。
さくらだけはベッドに横になって10秒で夢の世界に入った。
時折 『兄ちゃん、もうこれ以上は食べられないよ!』 などと幸せそうな寝言がそのかわいい口から飛び出している。
「さくらちゃんはすっかり熟睡してますね」
「でも寝ていても油断は出来ないのよ。時々寝ぼけて立ち上がって、回し蹴りとかはじめるし!」
ロージーの話で笑い声が沸き起こるが、もしその蹴りをまともに喰らったりすると笑い事では済まない。
しばらくは今日の出来事などを口にしていたが、話題はいつの間にか二人っきりで寝ている元哉と橘の話に移る。
「いいなあ・・・・・・今頃二人仲良くあんなことやこんなことを・・・・・・」
ロージーの言葉にその場に居る全員が頭の中で様々な妄想を開始する。だが、言いだしっぺのロージーやディーナ、それとまったく表情を変えない椿以外の二人・・・・・・ソフィアとフィオはいまだに純真さが抜けていないので、次第に顔が赤くなる。
ちなみにフィオレーヌはいつの間にかフィオという呼び方が定着している。これはさくらが『フィオちゃん』と呼んでいたのが全員にうつったからだ。
「でも何で元哉さんは私たちに手を出してくれないんでしょう? あんなにお風呂でいっぱい迫っているのに!」
「そうよね、普通の男だったらいい加減手を出してもいいはずなのに!」
ディーナとロージーはもうあからさまに元哉を誘惑している事はみんな知っているので、今更隠すようなまねはしない。
「話は変わりますが、椿さんは男の人とお付き合いしたことがあるんですか?」
椿はここまで自分から話はしないで、彼女たちの賑やかな会話の聞き役に徹していた。そこへ突然ディーナからの鋭い刃が飛ぶ。
「私は誰とも付き合ったことはないわ。特に今はこの体が借り物だということもあって、そんな気にならないし」
美人でスタイルがいい現在の椿は召喚の巫女の体を借りているので、実際はどのような外見をしているのか他の者たちは知る由もない。さくらの話によると『椿お姉ちゃんは美人で気前良く奢ってくれる!』という事らしいが。
「ディーナはどうなの?」
今度は椿からの反撃だ。
「私は長いこと幽閉されていたので、そういう機会に恵まれませんでした。あっ! でもこの前元哉さんとキスをしましたよ」
あっけらかんと言い放つディーナにロージーが食い付く。
「ちょっとディーナちゃん! あなたいつの間にそんな事をしていたの! こうしてはいられない、私も頑張らなくっちゃ!」
ロージーは部屋を出て元哉の所に向かおうとするが、その前にこの部屋のドアが椿の魔力で封印された。
「あれ? 開かない?」
ドアを引っ張りながら不思議な顔をしているロージー。
「ロージーさん、そんな慌てないで! 夜は長いんですからベッドに戻ってください」
元哉への襲撃をあきらめて、渋々自分のベッドに寝転がるロージー。
「あのー・・・・・・お二人とも元哉さんの事がお好きなんですよね?」
ソフィアが躊躇いがちに尋ねるが、依然その顔は赤いままだ。
彼女は元哉たちと行動を共にするようになってはそれまでのメイド服から本人の好みでワンピース姿に衣装を改めており、清楚な印象は変わらないが女の子らしい魅力が増していた。
そして今はディーナとお揃いの白い膝丈のネグリジェを着ている。ディーナの横に座って白い足をブラブラさせながらなにやら落ち着かない様子だ。
「もちろん決まっているじゃない!」
ロージーは自分のベッドに横たわっただらしない姿で即答する。ディーナもウンウンとソフィアの横で頷く。
「ソフィアちゃんは何か二人に聞きたい事があるんでしょう?」
椿の言葉にハッとするソフィア、だがもう見透かされているような気がして素直に打ち明ける。
「あのー・・・・・・例の魔力の供給の件ですが・・・・・・」
ずいぶん言い難そうにしている様子のソフィア、その様子にディーナはハッとする。
「ソフィアちゃん、あの時は本当にごめんなさい。私たちが調子に乗ってしまったせいでソフィアちゃんにひどい事をしてしまって・・・・・・」
