134,ナマズよ眠れ
ネマンの名物をお腹いっぱいに食べ、ゆっくりと体を休めた翌日、俺は要石の三叉矛を持って、ネマン北にある小さいが深い湖へと向かうため、街の北出口へと向かった……ところで、見知った顔を見つけた。
「ねえ、ちょっとお願いがあるんだけど?」
ちろちろと舌を出す蛇を傍らに従えたココが、悪戯っぽく舌を出して出迎えてくれていた。
「ココ、どうしてここに」
「それはもちろん、エイシを待ってたのよ」
いいながらココは、ちょいちょいと手招きをする。
なんだか嫌な予感が……。
「エイシ、私もつれてっていいよ」
「はい?」
「巨人の塔っていうの? それとなんか湖に刺すんでしょ。話を聞いてたら、一回自分の目で見たくなっちゃったの。だから、私も連れてって」
ええーと。
何を言うかと思えば。
本気……っぽいな。
まあ来ること自体はいいけど。
「大丈夫? 結構大変だけど」
「大変って? 転位ってやつで一瞬でいけるんじゃないの? クリスタルを見つけたからとかなんとかかんとかってって昨日言ってたじゃん」
「それ、中途半端にしか聞いてないよ」
「ふえ?」
「あれは、自分の魔力というかそういうものを記憶させないとつかえないんだよ。つまり、一回目は自分の足で行かなきゃ、動かない」
俺の言葉を聞いたココが、動きを止める。
難しい顔をして、そして、苦いものを食べたみたいな顔で、舌を出した。
「じゃあ、私もテクテク歩いてそこまで行かなきゃだめってこと?」
「うん」
「そんなの疲れるじゃん」
「うん」
「いやじゃん」
「うん」
……。
「やっぱり、なしで!」
「根性無いな!」
ココが頬を膨らませて、地面を蹴る。
「だって、相当遠いんでしょ、巨人の塔ってやつ。砂漠とか洞窟とか越えなきゃいけないっていうしさあ」
「そりゃあね。冒険っていうのはそういうものだと思います」
「私は、楽して面白いところだけ見たいの。お客さんには家に来て欲しいタイプなの。だからそういうのは却下なのね」
「本当に根性無いな!」
「価値観の相違ってやつね。んー、でもどうしよっか。それじゃあ~……そうだ、じゃあ湖に行って満足する。それならあんまり遠くないし、ミーティアちゃんの散歩がてら行けるもんね。うん、名案。さっすがココちゃん。そうと決まればエイシに案内させたげる」
ココは自分の案に自分で感心したように、上機嫌でくるんと一回転した。スカートがふわりと舞う。
「まあ、別に俺は特に断る理由もないからいいけど――」
「あら、ココ。どうしたのですか。あ、ミーティアちゃんの散歩ですね」
「うん。そのついでにエイシと湖に行くの。面白そうだからね」
「ココがあの湖に? 珍しいこともあるものですね。……でも、大丈夫ですか? 草とか木がたくさん生えてるし、虫も飛んでるんですよ」
「げげ、虫? ……ま、まあ大丈夫でしょ。蝶々とか触れるし」
ココは顔をこわばらせつつも、強がって胸を叩いた。
……本当に大丈夫なのだろうか。
「ところで、お姉ちゃんこそどうしてここに?」
「私はエイシ様と地震を封印しに行くんです」
「そうなの。ふーん。それはそれは、すいませんですね。おまけがついてきちゃって」
ココがにやにやしながら、アリーのほおをプニプニと突っついている。
アリーが顔を赤くして、ココの手を自分の顔から遠ざけた。
「なな、何を言ってるんですか。そういうことで言ってるんじゃありません。慣れないココが途中でリタイアしないようにと思って私はですね」
「はいはい、そういうことにしておいてあげる。まあ、来るなと言っても行くと決めたら行くのが私だけどね。観念してレッツゴー」
ココは楽しそうに手を上げ、森へと入っていく。仲のいい姉妹だなー。楽しそうだ。
「すいません、エイシ様。妹が面倒かけてしまいます」
「いや。別に一緒に行くだけだし面倒でもないよ。この辺には危険もなさそうだし」
