135、デュオの兄妹
「んー、面白かった」
湖から出て、ネマンへと引き返し森を出たところで、ココが伸びをしながらそう言った。
「無事に地面のエネルギーも散らせたみたいだし、これで一安心ってところだね」
「うん。珍しいもの見られたし、疲れたけど冒険もたまーに行くなら悪くない」
ココが笑いかける――と、その笑顔を見たアリーがふるふると肩を揺らしていた。
「ココ! 冒険の良さをわかってくれたのですね! でしたら、これから一緒に冒険しましょう。なんでも教えてあげますよ」
突然興奮するアリー!
身を乗り出し、ココの両肩をがっしりと掴みまくし立てている。
だがココは目を細め、両手でアリーの顔を押し返す。
「だーれーもー、冒険者やるとはいってないでしょお姉ちゃん。たしかに面白いけど疲れるから今日一日だけで十分満足。やっぱり私は部屋でお姉ちゃんの話を聞く方があってるよ。ねー、ミーティアちゃん」
蛇のミーティアちゃんは、鎌首をもたげ、肯定するように頭を動かした。なんだか蛇なのに結構知能が高いのでは無いかと思ってきたぞ。
アリーはその様子をみてシュンとしたようだったが、しかし「それならたくさんお話を聞かせてあげますね」とすぐに燃え始めた。こういうところ結構単純だ。
ココがアリーをなだめ、俺の方に体事くるりと向きを変える。
「エイシも、これからは私にお話聞かせてね。そしたらお菓子食べさせたげるから」
「餌付けかい。まあ、暇なときは行くよ。話すネタがあるかはわからないけど」
「やったぁ! 約束ね、エイシ」
小さく飛び跳ねながら、ココは小指を伸ばす。
「?」
「指切りよ、指切り」
指切りって、なんか懐かしいな。大人ぶってるのか子供っぽいのか。
俺も指を伸ばし、ココと指切りをした。
これで約束したから、ちゃんとまた話しに行かないとだな。
約束をした俺たちは、湖をあとにしてネマンの町へと帰還した。
それからスアマンに報告をして、受けた依頼は終了。
これにてネマンに起こっていた異変は解決したのだった。
……というつもりだったのだが。
「さて、それでは行きましょうか、エイシ君」
「あのー、本当にいいんですか」
「はい。治めるべき土地をよりよく知らなければと今回のことで私も通感しました。気軽にスアマンさんと呼んでくれて結構です」
まあ、元々スアマンさんと呼んでいたけど。
なんの因果か、俺はアリーとココの兄、スアマン=デュオとともに、ネマンの町を歩いていた。
スアマンはフードや目元を覆うマスクで顔を隠していて怪しさ満載だ。素性を隠して、町の様子を見ていく、ということらしい。
なんでも今回のことで、巨人の塔や地震や鉱山の正体など、色々調べていたつもりの自分でも、ネマンについて知らないことがまだまだあると知り、今一度しっかりネマンの足下から見てみるべきだと思い立ったらしい。
まあなかなか立派な精神であるということで、普段あまり行かない場所に行くことに。
「はい。何か依頼がありますか?」
「ちょうどいいのは……迷子のペットを探してくれってのがあるな」
「じゃあ、それやります」
そこは、冒険者ギルド。スアマンは来たことはあれど、自分がやったことはない。ということで、休暇の今日にやってみると言ったのだ。
「このような依頼もあったのですね。個別のものまでは細かく見ていなかったのですが、市民生活に直結することですから重要です」
「ええ。じゃあ、行きましょうか」
そして俺たちは冒険者ギルドを出て、迷子のトカゲがいなくなったという場所の近くで、早速聞き込みをはじめる。
「緑色で、背なかに丸いえぐれのあるトカゲを見ませんでしたか」
やるのはスアマン。背筋を伸ばし、堂々とした様子で尋ねているけれど、なんというか、冒険者感がないと思います。
「なるほど。ご協力感謝します。行きましょう、エイシ君」
「あ、はい」
さすが固いな~、これ絶対普段仕事してる時のテンションだわ。
若干違和感はありつつも、そんな調子でスアマンとともに調査をしていると、どうやらこの前俺がパラサイトのためにいった洞窟に向かったのではないかということがわかった。
「どうします? モンスターとか出ますけど」
「行きましょう。鉱山と直結した場所ですし、それに妹が普段接しているものも、この機会に見てみようと思います」
と、俺たちは洞窟に行った。
行ったのだが――そこにいたのは、モンスターよりも先に。
「フェリペじゃないか」
「エイシか。お前もここに来てたのか」
「うん。どうしてここに?」
「巨人の塔でのことに触発されてな。町の工房でそれを生かしたものを製作していたのだが、材料に不足があった。ギルドに依頼して成果が出るのを待っていては遅いから、自分でとりにきたんだ」
なるほど、そういうことか。
と納得する俺とは逆に、フェリペは胡乱な表情をしている。
「にしても、なんでスアマンが一緒にいるんだ。アリーじゃあるまいし、妹と同じで冒険者にでもなったのか」
俺たちは固まった。
なぜばれた――と思っていると、スアマンが口を開く。
「どうして、わかったのですか」
「どうしてもくそも……もしかして変装してるつもりなのか? 多少はフードとかでわかりにくいが、知ってる奴なら普通に判別できる」
