131,ダンジョンというもの
「なになに、どうしたのこんな雨の日に――おおっ!?」
「これは……実在したのか!? 大きなる者」
騒ぎを聞きつけてアリーとフェリペも走ってきた。
巨人はそんな驚いてる俺たちを慌てずゆっくりと睥睨している。
『しかも四人もいるとは。珍しく塔の中が騒がしいと思ったが、なるほど、どうりで』
「あ、あの、あなたは、ここに住んでいるんですか?」
俺が尋ねると、ゆっくりと巨人は頷いた。
『そうだ、小さきものよ。我はキュクレー。この世界で最も古き民の一人だ』
巨人キュクレー。
その姿と俺たちと違い眉一つ動かさない態度からは、クジラのような雄大さに、時を経た威厳も感じる。
とりあえず、敵意はないみたいかな? それなら怖がることはなさそうだけど、でも、突然すぎる。
すっかりもう遺跡になっているという気分だったから、心の準備も何もできていない。ええと、巨人に会ったらどうするつもりだったんだっけ。
「えー、えー」
聞きたいことは色々あるんだけど、ええと、そうだ。
「この塔はあなたが作ったんですか?」
とりあえず思いついたことを口にしてみる。
『我ら巨人が作ったものだ。世界蛇の体が年月を経て天への柱となったと言われている。その柱を利用し、塔を作り、中に町をつくった。ここで我ら巨人は長い歳月を過ごし、そして滅び、今は我のみが残っている』
「滅び? やっぱり、町が空っぽなのは移住とかじゃなかったのか。でも、どうして」
『たいした話ではない。大きな争いがあり、その果てに強力な兵器が使われた。そして巨人はほとんどが消えさった。それだけだ』
巨人はさしたる感慨もなさそうに言った。
いやいや、結構重大なことなんじゃないのかそれって。
と思ったのだが、巨人のひからびた泥人形のような顔からは、感情は読み取れない。
一方の俺たちは、当然驚いている。アリーも目をぱちくりさせながら、質問をしている。
「争いとは、それに強力な兵器とはなんなのでしょうか。もしかして、最近起きている異変と関係が?」
『異変にも気づいていたか。続きは中で話そうか』
巨人キュクレーに招かれたのは、一軒の大きな屋敷。彼が家として主に使っているところの一つらしい。
当然ながら屋敷も巨人サイズで、全てのスケールが大きい。棚もでかいし、扉の取っ手も背伸びしてなんとか届くような状態だ。
「さすがに全体的に大きいね、アリー。これは俺たちにはちょい住みにくいかも」
「はい、おっきい、ですねえ」
アリーは周囲をきょろきょろと見ながら、半分上の空である。
見るもの皆珍しいって感じだな。俺も同じだけど。
屋敷の応接間に俺たちは集まった。
椅子からテーブルから家具が全て大きくて、俺たちには普通に使えないので、床に座って話を聞くことにした。
『さて、なんだったか。異変の理由と言っていたな』
あ、そうだった。
ネマンで起きてる地響きの原因を探って欲しいって言われてたんだ。
「はい。そうなのです。キュクレー様、実はこの塔から近く――いえ、それほど近くはないのですが、人間の住む土地の中ではここに比較的近いネマンという町で、最近地震が多発しているのです。これまでにないことに住民も不安を感じています。古文書を手がかりに、この塔に何か関係があるかもしれないと調査に来たのですが、何かご存じでしたら教えていただけないでしょうか」
アリーが真面目な顔になって、願う。
少し前まではワクワクして目を輝かせていたのに、さすがネマンの貴族なんだな。町を守る勤めは、かつて言っていたとおり真剣だ。
キュクレーは考えるような間を少し開けて、口を開いた。
『……それはおそらく、この巨人の塔が原因だ』
「ここが、ですか?」
『この塔は大地の力を吸い上げ、動力とし、中の機能を維持している。だが内部にあるものの具合によって、時折過剰にエネルギーを吸ったり、あるいは排出したりと不安定になることがある。ここと繋がっているネマンに、その影響が出ているのだろう」
