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後日談・いつか攻略しようと思っていたものを攻略するお話(後編)

 フレイムギガースと対峙した俺は、エピに寄生して得たヴァンパイアのスキルを使う。

 スキル『魔眼』発動。


 俺の目がエピと同様の光を放つと、フレイムギガースの動きが止まる。

 よし、成功した――あれ?


 成功したよう思えたのは一瞬のことで、フレイムギガースは、もの凄い勢いで俺めがけて走ってきた。


「げ、これはまさか――」


 気付いた時にはもう遅い。

 フレイムギガースの熱い抱擁を俺は受けることになってしまった。


「ちょっ、熱っ、つよっ、折れる! 背骨折れるから! ストーップ!」


 思い切り抱きしめられた!

 チャームがなんか変な方面で効いてしまっている!


 俺が焦る隣では、エピがお腹を抱えて笑っている。

 

「あははは! 何やってるのエイシ! 魔眼が使えるなんて驚いた~と思ったら、フレイムギガースとラブラブになってるし!」

「笑い事じゃないから! こいつ腕力半端ない!」

「愛の重さも半端ないわねー」

「冗談言ってる場合じゃないから! くっ、命令! 元いた場所に戻れ! ……って戻らないんだけど? だめ?」


 命令よりも愛が勝っているということか、恐るべしチャームの力。

 と、相変わらず笑っているエピが、笑いつつも肩をすくめて、目を光らせた。

 すると、すぐさまギガースの手が緩み、エピの方へと歩いて行く。


 エピはギガースに命じると、おとなしく先ほどのと同じように帰っていった。

 なんとか解放された俺がほっと息を吐いていると、エピは背中をぱしぱしと叩く。


「あーおかしい。まだまだ魔眼の扱いが甘いぞ、エイシ。スキルが使えても、使いこなすまでの訓練が足りない。愛の重さを理解しなさい」

「そういう問題なのかなあ」


 魔眼にこだわらずに倒せばよかったと思いつつ、俺たちは再び先へと進んで行く。




 小一時間ほどモンスターを倒しつつ、下っていくと――。


「きゅきゅっ!」

「おおー! これは新しい階層っぽい」

「ええ。……青い池かしら、あれ」


 下り坂が終わり、そこそこの広さの空間に出た。

 大きな岩の塊が幾つもあるだけの普通の洞窟のようだが、一つ特徴的なのは、奥の方に青白い池があることだ。


「それ以外は特に変わった様子はない……というか、今来た道以外、他の道もないように見えるね」

「ということは、ここが最下層。パイエンネの迷宮の?」


 エピが周囲を見渡す。

 俺も見てみるが、地面にも壁にも、奥へ行くようなものはない。

 ということは、やはり。


「ここが一番奥みたいだ」

「アンホーリーウッドに比べると、ずいぶん小さくて地味だ。宮殿もないし、そもそもモンスターもいないし、池がぽつりと一つ」

「言わずにいたのに、それいっちゃう? せっかく来たのにしょぼいと悲しい……いや」


 俺は目を細めて、奥の池を見た。

 池の水面からは、いくつか岩が突き出ているだけで、さほど特徴はない。そんなに大きくはないが、シックスワンダーと呼ばれるほどのダンジョンの奥にある池だ。普通のはずがない。あれがきっと、もの凄い池で、湖から女神が出てきたり、若返りの泉だったり、そんなのに違いない。


「たしかにね。何もないってことはないと思いたいだけかもしれない」


 俺の考えを聞くと、エピはふむと頷き、そして、話してるよりさっさと近くに行けば早いという結論に達した。

 なので、俺たちは池に向かって歩いて行く。


「これは……!」


 そして、近くに行くと正体はすぐにわかった。


「温泉だ」

「温泉だ」


 しゃがみ込んで手をつけて、俺たちは同時にわかった。

 これは温泉。暖かくて、綺麗なお湯が沸き出している。

 青白いのは、その成分だろう。たしかヨーロッパのどこかに青の温泉っていうのがあったような気がする。

 そこと同じような成分が出ているのだと思う。異世界だから全然違う魔法成分かもしれないけど。


「体拭くものある?」

「もちろんあるけど。タオルや布切れくらいは」

「なるほど……それじゃあ、せっかくだし入りましょう」

「え? ええ!? それは……それは」

「それは?」


 まずいでしょう、と言いかけたが俺は口を押さえた。

 ……ここで退いては男が廃るってもんじゃないか?

 というか、俺が遠慮しなきゃいけない理由もない。

 混浴というものがあるのだから一切問題はない!


