100 希望の日
ついに執筆開始から約半年で100話に到達いたしました。人並みの文章力と大したアイデアも浮かばないポンコツな頭で何とか搾り出した駄文をたくさんの方が目にしていただき、また応援していただいたことに深く感謝いたします。
山登りに例えて言えば100話がこの物語の3合目なのか5合目なのか、実は作者にもまだ見当がつきません。何しろ勝手な事を仕出かす登場人物が多いので、話が真っ直ぐに進む保障がまったく無いからです。
これからも様々な紆余曲折を経て物語りは進んでいくと思いますが、どうかこの先も長くお付き合いいただくことをお願い申し上げます。
100話達成の記念に今日はもう1話後から投稿しますので、そちらのほうもどうぞお楽しみに。なお101話は閑話ですので、大分気楽な話になります。
ガラリエの街は朝からソワソワと落ち着きを失くしている。
「姫様にお会いできるぞ」
「この日をどれだけ待ち侘びたか」
「姫様とご一緒の大魔王様という方はどんな方だろう?」
街中はこの話題一色に染まっている。普段なら前国王やディーナの事を口にすると、当局から睨まれるので黙っていた民衆はもう待ちきれない様子でそこ彼処に集まって大っぴらに話をしている。
行政側は一部の者を除いてすでに町長を含めてディーナを奉じる側に寝返っており、そもそも取り締まる者が居なくなっている。
ごく一部の偽王に忠誠を尽くす連中もまさか街の人間全員を押さえ込むわけにもいかずに、手を拱いているしかなかった。いや、下手に取り締まろうとすると、逆に民衆から袋叩きに遭いそうな危険な空気さえ漂っている。
「ディーナ、準備はどう?」
橘がディーナの部屋に入ってその様子を見る。現在彼女は町長の館に勤める女官二人掛りでドレスアップの最中だ。
淡い紫のドレスに身を包み、ブロンドの髪をアップにしたディーナは橘の目には少し大人びた印象に映っている。
「まあ、素敵ね! 私もドレスにすればよかったわ」
民衆へのお披露目を前にして着飾っているディーナを羨ましげに見つめる橘。
「橘様は大魔王らしい服装でお出まししてください」
事前の打ち合わせでそう決まっていたので、橘は普段の白いローブにディーナの父が身につけていたマントを羽織るだけだった。
「でも、女の子としては時にはドレスアップもしてみたいものなのよ」
普段割りと目立たない保守的な服装を好む橘だが、ディーナが身にまとう華やかな雰囲気にどうしても心を奪われてしまう。
「正式に国王になった暁にはいやでもドレス姿になることもありますから、今回は我慢してください」
ディーナの説得に橘の心はついつい沈みこむ。ドレスの事ではなくて、国王に就任にまだ気持ちの整理がついていないのだった。
「はあー・・・・・・私が王様なんて・・・・・・似合わないことこの上ないのに」
橘からしたら溜め息の一つもつきたくなる。まさかそんな重荷を背負うことになろうとは・・・・・・だが、この国を救うためにディーナが望んで橘も了承した事なので、いまさら覆すわけにもいかない。
「橘様ほど聡明で思いやりのある方はいません。時には厳しいことも口にされますが、すべては相手のためになることばかりです。私はそんな橘様を心から尊敬しています」
ディーナは橘がこっ恥ずかしくなるような事を真顔で口にする。だが彼女が橘に向けるその表情は常に真摯な態度に溢れている。時には尊敬する師匠のように、また時には心から信頼する姉のように橘に真っ直ぐに接してくるディーナを面倒見のよい橘はついつい甘やかしてしまうのだ。
「仕方ないわね、一度は承諾した事だし・・・・・・まあ何処まで出来るかわからないけど、やってみるしかないわね」
橘が渋々納得したところでディーナの着付けが終わり、皆が待っている1階の応接室へと降りていく。
「おお、姫様! なんと言う美しいお姿!」
待機していたメルドスは立ち上がってその姿に目を細める。まるで娘を嫁に出す父親のような表情でディーナをまじまじと見つめる。
「メルドス、そんなに見られると恥ずかしくなります」
ディーナはやや頬を赤く染めながらモジモジしている。彼女にしても久しぶりに姫として民衆の前に出るので、どのような姿に映るか気になっていたが、ここまで大っぴらに褒められると逆に照れてしまう。
「二人とも準備はいいようだな。俺たちは別行動になるから気を付けて行ってこい」
元哉は相変わらず必要事項しか口にしない。ディーナは一番褒めてもらいたい人に何にも言われなくてがっくりしている。心の中で『せめて何か一言!』と叫んでいる。
