132,物理学的考察
さて、しばらく作る様子を見ていたけれど、ずっと見ているとさすがに退屈になってきたので、俺は工房を出て、まだ見きっていない巨人の塔をぷらつくことにした。
町の残りの場所を見まわって、さらに上の階層へもいってみる。
公園のあるフロアの上は、またもや町だった。今度はあまり目新しいものはない。
なのでさらに上に行ってみる。すると、町ではなくなった。
林かな?
そのフロアは木々が立ち並び、草花が足下を覆う自然の林ような場所になっている。
さっきは雨を降らしていたし、本当に、この塔の中に全てを再現しているのかもしれない。
「あ、でもなんかゴミ捨て場になってるな」
林の中を歩いていると、ガラクタのようなものが捨てられている場所があった。
金属線や木片の他、何かの箱や宝石の抜けた杖、とげとげのついた腕輪など色々なものが重なっている。
なんかの部品かな? なんだか面白そうだ。
お値打ち品でもないかなと俺はガラクタを漁っていった。
気分は貝塚を掘る考古学者だ。
「おお? これなんか結構よさそうじゃないか」
『まさかここに小さきものがいるとはな』
突然しわがれた声が降ってきた。
振り返ると、キュクレーがまたもやいた。
「休憩ですか?」
『あとはあの男だけでできるだろう。必要なことは伝えた。むしろ我よりもうまくやりかねない』
巨人にそこまで言わしめるとは、フェリペ天才か。
「へえ、そうなんですか。それなら安心です。ここ、ゴミ捨て場なんでしょうか。林のど真ん中ですけど」
『そうだ。久々に思い出して、見に来た』
「久々に?」
俺の問いに答えず、俺がたったいま引っ張り出したランタンのような箱に取っ手がついたようなものに目をやるキュクレー。
差し出すと、手に取り、角度を変えて眺める。
しばらくするとその場でかがみ込み、道具を取り出しネジをまわして側面を外し、となにやらいじり始める。
「修理するんですか?」
『できるかどうかはわからないが』
「そういえば、最近は作ってなかったって言ってましたね」
『そうだ。久々にあの男とやっていたら、ふとこの場所のことを思い出した』
最近やっていなかった、という割に手つきは慣れたもので、あっさりと分解された中身は、なかなか複雑な機構になっている。
「元々、魔道具とかをよく作る方だったんですか」
『我ら巨人の本分だ。土をこね、道具を作る。そうして繁栄した』
と、そこでキュクレーの手が止まった。
見ていると、どうも何か悩んでいるようだが。
「どうしました?」
『雷の魔法を応用して特殊な力を取り出す部分があったと思うのだが、それのやり方が思い出せぬ。見覚えはあるはずなのだが、数百年経つと頭の中も風化するようだ』
「見覚えが……ってやり覚えではなくてですか」
『見覚えだ。魔道具にも種類があり、各々得意な分野がある。得意な魔法不得意な魔法があるように。この魔道具は我の専門外だ。かつてこの分野に詳しいものがいたのだが、その者が最後に作っていたものだ。……作りかけのまま、ここに捨てていたが、どういうわけか完成させてやりたくなった。雷などに魔力を変容させない場合なら多少は知恵もあるが――だが、やはり我の専門外のこと、無理な話だったか』
キュクレーは、石像のように、じっと作りかけの魔道具を見つめる。
なるほど、ずっと優れた技術があったといっても、個人で万能というわけではないと。むしろ進めば進むほど専門化って進むものだしね。
しかし、雷の魔法か……それを使って力を発生させる……。
魔法のことについてはあまり詳しくはないけれど、『雷の魔法』に限定してるところを考えると重要なのは電気の性質なような気がする。
とうことは……磁力かな?
