1 異世界に転移した
ついにこの小説は昨年のクリスマスに本編の完結を迎えることができました。連載が始まった頃から応援してくださった皆様には心からの感謝をいたします。また初めてこの作品を目にする方には、心からの歓迎を申し上げます。
紆余曲折を経て何とか完結に漕ぎ着けたこの作品は、作者が初めて手掛けた長編小説で、一際の愛着を感じております。その愛着が高じて、完結した後も外伝という形で続きを執筆しております。こちらの方もどうぞお楽しみくださいませ。
それからこの作品の続編にあたります【帝国魔法学院の訳あり新入生~底辺クラスから最強に・・・あれっ、もうなっていた!!】が現在25話まで投稿済みです。元哉の子孫『トシヤ』が同じ世界を舞台に大暴れする作品です。興味のある方は下記のURLか、作品名で検索してください。
https://ncode.syosetu.com/n4271eo/
目を覚ますと、青い空が視界に飛び込んできた。瞬時に記憶も蘇える。長距離の魔力転移実験を行っていた南鳥島よりも空は青く空気がより澄んでいる。
(そうか、あの実験の失敗でどこかに飛ばされたんだな。確か転移先の目標が消滅してその結果行き場を失った魔力が暴走したんだったな。)
元哉は冷静に振り返っているが、彼らが転移する際にその場に充満した暴走した魔力は天文学的な量に及び、刹那の瞬間に太陽が放出するエネルギーに匹敵する膨大なものだった。よくぞ彼らの体が無事だったものだ。
体を起こして周囲を見渡すと倒れている橘と、その三メートル先に寝返りをうっているさくらが目に入る。
すぐさま橘に近づきバイタルを確認、脈拍がやや弱いように感じたが心音や呼吸は正常の範囲で、魔力切れを起こしているせいで意識が戻っていないと判断を下した。彼女の体内で暴走して荒れ狂う魔力を元哉が無理やり自らの体内に吸引したためだ。
吸収した時とは逆に彼女に口移しで魔力を注入していくとすぐに頬に赤みがさして、ゆっくりと瞼が開き、瞳の焦点が合いはじめる。元哉は背嚢から水筒を取り出して水を口に含み、その水に魔力を『放出」してから再度橘に口移しで飲ませる。彼が魔力を込めた水は強力な回復効果があり、30秒程で橘は上体を起こせるようにになっていた。
「まだ動かないほうがいい。さくらを見てくる。」
頷いた橘を見て表情を変えずに元哉はさくらの方へ歩く。
「さくら、そろそろ起きろ」
と声を掛ける元哉。ここで気を抜くと容赦の無い彼女の寝惚けた一撃が飛んでくるので注意深く慎重に起こしていく。もちろんすぐに避けられるように重心を後ろに掛けているのは言うまでもない。
「ん~? 兄ちゃん、おはよう! 朝ごはんはまだ?」
何が起こったか全く分かっていないようで、周囲をキョロキョロ見渡しているさくら。その度に彼女のヘルメットに付いているウサミミがピョコピョコと動いているのは、傍から見ればユーモラスにうつっている。それにしてもその寝起きの第一声が『朝ごはんまだ?』と言うのはいかにも彼女らしい。
ようやく歩けるようになった橘も交えて『一体どこに来たんだろう』と話をしている時に異変が起こった。
上空を巨大なものが彼らに急接近しているのが遠目に捉えられたからだ。その様子を警戒しながら注視していると、真っ直ぐにこちらを目指している事がはっきりとわかる。
「まさか! あれはドラゴン?!」
驚いている橘をよそに、巨大な漆黒のドラゴンが彼らの前に降り立った。
「二人とも下がっていろ!」
さくらはすでに臨戦態勢に入っていたが元哉の指示で橘と共に十分な距離をとる。元哉はそのドラゴンを見ても全く動じる事無く、軽く腕を回したり肩を上下してこれから戦う準備をしていた。
「ほほう、我を見て恐れる事無く立ち向かってくるとは、珍しい者がいるものだ。ひとつ相手をしてやろう」
ドラゴンは唸るような低い声で戦いを宣言する。
先手を取ったのは元哉だ、一気に接近してその胴体に渾身の掌打を叩き込もうとする。