「そうでしたらいいのですが……お邪魔でしたら容赦なく森の中に捨てていってくださいね」
「あはは……捨ててくって」
妹に対しては結構厳しいぞアリー。
まあ、妹は妹でアリーを軽くあしらってたし、やはり仲良し姉妹。
「はやくー。なに二人でいちゃいちゃぺちゃぺちゃやってるのー」
「いちゃいちゃなんてしてませんよ! ココ! あっ、足下みないと危ないです、前に棘のある草がっ、ほら後ろ見てるから」
アリーがココにあれこれ注意しながら、早足で後を追っていく。結構妹に対して心配性らしい。
「さて、それじゃ俺も行くか」
姉妹の知らない一面を見られてちょっと嬉しくなりつつ、俺も後を追っていく。
「かゆい、足が疲れた、暑い。ううー……」
ぐったりした声を上げたのは、地面にはみ出た太い木の根に腰掛けているココ。ミーティアちゃんが労るようにちろちろと手の甲を舐めている。
「ありがとミーティアちゃん。お前は優しいね」
「だから大丈夫かって尋ねたのですよ。はい、お水です」
ミーティアちゃんの鱗の頭を撫でるココに、アリーが水筒を差し出した。ココは勢いよくぐびぐびとそれをのみ、口をぬぐう。
「はぁー、冒険舐めてたわ。お姉ちゃんって、こんなに大変なこといつもしてたの」
「そうですよ。慣れれば大変ではないですけどね」
「慣れるのが信じられないんですけど。いくら面白いものみられるんでも、これは私には無理だってわかった。おうちで話聞く方がいいや」
ココは息を吐きながら、くびをまわして周りを見ると、いかめしい顔で頷いた。
「でもたしかに、実際見るといい光景ではあるわね」
木々が生い茂り、花が咲きほこり果実がたわわになり、昼でも薄暗く、柔らかい腐葉土で、鳥の鳴き声が聞こえる。
そんな森はそうそう体験したことがないだろうし、ココにとっては新鮮な楽しさに満ちているに違いない。
それは間違いない、たしかに楽しんでいる。
けど、同じくらい疲れているのもたしかだけど。
「そうでしょう。素晴らしいですよね。ココに一度見てもらってよかったかもしれません。……もし、この素晴らしさが気に入ったのなら、色々教えちゃいますよ」
そんなココを勧誘しようとアリーがずいっと顔を近づける。
が、ココは手のひらでずいっと押し戻した。
「結構です。今回一回で私は満足」
アリーが残念そうに口を尖らせた。
かわいいものを見られて、俺も一度来てよかったと思いました。
ココを休ませている間に、俺はまわりを調べることにした。
そして少し探索すると、簡単に湖を発見した。
俺は休憩場所に戻っていき。
「あったよ、湖。本当にすぐそこだ」
その頃にはココも少し回復したようで、顔つきも元気そうになっていて、声をかけるとすっくと立ち上がった。
「へえ……あったんだ。ようし、それじゃあ、行くわよ」
「ええ。役目を果たしましょう」
そしてアリーとともに、俺の方へと来る。
うん、元気になったならよかった。やっぱり普通はこういうところ歩くのって結構しんどいよな、アリーが特殊なんだな、うん。
「……何か私の顔についているでしょうか?」
「え? いやいや、なんでもない」
アリーに聞かれた俺は首を振り、二人を湖へと案内していく。
少し歩いた先に、木々に囲まれた澄んだ湖が姿をあらわした。かなり広く、また透明度が高く、岸の近くでは底がはっきりと見えるほどだ。
「ここの底に、矛を刺せばいいんだ?」
「うん」
「でも、どうやってやんの? アテはあるっていってたけど」
「そこは俺のスキルでね――いくよ」
俺は精霊魔法で水の精オンディーヌを呼び出し、マジッククラフトとあわせることで、球形の膜を作り出した。
アリーとココが同時にシャボン玉の膜のようなそれに近づいてくると、好奇心の赴くままにぺとりと触って、感触をたしかめている。