「元くんは相変わらずデリカシーが無いわね。こういう時はちゃんとディーナを褒めるものよ」
橘に指摘されて元哉はようやく大事なことに気が付く。頭を掻きながら少し照れた様子でディーナを見る元哉。
「うん、その姿なら何処に出ても恥ずかしくない。綺麗だぞ、ディーナ」
元哉の言葉に頬を染めるディーナだが、元哉の言葉を深読みすると『普段の姿はどうなるの?』という疑問が湧いて来る。
だが心に過ぎったわずかな疑問は周囲の激励を受けて吹き飛んで、メルドスたちの護衛で広場に向けて馬車に乗り込んでいく。
応接室には元哉たちだけが残っている。広場に出向くのは橘とディーナだけで、残りの者はこれからしなければならない事があった。
「兄ちゃん、私たちはまだ出発しないの?」
さくらは昨夜捕り物があったと聞いて朝からこの上なく機嫌を損ねていた。
グースカ寝ていて朝まで絶対に起きないくせに『何で起こさなかった!』と拗ねていたのだ。だが、橘の尋問で組織のアジトが判明したので、これから踏み込むと聞いて急に機嫌が良くなっていた。本当に現金なものだ、目の前に暴れるチャンスと食べ物さえあれば満足するのだから。
「橘たちの登場で街が空っぽになってからここを出る。もう少し待ってろ」
ウズウズしているさくらを宥めながら、元哉は作戦の確認を開始し、一通り確認が終わってからロージーが質問をする。
「私たちはいいとして、橘さんたちの警備は大丈夫なんですか? 兵士たちも配備されると聞いてはいますが、ちょっと心許無いです」
彼女が言う通り大勢の民衆に囲まれる中に二人っきりで送り出しているので、警備状況等心配になる気持ちは元哉も理解している。
「心配するな、橘一人いれば問題ない。それに何か考えがあるといっていたから、わざと二人だけで送り出した」
元哉の説明で納得するロージー、確かに彼が言う通り橘が一人いるだけでこの街の者が全員束になっても敵わないのは事実だ。それに橘自身の考えもあるならば、その事に口を挟む余地はない。
「よし! 俺たちも行くぞ!」
元哉の声に合わせて一同は屋敷を出発した。
広場は大勢の民衆で埋まっている。この街に住む者で病や老齢で動けない者を除いてほぼ全員が帰ってきた姫と大魔王を一目見たさに集まっている。その雰囲気は一種異様なものがあり、まるで革命の前夜のような期待と希望と現状に対する不満が交錯する独特の空気を醸し出している。
ガヤガヤとした騒乱気味のムードは広場に馬車が到着したことで一変した。正統な支配者に対する期待が一気に高まって爆発寸前の危うさすら感じる熱気が広場を覆う。
馬車の扉が開いてディーナが足を一歩地に着いた瞬間、広場中で彼女を歓迎する声が爆発した。
「姫様、万歳!」
「姫様、お待ちしておりました!」
「姫様、立派になられて・・・・・・」
ディーナに続いて橘が馬車から出てくると、彼女がまとうその圧倒的な威厳に集まった全員が息を呑む。
「本物だ! これは本物の大魔王様だぞ!!」
ディーナの時とは打って変わって声を上げるのも憚られる雰囲気で彼女を見つめる民衆をぐるりと見渡す橘。
馬車から降り立った二人を町長が先導して警備の兵が両脇を固める通路を通って、広場の正面にある舞台に向かって歩いていく。
そして一先ず先にディーナが舞台に上がり一礼してから拡声魔法を使って全員に聞こえるように話を始める。
「ガラリエの皆さん、オンディーヌ=ルト=エイブレッセがこの国に帰って参りました!」
「ウオオオーーーー!!!!」
「姫様!」
「良くぞご無事で!」
ディーナの声を聞いて途端に大声を上げる民衆たち、中には咽び泣く者も出始めている。
「長いこと留守にして皆さんには計り知れないご苦労を掛けました。亡き父に代わってここにお詫びいたします」
再びディーナは民衆に頭を下げる。だが彼らは誰もディーナの事を恨んではいなかった。行方がわからずにもう亡くなったものと諦めていた王国の珠玉が戻って来た・・・・・・それだけで彼らは生き返るような思いだった。
「皆さんにお話したいことは山ほどありますが、まず始めに最も大事な事をお話いたします。私を救ってくれた恩人でもあり、私が心から敬愛する大魔王様の橘様です」
橘は前魔王であるディーナの父が生前身に着けていたマントを羽織った姿でディーナの横に立つ。身長はディーナとそれ程変わらないにも拘らず、その体から滲み出るオーラは周囲を圧倒している。
「皆さん、オンディーヌ殿から紹介があった橘です。ここで皆さんに約束いたします。私が王となってこの国を現在の何倍も豊かで暮らしやすい国にします。そのために皆さんの力を私に貸してください」
