110,思い出クラッシャー
深刻な顔をしていると逆に怪しまれそうなので、俺たちは普通に探索するような気分で歩こうと話していた。
それをリサハルナが早速実践する。
「驚いたよ。今はこんな風になっているのだな」
「そうでしょう、リサハルナ様。エピもここが完成したときは驚きました。エピがここに戻ってきた時は、まだきれいな洞窟という状態でしたが、続々とモンスター達がここに集まり、それらが整備したのです。といっても、地上の町に比べると劣るものですが」
「いや、ずいぶんと立派なものを創るものだと思うよ。こういった分野は人間の方が得意だと思っていたが、モンスターもなかなか捨てたものじゃないじゃないか」
感心したように言ったリサハルナの言葉を聞くと、エピは嬉しそうに顔をほころばせて頷く。
「はい! リサハルナ様の屋敷を参考にいたした部分もあります。屋敷、懐かしいですね、二階にあったテラスから見上げた美しい月、今でも思い出せます。そうだ、あそこは今どうなっていますか」
「つぶれた」
「……はい?」
「時の流れというものは、我々以外の様々なものを風化させるらしい。今はぼろぼろに崩れて、地上部分は残骸の石がいくつか残るのみだよ」
リサハルナはあっさりと無慈悲に言い放った。
エピは「崩れた……リサハルナ様と私の思い出の場所……崩れた……」と放心したようにつぶやいている。
かわいそうになあと思うけど、今は地上に進出できるようになったわけだし、実際行ってみることもできるし。
それだとごまかしてもいずればれるだろうし、心の準備をしておいた方がいいのかもしれない。
「大丈夫だよエピ、地下は無事だったから。丈夫な石の通路とかしっかり残ってた」
とはいえちょっとばかり元気づけて置いた方がいいかな。
ずっと放心状態はまずいし。
と思ってフォローをしたのだが――。
「なんでエイシが館のこと知ってるの!」
とエピが語気を荒げた。
慌てて事情を話すが剣呑な顔つきは変わらず、鋭い言葉を投げてくる。
「エピとリサハルナ様の思い出の地を荒らしてくるとは……おのれ……」
「いや荒らしたわけじゃ……あ、たしかに部屋の中にあったものとかを取ってきて自分達の懐に入れはしたけど」
「思いきり廃墟荒らししてるじゃないの! まあいいや」
「いいの!?」
話の流れおかしくない?
と思う俺の気持ちを気にせずエピは続ける。
「今度エピもあの館に行けばいいことだ。それにエイシなら許してあげないこともない。エピとリサハルナ様に挟まれる資格がないこともない」
「たしかに今挟まれてるけど、どんな資格かよくわからないよ」
まあそんなことより、ダンジョンを進むことだ。
パラサイトビジョンで見ていたとは言え、実際自分で歩くと臨場感が違う。
「そういえば、リサハルナさんはここが故郷って言ってましたよね。どうしてこんなダンジョンができたかとか知ってたり?」
俺と同じくゆったりと周囲を見渡しながら懐かしむように歩いていたリサハルナは、ゆっくりと首を振る。
「いや、それは私も知らない。私が意識を持ったときすでにこのダンジョンは存在していた。このアンホーリーウッドの底の瘴気の淀みで生まれたのだよ」
「へえ。モンスターってそういう風に誕生するんですか」
「ものによるな。色々と生まれ方もある。魔獣などは普通の動物のような生殖方法で増えることが多いし、スケルトンなどは死者が蘇るようにして誕生する。バリエーションは様々だ」
モンスターと一口で言っても種類は色々あるし、誕生も色々なのはたしかに。
「私はここがいつどのようにできたか、正確には知らない。ただ、ここを作ったものについて多少の情報は得ている」
「作ったものがいるんですか?」
自然にできたものかと思っていた。
誰かがダンジョンを作っとしたら、誰がなんのために。
「『大きき者』と呼ばれる者だ」
「大きき者? っていったい?」
リサハルナは首を振る。
「詳しくはわからない。モンスターや人が生まれるよりも前にこの世界に存在した偉大な種族と言われている。彼ら大きき者は、ダンジョンを、人を、モンスターを、秘宝を作ったらしい」
「ダンジョンだけじゃなくて人やモンスターや秘宝まで? 本当なんですかそれ」
「さあ、どうだろうね。私が世界を放浪していたときに目にした古き記録に断片的に書いてあったことだから、真実か否かはわからない。ただ、それを見つけた場所には、目にしたことのない道具の残骸などがあった。そのことから考えると、古の時代に関する真実かもしれないと私は考えている」
大きき者――。
ダンジョンや秘宝を作った存在。
今はもういなくなったのかな。
それとも、姿を隠しただけでどこかに今でもいる?
