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130, 巨人

 最初は巨大な空間だった。

 ガランとした空間に太い柱が幾本も立っていて、その合間を俺たちは縫うように進んでいく。

 しばらく歩いていくと螺旋階段があったので、それを登っていく。


「これは……何か動かしているのでしょうか」


 登っていく途中、目を見張ったアリーの視線の先にあったのは、巨大な歯車。茶色い巨大な歯車がいくつも噛み合い、音を立てて回転している。

 その歯車からのびる棒のようなものがピストン機構になっているらしい。さらに後ろを振り返ると風車のようなものがくるくると回っている。


 これはもしかして何かしらの動力を塔の中に伝えている場所なのかな。

 入り口の巨大扉も勝手に開いたというし、いろいろなものを動かすような機構が塔の中にあるらしい。

 フェリペはその複雑に咬み合った歯車に顔を近づけて見入っている。あんまり近くて、巻き込まれないかと心配になるくらいだ。


 でも確かに、好奇心をそそられる。

 俺も歯車に目を凝らした。

 こういうものを作れるという事は、やはり巨人っていうのはこの世界の人間よりも高い水準の技術を持っているのかもしれない。ということは。


「やっぱりここは、特別な場所みたいだね」

「はい。このような巨大な設備は見たことがありませんし、このような複雑な設備も見たことがありません。どのダンジョンとも違う、特別な場所だと感じますね」


 いくつものダンジョンを見てきたアリーもそう言っている。

 そんな塔の先に何があるのか。

 気を引き締めつつ、俺たちはその歯車のフロアを抜けていく。

 長い螺旋階段を上っていくと、それは唐突に終わりを告げた。

 階段を上りきった俺たちの前に現れたのは――町だった。


「え。なにこれ」


 思わず口をあんぐりと開けてしまう。

 そりゃ開けてしまうさ。

 だって塔が町の中にあるならわかるけど、町が塔の中にあるんだから。


「珍しいものだな――ああ、珍しい」


 フェリペも驚きで語彙力が貧弱になっている。


「冗談が本当になってしまいましたね。洞窟を建物に見立てるというのはあると聞きますが、塔の中に建物を建てるのは初めてです」

「普通の塔は小さい……いや大きいんだけど、これに比べたら小さいから」


 でもたしかに、これだけ大きいなら、中に建物を入れてもおかしくはない。いや発想はおかしいけど。できるかできないかでいえば、可能だ。


「とにかく……見てみよう」


 俺たちは塔の中の町中を歩き始めた。

 それは普通の街と同じように、家があり、道路があり、広場があった。

 普通の街と違う事は、建物や道などが巨大であるという事。たとえばネマンにある建物の倍ぐらいの大きさがあるだろうか。道幅も倍くらいある。

 そんな街並みが、塔の中のこのフロアいっぱいに広がっているのだ。


「おお、こいつまさか!」


 突然大声を上げて走り出したのはフェリペだった。

 立ち並ぶ建物の壁に貼り付くように近づくと、顔を近づけて触って確かめるようにしている。

 いきなりのことに取り残された俺たち三人は互いの顔を見合わせ、そしていつものが始まったんだなと理解した。


「フェリペ、どんないいもんが見つかったのー」


 俺もフェリペがガン見している建物を見てみる。

 それらは土のような金属のような不思議な材質でできていて、金色の星のように時折瞬くように輝いている。

 珍しいものなのかなと思っていると、フェリペは興奮気味に振り返った。


「これは珍しい鉱物の原石だ。世界でも有数に貴重で固い」

「へえ……って、そんな凄い鉱物がこの辺の建物全部?」

「そうだ。ここにある建物も材質すべてが。この泥のような茶色の中に見える金色の輝き。ははははは……信じられるか? ここ以外じゃ年に一度もお目にかかれないようなものがそこら中にあるんだ。なんだよ、なんなんだよここは!」