「もちもちしてて気持ちのよい感触ですね。こんな変わったものを作れたのですね、エイシ様」
「割と最近、プローカイにいるときに身につけた技だよ。そして、『錬成コピー』のスキルで、クラフトしたものの複製を作り出す」
膜に触ってスキルを発動すると、同じものがもう一つあらわれた。さらにもう一度スキルを発動すると、もう一つ。
「へぇ~何個も同じやつが作れるんだ」
「そうそう。この膜を一個作るのでも結構力を使うから大変なんだけど、錬成術で作ったものをコピーするスキルを使えば、二個目以降はずっと少ない魔力で作れるんだよ。そのおかげで3つ作ってもピンピンしてるよ」
ほー、と三つの膜を眺めるココ。アリーも興味深そうに触って、そして抵抗がないことを確認すると、そのまま中に入った。
「うわ~、お姉ちゃん閉じ込められちった?」
「いえ、違いますよ。これは中に入るものなんです。私も精霊魔法を使えるので、触れて使いかたを感じました。中に入れば、水の中でも大丈夫。膜に入ったまま普通に動けるようです」
さすがアリーは精霊魔法の元だけあって、理解が早い。察しの通り水の中でも行動できるようになる膜なのだこれは。
俺も膜の中に入って湖の縁まで行くと、ココもそろりと膜に足を入れて入った。
「へぇ、意外と快適かも」
「ふふ、でしょ。そのまま飛び込んで大丈夫だから。せーのっ」
と、ココに説明して、俺は湖に飛び込んだ。
水中に入ると、球形だった膜は体に密着しフィットする。そして体は水に濡れず、呼吸も普通にできる。成功だ。
おお、面白い光景。
水中に入ると、透明度の高い湖の中がよりはっきりと見えた。
湖底には球状の藻がたくさんあり、海老が青いハサミで千切って食べている。
湖底からぽこぽこと小さな泡が上っていくのを見ていると、ふっと暗くなった。顔をあげると、頭上を魚の群れがを横切っていった。
湖なのに、大きなタコとイカを足して割らないような生物が泳いでいるのは、さすが異世界。
振り返ると、アリーとココも体をひねったり頭をきょろきょろ動かしたり逆さになったりして、湖の中の様子を面白そうに楽しんでいる。
――おおう、逆さになったときにスカートのココが見え――
と喜んだ瞬間、ココと目があった。
やばっ。
素早く目をそらす。
これで事なきを得たはずだ……ちらり。
ともう一度見てみると、
ぶうぉっ!
ココが近づいてきていた。
怒られる!?
と怯えたがそうではないらしい。ココは俺の肩をつつくと、下の方を指さして沈んでいった。
そうか、あそこが目的のポイント。
一番深いところだという話だったが、多分そこだろうと俺も湖底に沈んでいく。
そして俺たちは3人で無事に湖の底にたどり着いた。
この深さだと上からは弱い光しか届いていない。そこで俺はスペースバッグから要石の三叉矛を取り出した。
アリーとココに目で合図をすると、両手で持った矛を思いっきり……地面にぶっ刺す!
すると硬い岩のはずだが粘土のように柔らかくずぶずぶと矛は沈んでいき、半分ほど突き刺したところで止まった。
……これでいいのかな?
と思って三人で顔をみあわせていると、不意に矛が淡い光を帯び始めた。
地面に埋まっている方から橙色の光が登ってきて、それが一番上まで行くと、水中に光の粒子となって散っていく。
たしかキュクレーから扱い方を教えてもらった話では、この矛は人間が発動させるというよりは、大地に突き刺せば自動で働き続けるらしい。大地に溜まったエネルギーを常に少しずつ放出していくという。
大地に溜まったエネルギーを少しずつ放出していくことで、地震のような大解放を防ぐということだったけど、なるほど、こういう風になるわけね。
ダムから適度に放水することで、洪水を防ぐようなものだな。
ということは……成功だ。
任務完了に安心した俺たち三人は、水底で繰り広げられる光のショーをしばし楽しんだ。