後日談・異世界チョコレート
後日談の更新は不定期でいつやるか未定なのですが、更新した時はなるべく活動報告とかツイッターで報告しようかと思ってます。せっかくあるのだから使わないともったいないかなあと。結局更新が不定期なことには変わりないですが、一応そんなことを考えています。
さて、それはそれとして今日はなんと2/14です。
というわけで、ルーとチョコレートとエイシな外伝です。
「わはははは」
俺の部屋に気の抜けた笑い声が響いた。
パソコンのディスプレイから笑い声の方へと目を向けると、そこには、俺のベッドの上に我が物顔で横になり、漫画を読んでいる女神の姿があった。
「あー、笑える。天才とか言ってるのに間が抜けすぎでしょこの生徒会」
「あのさ、くつろぎすぎじゃないかな。俺の部屋なんだけど」
「え? まあ、エイシの部屋なら私の部屋みたいなもんだし。二人の仲じゃない。会長はいい奴だよねー」
ルーは漫画から、お菓子の袋へと手を伸ばした。
包装のビニールをほどき、黒い塊を口に放り込み。
「まあいい奴だけど、それはとりあえず置いておいて、せめてベッドの上でお菓子を食べるのはやめなさい……ん? ルー?」
俺は妙な雰囲気に気付いて眉根を寄せた。
お菓子を口にいれたルーがぷるぷると体を震わせている。
包みを見ると……チョコレートを食べたらしい。
ひょっとして異世界人にとってはチョコレートの成分が毒だったりするのか?
「あ……ああ……」
「あ?」
「甘い! うまい! 何これ!」
ルーがぼいんとベッドの上で飛び跳ねた。
「寝転んだままの格好で跳躍を!?」
「何これ超甘くていい香りなんだけど! 神の食べ物!? ここは神の世界!?」
目を輝かせて鼻息荒くして大興奮している。
ベッドのスプリングがお亡くなりになりそうな勢いだ。
「落ち着けルー。神はお前だろう」
「はっ、そうだった。いやそれにしてもこれおいしすぎるでしょ」
「まだ食べたことなかったの? チョコレートだよ」
「チョコレート……うわもう名前からしておいしいよ」
そうか?
チョコレート――チョコレート――確かに甘そうな名前してる気がしてくるな。
それにしても、もう何回かこっちに来てる割りにいまだにチョコレートを食べたことがなかったのはちょっと意外だ。
たしかに考えて見ると、部屋でぐーたら漫画を読んだりしてることが多かったような気がする。お菓子は食べていたけど、チョコレートは今までなかったのか。
しかし凄い感動っぷりだ。
チョコレートって凄いんだなあ。
「うめ……うめ……」
ルーはチョコレートをバクバクと食べ続ける。
あまりに幸福そうなとろけた表情に俺は、いいぞ、好きなだけ食べろ、という心意気で食べさせることにして、パソコンに向き直りパソコンゲームを再開した。
「ねえエイシ、もっと食べたい」
振り返ると、ファミリーパックを空の袋にしたルーがいた。
「もう全部食べたの、鼻血でるよ」
「チョコレートのためなら血くらい出してやるわ」
「そんな覚悟聞かされても、もうないものはなあ」
「そうじゃなくてね」
ルーがぐいっと顔を近づけて来た。
「異世界で食べたいんだよ。いつでもどこでも異世界でも」
「えー」
なおさらそんなこと言われても、という目で見返す。
伝わったのか、ルーは目を細めた。
「むむっ。そう簡単じゃないってことだね。そもそもチョコレートってどうやって作ってるの。まずはそれがわからないと始まらないと思う」
じぃっと俺とパソコンを見つめるルー。
調べろってことですね。
「しかたない、ググってやろう」
恩着せがましく言いつつ、調べてやることにした。
『チョコレート 作り方』で検索、と。
すぐに色々なWebサイトが俺にチョコレートのことを教授してくれた。
「ほほー。色々作り方はあるんだね」
「どれどれ……おおー。こんなことまで乗ってるとは、さすが神の箱だね」
「なんでもかんでも神のものにしすぎだと思います」
などと言っていると、ルーが画面をのぞき込もうと、俺の背中にのしかかって身を乗り出してきた。
背中に大きくて柔らかいものが押しつけられ、視界の端では服の隙間から滑らかな肌が見え隠れしている。
俺はその感触や光景に――。
「おやおやぁ、エイシ君。今見てましたねー。いやんエッチー」
などとルーが俺のほっぺたを突きながら、悪い笑みを浮かべる。
俺はその感触や後継に――。
真顔で答えた。
「うぬぼれるなよ、ルー。ルーが何度も部屋でだらだらしてるせいで、これまで何度も胸の谷間やら腋やら見えていたんだ。今さら慌てたりはしない。頻繁に見える胸の谷間なんて俺には効かない。希少価値のない胸などありがたみはないのだよ」
