34,アイディアはなぜか風呂場で浮かぶ
二重寄生レベルアップをした俺は転移クリスタルで入り口に戻った。
それは、迷宮をあとにして町に戻ろうとした時だった。
突然ハナの体が輝き出したのだ。
「うわっ、眩し……! これ、前と同じやつか」
最初に食事をして、変化した時と同じ現象。
ということは――。
「ご主人、お腹が空いたです」
光の中から声が聞こえた。
……声?
疑問に思っていると光がおさまり、そこに現れたのは、もっさりした葉っぱで全身がおおわれた、葉っぱのモップのような召喚獣だった。
これが召喚獣の進化か。
いくらなんでも面影なさ過ぎじゃない?
でも目は相変わらずくりくりしていて、ちょっと安心。
「って、喋った!?」
「成長したら喋れるようになったです」
「そういうものなのか?」
ハナは胸らしき場所をそらせて得意げな顔をする。
まさか言葉を話せるようになるとは、進化って凄い。
「ご主人、お腹空いたです」
「さっきまで結構食べてたような気がするんだけど」
「もっと食べます」
食欲旺盛だけど、それってつまりモンスターを倒すってことだよな。
俺が狩りにつきあわないときでも一人でそれをやれるなら、俺としては願ったり叶ったり、何も止める理由はない。
今日のレベルアップもあるし、進化したし、しかも二足歩行だから両手で道具を使えるようになってる。
これなら。
「一人で行動できる?」
「……っ! もっちろんです!」
お、なんか嬉しそう。
そういや今まで単独行動ってさせてなかったか。
自由にやりたいお年頃みたいだ。
「行ってきていいです?」
ハナがくりっとした黒豆みたいな目で見つめてきた。
十分知恵もあるみたいだし、今日の狩りでモンスターの強さもある程度理解しただろうから、不用意なことをして怪我をすることもないと思う。
心配になったら【パラサイト・ビジョン】で様子を見ることも出来るし、うん、問題ないな。
「ああ、暴れてきなよ。でも無理はしないように」
「もちろんです。ご主人が色々なモンスターと戦わせてくれたからばっちりです。今日一日、ご主人が時間を割いて僕のために戦って、援護してくれました。キノコもくれました。成長できたのは、ご主人のおかげです! 本当にありがとうます」
腰のあたりからうねっと曲がるハナ。
いつの間にか礼まで覚えたらしい。やるな。
「そんなにしなくていいよ、俺自身の戦力アップにつながるんだから。それじゃあ、行ってらっしゃい」
「はいです!」
スペースバックから簡易な武器と防具と治療薬等を渡してやると、ハナは近くの森へと滑るように走って行った。
遠くから見ると本当にモップが高速移動しているようだ。
うーん、面白い光景。
これからは俺がついてなくても一人でモンスター倒してくれるなら、今日みたいな稼ぎが面倒な時でも稼げて助かるな。
魔力に余裕のあるときは任せてしまおう。
それじゃあ俺は帰るとするか。
……でもその前に。
俺は宿に直接帰らず、宿から徒歩十分くらいの所にある浴場に寄ってから帰ることにした。
今日は一日頑張ったし、迷宮で汗もかいたし、いっちょ汗を流しに行こう、というわけです。
このローレルの町には公衆浴場があるんだよね。ありがたいことに。
浴場は雰囲気は高級感のある銭湯といった感じ。
脱衣所があり、風呂場は複数ある。
入ってすぐの風呂場にはつかるための広い湯船と湯を汲む用の湯船があり、別の部屋には水風呂もあり、熱い湯につかったあとはそこでさっぱりすることもできる。
町の地下に水道が通っていて、そこから引き込んだ水を湧かしているらしい。なかなか凄い技術だと思う。
なんと蒸気を炊いてサウナのようにしている部屋まであるんだから驚き。この世界の人の風呂に対する情熱もなかなかのものである。
普段は塗らしたタオルで体を拭くくらいなのだが、たまにここに来ている。
お金持ちは自分の家に風呂があるけど、庶民はないし、俺の泊まっている宿にも当然ないので、ここが生命線。
まずは洗い場で体を洗い、湯船に入る。
絶妙な温度で……は~。
目を閉じてリラックスすると、一日の疲れが癒えていく。
やっぱり湯船が一番いいねえ。シャワーもさっぱりするけどそれとは違ってまったりとした癒やしがある。じっくりつかってると……ふ~たまらん。
「お前も風呂好きか。奇遇だな、俺もだ」
「ええ、やっぱりこれが一番いいで……ってその声……フェリペ!?」
隣からの声に目を開けて横を見ると、そこには赤髪に少し釣り目の、見覚えのある男がいた。
魔道具職人のフェリペだ。
「まさかこんなところで会うとは思わなかったよ」
