後日談・アリーの異世界12月初体験
「おおおー。これが、クリスマスツリーなのですねエイシ様!」
「そうそう。初めてだと結構綺麗でしょ」
「結構などというものではありませんよ。非常に美しいです。見てください、光っていますよ。点滅しています。靴下や綺麗な玉もついています」
12月の空の下、薄暗くなってきた時間に、アリーが駅前にある大きなクリスマスツリーに目を輝かせていた。
こっちの世界とあっちの世界を行き来できるようになってしばらく経った今日この頃、アリーがジャザーにやってきた。
今回はジャザーが見てみたい、ということだったので、俺も時間があったので、案内することにしたのだ。まあ、時間が無い時ってないんだけど。
折しも時期はクリスマスシーズン。
町中はクリスマスの飾り付けがされ、華やかなムードになっている。
「なるほど、冬のお祭りがあるのですね、エイシ様の世界では」
「そうそう、それで木を飾り付けたり、木以外も色々と飾り付けたり」
「ああやって光っているのは、光魔法の魔道具ですか?」
「いや、こっちには魔法は基本的になくて、あれはLEDで」
「えるいーでぃー?」
アリーが首を傾げる。
「ええと、電気でダイオードで、光るんだ」
「ダイオードというのはなんなのですか? 魔法でないのに光るのはいったいどういう仕組みなのでしょう。炎や油も入ってなさそうですし」
「ええとそれは半導体だっけ? ええ、その~」
説明しようとして気付いた。
俺って文明の利器の仕組み全然わからないぞ。
長年この世界で生きてきたというのに、クリスツリーの飾り一つすら理解してないとは……世の中って複雑ですね。
「詳しくはわからないけど、電気で光るんだ。とにかく電気なんだ。だいたい電気で片がつくんだよ。魔法みたいな感じで」
「電気が……雷にそんな不思議な力があるんですか?」
「あるらしいよ。俺は専門家じゃないから詳しくはわからないけど。あ、あれも電気で動いてるんだ」
俺は近くにあった自動販売機を指さした。
アリーはそちらに目をやると、はっとした表情で素早く向かって行く。
「これは、巨人の塔にあった……!」
「ああ、そうそう、似てるよね、あれに」
「ほとんど同じじゃないですか。こちらの方が眩しく光っていますけど」
巨人の塔にあった魔法で動く自動販売機。
まさにこっちにある電気で動く自動販売機と瓜二つだった。
「出てくるものも似てるよ」
と言いつつ、お金を入れて、アリーに好きなボタンを押すよう促す。
アリーは少し考え、ココアを選んだ。
俺はコーンスープを選び、缶の開け方を教えて一緒に飲む。
「ほう……美味しい。いつでもこんな熱々なものが飲めるなんて、凄いです。エイシ様の世界は、巨人の方々みたいな進んだ技術を持ってらっしゃるのですね。いえ、それ以上かもしれません」
「かもね。原理は違うっぽいけど」
俺たちはしばし飲み物で体を暖める。
ちなみに、アリーと俺の言葉はこちらの世界でも通じている。俺があちらの世界で普通に話すことができたように、アリーの言葉もこちらで普通に通じるし理解できるようだ。
さて、とりあえず世界を見たいというから、適当にぶらぶら歩いているけど、次はどこに行こうかと考えていると、アリーが一つの建物に視線を吸い寄せられていることに俺は気付いた。
「ゲームセンターか」
激しい光と音に誘われるように、体がゆらゆらと揺れている。
あの世界に住んでいた人にとっては、なかなか刺激が強いかもしれないな、と思いつつ、じゃあ、行くのは決まりだと俺たちはゲームセンターに入る。
「す……すごい……」
「え?」
「すごい! 音です! しかも光も! めまぐるしいです!」
アリーがくらくらと瞬きをする。
音と光の洪水に面食らっているようだ。
そりゃまあ、そうなるよね。
馬車で移動して、家の中にテレビもパソコンもラジオもない。そんな所の人がゲームセンターに来たら。
「でも、私は負けません。この程度で幻惑されては、冒険者の名が折れます。この秘境を、必ず制覇してみせますよ、エイシ様!」
「いやそんなに気合いいれなくても」
というか何を持って制覇したことになるのだろう。
とりあえず、俺はどういう場所かをアリーに説明すると、我慢しきれないという様子で、やってみたいとアリーは申し出る。
プレイ方法を教えて、いざアリーがスタート。