「なっ、なんて奴……!」
驚きの表情のルーに、俺は勝ち誇る。
もう胸なんかに負けたりしないのだ。
平常心の俺は、ググってチョコレートの作り方を調べる。
「しかし、これはちょっと難しそうだな」
どうやら、かいつまんで言うと、カカオ豆を数十時間すり潰して、滑らかにネットリしたペーストをちょうどいい温度を保ちつつ砂糖などを混ぜて、最後に型に嵌めて冷やすというような手順で作るみたいだ。
カカオ豆を数十時間すり潰し続けるというのが、どう考えても家庭でできるものではなに。実際、工場でそういう専門の装置を使ってやることらしい。
「そもそも異世界にカカオ豆がないという問題もあるし」
「そんなー。チョコレートをあっちでも好きなだけ食べたいんだけどー」
ルーが残念そうに言いつつ、額に指を当てて何かを考え込んでいた。
と、ポンと手を叩いた。
「ねえ、エイシのスキルでなんとかできない? 色々覚えてたじゃない。チョコレート合成スキルとか。チョコレートの樹を育てるスキルとかないの?」
「いやそんなピンポイントなスキルあるはずが……だいたいカカオなんて異世界にはないしなあ……」
「そこをなんとか無駄に豊富なスキルでなんとかできないの? エイシー」
「無駄じゃねぇーから」
しかし、たしかに豊富なスキルでなんとかできるかもしれない。
俺は自身のステータスを確認し、何か使えそうなものがないかと確認していく。
確認中……確認中……確認中……。
……あれ?
あるスキルを目にした時、俺の頭に走馬燈のようにある日の記憶が去来した。
「これはっ!」
「お、なになになーに?」
俺は無駄に接近してくるルーのおでこを指でつっつきながら言った。
「ある……かも……いや、確実にある。ふっふっふ、あったよ、ルー。異世界でチョコレートを育てる方法」
「本当!? さっすがエイシ! 信じてたんだよー。ひゅーひゅー」
俺の手をルーが両手でがっしりと掴む。
「ふっ、ウソくさい褒め言葉ありがとう。とにかく、早速やってみよう」
「がってんしょうち! んで、どうやるの?」
再び無駄に近寄ってくるルー。
近くで見ると、艶やかな唇がぷるんとして……チョコレートの茶色い欠片がついてるじゃないか。また食ったのか、俺がおやつで食べようと思ってたのに。
くそっ、早く作らなければ俺に3時がやってこない。
「形質付与スキルを使うんだ」
「けいしつふよ?」
俺たちの異世界行きが決定した瞬間だった。
「久しぶり、マリエちゃん」
「……っ! いらっしゃいませ!」
とてとてと走り寄ってきたマリエに、俺は身をかがめて挨拶をする。
俺たちは早速異世界にやって来たが、向かったのは、ローレルの宿だった。
初めてホルムに来た時からしばらくお世話になっていた、あの宿だ。
「親父さんも、久しぶりです」
宿親父はニヒルに笑って答えた。
相変わらずでなんだか安心しつつ、俺はマリエに家庭菜園を少し使わせて欲しいと交渉した。
「もちろんいいですよ。見てください、立派に育ったんです」
マリエが見せてくれた家庭菜園には、その言葉の通り見事に様々な野菜が実っていた。一時は元気がなくなっていた畑とは思えない。
きっとここの野菜を、宿泊客は腹一杯食べられているのだろう。
「おおー! 本当に立派だね。泊まって食べられるお客さんが羨ましい」
「えへへ……ありがとうございます。エイシさんも泊まるんですよね?」
「うん。何泊かはすると思う」
そう言うと、マリエはにっこりと嬉しそうに笑った。
その天使のような笑顔を見る俺の方こそ嬉しくなってしまうね。
「それで、ちょっとお願いがあるんだけど、少し空いてる畑ってある? ちょっとでいいから貸して欲しいんだ」
「もちろんですよ。だって、エイシさんが、元気のなかった畑を生き返らせてくれたんですから」
マリエは快諾すると、ちょうど何も育てていない一角を俺に教えてくれた。
ありがたくそこを使わせてもらうことにした俺とルーは、宿屋の菜園へとやって来た。
「さて……チョコレート畑の始まりだ」
まず俺はスキル【目利き(土)】を使った。
湿度や土質、養分、全て問題はないようだ。
ここで栽培してよいだろう。
俺には【農具マスタリ】がある。
農業をほとんどしたことのない俺でも、農具の使い方は身体が知っていて100回使った道具のように鍬や鋤が体に馴染む。
家庭菜園の一角の空いている場所を耕し雑草を取り除いたりして、そつなく農作業は終了した。
