137,彼女の決意、そして
アダマの巨神。
巨人じゃなくて巨神。
「神とは聞き捨てならないね。何者そいつは」
ルーが対抗意識を燃やしている。そこは燃やすところなのか?
『原初の土アダマより生まれし、大地に巣くう者。かつて大地を枯らし、砕き、ここ以外の巨人の町やダンジョンなども数多くが破壊されるなど被害を被った災害のような化物だ。だが、暴れ狂っていたそれを、ついには巨人達はこの塔に封じることに成功した。以来ここに封印されているが、封印の力が弱まっているようだ』
大地に巣くう者、アダマの巨神。
なんか巨人よりさらにランクが上っぽいのが出てきたんですけど……しかも巨人ですら手を焼き、大きな被害を受けていたっていうと相当に大きな力を持っているんだろう。そんな奴がここに封じられてるとか、怖っ。
というか封印の力が弱まってるってやばいんじゃないか。
キュクレーは、土に目をやる。
『自らの力の一部を、落とし仔と呼ばれるしもべとし、封印の小さな綻びから外へと出してきた。この巨人の塔を荒らし、己を封じる結界を破壊しようとしたのだろう』
「封印がとけたらどうなるんですか?」
『彼の者は荒れ狂い、大地は鳴動し力を吸い尽くされる。この塔は当然崩れるだろうし、奴は大地を枯らしながら移動し、汝らが住まう土地へ行く可能性も低くない。手始めにはおそらくは、最も近いネマンの地へ』
「ネマンに、強大な怪物が――!」
「しかも塔も崩れるって、それって二重にまずくない? ねえ、エイシ」
アリーとルーが俺に深刻な視線を向ける。
「割とまずいね。そうすると、神域やそこにあるものも無事じゃすまないし、ネマンも危ない。実際、すでにキュクレーさんも襲われたし……」
事態を考えると、顎に自然と手がいく。
そんな風に塔の外でも暴れたら困るよなあ……ん?
「そういえば、なんでキュクレーさんはあの土のモンスターみたいな奴……落とし仔に襲われたんですか? ただ暴れ回っているところに出くわしてしまっただけ?」
俺の問いに、キュクレーはゆっくりと首を振る。
『事態を知った我は、アダマの巨神を再封印しようとした。そのために封印設備へと向かおうとしたのだが、その途中に、道を守るようにいた落とし仔達に攻撃されたのだ』
封印設備。なるほど、弱まった封印を今一度強固にしようってわけか。
アリーが言う。
「そうだったのですか。でも、危険ではありませんか。アダマの巨神ならば、そのような設備はむやみに誰も近づけさせたくないでしょうし。落とし仔という存在がいるなら、そこに配置するのは当然のように思います。キュクレー様、わかっていたのでは……?」
『無論、わかっていた。だが、わかっていてなお行こうと思ったのだ』
キュクレーは、低く重い声で話す。
『我は知っていた。巨神の復活が近いことを。やがて訪れるその時に、この塔とともに崩れゆくのも悪くないと思っていた』
キュクレーの言葉は。大地が潤うように、感情がこもっていくように思えた。
『だが――思い出したのだ。数百年の間に忘れていたことを。汝らと会い、久方ぶりに新たなものを得た。滅び崩れ風化していくだけの巨人の町で、新たにかたちを作ることができた。そしてわかったのだ。我にも感情が残されていたらしいことに。年月を経た岩石のように、風化したとばかり思っていた。思い出させてくれたことに、感謝する……エイシよ、新たな友らよ』
キュクレーの目もとに、わずかなしわが寄った。
今はわかる。これは……笑顔だ。
『自らの知らぬことを知り、自らの行いの結果を見る。何かを作る情熱、何かを守ろうとする意思。我ら巨人も、かつてはそうだったのだ』
「なるほどねえ。私たちのおかげってことだね、つまり。さすが私」
「いや、調子に乗りすぎでしょ」
腕組みをして得意げなルーを突っつく。
と、キュクレーが目を細めた。
『調子に乗ってはいない。その通りだ』
ほれ見ろと突き返してくるルー。うざっ。
『だから、我はアダマの巨神を再封印しようとしたのだ。このままでは近いうちに封印が解け、彼の者は解放されてしまうだろう。さすれば新たな友らは消え失せる。今度は、そうはさせたくない』
「キュクレーさん」
俺たちのために危険を冒してくれたのか。
「……キュクレー様。私がやります」
アリーが小さく頷き、言った。
力強い瞳で、胸に手を当て続ける。
「キュクレー様はネマンをすくってくださいました。そして、未来のネマンを救おうとその身を危険に晒してくださった。ネマンをあずかる者の一家である私が、じっと見ているわけにはいきません。その巨神の封印、手伝わせてください」
「アリー……」
「エイシ様、私がかつて言ったことは、本当です。いずれネマンに危機が訪れれば、冒険をして培った力をネマンのために使うと。今がその時です」
アリーの顔――間違いなく本気のようだ。