しかしドラゴンはその接近を阻むべく右の前足を振るった。その太さは高速道路の支柱ぐらいあって、鉤爪だけで元哉の身長を超える大きさだ。
元哉はその前足を回避するべく踏み込むタイミングをわざと遅らせた。彼の前方を物凄い勢いで巨大な前足が通過する。
その動きに合わせて元哉はドラゴンの右のわき腹に取り付いて掌打を叩き込んだ。ドラゴンの腹が一瞬波打ったが、硬い鱗と柔軟な筋肉に阻まれてダメージを与えた様子が無い。
上からドラゴンが口を開けて襲い掛かってくる気配を察した元哉は俊敏な動きで後退した。
「ハッハッハッ、我に攻撃を入れた者など500年ぶりだぞ! 面白い、さあここからが本番だ!!」
ドラゴンの目がギラつく、どうやら元哉の事を対等に戦える相手と見定めたようだ。
今度はドラゴンが先に仕掛けた。左の前足を振るうフェイントを入れてから、体の向きを急激に変えてその動きを利用して巨大な尾を元哉に打ちつけようとする。
元哉から見ると壁のような尾が自分に向かって迫ってくるように見えるが彼は動こうとはしない。ギリギリまで尾を引き付けて高さ3メートルを一気に飛び越えた。
そのまま身軽に着地すると今度は左のわき腹に向かってダッシュする。先ほどよりも下の位置に狙いを定めて蹴り上げた。
元哉の蹴りによって、何十トンもありそうなその巨体が一瞬だけ浮き上がった。だが硬い鱗と柔軟な筋肉によってそれ程のダメージを与えた様子が無い。
またもや距離をとる元哉にドラゴンが正対する。
「そんな眠ったような攻撃では俺には当たらないぞ、それに全く殺気を感じない。俺を試しているのか」
不適にドラゴンを挑発する元哉だが、ドラゴンの方もニヤリと笑う。
「ふん、分かっていたか。茶番はこのくらいでよかろう。腕試しはここまでだ」
なにやら訳有りな様子が元哉にも伝わり、彼は構えを解くと同時に後方にいたさくら達を招き寄せる。
「我はこの世界を治める神に仕える暗黒龍だ。今日はお前達3人に我が神からの伝言を伝えに来た」
さっきは襲い掛かってきたこの巨大な龍がなんと『神の使いだ』ということに3人は驚いたと同時に俄かには信じがたい気がしている。
「我を信じるも信じないもお前達の勝手だ。話しだけは聞くがよかろう」
元哉達が当惑する様子を見取ったのか、暗黒龍はそう告げた。
「お前達は異なる世界からこの世界にやってきた。その際、神がそれぞれ『破王』『獣王』『魔王』の称号を授けた。あとでステータスで確認してみよ」
その話によると元哉が『破王』さくらが『獣王』橘が『魔王』となるそうだ。
「お前達は本意でこの世界に来た者ではないな」
事故で飛ばされた彼らにとっては、本意どころかここがどこかも分かっていない。
「神はお前達を元の世界に戻す手助けをしようと言っている。だがそのためにはいくつか頼み事を聞くことが条件となる。この提案を受けるかこの場で決めるがよい」
元哉達は考え込む。だがこの申し出を受けるしか今のところ元の世界に戻る手段が見出せないのは事実だ。
「分かった、受けよう」
その答えを聞いて暗黒龍は頷いた。その瞳は何かを考えているようだが、ドラゴンが考えることが元哉達に分かるはずも無い。
「さしあたっては2つお前達にはやってもらいたい事がある。ひとつはここから北に向かって進むと、古びた神殿がある。そこに捕らえられている者を救い出せ」
この件について元哉達は素直に頷くことが出来た。どんな者が捕らえられているのか分からないが助け出す分には特に問題は無い。
「次に、まもなくこの世界に勇者が召還される。この勇者を始末しろ」
全く思いがけない暗黒龍の言葉に当惑する元哉達。それもそうだ、勇者とは人間達が邪悪な者に対抗するための切り札だ。それをいきなり殺せとは一体この世界の神は何を考えているのか理解出来ない。
「そなた達はだいぶ戸惑っているようだな。仕方ない、理由を説明してやろう」
暗黒龍の話によると、この世界『アンモースト』は元々魔素の濃度が濃いために魔物が大量に発生して、知的生命体が住むには不向きな場所とされてきた。
