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A,フェリペ、出立する

 ローレルのとある魔道具屋。

 鉱石やハンマー、鉗子など色々なものが工房の作業台の上には乗っていて、そこを見るでもなく見ながら、フェリペは椅子に深く腰掛けていた。


 作業台には、先端が白く磨かれた杖が立てかけられている。

 だが、フェリペはそれに目をやるとつまらなそうに息を吐いた。


「なんだこの仕事は」


 フェリペは立ち上がり、杖を手に持ち、完成品のテストをする。

 とある魔道師から依頼されて作った、呪術と似た能力低下の魔法が封じられた杖を木材に使い、堅さを前後でチェックする。

 少しのこぎりの刃の通りがよくなった。要求された程度の性能はあるだろう。

 もう一つ、作ったスクロールには魔法の刃を放つことが出来る。それをリンゴに使ってみると、すぱすぱと切れた。こちらも問題なく完成だ。


 仕事を終えたひととき。

 だが、フェリペの胸の内には満足感はなかった。

 むしろ感じるのは渇き。


「足りない。物足りない。理由は――あれだろうな」


 理由はわかっている。

 先日受けた大仕事。マンティコアの素材と、数年に一度しか目にしないような高濃度の魔結晶を用いて作った、あらゆる耐性を貫通する魔道具を作ったことだ。

 あれほどのものはそうそうないとフェリペは自負している。

 

 だが、だからこそ今が退屈だった。

 難度も高く、希少な素材をふんだんに使え、できあがる魔道具の効果も大きい、そういうでかい仕事がやりたい。

 一度贅沢を覚えると、普通で満足できなくなるということだろう、フェリペも贅沢だとは頭では理解しているが、しかし望む心はどうしようもない。


「やはり、奴がいないからか」


 奴が再び仕事を持ってくればいいのだとフェリペは考える。

 奴の力なら危険な場所に行き貴重な素材を手にすることも出来るだろうし、そのために強力な魔道具を必要とするはずだ。

 この前安く仕事をやってやった恩をちらつかせ、何か持っている物をよこしてもらうとするか。


 そうと決まればと、フェリペはすばやく行動を開始する。

 待っていろ、エイシ。




「エイシさんは行っちゃいましたよ」

「な――に」


 ギルドに行き、受付に尋ねたフェリペは言葉を失った。

 まさか、ローレルを離れて別の町へ行っているとは思っていなかった。

 どうりで、姿を見ないはずだとフェリペは納得する。

 いや、納得できない。心情的には。


「どこだ? 奴はどこに行った!?」

「ええとですねえ、プローカイに行くと言ってましたよぉ」

「プローカイ。そうか、プローカイだな」


 フェリペは赤い髪を揺らしながら何度も頷く。

 その顔をじっと見ながら、受付、ウェンディはにこにこしている。


「たしかあなたって魔道具屋の方ですよね、王都にもいたことがあるって言う。もしよろしければ、お食事しながらそのことにお話ししませんかぁ? 私もうすぐお仕事終わりますし」




「おいしかったぁ。またご一緒しましょうね、フェリペさん」


 別れ際にぎゅっと手を握り、ウェンディは去って行った。 

 逆方向へと歩くフェリペは首を振る。


 まったく、時間を無駄にした。 

他にエイシの情報がなにかえられるかと思ったが、むしろあのウェンディとかいう受付の話ばかり詳しくなってしまった。

 それに俺の話もやたらせがむし、面倒な受付だ。


「だが、やるべきことは決まった」


 フェリペは工房に戻ると、荷造りを始める。

 それなりに長い間離れるかも知れない、魔道具屋も無期限閉店にして、注文の品を届けてやるべきことをやっておく。


 そして翌日、フェリペは馬車の乗り場にいた。

 