心から反省しているディーナ、ロージーも同様だ。二人は話を聞いた橘からえらい剣幕でお説教を喰らっていた。
「その事はいいんです。いえ、あの時はものすごく恥ずかしくて泣きそうでしたが」
ソフィアが言っているのは、二人が無理やり彼女の体を押さえ込んで、左胸から元哉の魔力を流し込んだあの大セクハラ問題のことだ。
「そ、そうだよね・・・・・・恥ずかしかったよね。本当にごめんなさい」
ロージーがシュンとしている。同じようにディーナもペコペコ何度も謝っていた。
「その・・・・・・実はあのときの気持ちよさが忘れられずに、また元哉さんにしてもらいたくて・・・・・・」
「「えーー! そっちだったの!!」」
ものすごく恥ずかしそうに告白をするソフィア、彼女は魔力を自分で取り込めるのでディーナのように度々元哉に魔力を供給してもらう必要が無い。ディーナたちはあの件以来彼女を風呂に誘うのは遠慮していたのだが、ソフィアの方としては自分も声を掛けて欲しかったらしい。
さくらが『みんなお風呂入るよー!』と呼びにくるたびに、自分も一緒に誘って欲しいと待っていたのだが、毎回スルーされて悶々としていた。そしてついに今日思い切って自分からこの話を切り出すことが出来た。
「そうですか・・・・・・ソフィアさんもあの気持ちよさに魅入られてしまいましたか」
ディーナは慈愛に満ちた目で彼女を見つめる。反対にソフィアは『こんな恥ずかしい事を口にして変態だと思われたらどうしよう』と真っ赤になっている。
「あのー・・・・・・元哉さんから魔力の供給を受けるって一体何のことですか?」
話がまったく見えないフィオは、いやな予感を感じながらも若干の興味もあっておずおずと聞いてみた。
「そうか! フィオはまだ一度も一緒にお風呂に入ったことが無いから知らないんだよね。あのね・・・・・・ゴニョゴニョ・・・・・・」
「えーーー!! そんな恥ずかしい事をしているんですか!」
フィオは顔から火を噴出す勢いで狼狽している。彼女はもちろん男性と付き合った経験はおろか、物心付いてから同じ年頃の男の子と手を繋いだ事すらなかった。もちろん前世を含めて。
「そんな・・・・・・絶対私には無理です。その・・・・・・もっと段階を踏んでいかないと・・・・・・」
引越しの時に元哉に自分の下着を拾われた事が頭を過ぎる。あの時も恥ずかしさのあまり、へたり込んで泣き出してしまった。
「そうか、フィオは男性に対する免疫が無さ過ぎるよね」
ロージーは『せっかくこんなに可愛いのに勿体無い』という表情で彼女を見ている。フィオは彼女の言葉に頷くしかない。
「でもフィオさん、いつかは恋とかしてみたいでしょう?」
ディーナが掛けた言葉にハッとするフィオ、確かに心の中には素敵な人との恋を思い浮かべる事があるのは事実で、自分はすでに今世でもそういう年頃になっているという自覚がある。
フィオは一応は貴族の娘だ。このままいくと親が進める縁談で将来の伴侶を決めることになるかもしれない。それよりも自分で決めた人と一緒になる方がいいに決まっている。
「そ、その・・・・・・素敵な人が居ればいいとは思っていますが・・・・・・」
彼女のあまりの自信無さげな様子に女子たちの心はひとつになる。
『フィオちゃんに大人の階段を登ってもらおう!』
その場に居合わせた全員がまったく同じ思いを抱く。ほとんど男性経験のレベルが変わらないソフィアすら、先ほどまでの恥ずかしげな様子をかなぐり捨てて、彼女のために頑張ろうと誓っている。テストで0点と1点の差は超えられない大きな壁なのだ。
「それで、フィオはどんな人がいいの」
まずは基本的なことをロージーが聞き出す。本人の好みを無視するわけにはいかない。
「えーとですね・・・・・・頼りがいがあって、出来れば私よりも強い人がいいです。あと黒髪で、黒目の人が理想かな」
フィオは前世の記憶のために、どうしても好みが日本人に偏りがちになっている。だがこの世界は欧米人のような外見の人種が多くて黒目で黒髪というのは極稀にしか存在しなかった。それに彼女は転生した時に神様から色々な能力を貰っているので、自分より強い存在などかなり限られてしまう。実際魔法学校で目にした同年代の男子は、とても物足りないものとして彼女の目に映った。