「ネマンとここに、近いという以外に繋がりがあるのですか?」
『あのあたりは鉱物の貯蔵庫として使われていた。様々なものが集められ、道を通って送られてきたのだ。世界蛇の抜けがらも利用されていた』
「ああ、あれか! あの洞窟の。この塔も世界蛇ってやつの体だっていうし。そういう繋がりがあったのか」
ネマンでは蛇神様として敬われているというそれを、人間より進んだ力を持つ巨人達が太古に利用していた。
多分そのあたりのことが伝承であれこれ変化して、神話になったんだろうって気がする。
「あれ、それに貯蔵庫? ……もしかして、あの多様な鉱山……」
『それが我らの貯蔵庫だ』
なるほど……ネマンの周囲にある鉱山は、様々な種類のものが採れることが不思議だったけど、巨人達の鉱物倉庫のようなものだったわけね。
だから、自然の鉱山と考えると不自然なほど、色々なものが狭い範囲でたくさんとれたと。豪快すぎるでしょ、山をまるごと貯蔵庫にするって。
だから山ごとに誰かが調整したみたいにきっちり違うものが採れたんだなあ。
「巨人の方々が、ネマンのあたりを鉱物の貯蔵庫として使っていたとは驚きです。あの……私たち、勝手に掘って使っているのですけれど、よいのでしょうか……?」
『好きなだけ使えばいい。今となっては、これ以上使うこともない』
「そう言っていただけると助かります。ネマンはあの山々と、そこからとれるものと共にに、ずっとありましたので。そのネマンで今頻繁に地震が起きています。このままだとどうなるのでしょうか? 止めることはできるのでしょうか?」
『放っておけばより大きなエネルギーの奔流となる可能性もある』
「それは、危険そうですね」
『止めることは可能だ。そのための道具がある』
「魔道具か?」
ネマン以上の速度で飛びついたのは、フェリペだった。
ここまでの話を聞いてる時から、体をうずうずさせてたけどついに動いた。
『そのとおりだ。【要石の三叉矛】があれば問題は解決する』
「要石の三叉矛? 槍のような魔道具か」
『そうだ。大地を鎮める力を持つものだ』
「そんなものがあるのですか。是非、それを手に入れたいです。お願いします、ここにあるのなら、譲っていただけないでしょうか。対価として差し出せるだけのものは差し出します。あなたのような高い技術や知恵を持っている方が満足するものがあるかはわかりませんが、お願いします」
キュクレーはまた少し間を置く。
ぐるりと、ゆっくりと周りを見渡す。何かを探すように。
『ここにはない』
「そんな。それではどうすれば」
『だが、作ることはできる。長い間道具をさわっていないこの体が覚えているかはわからぬが』
キュクレーがゆっくりと腰をあげた。
やってくれる、ってことなのかな。
「なら、俺が手伝おう。多少は腕に覚えがある」
同時にフェリペが立ち上がる。
キュクレーはフェリペを一瞥し、館の奥へと行った。
フェリペはそのあとについていく。
「二人でやるなら大丈夫かな? なにはともあれ、ネマンの問題は解決しそうでよかった」
「はい。キュクレー様には感謝しなければなりませんね」
「それにしても、地震を止める魔道具だなんて凄いね。よく考えたら、いやよく考えなくてもこんな巨大な塔を維持してるし。見に行ってみようかな。せっかくだし」
野次馬根性を発揮し、俺たちは二人の作業しているところを見に行った。専門的なことには立ち入れないが、見物である。
館の奥にはローレルにあったフェリペの工房のようなものがあって、そこで二人は作業をもう始めていた。容器に入った様々な材料や、棚に並べられた道具などがあり、キュクレーは大きいサイズの道具を、フェリペは持参したものを持って、何かを切ったり熱を加えたり魔力を加えたりなどしている。
「さすが、秘宝とかダンジョンを作ったって言われるだけのことはある。もしかして、この工房で秘宝を作ったのかな」
「あ、そうかも。そう思うと感慨深いよねー」