橘の言葉は抽象的ではあるが、民衆にとってわかりやすいメッセージだった。彼女の言葉を聞いた民衆は一斉に跪いて頭を垂れる。皆が長い苦しみの果てに希望を見出した瞬間だった。
だがその時、ステージ上の橘とディーナ目掛けて2本の矢と3本のアイスアローが打ち込まれる。
「危ない!」
ディーナはその危険に気が付いて身を挺して橘を庇おうとするが、橘は笑って彼女を手で制する。
『カキン、カン、カン』
彼女たちを襲った矢と魔法は橘が展開していたシールドに呆気無く跳ね返された。その様子に呆然とする民衆たち。
「電撃!」
橘は右手から3本の電撃を放って、正確にその場から逃げ出そうとする賊を昏倒させる。
「何だ今のは?」
「あれが大魔王様のお力か?」
「恐ろしいお方だ!」
一瞬の出来事を目撃した者たちは口々に橘の力に恐れと計り知れない可能性を見出す。
一歩遅れて周囲にいた警備の兵や民衆が取り押さえようとするが、彼らに向かって橘がステージ上から指示を出す。
「手荒なことはせずに、彼らをここに連れて来なさい」
あわやリンチになろうかという場面を橘に止められて、意識を失った暴漢を兵士たちが抱えあげてステージに連れてくる。橘にしてみればこの程度の事は想定内で逆に利用しようと思っていたくらいだ。
「皆さん、彼らに対して恨みを持つ者はいますか?」
橘の問いに多くの者が立ち上がって身内を殺された事などを申し立てる。その表情は悲しみと怒りが深く込められていた。
「そうですね、彼らは多くの過ちをしました。ですが、恨んでいては先に進むことは出来ません。もし彼らが再び過ちを繰り返したら、その時は産まれてこない方が良かったと思うような罰を与えてやります。ですからこの場で彼らを許してやりなさい。その分私が死ぬ程扱き使ってやります」
橘は争いや怨恨の連鎖を断ち切りたかった。もしここで彼らが許されれば、この先国民同士が恨み合わなくて済む。もちろん気持ちの中にわだかまりは残るだろうが、いつかは時間が解決するはずだ。
「もし私の言葉に不服のある者は、ここに来て倒れて抵抗出来ない者たちを殺しなさい。そうする事で気が晴れるならばやってみればいいでしょう。ですがその分殺した者は新たな恨みを買うことを覚悟しなさい」
橘の言葉に対して前に出て行く者は一人もいない。彼女はそんな民衆の態度に敬意を表す。
「皆さんの寛大な気持ちに感謝します。彼らの事は私に任せてください。それから早速明日からこの街で出来る事を始めますから、要望があれば町長の館まで来てください」
橘はそこで話を終えて後ろに下がる。彼女の考えの一端に触れた民衆は期待に満ちた目でその姿を見ている。待ちに待った新しい時代が訪れることを誰もが実感している。
今日この日、ここガラリエの街で新たな支配者による、新ヘブル王国の新しい歴史が紡ぎだされる第一歩が記された。
「こんにちは、ディーナです」
「ヤッホー! さくらだよ!」
(ディーナ)「さくらちゃん、このお話もついに100話ですよ! すごくないですか?」
(さくら)「うんうん、ここまでよく頑張ったものだよ」
(ディーナ)「さくらちゃんは特にどんなシーンが印象に残っていますか?」
(さくら)「そうだねー・・・・・・初めてディナちゃんと二人で誘拐されて貴族をボコボコにやっつけた話かな」
(ディーナ)「あー・・・・・・確かにそんな事もありましたね(遠い目) あの時はさくらちゃんはなんて無茶な事を平気でやるんだろうとビックリしました。でも今ならあの程度はやって当たり前という事がよくわかりますね」
(さくら)「あとは、いろんな街で食べ歩いたけど、対抗戦の時が一番お腹いっぱいになったかな」
(ディーナ)「結局、暴れるか、食べているかどちらかしかないんですね!」
(さくら)「ガーン! 言われてみればまったくその通りだよ! どうしようもっと正ヒロインらしく恋愛とかもしたほうがいいのかな?」
(ディーナ)「いつから正ヒロインになったんですか? 色々突っ込みたいところはありますが、さくらちゃんはきっと今まで通りでいいと思いますよ」
(さくら)「ホント? みんなの好感度ちゃんと上がっているかな?」
(ディーナ)「大丈夫ですよ! きっと人気投票とかしたら、さくらちゃんがブッチギリの一位です(棒読み)」
(さくら)「そうだよね! イヤッホオーーー!! これからもこの調子で頑張るぞー!!」
(ディーナ)「こんな単純で扱いやすいさくらちゃんですが、今後の活躍に期待してくれる方は是非、感想、評価、ブックマークをお寄せください」
(さくら)「次の投稿は土曜日の予定だよ!(ウキウキ)」