「うわっ! 押したら絵が動きます。それにキックとか、パンチとかしますよ!」
「そうそう、それでタイミングよくやって、相手を倒す」
「闘技場ごっこということですね!」
「ま、まあそんな感じかな?」
闘技場ごっこという言い方は斬新だけど、やってることはまあ間違っていない。
格闘ゲームはそんなものだろう。
「ああ、やられてしまいました」
「コンティニューってのができて……」
説明して、再チャレンジ。
最初こそたどたどしかったが、何度かコインを投入していくと、みるみるうちにアリーの操作するキャラクターの動きがよくなっていく。
相手の必殺技を素早く回避し、逆に防御を崩して攻撃を入れる。
さすが、普段からモンスターと戦ってるだけあって、反射神経とか動体視力とかが人並み外れているってことか。
そして、しばらく経つと。
「やったー、やりました! クリアしましたよ!」
ストーリーモードの最終ボスを倒してしまった。
今日初めてゲームを触ったというのに、アリー恐るべし。
両手を挙げて喜びを爆発させたアリーに、ゲームセンターに来ていた客が注目する。それに気付いたアリーは、身を小さくして、呟いた。
「はしたなかったですね。皆さんから責められてしまいました、反省ですね」
「いや、責められてるワケじゃないと思うよ。純粋に喜んでる反応がかわいかったからだと思う」
今日日ゲームであんなに素直に喜ぶ人もそうそういないだろう。
新鮮な反応を見て俺もほっこりした。
「そ、そんな。恥ずかしいです。かわいいだなんて」
アリーはますます小さくなるが、見ず知らずのゲームセンターの誘因力には勝てないようで、そのあともいくつかのゲームをプレイした。
「とっても、楽しかったです。いい世界ですね、あんなにワクワクするものがあるなんて」
「あんまり嵌まりすぎると人生に支障が出るけどね~」
ゲームセンターから出たアリーは、生き生きとした声を出した。
俺も一緒にプレイしたり、楽しんでるアリーを見ていて楽しかったよ。昔の気持ちを思い出せた気がするよ。
なんだこのクソゲーは、みたいに文句ばっかり言わない純粋な気持ちも大事です。
ゲームセンターの外はすっかり暗くなっていた。
結構遊んでいたらしい、さて、そしたら次は何をしようか。他に楽しそうなのは……。
「そうだ! アリー、こっちこっち」
「今度はどこに行くのですか、エイシ様」
「いい物に乗せてあげるよ」
俺はアリーの手を引き、歩いて行く。
ガタン、ガタン、と緩く上下に揺れる床にあわせて、アリーの体も揺れていた。
その視線は、窓の外に固定されている。
「こんなに大きいものがこんなに速く動くなんて。馬車は使っていないのですね。車というものよりも大きいです」
俺はアリーを電車に乗せていた。
せっかく駅まで来たのだし、乗る価値はあるだろう。
「こっちじゃ使わないね、馬車は」
「きれい……星が地上に降りてきたみたいです」
車窓を流れる夜の町の灯りを見て、アリーが陶然とした様子で声を漏らす。
俺も窓の外に目をやった。
普段は意識することがほとんどないけど、あらためてみると、無数の光が輝く町の灯は美しい。
ファンタジーなのどかな光景と、こういう現代的な光景、両方見られた自分は幸運だったんだなとあらためて思う。
「ずっと見ていたいくらいですね」
「うん。こうして遠くまで乗っていくのもいいよね」
「ああ。さすがの俺でも、景色に見とれてしまいそうだ」
「そうだね、さすがの……は?」
突然、男の声が乱入してきた。
俺とアリーは驚いて振り返る。
そして、同時に口を開いた。
「フェリペ!?」
「フェリペ様!?」
「ああ。久しぶりだな」
そこにいたのは、フェリペだった。
これまでと変わらない、釣り目で赤髪の姿。
そう、ナチュラルな赤い髪で電車に乗る現代日本人の注目を浴びているフェリペだった。
「って、なんでフェリペがここに!?」
「驚くことじゃないだろう。俺が次元を切り裂く剣を改良したんだ。俺が使って何がおかしい?」
たしかにそう言われればその通りだ。
しかし、それにしてもしれっといすぎだと思います。
「フェリペ様も、こちらの世界を物見に来たのですか?」
「それもあるな。まずは観察に。だが、こちらの世界に来て予想以上のことに驚いた。いろんな魔道具を見てきたつもりだが、はっきりいって、この世界にあるあらゆる物が俺の想像を超えていた。そうして驚いて以来、何度か来て観察し調査しているんだ」