それがいつしか流刑地になって、神から追放された者や戦争で負けた者達がこの惑星に送られるようになったそうだ。
だがそこは決して安住の地というわけではなく、魔物との戦いや種族の存亡をかけた戦い、先住者と移住者の戦いなど、数万年に渡って無数の悲劇が繰り返された。
安息の無いこの地に変化が起きたのは200年前、『覇王』と呼ばれる者がこの世界の人族の国を次々に滅ぼして、その戦乱の中心だった人族の人口は4分の1に激減する。その結果、各種族間の力の均衡が取れるようになって、ようやく世界全体が安定して緩やかな発達を開始した。
「それが200年の間に再び人族の人口が増えて、そのバランスが危うくなっている。もしそこに勇者が現れたら人族は確実に他の種族を滅ぼすであろう。それを避けるためには勇者を始末するしかない」
暗黒龍の説明でこの世界が歩んできた特異な歴史を理解した元哉達は、その話に一応筋が通っている事は認めた。
だが簡単に『はい、始末します』と言える訳が無い。
「話はわかった。もしその勇者が俺たちと敵対した場合は何とかしよう」
現状ではそう答えるしかない。
「よかろう。いずれそなたらは、運命に導かれる身。運命のままに進むがよい」
自らの答えに暗黒龍が納得したことに一安心の元哉達だが、更にその話は続く。
「そなたらには神の願いを受諾した報酬として、特殊な能力が与えられる。破王にはアイテムボックス、魔王にはこの世界の全ての魔法を自在に操る能力だ」
暗黒龍はここで言葉を切って、さくらの方を見る。
「獣王よ、そなたの名は何と申す」
暗黒龍の問いかけにさくらはキョロキョロしている。自分が『獣王』だということにまだ気がついていないようだ。
「さくら、お前のことだ」
元哉に言われてようやく気がついたらしい。
「何だ私の事だったのか、だったら早くそう言ってくれればいいのに! 私はさくらだよ!!」
『最初からそう言っているだろう』という突っ込みは彼女には全くの無駄だ。人の話を聞いていない事にかけては誰にも真似の出来ないのがさくらなのだ。
「獣王さくらよ、そなたには我を召還する力を与えるとのことだ。まずは我に名を与えよ」
「じゃあ、バハムートで!」
即決で日本にいる時にやっていたゲームから暗黒龍の名前をパクッたさくらだが、意外にも気に入られたようだ。
「ふむ、なかなかよい名だ。これでそなたとの契約は成立した。必要な時には呼ぶがいい」
これで用が済んだので飛び立とうとしたバハムートをさくらが呼び止める。
「バハムート、ちょっと待った!! せっかくだからその辺を一回りしてみて」
そう言って巨大なドラゴンの背中によじ登り始めて、あっという間に首元にちょこんと座った。
「まあよいであろう、しっかりと掴まっておるのだぞ」
バハムートはさくらを乗せたまま羽ばたき始めると、その巨大な体があっという間に浮き上がって彼方に飛び去った行った。
【登場人物紹介】
神建 元哉 18歳。 182センチ 70キロ
年齢の割には、フケた顔をしている。おかげで、妹の父親に何度か間違われることがあった。
特殊能力は、魔力の吸収と放出 魔力暴走 身体強化
魔力量は無限に近いが、魔力を制御する事ができないため、一般に『魔法』と呼ばれる魔力のエネルギー改変は出来ない。
そのかわりに、暴走させた魔力を自身の持つ膨大な魔力で無理やり制御して放つことで、途轍もなく強力な攻撃を繰り出すことが出来る。
表向きは、国防軍特殊能力訓練学校の2回生。しかし、同時に国防軍予備役少尉で(十八歳に達しているので、普通に任官していても問題はないが、訓練学校に在籍中なので、名目上は予備役となる)実戦部隊の中核を担っており、既に幾度となく戦場を経験している。
装備 25式自動小銃
実弾 500発
36式戦闘服
36式特殊ヘルメット(魔力通信可能)
背嚢(標準装備一式と特殊装備)
特殊半長靴
制式ナイフ2本(うち1本は特殊仕様)