電気から発生する特殊な力っていうと、それくらいしか俺の頭からは出てこない。フレミング左手の法則とか電磁誘導の法則とかそんな感じで。
磁力を強くしたいなら、たしか……。
キュクレーの顔をうかがうと、いまだにじっと魔道具を見つめている。
事情はわからないが、なにかしら特別な思い入れがあるんじゃないかなって気がする。だったら、なんでも試してみたほうがいい。
「ええと、ちょっと思いついたんだけど、コイルにしてみたらどうですか?」
『コイルとはなんだ』
「こう、その、雷魔法エネルギーを伝えている線を、こうやって巻き巻きするんです。そうすると、磁力っていうエネルギーが多分、一本にまとまって大きな力となるはず」
キュクレーは俺を睨むように視ていたが、やがて手を動かし、中に蜘蛛の巣のように張り巡らされている線のうちのいくつかを、巻き線へと作り替えていった。
そしてテスターのような、おそらく魔力か何かをはかるための道具を使い、その示すところをしばらく岩のようにじっと見つめて動かずにいた。
やがてカチャカチャと作業を再開する。
『小さき者よ、汝の助言はたしかだった。他に、気づいたことがあれば聞かせてもらいたい』
「よかった……。はい、やるだけやってみます」
キュクレーの手の動きは、はじめより速くなっていた。
しばらく俺とキュクレーは、林の中でその魔道具の製作を行っていた。
ちゃんとした作業場ではないが、気にはならない。道具は十分にあったし、簡易な台でもあれば十分だ。
そして――。
「これで完成ですか?」
『そのはずだ』
作業を続け、ついに完成。あとはちゃんとできてるかのチェックだけだ。
キュクレーは手提げのついた水晶の箱のようなものを掲げ、表面をさっと撫でた。
瞬間、透明な表面の色が変わった。
巨人の塔の内部とおぼしき、どこかの一角の絵――いや違う、これは実際の映像だ。やがてその映像は移動し、窓から空と大地を映し出す。
『神眼という、離れたところを見ることを可能にする魔道具がある。これはそれと同系統の魔道具だ』
「じゃあ、これはどこかの場所を今映してるってことですか?」
『そうではない。これは、神眼の魔道具をより発展させたもの。遠く離れたところを見て、その映像を記録することも可能になっている。もちろん神眼と同じく現在の状態も見ることができるが、今映っているのは過去の作り手が記録した映像だろう』
「へえ、そうなんですか。昔かあ」
キュクレーは画面を食い入るように見つめていた目を閉じた。
『小さき者よ――汝がここに来たことは僥倖だった』
「いやおおげさですよ。でも、なおってよかったです」
『これは……我が友が作ったが、未完成で数度の使用で動かなくなったものだ。この映像も、友が映した……見たもの。それを再び目にすることができた』
キュクレーは目を開ける。体の割には小さな目に、色が戻っているような気がした。
「形見みたいなものですか。だったら、直せてよかった」
『そうだ。重しが微かに動いた気がする。だがそれだけではない。汝は我の知らぬことを教えた。この風化していく塔の中で、消えていく巨人という種族の我は、全てがゆっくりと失われていくだけだと思っていた。だが、汝は我に新しいものをもたらした。我はただ消えていくだけの運命ではなかったらしい』
それは、はっきりとはわからないけれど、もしかしたら笑顔だったのかもしれない。
「こっちこそ。助けてもらいましたし。あの、せっかくですし、それもっと使えませんか? 他のところも見えるなら、見てみたいです」
『もちろん可能だ』
キュクレーは再び魔道具に触れると、今度は白っぽい背景の空間に、斧やローブの映像が現れた。
「……これ!?」
これって、あれだよね。
神域。
この一様に広がる白い空間、間違いない。
ルーと出会った場所、この世界で最初にいた場所だ。
その映像が残っている、ということはどういうことだ?
『小さき者よ』
と、キュクレーが口を開いた。
『汝は、異なる世より来た者だな』
え?
今、なんて?
俺は言葉が出てこない。
『やはりそうか。小さき者が持っているとは思えぬ知識を有している。神域を知っている様子。それに、我らは大地にもっとも近き種族。汝から異なる大地の臭いを感じたのだ。やはり、この大地の子ではなかったか』
「なんで、異世界のことを――?」
『世界の間を切り裂き穴を開ける秘法。それを作ったのが、我だからだ』
「え……? キュクレーさんが、あれを?」
まじですか。
たしかに巨人が秘法を作ったとキュクレーは言っていた。
そして、女神の力は秘法によるものだとルーは言っていた。
ということは、世界に穴を開ける力も巨人が生み出したもののはずで、それなら異世界が存在することを知っていて、俺の正体に気づいてもおかしくない。
俺は自分の正体を看破した者の姿を驚いて見つめていた。