「そうだったのか。というか俺も知らないうちに結構来てたんだ、フェリペ。俺の部屋を経由する必要って特になかったんだな」
いつでも来られると言うことか、と思ったところでしかし疑問が湧いた。
「お金とかはどうしてるの、フェリペ。向こうのお金は使えないと思うけど」
「エイシの家族にもらった」
「え」
「エイシの母親に宝石などを売って、こちらの金を得た。なかなか親切だな」
いつの間に母がそんなことを……。
この前ホクホク顔で宝石を眺めてたと思ったら、ここから供給されていたのか……。
予想外の事実に驚いている俺の隣で、会話がさらに繰り広げられる。
「さすがの向上心ですね。何か参考になったものはありますか?」
「ありすぎて、何を答えたか困るくらいだな。ここに来る途中にあった、エスカレーターというもの、あれから着想を得て歩かずに済む床は作った」
「素晴らしいじゃないですか。早速作って、役に立ててるだなんて」
「まあ、一つだけだ。今は電話というものに注目しているのだがさすがに難しいな。離れた相手と瞬時に連絡が取れるというのはかなりのものなのだが」
さらっと動く歩道を作ったというフェリペ。
なんだか一瞬のうちに異世界に産業革命が起きそうです。
「この電車みたいなのも作るつもりだったり?」
俺も話に加わると、フェリペは頷いた。
「もちろん、移動手段もだ。しかし作りたいものが多すぎてさすがにどれからやるか悩んでいる。巨人もやる気を出していて、協力しているのだが」
「へー。なんだか次に行くとき、そっちがどうなってるか楽しみだよ」
「またすぐ来てください、エイシ様。あ、でも私が来る方がいいでしょうか。まだまだ、見たいところがありますし」
アリーが悩ましく眉をひそめる。
俺は笑いながら言った。
「何度でも行き来すればいいよ。今は簡単に来られるんだし」
アリーは照れたような表情で、頬をほんのり染める。
「慌ててしまってお恥ずかしいです。そうですね、慌てなくてもじっくり楽しめるんですよね」
「そういうこと。それじゃあ、次の駅で降りてどこか行こうか」
「はい! そうしましょう! まだまだ、この世界は知らないことばかりです」
そして俺たち三人は、次に電車が停車したところで降りた。
「停車する前に見えたデパートに行こうか、それともこっちの世界の食事をまずは食べて腹ごしらえか、どうしようか」
「ああ、お食事も気になりますね。どのような味なのか。でもあの凄く大きい建物の中がどうなっているのかも気になりますし」
頬に手をあて迷うアリーに、フェリペが短く断ずる。
「両方行けばいいだろう?」
「それでも、どちらから行くか迷うんですよ。うーん、うーん」
今度は頭を抑えて悩むアリー。
その見てるとほっこりと癒される姿に、向こうだけじゃなく、こっちでアリーと一緒にいるのもいいもんだなと俺は思う。
「アリー、デパート……あの大きい建物の中にもレストランがあるから、とりあえず入って、見ながら食べるところが目に入ったら行けばいいんじゃない?」
俺の提案に、アリーは手をうって目を輝かせた。
「わあ、それ名案ですね。ありがとうございます、迷いが晴れました!」
「ちょっと大げさすぎると思います、反応が。……うん、じゃあ、行こう」
そして俺たちは、駅を出て新たなこの世界を楽しみに行く。
その後もアリーは滞在中、色々な所を観光し、こちらの世界独特の様々なものを体験してまわり、俺もその新鮮な反応に一緒になってあらためて楽しみながら、たまにフェリペも交えつつ、一緒にたっぷりと俺のいる世界を満喫したのだった。
正月前に投稿完了です。
クリスマスツリーが出てくるし、12月中に投稿しようという使命が果たせてよかった。
そして、唐突な告知。
『寄生してレベル上げたんだが、育ちすぎたかもしれない』
は読者の方の応援もあって書籍化することができましたが、同じく小説家になろうで書いている
『お忍びスローライフを送りたい元英雄、家庭教師始めました』
という作品も今度カドカワBOOKS様より書籍化することになりました!
刊行日は1/10で、イラストレーターの岡谷様が、この表紙イラストの通り素晴らしいイラストを描いてくださっています。
過去に世界を救った英雄が素性を隠してスローライフしたり、生徒をぐんぐん育成したりする物語なので、そういうのが好きな人は是非!