43,楽しくない楽しくない廃墟の地下
「とにかく、部屋を出よう」
「はいっ!」
俺たちは急いでドアを開け、廊下に出た。
部屋を出ると、引っ掻くような音は消え、ランプの明かりも安定した。
廊下には何も異常なものは見あたらない。
「あの部屋が問題だったのでしょうか」
「多分。何か……何かいるのかも」
何かについて、お互い口にはしなかった。
無言の同意をしたあと、今の部屋のことは忘れて廊下を先に進む。
しばらく進むと、左手に鉄格子があった。
牢獄のようなその奥には、フランス人形のような人影が、何体も行儀よく座っている。ランプに照らされ、青いガラス玉の目を嘘くさいほどに美しく輝かせて。
でも、それ以上に不気味だ、皆してこっちを見て。
素早く視線を外して、鉄格子の向かいにあるドアに手をかけようとした瞬間、何かが動いたような気がして振り返った。
……気のせいか?
特に何も変化はなかった。
そうだよな、まさかだよな。人形が動くはずないない。
「どうかいたしましたか、エイシ様」
「いや、なんでもないよ。そっちの部屋を見てみよう」
「ええ。早く入りましょう」
さっと中に入ったアリーに続き、俺も入る。
今度の部屋は空ではなかった。
机や椅子があり、棚があり、壺が棚に並んでいる――カリカリ。
「な、なにか壺の中から音がしています、エイシ様」
「だ、大丈夫でしょ。俺たちはモンスター倒してきたんだから」
「そ、そうですよね。そうですよね」
自分にも言い聞かせながら、二人でそっと壺の中をのぞき込もうとした時――。
ムカデが壺から顔を覗かせた。
「……もう。驚かせないでくださいよ」
アリーが胸に手を当て、長々と息を吐く。
そしてムカデをひょいとつかみ、棚のわきに置いた。
「ちょっと探索するから邪魔しないでくださいね」
そして壺を調べるアリー。
虫は平気なんだな、たくましい。
俺はその間に机の引き出しを調べることにしたが、何かが引っかかっているようで、引っ張っても半分弱しかあかない。
腕を突っ込んで奥に何か無いか探ってみる。
お、あった。
細いさらさらしたものが手に触れた。
さて何が入ってるのかなと引っ張り出してみると。
長い長い髪の毛が、俺の手指に絡みついていた。
「ひぃっ!」
思わず奇声を上げて後ずさってしまうと、アリーが駆け寄ってくる。
「エイシ様、どうしました……髪の毛!? い、いや、来ないでください」
俺の手に絡まっている髪の毛から逃げようとするアリー。
そんな薄情な、とってくれー。
「くすくすくす――」
「笑い声が!」
「しくしくしく――」
「泣声です!」
もう部屋の中を探ってる場合じゃない。
俺たちは大慌てでドアへ走る。なんとか髪の毛もふりほどきつつ、脱出して廊下に出た。
「エ、エイシ様……」
が、震える指先で、アリーが正面にある鉄格子を指さしていた。
そこにいたはずの人形達が、今はもういない。
もうやだ、帰りたい。
――でも。
ここで戻って、お化けが怖いので探索は諦めましたとリサハルナに報告するのは恥ずかしい。俺にだって空豆くらいのプライドはある。一寸の虫にも五分の魂なのだ。
俺は自分に言い聞かせるように、アリーに言う。
「大丈夫、アリー。人形がいなくなっただけだ」
「だけと言っても、普通いなくなりませんよ」
「突然現れたら怖いけど、いなくなったなら害はない。そうだろう」
「……はい! そうですね。このまま帰っては冒険者の名折れ、ですよね」
「うん。行くぞ、俺たちはいける、絶対いける」
「はい。行けます。必ず行けます。きっと行けます」
俺達は意地で先に進んでいく。
ゆっくりと、耳を澄ませて、肩を寄せ合いながら。
「人形、出てこないでください……人形、出てこないでください……」
アリーはつぶやきながら、俺の服の袖をぎゅっとつかんできた。
そんなに人形が怖いのか?
俺は髪の毛の方がダメージ大きかったけど。
恐怖から気を逸らすために、話しかけてみる。
「アリーって人形苦手なの?」
ぴたり、とアリーの足が止まった。
あ、やっぱりそうなんだ。
アリーがゆっくりとこちらに顔を向け、結んでいるポニーテールが小刻みに震える。
そして、少し俺の表情を伺い逡巡したそぶりを見せた後、静かに口を開いた。
「私の家には、母の趣味で人形がたくさんありました」
「貴族の家だもんな。いい人形をたくさん収集してたんだろうね」
さすがアリーの母でコール=ウヌスの妹。
コレクター気質は持っているらしい。
「一般的には、おそらく、質のいいものだったのだと思います。でも、だからこそ私は怖かったんです。まるで人間のようで」
「ああ、わかる気がする。俺も静かな部屋で人形に見つめられてると落ち着かない」
「ですよね! ……すいません、興奮してしまいました。それら人形は、廊下にもたくさんおいてありました。飾り棚にたくさん人形が並んでいました。さきほどの鉄格子の奥にあったような人形が、廊下を歩く者をいつも見つめていたんです」
「それはちょっと怖いな。しかも廊下だから生活してたら絶対逃れられないし」
俺の言葉に頷いたアリーは、しばし無言になった。
逡巡するように目線を左右に振れさせ、胸の前で強く手を組んでいる。
しばらくそうしていたが、何かを決意したように大きく深呼吸をして、再び口を開いた。
「それは、ある夜のことでした――」