さして感慨なさそうにルーが言う。
『ふむ。そのことも知っているのか。だが感慨を感じるほどのことでもない』
作業をしながら、キュクレーが言う。
『お前達は単にネマンの問題を解決するだけではなく色々と知りたいようだな』
「あはは……冒険好きで好奇心旺盛なもので」
キュクレーが少し身じろぎをさせた。
だが、声のトーンは変わらずに言う。
『秘宝といえどそう特別なわけではない。特殊なエネルギー源を利用している点以外は、普通の魔道具とほぼ同じだ。そしてここで作ったものは魔道具にせよ秘宝にせよごく少数。だからこそ、この自ら手を動かす工房は意味がある』
「工房で作らないならどこで作るんだ?」
フェリペが問う。
『それが、小さき者達がダンジョンと呼ぶところだ』
「ダンジョンが? え? 魔道具を作る?」
困惑する俺たちに、キュクレーは彼ら巨人がしたことを語った。
かつて、この世界の人間やモンスターが誕生するより前にこの世界で繁栄していた種族がいた。それが、巨人族。
彼らは優れた魔法技術で栄華を極めていたが、あるとき巨人族同士の大きな争いがおきた。その争いは苛烈をきわめ、多くの者が倒れていった。
その争いの時には多くの魔道具が製造され使用されたが、それら魔道具を大量に作るための施設として使われたのが、ダンジョンだった。
ダンジョンは魔道具を作るための工場のようなもので、俺には仕組みはわからないけれど、大地から魔元素や材料を自動で得て、ダンジョンごとの調整に応じて魔道具を自動生産していくのだという。
かつては巨人の塔以外にも巨人族は住んでいて、世界各地にダンジョンを作り、そこから得た力で激しく争っていたのだという。
「そういうことだったのか」
だからダンジョンでは魔元素が豊富で、その中で自然に魔道具などが発生することがあるのか。あの転位クリスタルも、巨人達が移動に使うためのものだったんだろう。
その頃の遺産が今でも稼働し続けているってわけなんだな。
俺だけでなく、アリーやルーやフェリペも一様に驚いている。やはりこの世界の人でも知らない情報だったようだ。
「驚きですね。私達がよく行っているダンジョンが、本当はそういうものだったなんて」
「特にアリーはそうだろうね。これまで何度も行ってたものだけど、俺もまったく思いもよらなかったよ。キュクレーさん、モンスターもダンジョンから生まれたって話を聞いたことがあるけど、それも関係が?」
『我々がダンジョンを遺棄したのちのことだ。制御を失ったダンジョン内で長い時間をかけて限度を超えた濃密な魔元素が集まり、それがなんらかのコアを媒介にして変異しモンスターとなった事例がある。迷い込んだ生物であったり、品物であったり、あるいは死者であったり。そうしてモンスターが各地のダンジョンで発生したのだ』
「なるほど……そうだったんですか。それである程度数が増えたら、あとは自然に繁殖したりとかもあって、ダンジョンもずっと稼働し続けてるし、どんどん増えていったのか」
「知らなかったなー。モンスターやダンジョンの生みの親だなんて、すごいんだねキュクレーって。さすが体がでかいだけのことはあるよ」
ルーがうんうんと納得してるけど、体の大きさは関係あるのだろうか?
『我が作ったのはごく一部だがな。……世界の礎である世界蛇の体が塔と変じたと言われるここは、魔元素が豊富で希少な鉱物や土など大地の恵みの集積地となっている。ゆえに巨人の中でも我らの同胞はここに住まい、様々なものを作るための技術を磨いていき、それによってダンジョンなどを生むに至った。だが、今は遺構が残るのみだ』
キュクレーはゆっくりと語る。
だがその言い方に昔を懐かしむようなセンチメンタルな気配はなく、記録を述べる人工音声のように、なんの感慨も感じられない。永い時を生き続けた結果、ひからびた土のように心も固くかたまったのだろうか。
巨人は淡々と、ノミのようなもので鉱物を削りとっていく。