138,巨人の町の衣食住
『それでは、話そう。アダマについてと、アダマの巨神について』
キュクレーが口を開く。たしかに敵について知ることは大切だ。
『アダマが最も強力に使われた事例は、我らの間でおきた最終戦争だろう。――我らも汝らと同じく、いつ頃かわからないが、気づいた頃には社会を築いていた。そして、町や国など別れて暮らしていたが、あるとき泥沼の争いが始まった』
「巨人達がほとんどいなくなったという争い、ですね」
『そうだ。争いの切っ掛けはなんだったか――資源を巡る争いだったかもしれぬし、思想や信条の相違かもしれぬ、領土争いか、貧富の差による対立か。おそらくはありふれたいくつかの理由で争いは始まった。だが、ありふれていなかったのは、その争いの規模。我らはその頃既に魔道具の大量生産や、秘宝の作成をできるほどになっていた。ならば、争いにそれらが使われるのも自然なことだ。当然、破滅的な争いになった』
「それで、町が人っ子一人いない遺跡になってしまったと。でも、どうやってこんな有様に。普通に武器とかを使ったら町とかも壊れそうなもんですけど」
『秘宝の力だ。病を引き起こすような魔道具や秘宝が争いの果てに使われるようになった。直接的に破壊するのではなく、巨人達の命を蝕むような。だがそんなことをすれば、どうなるかは明白。自制していた者も自分達が滅ぼされると思えば、相手を遠慮無く道連れにしようとする。剣を手にした者達が自制心を失えば滅びるのは必然だろう』
キュクレーは遠い目をする。
どれほど激しい争いだったのか。ダンジョンなどもその際に多く作られたらしいし、本当に総力戦だったのだろうけど。
と、アリーが尋ねた。
「でもキュクレーは生きてるけどどうして?」
『体質、だろう。致死率の高い病でも、生き残る者はいる。魔法への耐性なども個人差がある。それと同様、使われた死を撒く秘宝が効きにくい者がいた。我はそういう者だった。それだけだ。他にも生き延びた巨人はいる。だが、絶望し命を自ら絶ったり、どこへともなく失踪したり、他の地に無事な巨人の町がないか探しに行ったり――今もこの塔に残ったのは我だけだった』
そういうことだったのか。
以前語っていた友というのも、そんな亡くなった巨人の一人だったのだろう。
『――その争いで重要な役割を果たしたのがアダマだ』
「アダマ」
キュクレーは、そう言って床に置かれたキラキラ光る欠片を指さした。
それは、先ほどの土人形――巨神の仔の欠片の中に、いくつかあったものだ。
「これが?」
『そうだ。アダマの巨神が、一粒のアダマを核にして落とし仔を作り出した。汝らに馴染みがあるものでいえば、魔結晶をさらに濃縮したものと言えばいいだろうか。ただ、それだけでなく、色々な物質の原型でもあるので、さらに恐ろしいものだが』
「凄いエネルギーを持ってるってことね」
『そして秘宝と魔道具をわけるのが、このアダマなのだ。魔道具にアダマを加えることで、普通では果たせない機能を持たせたものが秘宝と呼ばれる。今はもう様々なものに分化してしまい、ほとんど残っていないアダマだけに、希少であり他とは隔絶していた。我らの戦争のさいに、残り少ないアダマのほとんどが使われ、それゆえ破滅的なものになったのだ』
「アダマって超強力なんだねぇ。……ていうか、アダマの巨神って、名前的にそのアダマをもってるってこと?」
『全身がアダマといってもいい』
「げげ。マジですか。秘宝の力の源の塊が巨神だって言うんですか。それ絶対強いですよね」
『そうだ。秘宝のことは、ある程度は知っているだろう。そこからアダマの巨神がどれほどの存在か、ある程度想像もできることと思う。考え直すなら今のうちだぞ』
俺はアリーとルーの顔を見る。
そして……うん、見るまでもなかったな。
「なおりません。きっとなんとかなりますよ」
キュクレーがにやりと口角を持ち上げた。
そして俺たちは、対アダマの巨神、そして巨人の塔最上階への冒険を始める。
アダマの巨神とやらを倒すことに決めた俺たちは、ひとまず準備をすることにした。
というのも、そいつは居る場所ごと封印されていて近づくこともできないので、いったん封印を弱めて侵入する必要があるからだ。
そこで叩いて弱らせてから、しっかりと封印をかけ直す、あるいは倒せるなら倒す。そんな方針になった。
なのでまずは封印を操作する準備からだ。
そのへんはキュクレーの専門なので、しばらくは手伝いつつそれをやることになった。
まあ、封印が解けるといっても今日明日に塔が崩壊、なんてことではないみたいだし、焦らずじっくりまったりだ。……まったりはのんびりしすぎか?