 向かうのはもちろんプローカイだ。

 快適な職人生活のために、エイシを見つけて素材と依頼を受け取る。

 そのために、すぐさま行動を開始する。


 馬車に乗ると、すでに一人の女が乗り込んでいた。

 金髪碧眼で、この格好はスノリの者だろうか。

 そんなことをフェリペが考えていると、馬車が出発する。


 流れる景色を見ながら、フェリペはこれからどれくらいの時間がかかるのか考えていた。

 街道を行く人はまばらで、人より自然の方が多い。

 しばらく何を作るか、どんな素材を今度は使うかと捕らぬ狸の皮算用をしていたフェリペだが、突然馬車が急停止し、馬のいななきが聞こえた。


「止まれ! 死にたくないなら馬車ごと置いていきな!」

「ひっ! や、やめてください! 斬らないで!」


 怒鳴り声と引きつった怯えた声が聞こえ、フェリペはため息をついた。これは、厄介なことになったかも知れないな。


「まったく、時間の無駄を。クズ共が」


 スペースバッグから魔道具をいくつか取り出し、馬車の外へ出ようと立ち上がる。と同時に、同乗者の女も馬車の外へ出ようとしていた。


「どういうつもりだ? 外の様子はわかるだろう?」

「なに、馬車を置いて行かれてはこまるからね、障害を取り除こうとしているだけさ。君こそ何をするつもりだい?」

「ほう、腕に自信ありか。あんたと同じだ。二人いれば倍早く終わる。行くぞ!」


 フェリペは外に出ると、同乗者もあとに続く。

 外には5人の賊らしき男女が武器を各々手に持ち、馬車の行く手を塞いでいた。御者は既におりていて、今にも乗員ごと馬車を置いて逃げだろうとしている。


「おい、逃げるな。このバカ達は今すぐ片付けるから」


 御者に言うと、フェリペは馬車から飛び降りる。

 街道の周囲は片側が草原片側が森となっていて、周囲には人の姿がない。おおかた、森の中の人目につかないところにあじとがあるんだろう。


 すぐに、賊の一人があざけるように笑い声を上げた。


「はっはっは、俺たちがバカだとよ。どう思う?」

「どうもこうもねえなあ。喧嘩売って死にたがる方がよほどバカだぜ?」

「ああ、そうだな。金目のものさえあれば命なんて欲しくもないが、お望みならぶっ殺してやるよ!」


 曲刀をもった賊がフェリペに襲いかかってくる。

 だがフェリペは魔道師のクラスをそれなりに修めている。魔法の盾を生み出し、あっさりとそれを防ぐと、手にしていた氷のスクロールを発動した。

 幾本もの氷柱が矢のように射出され、賊の体に突き刺さる。


「が、な、て、めぇ」


 憎々しげなうめきをあげながら、賊はその場に倒れる。


「てめえ!」


 怒りをあらわにさらに一人賊がやってくる。

 だが今度は近づけすらさせない。

 魔道具【リビングロープ】を使用する。

 それは、自在に動く長く強い縄。蛇のように地面を這い、足下から賊の体に絡みつき動きを封じた。


「くっ、なんだこれは、畜生はなしやがれ!」

「わめくな、雑魚が」


 武器をもったままもがく賊の手に魔法の矢をうちこみ、武器を取り落とさせる。

 そしてさらにロープで強く締め付け、完全に拘束した。


 残りもかたづけようと思った瞬間、ふとフェリペは妙だと気付く。

 この状況ならもっと悪態なりなんなりついてもよさそうなものだが、他の賊の声が聞こえない。

 どうした、と思い首をまわすと。


「そちらも終わったようだね、手応えのない相手で助かったよ」


 薄い笑みを浮かべる同乗者と、草原に重なり倒れている三人の賊の姿がフェリペの目に入った。

 見るところ、女は完全に丸腰だ。武器も道具も、魔力を増幅させるような装備も何も身につけていない。

 まさか素手でこれをやったのか?


「とんでもない奴と同じ馬車に乗っちまったらしいな、どうも」

「くく、酷い言いようじゃないか。まあ、お互い無事でよかった」


 驚きを露わに言ったフェリペに、女はくすくすと笑って答える。フェリペは道具をしまいながら尋ねた。


「俺はローレルのフェリペ。あんたは?」

「私はスノリのリサハルナ。プローカイへと向かう途中さ、道中よろしく、フェリペ君」



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