「元哉さんしか居ないですね!」
「うん、その条件をクリアするのは元哉さんだね!」
「まあ、元哉君なら間違いないわね!」
ディーナ、ロージー、椿の意見は完全に一致している。フィオが提示した途轍もなく高いハードルをクリアする唯一の人間は元哉だけしか今のところ見当たらない。3人の勢いに押されてソフィアだけは置いてきぼりだった。
「でも、元哉さんは橘さんの婚約者ですよ」
「フィオさん! なに寝言を言っているんですか!! たとえ現在元哉さんが橘様とイチャイチャチュッチュッしていても、明日は自分がその立場になればいいだけのことです! この世界では強い男性は何人でもお嫁さんを娶っていいんですからね!!」
ディーナはこぶしを握って力説している。彼女はそのためならどんな努力も惜しまない所存だ。
「そ、そうなんですか?」
「そうです、当然のことです」
同様にロージーも大きく頷いている。彼女たちは自らのライバルを作り上げようとしている事に全く気が付いていない。
「まったくディーナちゃん、話が飛躍しすぎよ。そうね・・・・・・フィオ、元哉君と二人っきりで出掛ける事を想像して見て・・・・・・どうかしら?」
「楽しそうで少しドキドキします」
さすが椿は冷静に話をする。彼女は純粋に面白がってやっているだけだが。
「二人で手を繋いだらどんな感じ?」
「恥ずかしくて顔が真っ赤になります」
「じゃあ、優しく抱き締められて言葉を掛けられたらどんな感じがする?」
「心臓が飛び出そうになると思います」
まるで心理学者のようにフィオの心を元哉との関係を深める方向に誘導する椿。
「それじゃあ、夕日が見える丘の上で初めてのキスをするとどうなる?」
「もう意識を失いそうです」
椿はフィオの想像力はこのあたりが限界と感じているが、試しにもう一歩踏み込んでみる。
「元哉くんの手が優しくフィオの胸に伸びてきたわ。そーっと触られている今フィオはどんな感じがする?」
「恥ずかしくて死にそうです!」
「本当にそれだけ?」
「あのー・・・・・・本当に恥ずかしいけど・・・・・・なんか好きな人に触れてもらって幸せかもしれないです」
椿の誘導によってフィオの心にひっそりとしまわれていた、彼女自身も気が付いていない感情が表面に引き出される。
「えっ! 私今なんかとても恥ずかしい事を口にしてしまったみたい!」
椿によって心をすっかり曝け出したフィオはうろたえる。だが、今まで自分でも気が付かなかった感情はその心の一番目立つ所に大きく刻印されていた。
しばらくはフィオの話題で盛り上がっていたが、さすがにみんな眠気を感じ始める。
「さあ、フィオちゃんも私たちの仲間になったことですし、今日はこれでお開きにしましょう」
ディーナは夜も深けてきたので自分の部屋に戻っていく。
部屋の明かりが消された暗い中で一人ベッドに横たわっているフィオはなんだかすぐには眠れない気がしている。まさか自分の中に元哉に対する想いが隠れていたとは・・・・・・
その感情を抱えながら目を閉じていると、様々なことが頭を過ぎる。
『いつから元哉さんを好きななっていたんだろう?・・・・・・そうか! あのパンツを拾ってもらった時に初めて男性と意識したんだ』
心の中に隠れていたもうひとつの自分に向き合うフィオ、彼女の心には戸惑いと恥ずかしさとなんだか幸せな心地よさが交互に去来する。
悶々として寝返るを打つたびに元哉の顔が浮かんではため息をつくフィオ。
こうして彼女の寝付けない一夜は過ぎていく。
「こんにちは、フィオです。今回は私の暴露話になりました。まさか自分でも気が付いていなかったとは恥ずかしい限りです。それも皆さんがいる前で口にしてしまって、穴があったら入りたいです。こんな私を応援してくれる方は、感想、評価、ブックマークをお寄せください。次回の投稿は土曜日の予定です」