今日は一人でのんびりしようと思ったんだけど、まあ、いいか、たまには。
湯の跳ねる音が聞こえると、小さいことは許せる気分になるもんだ。
「ここには結構来るのか?」
「まあ、ちょいちょい。フェリペは?」
「言うまでもない。ここは頭をリフレッシュするのに役に立つ。特に好きなのは蒸気風呂だ。あれはいいぞ、エイシも湯船だけじゃなくあれも使ってみろ」
「使ったことあるけど、汗かくからなあ。俺はどっちかというと汗流したいんだよね」
「そこがいいというのに……まあまだお前には早かったか」
フェリペは髪をかき上げ、勝ち誇ったように笑った。
なんでサウナが好き程度で玄人ぶってるんだ。
俺だってサウナくらい入れるわ。
「そっちこそ湯船の良さを完全には理解していないようだね。水がまろやかに体を撫でる感触がいいというのに……いや不毛だな、この競争。それより、仕事の調子はどう? 加工の目処はたった?」
質問すると、フェリペは顔に湯をかけた。
そして息を長く吐き出す。
「なかなか難しいところだ。といっても、やり方がわからないわけじゃない。俺の手を持ってすれば、突破口は見えた」
「本当? だったら難しくてもなんとかなるんだね」
「そうとも限らんな。方法がわかっても実行するのが難しいんだ。俺の見つけた方法には高濃度かつ高純度の魔結晶が必要だが、そんなもの容易には入手できない。だからそれ無しでやる方法がないかと考えているんだが、手に入れるのと考えつくの、どっちが早いことやら。まあ、それをあれこれ考えるのが面白いんだがな」
フェリペはにやりと口の端をつり上げる。
心底楽しそうなその表情はザ・職人って感じだ。
ちょっと変わった奴だが、仕事への姿勢は本物だな。
「魔結晶ねえ」
魔法のような特殊な力の源である魔元素。
それが集まり固まったものが魔石や魔結晶というものだ。
魔結晶の方がより純度が高く、その中でも高品質なものが必要というならば、なかなか難しいということは想像できる。
「エイシ、お前、冒険者だろ? あんな珍しい素材を手に入れられるほどの。だったら魔結晶も見つけてこいよ」
「おいおい、気軽に言わないでよ。割と決死の覚悟だったんだから。それに場所がわからなきゃ見つけようが――冒険者? 冒険者か」
冒険者に尋ねるっていうの、ありかもね。
色々と情報は持ってるだろうし、ひょっとしたら現物を持ってるかも知れない。
謝礼を渡せば教えてくれたり、ものをくれると思うし、依頼を出すってのもいいな、報酬次第じゃ一生懸命探してくれるだろうし。
いや、待てよ。
もしかして、これは一石二鳥の状況じゃないか?
そう、ああすれば――。
俺は思わず湯の中で手を打った。
「どうした? にやにやして」
「ふふふっ、いやいや、たいしたことじゃないけど、ちょっとばかり思いついちゃったんだよね」
謝礼として、依頼の手伝いをすればいいんだ。
冒険者はランクづけられているけど、一つまでならランクが上の依頼を受けられる。ただ、もちろん難度が高いからなかなかできない。
そこで、俺がそれを手伝う。
俺の実力はこの町の冒険者なら少しばかり知られている。コキュトスウルフを倒した時のことだから、多少低く見積もられてるだろうけど、それでも多くの冒険者よりは力があると思われている。
だからお金を報酬として提示するのではなく、依頼や、あるいは上に行くためのトレーニングを手伝うかわりに、魔結晶のことを頼むってことができると思う。
だけど、本当の目的は魔結晶以上に、冒険者を手伝うことで彼らにより高ランクのモンスターを倒させることなんだ。
ハナに対してやった二重寄生を冒険者で行えば、様々なクラスの経験値を稼げる。
依頼が終わっても、これから先俺抜きでも高ランクにいけるように、などと言って誘い、余分に狩らせたりしてさ。
何もないのにいきなり依頼を手伝うとかレベルアップの補助をすると俺が言いだせば、怪しまれるだろう。裏があると思うに違いない。
二重寄生でのレベルアップの弱点はそこだ。どうやって、他の人を自分に抵抗なく寄生させるか?
だけど、それが謝礼や報酬だとしたら?
人間は無償の善意は訝しむが、ギブアンドテイクなら信じられるものだ。悲しいことに。
俺は水滴がびっしりついている天井を見上げた。
一滴が俺の額に落ちて跳ねる。
だから、いける。
これを使えば、今欲しい物が二つ同時に得られる。
魔結晶のことで助けてもらって、そのお礼で経験値まで追加でもらえる。
美味しすぎるだろ、二重の寄生で二重の報酬って。
行くしかない、冒険者ギルドへ。