3,街道を行く~ローレル周辺
森を出てすぐにあった街道を俺は向かって左に歩いていった。
途中お腹が減ったので、ちょっと堅めのパンをスペースバッグからとりだし食べた。いつ入れられたものかもよくわからないけど、普通に食べられたし、このバッグは食べ物を入れておけば保存もきくみたいだ。こいつは便利だ。
そうしてしばらく歩くと、特にトラブルもなく町に辿り着いた。
街道があるということは町もあるとはわかっていたけど、思ったより近くにあったのは運がいい。砂漠とかに転移してこなくて助かったな、ホント。
町は石造りの建物がいくつも並び、土を均した道路があり、中世ファンタジーにありそうな町並みだった。
アスファルトやコンクリートがない、こういう景色の中を歩くのは面白い。もとの世界でも滅多に出歩いていないということはこの際気にしないことにする。
何はともあれぷらぷらと町を歩きつつ、この世界の町の様子を探る。
目抜き通りの人通りはそこそこで、道行く人の服装は俺と同じような感じで、幸い俺が浮いているってこともない。
ちょっと気になるのは、ちょいちょい剣を腰に差していたり、槍を持っていたり、兜をかぶってる人がいることだな。手紙によると、スキルや魔法だけでなく、モンスターやダンジョンも存在している世界らしいけど、この辺って結構モンスターが多い場所なんだろうか。
モンスターやダンジョンって聞いたらワクワクしてくるけど、でもパラサイトしか能のない俺はモンスターにはあんまり出会いたくないぞ。
ちなみにモンスターを倒していくとクラスのレベルが上がるらしい。モンスターの存在を成り立たせている力がクラスの力になるとか。
通りには結構いろんな店が面していて、露店も出ている。
俺は試しに露店で果物を一つ買ってみた。値段は銅貨5枚。
ここでは硬貨は銅貨、光銅貨、銀貨、光銀貨、金貨、光金貨と六種類あり、光銅貨は銅貨十枚、銀貨は光銅貨十枚、光銀貨は……という十倍ごとの価値になっているようだ。これもルーの手紙に書いてあった。最近賽銭が少ない、信仰心が足りないという愚痴と共に。
また手紙には言葉が通じるようにもなってるはずだと書いてあったけど、実際読み書き聞き話し全て問題ないようだ。
果物の値段や、他の露店に売っている品物の価格から判断すると、
銅貨→20円
光銅貨→200円
銀貨→2000円
光銀貨→20000円
金貨→200000円
光金貨→2000000円
くらいの価値だろうか?
この世界での物価がもとの世界の物価にぴったり比例しているなんてことはないだろうから、実際は1/2~3倍くらいの幅はありそうだが。
俺が持っているのは、銅貨57枚、光銅貨87枚、銀貨37枚、光銀貨6枚、金貨1枚。
結構あるのでこれならしばらく生活には困らないだろう。
しかし逆に言えばしばらくたったらなくなるくらいでもあるから、何かしらで稼げるようにしなきゃダメなんだろうなあ。
でもお金稼ぐのって、大変そうだし、まだ考えなくていいや。
ニートらしい思考回路を発揮しつつ町をふらついているうちに、町の構造もある程度把握できてきた。そして、お腹も減ってきた。
ちょうどいい頃合いかな。
早くスキルを試したいと思ってたんだ。俺がこの世界で持っている強みを。
俺はこぢんまりした食堂に入った。
時間的なこともあり、まあまあ人が入っていて賑わっている。
これならいけそうだ。
俺は空いている席に座る。
注文をウェイターに伝え、食事が届くまでの間に計画を実行に移す。
俺は念じ、スキル・パラサイトを発動した。
前に試したときと同じように右手が光に覆われる。おそらく、この光る右手で触れるとその相手にパラサイト――つまり寄生できるんだと思う。
ニート的には寄生と言えば金銭だ。つまりここに来ている客の誰かに寄生すれば、俺の昼飯代を払ってくれるのでは? あるいは俺にお金をくれるのでは? そう考えている。
それなら、金の心配をせずにのんきに異世界でも暮らせる。まさに俺に相応しいスキルだ。我ながら結構酷い発想だけど、さあて、誰に驕ってもらおうか。