「なんと……」
目を見開くスアマン。
どうやらバレバレだったらしい。
「バレては仕方ありません。仰るとおり、僕はスアマンです。……しかし悔しいですね。自分ではこれくらいならわからないはずだと思ったのですが」
意外と抜けている。
「そうそういないような、しっかりした目鼻立ちをしてるからな。わかりやすい。まあ、それはいいとして、そっちはなんでここにいるんだ?」
たしかにスアマンはアリーやココの兄だけあってルックスもイケメンだから、比較的わかりやすい気もする。美形にも弱点があるのだな。心の励みになるよ。
それはともかく、俺たちは目的をフェリペに説明した。
同じ場所が目的ということがわかったので、俺たちは洞窟をともに進むことにした。
すると、しばらく歩いたところで、モンスターについに出くわした。
「俺たちがやる。下がっていろ」
フェリペが言い、スアマンの前に出る。
同時にあらわれた毒オオトカゲ、ポイズンモンスターはいきなり毒液を吐いてきた。俺はマジッククラフトで生成した巨大な傘でそれを防ぎ、同時にフェリペが風の杖から、切り刻む衝撃波を発射。ポイズンモンスターは首を深々と切り込まれ、短い鳴き声をあげて倒れた。
――あ。
そのとき、俺はパラサイトが消滅した感覚を覚える。
確認すると、消えているのは種族へのパラサイト。
これはつまり、もしかして。
……ゴン、お前だったのか……お前がいつも、経験値とスキルを俺に……。
というわけで、パラサイトの枠が一つ空いてしまったのであった。
まあ、毒液や蟲毒の呪というスキルも手に入れられたから、もうパラサイト消えてもいいだろう。さらばポイズンモンスター。
「なるほど、これがモンスターとの戦いですか」
その様子を、後ろでまじまじとスアマンは見ていた。
モンスターが襲ってくる様子も、俺たちが撃退する様子も、どちらも興味深げに。
「やはり、迫力が違いますね。本当に弱肉強食で襲ってくるのを見ると。やはりこういった脅威がなく市民が暮らせるようにしなければとあらためて気が引き締まります。モンスターというのは、想像以上に動きも素早く獰猛性も高いものもいると。……アリーはこのようなものと日々渡り合っているのですね。そしてその成果が此度のネマンの異変の解決に繋がった。もう少し、ねぎらってやるべきかもしれません」
自分に言い聞かせるようにスアマンは言っている。
なんだかんだで妹思いなんだな。
「じゃ、行きましょう。まだモンスターでるかもしれないし、ダンジョンを歩くこと自体も危険がありますから、注意して行きましょう」
「ええ。よろしくお願いします」
そして俺たちはダンジョンの探索を再開した。
スアマンも真剣な眼差しでついてきて、そして程なくして――。
「もしやあれではありませんか?」
スアマンが指をさした先には、小さいトカゲが岩に隠れていた。探すよう依頼を受けたものと特徴も一致している。モンスターの大勢いる洞窟に迷い込んでしまったので、見つからないようじっとしていたってとこかな。
さらに、同じ場所でフェリペが必要としていたモンスター音外骨格も見つかり、俺たちは目的を果たしてネマンへと戻ったのだった。
冒険者ギルドに行き、報告をして、トカゲを飼い主に確認してもらうと。
「ああ! たしかにうちのフリードリヒです。ありがとうございます」
と依頼者のおじさんが感激していた。
こういうほのぼのした依頼もたまにはいいね。スアマンも、なかなか充実感のある顔をしているし。こうして、スアマンのお忍び視察は終わったのだった。
そしてスアマンが屋敷に帰るとき、家の前で、最後に俺に振り向いた。
「あのような率直な笑顔は、なかなか町全体の施策を考えている時には見られないものです。頭ではわかってたつもりですが、ともすると忘れてしまいそうなものを心に刻めました。書類の裏にはあくまで、ああいった市民の顔があるということを。エイシ君、本日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。力になれたら幸いです。またいつでもどうぞ」
俺とスアマンは、互いにかたく握手をした。
「おお? なにやってるのスアマン兄とエイシ。悪巧み?」
とそのとき、ココが通りを歩いてきた。ココも外出していたらしい。
「悪巧みなわけないでしょ。むしろ人助けだよ」
「へー。まあスアマン兄だしねえ。エイシ、スアマン兄だけじゃなく、私にもまた今度暇なとき付き合ってね。あ、スアマン兄も今度は一緒にいく?」
ココがスアマンの肩をぽんと叩くと、スアマンはゆっくりと頷く。
「そうだな。それも悪くない。……が、」
振り向いたスアマンの手が、ココの手首を素早くつかんだ。
「今日は経済と算術の先生が来る日じゃなかったか? ココ」
「はっ……しまった!」
「またサボったな。やはり私が厳しくしなければならないな。自覚を持つんだココも」
そしてココを屋敷の中へとずるずる引っ張っていく。さっき気合いを入れたばかりだから、力の入りようも強い。さすがだ。
「エイシ、助けて!」
「いや、無理。ガンバ」
「薄情者ぉ!」
恨みの叫びを聞きながら、俺はひらひらと手を振り見送りデュオ兄妹と別れた。