もしそれについて知ることができたら、他のダンジョンのこととか、世界に穴を開ける秘宝のことが知ることができるかも。
是非知りたい。
でもリサハルナですらあまり情報を持ってないような存在じゃ、そうそう簡単には知ることできないだろうな。
チャンスがあったら全力で食いついて何か得るようにしよう。
単純にどういう存在なのかってのも気になるし。
「さて、結構奥にやって来たね。まただ」
そんなことを話しながらシックスワンダーの驚異を味わいながら順調に奥へと進んできた俺たちだが、いったんとまらなければならなくなった。
というのも、通路に見張りが立っているところに行き当たったからだ。
「おそらく、あの衛視の先が重要なフロアになってる」
「つまり、エルダーネクロマンサー・デミリッチがこの奥にいる」
エピは頷く。
いよいよ本当に危険なエリアに来たってところか。
ここからは気を引き締めていかないとだな。
「ここまで来たなら強行突破してしまう? あれ一人くらいならどうにでもなるし」
エピが提案するが、リサハルナが首を振る。
「そこがうまくいっても、騒ぎにはなる。速やかにボスを倒して立ち去らなければ、この宮殿の全ての敵を相手にすることになってしまうぞ」
「ですね。まあわかってました。だとしたらどうしましょうか」
たしかにあと少しって所まで来たのなら、潜入から強襲に変えてもいい。
標的の位置と、そこに向かうためのルートさえ確保できれば、一気に決めてしまう方がリスクは小さいだろう。
位置とルートか――ちょうどいい。
「二人とも、俺に考えがある」
「どうだい? 見えたかな?」
5,6メートル四方の、石作りの棚や椅子がある天然の部屋の中で、リサハルナが俺に尋ねた。
「……はい。大当たりです。五人のうちの一人が、ボスの部屋に入りましたよ」
「本当? なかなかやるじゃない、エイシ」
エピが肘で脇腹を柔らかく突いてくる。
二重にくすぐったく思いながら俺は監視をその一人に集中していく。
部屋の隅には、ばらばらの骨が散らばっている。
それは、この部屋にいた不運なスケルトンの成れの果て。
プローカイを襲撃しようとしてる敵だから仕方ないね。やらなきゃやられる過酷な世界なのだ。
俺が思いついたことは、モンスターパラサイトの活用。
適当な奥へと向かっているモンスター達にパラサイトして、彼らの動向を追う。
そしてその中の誰か一人でもデミリッチに会うか、それにつながるものと接触すれば、目標へのルートがわかるという寸法。
そのためにモンスターを探したのだが、モンスターの姿がなかなか見当たらなかった。
ここまで来るまでにもほとんど見当たらなかったため、怪しむ者やエピのことを知ってるものもいなかったのだが、それが今は逆に時間を使うハメに。
エピ曰く、もっとモンスターがいるかと思っていたけれど、今日は部屋に引きこもってるのか、何か用があって出かけている人が多いのか、数が少ないということだった。
まあ、それでも今パラサイトできる上限5人分はパラサイトできたので、いざ監視開始。
しかし廊下で三人並んでいてはあまりにも怪しすぎるので、適当な部屋に閉じこもることにしたのだ。
そして偶然選ばれた部屋がここで、今に至る。
ちなみにここはどうやら居住スペースだったらしく、中にいたスケルトンと戦闘になって、今に至る。
そしてスケルトンはばらばらになって、今に至る。
「エイシ、はやくどうなってるか教える。エピ達には見えないんだから」
「わかったから、ちょっと集中させて。今ちょうど大事なところだから」
背中を叩いてせかすエピを制止し、俺はパラサイトビジョンに注目する。
***
宮殿の最奥付近、大理石の廊下を隣を歩く二体のスケルトンがドアを開いた。
その瞬間、中から眩い光が溢れ出す。
部屋の中には、壁も天井も黄金の輝きを放っていたのだ。
そこには様々な調度品も置いてある。
どれも宝石や黄金などで飾り付けられていて、成金趣味という言葉がよく似合う部屋だった。
そして、その広い部屋の奥にあるデスクについていたものが、スケルトンを待ちかねていたように立ち上がる。
群青色のローブを身にまとった、大きな骸骨だった。
スケルトンとは違い、それは半分幽霊のように透けていて、スケルトンより一回り巨大で、何より特徴的なのは、顔の部分にあたる場所に黄金の髑髏がついているところだった。
黄金の髑髏はからからと嗤うように、入ってきたスケルトン達を迎える。
その脇には古い樹木の杖が携えられている。
***
「――という光景を見たんだけど、これで間違い――」
「ない! その悪趣味なのがデミリッチ。半分神霊のごとくになったリッチ――強大な魔力を持つアンデッドだ。場所は、わかる?」
「うん。ばっちり」
頷くや否や、エピが立ち上がる。
俺とリサハルナも同時に立ち上がる。
「さすがだね、エイシ君。君は戦うだけじゃなく、色々な場面で力になってくれる。アンデッド同士の戦い、そのこちら側の陣営に君がいてよかった」
「そういってもらえると幸いです。リサハルナさんも頼りにしてますよ、ここからは特に忙しくなりそうですし」
「ああ、行こう。プローカイは割と気に入っている。潰させるわけにはいかないからね」
そして、部屋を飛び出した。