「俺も入る」

「そう」

「そうって、今から入っちゃうよ? まじで」

「入ればいいじゃない。ハナも入るだろう」


 エピはハナを両手で抱えて顔を鼻先に近づける。

 きゅーきゅーとハナが肯定するように鳴き声を上げた。


 ハナがエピの手から池にジャンプする。

 どぼんと水しぶきをたてて着水すると、気持ちよさそうに目を細めた。凄い……まさにこの世の極楽って顔をしてやがるよこいつは……。


 と、ハナの至福の表情に目を奪われていると、しゅるしゅる、と音が聞こえてきた。

 顔を上げると、エピが服を脱いでいるところだった。


「……何見てる?」


 胸まで上着を脱ぎかけてお腹が見える体勢で、エピが俺を睨む。


「いや、温泉はいるって言うから……」

「一緒に入るとはいったけど、裸を見せるとは言っていないが。ほら」


 エピがお湯を指さすと、先に温泉に入ったハナの体が温泉の青色で隠されて見えなかった。ああ~なるほど。なるほど……。


「そういうことだから、回れ右!」

「はい!」

「残念ながら、エピの裸は安くはないんだよねえ」

「でも下着はたしか――」

「下着と裸は全然違うぞ。エイシはパンツと全裸を同じ感覚で人に見せるのか?」

「ごもっともです、はい」


 当てが外れたが、しかたあるまい……。

 まあ、そんなもんさ。

 わかってたよ、うまい話はないって。


 まあ、実際見てもぶっちゃけ気まずいし……と負け惜しみを自分に言い聞かせつつ、岩の裏に身を隠しつつ、俺も服を脱いで、お湯に入った。


「ぷぅー。気持ちいいー」


 滑らかでちょうどいい湯加減の温泉が肌をつるつると撫でる感触が最高に気持ちいい。

 肩までつかっていると、芯の芯まで癒されるね。

 いやー、これはいい……疲れもガッカリもこのお湯の前では全て吹き飛ぶ名湯だ。


 ハナも気持ちよさそうに鼻のぎりぎりまでお湯につかっている。

 耳をぺたりと閉じて、息ができる限界まで。


「何もないけど、これがあるだけでもどこよりもいいかもしれない」


 エピも顔をほんのりと火照らせ、うっとりとしている。

 間にハナを挟んで温泉につかっている俺とエピだが、お互い体は見えない。だが、少しだけなら透明度があるので、ぎりぎり鎖骨くらいまでは見える。


 白い肌が温泉の熱でかすかに赤っぽくなっているのは、いやあ、これだけでもいい眺めです。最深部までやってきた甲斐もあるというものだな。


「……あれ? これ、もしかして」


 その時、エピが何かに気付いたように眉を持ち上げた。


「魔眼、発動」

「えっ」


 と思った瞬間、俺の右手が高く上がっていた。


「あれ? 操られてる? この前は動けなくなるだけだったのに」

「ええ。やっぱり、この温泉、魔力が凄く強くなってるみたい」

「魔力が?」

「だから、この前より効き目が強くなった」


 それならと『解呪』のスキルを使うと、魔眼の呪縛はあっさりと解けた。もしエピが強くなっているだけならとけないはずで、つまり俺の力も強くなっている。


「そんな凄い効果があったのか、この温泉」

「ダンジョンの魔元素が底へ底へと沈んで、一番底のこの温泉の中に凝縮されてるのかもしれないな」

「なるほど、たしかにそういうのあるかも。大底だしね」


 気持ちいい上に入るとパワーアップできる温泉。入るだけで強くなれるとは、これはたしかに皆が羨む凄いものだ。寄生してれば何もしなくても強くなれる並に怠け者の味方。温泉に入ってるだけで強くなる。

 どうやら、俺の楽して強くなる方法がさらに補強されてしまったらしい。


 パイエンネの迷宮凄い。

 お湯にゆったりとつかりながら、やっぱり怠けることに縁があるんだなあ、とか惹きつける体質なのかなあと満喫していた。




 その後、温泉をたっぷりと堪能した俺たちは、巨人や人間が改良し持ち運べるようになった新型転移クリスタルをパイエンネの迷宮最下層に設置し、迷宮の外からでもいつでも温泉に来られるようにした。エピはいたく気に入ったようで、また来る気満々だ。


 さらにそのクリスタルが放つ魔元素が目印となって、俺の部屋から次元を切り裂く剣でいつでも温泉に入れるようになった。もちろん俺もまた入る気満々である。


 こうして、パイエンネ迷宮最深部の正体は、最高に気持ちよく強くなれる温泉だと明らかになった。収獲はばっちり、今度は何をしようかなあと考えつつ、俺はまた温泉に癒されるのだった。

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