さて、下準備が終わったならいよいよチョコレートを育てる段に入っていく。
使うのは、スキル【形質付与】だ。
以前少しばかり実験したことがある、同じようにローレルで。
この【形質付与】スキルは、植物に別のものの特徴を付与できるというスキルである。前は、瓜をベースにして、林檎を付与して林檎味の瓜を作ったり、ランプを付与して光る瓜を作ったりした。
ランプのようなものの特徴まで付与できる、かなり自由度の高いスキルなのだ。
つまり、そう、これを使ってチョコレートの特徴を持った植物を作ろうというのが俺の狙いだ。
「使うのはー……前と同じローレルウリでいいかな」
「ねーねー、エイシー。本当にこんなことでチョコレートができるの?」
やることを説明されたルーは、二つに割った板チョコを両手で打ち鳴らしながら、俺に問う。
「前やったときはそれなりにうまくいったよ。チョコレートそのものができるかはわからないけど、それっぽいものはできると思う」
「ふーん。まあ、やってみよっか。何ができるか面白そうだしね」
ローレルウリと呼ばれている、背の低く丈夫な茎に太くて短い瓜がたくさん実る種類の瓜をあらかじめ茎ごと購入して、持ってきている。
それを根っこごと畑に移植した後に――。
「じゃあ、いれるね」
ルーがその根っこの側に、板チョコを埋めた。
穴に埋めたチョコレートに、丁寧に土をかぶせる。
何も知らない人から見たら狂気の行動だが、これでいい。
これが俺のスキル【形質付与】のために必要なことなのだ。
ファーマーとエンチャンターの複合スキルであるこれは、植物の根元にものを埋めて、こうしてそこに手を当ててスキルを使ってやると――その埋めたものの性質が、植物に宿るというスキルだ。
つまり、こうすれば、チョコレートのような瓜ができる。
「どんなのが出来るか楽しみ~」
ルーが体をうずうずさせる。
これを普通に育てていては、結果が出るまで時間がかかるが、これも俺はクリアーしている。
「最後にスキル【養分変換】を使って仕上げだ」
これは土の中にある栄養の成分を植物にとって使える養分にするスキル。
肥料のような働きもあるが、魔力が大きく、スキルに熟練していれば、成長を促進させることすら可能になる。
「スキル【養分変換】発動!」
一瞬土が光ったような気がした。
「これで大丈夫なのかな?」
「多分。あとは、ちょっと待つのみ、だ」
そして俺たちは、待つことにした。
その夜は宿親父お手製の美味な晩ご飯を腹一杯に食べて。
そして翌日。
「おおおっ! すごいよエイシ!」
というルーの声で俺は目を覚ました。
引っ張られて家庭菜園に行くと、そこには茶色い瓜が実っていた。
いくつか作っていたのだが、どれもこれも茶色い瓜がなっている。
鼻を近づけてみると、チョコレート特有のカカオの香ばしい香りがしている。
試しに囓ってみると、たしかにチョコレートの味がしたが、食感は瓜っぽい。
シャクシャクしていて、瑞々しい。それでいて味と香りはチョコレートっぽいので、なんとも不思議な食べ物だ。
しかしやっぱり、チョコレートのあの食感がおいしいと俺は思うので……。
「つまり?」
「ここから料理タイムってことだな」
俺とルーは、宿親父とマリエの力を借りて、チョコレートウリの加工のための試行錯誤を始めた。
刻んだり、すり潰したり、煮たり焼いたり炒ったり――カカオ自体ではないので、チョコレートの製法は通用しないので、とにかくあれこれ試してみる。逆に言えば、チョコレートを作るための装置がなくても作れるということだとポジティブに考えて。
そして一日あれこれと試したすえに、その日の夜、俺たちの前には板状の焦げ茶色の塊が出来ていた。
アイコンタクトを取り、ルーがそれを手に持ち、ぱきっと小気味いい音を立てて割った。
そして一かけを口に放り込み。
俺はチョコレートが完成したことを確信した。
ルーの表情が、幸せいっぱいの笑顔だったから。
「いやー、壮観壮観。これが全部チョコレートになるんだね」
「うん。ローレルの一大産業になったりして……」
チョコレートの作り方と、チョコレートウリの株を作った俺たちは、異世界でもチョコレートを食べられるように、その株を売り込んだ。
ためしに作ったチョコレートをプレゼントすると、一発で宿親父の知り合いの農家は落ちたね。あの甘さと香ばしさは味わったことのない人には反則的だ。
そうして農家の一つが大々的に育てることになったので、そこの畑に、チョコレートウリの株を大量に植えたというわけだ。