「もちろん、私もやるよー。私の家に続くところをぶっ飛ばそうとしてるやつを放置とかできるわけないし。それにどっちが本物か見せてやらないと」
ルーも続く。
そして……もちろん俺も二人と同じ気持ちだ。
「……俺も同じ気持ちです、キュクレーさん。俺がいまここにいるのは、ここに来るまでに経験したことは、あなた達巨人がやってくれたことに端を発しています。だから――そう、俺はそれで生き返った。キュクレーさんが思い出したって言ってたように、なにもなかった俺も、色々なことを思い出すことができたんです。だから――キュクレーさんのことは戦友みたいなものだと、勝手に思ってたりして。……だから、そいつを倒して巨人の塔の頂点へ行きます。行きましょう」
アダマの巨神。
そいつがどんな凄いやつかはわからないけど、これまで結構修羅場もくぐってきたし、結構強くなったと思う。俺にはパラサイトがある、なんとかなるさ。
キュクレーは俺たちの顔を代わる代わるに眺める。
『汝らは小さき者などではなかった。我より遥かに大きい。汝らなら、やれるだろう――共に行こう』
俺たちは、キュクレーに連れられ、この前も招かれた屋敷へと来た。そこの書斎らしきところで、アダマの巨神対策の作戦を立てることにした。
『アダマとは、全ての源』
それは、この世に存在する全ての元となった始まりの物質。始まりの土。
鉄も木も魔元素も元を正せばそれが分化したものからできているのだという。
そして、そのアダマから生まれたという世界最初の生物がアダマの巨神。
巨人達が文明を持ったときには、すでにアダマの巨神は災害のごとくに暴れていた。しかし巨人達が文明を発展させ、巨人の塔を作るほどになった時、アダマの巨神を捉えることに成功する。そして封印するとともに、逆に自分達の塔を機能させるための動力とした。だが巨人達が滅び、塔の制御も時とともに鈍っていき、ついに塔や外界に影響を与え始めたというのだ。
「あの、少し待っていただけますか」
キュクレーが話していると、アリーが難しい表情をする。
「もしかして、外界に影響というのが最近の地震と関係あるのでしょうか」
『おそらくそうだ。彼の者が活動期に入ると塔を通じて大地に影響を及ぼすことがある。これまでは、微弱だったが、今回は、はっきり体感できるほどに。彼の巨神は大地に寄生しそのエネルギーを吸って荒れ狂う荒き魂。かつて健在であった頃は、地を揺らして降臨したものだ』
「それでは、ネマンの異変も元を正せば巨神によるのですね」
『そうだ。もっとも、復活しなければあの矛で十分防げる範囲だ』
「でも、復活の兆しがあると」
『そうだ。思っていたよりずっとはやく。奴を押さえているこの塔による封印が耐えられなくなれば、アダマの巨神は自由を取り戻し、この塔を破壊し外に出ることになる』
「先ほど言っていたとおりというわけですね」
アリーがあらためて深刻な表情になる。
「キュクレーさん、どれくらいで巨神は外に出るのでしょうか」
『正確にはわからないが、そんなに遠くではない」
「そんな……」
「まじかよ……」
『百年くらいだろうな』
「遠いですね!?」
『百年などすぐだが』
いやいや、生まれて死ぬくらいあるけど。
巨人の時間感覚は俺たちとは全然違うらしい。まあ、少なく見積もっても数百年、いやその頃すでに魔道具を作ったりするくらいだから生まれてから結構経ってたとして、千年以上は生きるのかもしれない。そこからしたら遠くはないか……いや遠いだろ。
「百年ですか。そうですか」
アリーが再びほっと胸をなで下ろす。
「とりあえず、今すぐ対処しなければいけないというわけじゃなさそうだね」
「ええ。ですが、いずれはなんとかしなければいけないことにはかわりありません」
『ちなみに、最短では24時間位内に目覚める可能性がある』
「なっ! いや幅ありすぎでしょ!」
『というのは冗談だ。そこまで早くは目覚めない』
ずこー。
いやいや、冗談言う場面じゃないでしょキュクレーさん。割とシリアスよりな雰囲気でしたよ。
とじとりと見ると、キュクレーは薄く口元をゆるめていた。
……しかしキュクレーが冗談言うとはな。初めてな気がする。そんな雰囲気最初は全然感じなかったけど。実は結構そういうの好きなタイプ?
「ま、それでもやることは変わらないよ。真の神域に行くためにも、上に行かなきゃだし。ね、エイシ。男ならてっぺん目指せって言うもんね」
ルーがバシバシと背中を叩いて鼓舞してくる。
「物理的な意味じゃないと思うんだ、その言葉。でも、まあ、そうだね」
巨神を倒すこと、それはもちろんやると言ったし、そのつもりだ。
でもそれだけじゃなくて、この珍しい塔の最上階を目指したくないわけじゃない。洞窟があれば一番奥、塔があれば一番上に行ってみたくなるのが人の性というもの。だから、全ての目的のために。
「もちろん、やるつもりだよ」
俺たちは、四人で気合いを入れた。