そんなわけで、俺たちは拠点とするべく町の中の一つの家にいた。
ルーがその家の中でぐるりと見渡し言う。
「うーん、でかいよ」
「これじゃやっぱり、普通に暮らすのは無理だね。ルー、やっぱり探す必要がある」
「だよねー。巨人サイズの家具なんて私たちには無理無理だし」
「よっし、使えそうなものを探して、快適巨人町ライフを送るぞ」
「おー!」
高々と手をあげ、俺たちは巨人の塔の探索を始めた。
やっぱり、俺たち巨大じゃない人間サイズのものがないと生活しにくい。そんなわけで、アリーとルーと俺の三人で、無人の町を勝手に建物に入ったりして使えそうなものがないか探していくことにした。
「あ、これはなんでしょう」
アリーが足を止めたのは、探索を開始してから一時間ほど経ったとき。
広いフロアに椅子やテーブルが多数ある建物の中でのことだった。
アリーが指をさした先には、大きな箱のようなものがある。
ルーもその物体に注目する。
「なんだろ? 箱かなあ? 上の方に突起がたくさんついてて、下の方が奥にへこんでて、じょうろの先みたいなのがあるけど」
……なんだか見覚えがある形状なんだけど、これってまさか。
俺はその棚のような箱のようなものの前に行き、背伸びして一つのボタンを押した。
するとコップが下の凹みにぽとりと落ちてきて、じょうろの先のようなところから黒い液体が注がれていく。
「おおっ!? なになになにこれ!」
「飲み物を出す魔道具だったんですか!?」
ルーとアリーが大はしゃぎ状態で、注がれていく液体をかがんで見ている。
やっぱりこれ、自動販売機だ。
お金は必要ないけど、選んだボタンを押すと飲み物が出てくる。臭いからすると、これはココアのようだ。
「ね、ね、次は私にやらせて」
「その次は私にお願いします!」
ココアの注がれたコップをとると、待ちきれないとばかりに二人も思い思いの場所のボタンを押して、飲み物が注がれる様子を顔を思いっきり近づけて見ている。
めちゃめちゃ楽しそうである。
それにしても、魔法の力で作ったらしいので原理は違うみたいだけど、考えることは異世界の巨人も元の世界の人間も同じようなものなんだな。なんだか懐かしさを感じるよ。
さて、ひとしきり楽しんだ後は、三人とも飲み物を手に入れ、ゆったりと飲むタイムだ。
甘い味と芳醇な香りに癒される――。
「ほう……」
「甘くておいしい……」
ほっこりしたところで、探索再開。
「おおっ! これも同じようなやつじゃない!?」
した直後に、ルーが叫んだ。
見てみると、先ほどと同じような物体がある。でも今度は、飲み物ではなく食べ物の自動販売機のようだ。お金がいらないから正確には販売じゃないけれど。
「すかさずえいっ!」
とルーがノータイムでボタンを押す。
しばらくウィンウィンと音がしたあと、容器に入ったグラタンらしき食べ物が装置の中から滑り出てきた。
「おおー、美味しそう。それに面白い。じゃあじゃあ、こっちはどうだろ」
「あ、待ってください、私もやりたいです、ルー様」
アリーも負けじとボタンを押すと、今度はソーセージたっぷりのピザが出てきた。
かなりの俊敏な動き、相当やりたかったみたいだ。
善は急げと早速食べてみると……これは。
「いい味だね」
「はい。とても美味しいです。プロの仕事です」
「うんうん。これが巨人の町なんだなぁ……私今日から巨人になるよ。ようし、もっとやってもっと食べようっと」
ルーが再びボタンをポチる。
すかさずアリーも別の料理のボタンを押す。
味もよかったし、物珍しさもあり、俺たちは次々と食糧供給魔道具を使い、パンやステーキやカレーライスっぽいよくわからない食べ物などをどんどん満喫していった。
「ううっ……動けなひ……」
一時間後、そこにはトドのように横たわる女神の姿があった。
食堂のようになっているその建物の中で、座敷席にごろりと転がるルー。
「食い過ぎだ」
「だって、面白おいしくてつい……うう喋ると出そう」
口を両手で押さえるルー。おいおい。
「出そうってなんだよ出そうって」
「なんだよって、そりゃあ女神が出しちゃいけないものが。ベージュっぽい液体とか、半分溶けてる食べ物のかけらとか麺とかが色々と交じった女神汁が」
「あー! 具体的に言わなくていい! 想像しちゃうから! 気持ちわるいものを!」
「じゃあ背中を~」
「はいはい」
苦しそうにうめくルーの背中をさすってやる。俺は病気の娘のおかんか。