と一瞬はしゃいだが、冷静になった。
考えてみると触るのも結構難しいかもしれない。見知らぬ人がいきなり触らせてといったら不気味だしこっそり触るしかない。しかし相手が女だったりすると、痴漢で捕まるのではという懸念がある。いや相手が男でも痴漢には違いない。
うーん、となると事故を装うしかないな。
俺は店内を見渡し、隣のテーブルで一人肉料理を食べている男に目をつけた。席を立ち、そっちへ向かっていきながら。
「すいませーん、店員さん、ちょっと追加が……わっ!」
店員を呼び止めようとしつつ、わざと身体のバランスを崩し、支えにするるように男の背中に手を置く。
男は俺の方に顔を向け、睨んでくる。
「すいません、食事の邪魔をしてしまって……。ちょっと転びそうになってしまって……」
申し訳なさそうな顔で頭を下げると、男はふんと鼻を鳴らして食事を再開した。
よし。
繋がった。
今や俺の手から男の背中に、金色の光が繋がっていた。
これがきっと、寄生の証。
誰も何も言わないことから、スキルを使った俺だけが認識できる、誰に寄生したかの証だろう。
やってきた店員に、たっぷり焼いたのが好きだから堅焼きで頼むと告げ、俺は自分のテーブルに戻った。
そして普通に食事を終え、寄生した男が動くのを待つ。
おっ、席を立った。
さてどう動くと見ていると、男は俺の分の料金をおもむろに払……わないぞ、おい。しかも店から出ようとしてるし、ちょっと待て!
俺は大慌てで会計を済ませ、男のあとを追って店を出て、通りを歩く男を見つけてあとをついていく。
おかしい、どういうことだ。
未だ俺の手から男の背に光の糸は伸びているから、スキル自体は発動しているはずだ。しかし何も起きない。とりあえず様子を見るしかないなと、距離を取ってあとをつけていく。
男は通りをずっと歩いて行く。俺も先ほど見た店や建物の間を通り抜け男の後をついていく。ずっとつかず離れずの距離で後を追っていくと、男はついに町を出てしまった。
しかも大きな街道を通るのではなく、道のない場所を歩いて行く。ただ、そこは草がほとんどなく地面が露出されている。何人にも踏み固められたように。
町を出たら見つかるんじゃないかと心配になったが、男以外にもそちらに向かっている者がいるので、違和感はないようだ。しかし、客層というか歩いている人の層が町を歩いていた人のそれとは違う。
皆武装しているのだ。
戦士っぽい出で立ちや魔法使いっぽい出で立ちの人など色々いるが、皆今すぐにでも戦えそうな格好をしている。ちらほらではなく、全員。
これ、もしかしてやばいところに向かってません? 俺?
ニートが行っちゃいけない場所に行こうとしてません?
と思いつつも引き返す踏ん切りもつかず男の後を歩き小高い丘を一つこえると、突然草原の中に茶色い土がむき出しのエリアがあらわれた。
そして、その中央に、ぽっかりと口を開けた地下への入り口が、俺を迎えた。
これは、もしかして、ダンジョンか。
あのローレルの町をぷらぷらと歩いている時に、ちらっと小耳に挟んだ。
迷宮パイエンネというダンジョンが、町の近くにあると。
それがこれに違いない。見るからに地下深くまで続いていそうな大穴で、武装した者がここに向かっている。
状況からして間違いないだろう。
俺が後をつけてきた男は大穴の前で気合いを入れると、中に入っていった。
仕方なく俺はあとをつけるのは諦めた。
モンスターがいるようなところにさすがに入っていくことはできない。彼我の力関係がわからないまま行く度胸はない。
しかたなく、俺はダンジョンの周囲をうろつき始めた。
すごく不審者だと思う。でも、何もせず帰るのもなんだしなあ。じゃあ何をやるのかと言われても困るけど、それを考える意味でも、ダンジョンにやってくる人や、ダンジョンから怪我をして出てくる人を見つつ、しばらくうろうろとダンジョンの近くを探索していた。
【クラス】パラサイト 1→2
突然だった。
前触れなく俺の前にもう見慣れた画面が現われ、そんな表示がなされた。