 フェリペはテンション高く笑っている。

 ものすごく楽しそうで羨ましい。

 アリーも建物に近づいてきて、地面に落ちている外壁のかけらとおぼしきものつまんだ。

 確かめるように指で撫でていると、キラキラしている粒子のようなものが光を反射する。

 そして、アリーは目もキラキラさせていた。


「驚きですね、エイシ様。希少な金属で街を作っているなんて。秘境中の秘境ですよここは、間違いなく。外から見ただけでもすごかったですけど中はもっとです」

「うん、驚いたよ、本当に」


 黄金色に所々輝いてるけど、これ全部剥がして持って帰ったらいくらくらいになるんだろう。

 なんて計算するのも馬鹿馬鹿しくなるくらいにレアな素材の宝庫らしい。

 異世界にマルコ・ポーロがいたらこの町を見てひっくり返るだろうな。

 他の場所も見てみると、街路樹が立ち並んでいたり、畑のような――ただ、今は木々や雑草が無秩序に生えていて畑とはいえないが――などもあり、本当に町だ。

 このままここに住めそう……なんだけど。


「誰もいないね」

「うん。人っ子一人。巨人が住んでたんだろうけど、今はもういないのかねー?」


 普通の町と一番違うところ。

 それは、誰もいないところだった。

 建物や道路などはあれど、住人の姿はまったくない。


「やっぱり、昔々までしか巨人はいなかったのかな?」

「ここを見る限りじゃそんな風に見えるね。なんでいなくなったのかはわからないけど――階段、登ってみようか」


 街の奥の方に階段があった。

 なんとも不思議な光景だが、ここが塔の中だということを思い出させてくれる。

 町の上には何があるのか、俺たちは登って確かめてみることにした。


「ここも町だ」


 階段を登った先も町だった。

 先ほどまでいたところと同じような作りの街並みが広がっていて、今度は店などが多くある感じだ。穴が開いた箱や、割れた壷などが、オープンな建物の軒先にいくつもある。


「なるほど。普通の街は横に広がっているけれど、塔のなかの街だから上方向に積み重なるようになってるんだな」

「面白い構造ですね。という事は、もっと上の方にもまた街が広がっているのでしょうか」

「そんな気がする。どこまで上に広がってるのかちょっと見てみたいね」

「ええ。何段重ねのサンドイッチみたいになっているんでしょう」


 俺達は第二階層の町を通り抜け、次の階段を登っていく。

 登った先には、また町があった。

 今度は住宅街っぽいつくりだったが、そこも抜けていくとまた階段があり、それを登ると、どうやら工房のようなものがいくつもある町並みとなる。

 そして中央には噴水らしきものを囲む石畳があった。


「へぇー、ここは公園みたいなものなのかな」

「花壇に噴水まで。癒されます。それにしても、今でも水が出ていますけど、やっぱりこの塔の機能自体は生きているということなんですね。人は誰もいなくなっていますけれど」

「うん。歯車も動いてたし、自動で動き続けるんだろう。……でも、本当に誰の姿も見られないのが不思議だ。元々住んでいた人はどうしたんだろう。巨人に会えるのをひそかに楽しみにしてたんだけどなあ」

「私もです。きっと、私たちよりも優れた技術を持っていたはずなのに。それなのにどうして姿を消してしまったんでしょう。誰か一人くらい、いたりしないでしょうか」


 アリーと俺はいるはずないと思いつつ、周囲に視線を巡らせた。

 その時だった。


『珍しいこともあるものだな』


 しわがれた声が降ってきた。

 聞き覚えのないその声に素早く振り向くと、アリーが口元に手を当て、俺は一歩後ずさる。


「わっ!?」

「ひぁっ!?」


 思わず二人して情けない声が出てしまったのは、そこにいたものが大きかったから。

 そう、大きかった。俺たちの倍ほども。

 これは、まさか。


「巨人――」


 俺たちは声を揃えて呆然と漏らした。


『小さきものよ、その通りだ。こんなところまで来る物好きが、汝達の中にもいるとはな』


 老爺とも老婆ともつかない、乾いた土のような肌を持つ者が、俺たちの倍ほどの体躯を持つ者が、悠然と言った。


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