俺はため息をつきながら、アリーの方を向いた。
「まったく、ルーにも困ったもんだよ。ね、アリー」
「うっ……申し訳ありません、今だけは話しかけないでください。貴族の娘が出しちゃいけないものが出そうです」
口とお腹を押さえてアリーが答える。
……。
……。
「アリータス、お前もか」
かなりの食休みをとってようやく動けるようになった二人をつれ、俺は探索を再開した。
小さな台を椅子代わりに確保。
フォークやスプーンは幼児用のを見つけて確保。
ポーションなども使えるか若干怪しいけれど、確保。瓶がでかいけどそこは我慢で。まあスペースバッグには入るから、使いにくさだけ我慢すれば運搬には困らない。
そんな感じに着々と道具を集めたかいあり、そろそろ必要なものがそろってきたので、戻ろうかと話していたときだった。
「あれ、なんだろう」
俺達は最後に入ったとんがり屋根の建物の中で、奇妙なものを見つけた。
「青い……ぶよぶよ?」
いくつかあった部屋の一つに、一抱えほどの青いゼリー状の何かがあった。
『何か』としか言いようがない。超巨大なゼリービーンズみたいな形だけど、ゼリーではないだろうし。
近寄って触ってみると、柔らかくすべすべして気持ちのいい手触りだ。
「おおー、気持ちいいー。うわあっ!」
ルーも感触に酔いしれぐいぐいと押していたのだが、突如手がめり込んだ。
「あーびっくりした……あれ、へこんだまんまだね」
破れたり飛び散ったりはせず、力を入れたところが変形してそのまま固定化されている。気になったのか、ルーがさらにぐいぐいと力を込めてみると、色々な形に変形させることができることがわかった。
「へー。面白いじゃん。えいえいぐにぐに」
「あ、こうすると椅子になりますよ。座り心地もいいです」
うまく形を整えてやると、ソファのような形になり、アリーがそこに座ってみた。意外と安定していて快適そうだ。
「じゃあこうやったら……どう? いい感じのベッドっぽくない?」
アリーが降りた後、俺もぐにぐにと弄って、ゼリービーンズをかまぼこ板のような形にしてみた。すると、今度はほどよく弾力のある気持ちのよいベッドの完成だ。ルーは早速横になる……と、幸せそうに表情をゆるめた。
「あ~これは天国だよ~。このまま寝ちゃいそう」
「そんなに。ふーん、いいね、これ。これベッドの代わりにして、昼は椅子にすれば便利そうだし、持っていこう。他にもないかな?」
「こちらにたくさんありますよ~」
アリーの声が建物の奥から聞こえて向かうと、倉庫のような場所に青いぶよぶよが六つほどならんでいた。家具屋のようなところなのかな?
「これはいいね。今夜はいい夢見られそう」
もちろん、持って帰らない選択はない。
「夜が楽しみ~」
「そうですね、ルー様。きっと疲れがとれますよ」
そんなことを話しながら、俺たちは拠点にしている屋敷に三人分のゼリーベッドを持ち帰った。
これにて、巨人の塔での快適ライフを確保完了したのだった。
そして、その日の夜――。
「ダーイブ! うおうっ! わははっ!」
勢いよくベッドに飛び込むと、ぶよりんと柔らかな弾力とともに体が包み込まれるように受け止められる。
「おお……この肌触り、包容力……なんという安らぎ」
こんな気持ちのいいベッドがあるとは知らなかった。俺の理想郷はここにあったのだ。
「これならいくらでも眠れるよ。お休みなさーい」
ただ寝るだけのことにテンションを上げながら、うっとりと目を閉じた。
10/10に『寄生してレベル上げたんだが、育ちすぎたかもしれない』の4巻が刊行されます。皆様のおかげで無事4巻も刊行できることとなりました。ありがとうございます。
4巻はネマンと巨人についての話が中心の内容となっています。これまでと同じようにWeb版にはなかった追加エピソードや加筆修正があります。そりむらようじ先生の素晴らしいイラストも見られるので、書籍版も是非手にとってみてください。
この4巻がシリーズ最終巻となります。
そして、Webでの連載もあと約一ヶ月で完結します。
というわけでつまり、書籍4巻の刊行日である10/10にWeb版の最終回も投稿する予定です。同時完結、って言葉の響きがいいですよね。
完結まで書くことができるのは、これまで応援してくださった方々のおかげです。ありがとうございました。
最後まであと少しですが、それまでおつきあいください。