さすがに全部を促成栽培はできないので、成長は自然に任せるが、あとはこれを増やしていけば異世界でもチョコレートが広まるだろう。
そしてあのお世話になった宿はその製法を知る第一人者として、チョコレートの元祖になるかもしれない。
マリエは、今日の宿泊客にデザートとしてチョコレートを出してみると言っていた。チョコレートの評判の宿になる日も近いな。
「働いたなー、働きまくったなー。私凄い」
畑を前にルーが自画自賛した。
たしかに粉骨砕身畑を耕していた。
元々パワー系の女神で、開拓開墾は得意技だけ有り、髪をフルフル揺らしながら、猛烈な勢いで畑を耕し植えていく姿は圧巻だった。農家親父も驚いていたね。
目の前にずぅっと広がるチョコレート畑の七割はルーが整備したんじゃなかろうか。
「頑張ったし、これからは女神への供え物にチョコレートを必ずくわえるように啓示を出そう。じゅるり……食べ放題食べ放題」
当のルーは緩みきった表情になっている。これから先の異世界チョコレート生活を想像して、もうすでに口の中が甘くなっているみたいだ。
俺も久々にガッツリ体を動かして一仕事したら、なかなか爽やかな気分。
部屋でパソコンもいいけど、たまには体を動かすのもいいね、うん。
そんなやり遂げた気分で俺たちは宿へと引き返した。せっかくなので、もう一泊くらししていくつもりだ。
そして宿で夜が訪れたとき、俺の部屋にルーが尋ねてきた。
用があるというので部屋にあげると、ぴょんと小さくジャンプして、ルーが俺の正面にやって来る。
「どうしたの、ルー」
「えへへー」
なんともいえない、嬉しそうな、何か企んでいそうな笑顔で俺をじぃっと見つめている。
いったい何をするつもりなのかと俺は両手を胸の前にして待ち構える。
さっとルーがスペースバッグから何かを取り出した。
そして身構える俺の両手に向かってそれを渡してきて――え、これは。
「ルー、これって」
「ハッピーバレンタイン、エイシ」
俺は口をぽかんと開けてしまっていた。
そうして俺の手にあるチョコレートを見つめている。
「バレンタインって、ルー、知ってたの?」
「うん。2月14日はチョコレート上げる日なんでしょう。私のわがままに付き合ってくれたしね。これくらい軽い軽い。――ありがと、エイシ」
力こぶを作るように腕を曲げて、ルーはにっこりと笑う。
……あー、これは……すっごい、嬉しいかも。
いや、割りとマジで嬉しい。不意打ちでチョコレートもらえるなんて。
もはやそんなイベントがあることすら忘れるほど縁がなかったから。
「ありがとう……ルー。本当にありがとう……」
俺は九十度の礼をしていた。いやマジで縁が無かったんです。
顔を上げると、そこまでか、とルーが驚いていたが、同時に満足そうでもある。
「へへへ、そこまで喜んでもらえるとやった甲斐があるよ」
「うん……しかしどうして……斧の形なの」
手作りと一目でわかるその形。なぜか斧だったのだ。
ルーは胸をどんと叩いて自信ありげに俺に説明した。
「だって、私と言えば斧じゃない。エイシがこの世界に来た切っ掛けも、私が世界斧を振り下ろしたからだし。私と思って大事に食べてってこと」
なるほど、そういう深い意味が。
いやでもだからって斧にするのはさすがルーという感じあ。
「まあ、早速食べちゃっていいかな?」
「どうぞどうぞ」
迷わず刃の部分から口にいれる。
そうして食べたチョコレートは、普段食べてるものよりも、もっと甘く感じた。
その味は俺の顔をほころばせ――、
「やっぱり私ももらうっ!」
「あっ、ちょっ、ルー!」
たと同時に、俺の手のチョコレートを、ルーがパキリと割って自分の口に放り込んだ。
「俺の取り分が減るじゃないか」
「まあまあ、気にしない。おー、甘い! もう一口」
「待て、なくなる! せっかくもらったのに!」
ルーが俺のチョコレートを狙って飛びついてくる。バランスを崩してベッドに倒れ込みながらも、俺は大事なチョコレートを防衛しながら先に食べていく。
「観念しろお! エイシぃ!」
「ふひぃっ、くすぐるのはずるいぞ――くっ、まだまだやられんぞ! おらあっ」
「うひひゃぁっ!? ちょっと、反撃ストーップ! エイシ、私、首は無理ぃ」
ルーの攻勢は倒れ込んでも止まず、俺はルーに腕や背中に体ごとしがみつかれたり、正面からがっしりと両腕でロックされたりしながら、こっちからも攻撃をしかけつつ、ルーと競ってチョコレートを食べていった。
異世界で初めてのバレンタインデーの夜は、そうして更けていった――。