106、意外と気さくだったアンデッド
大丈夫でした。
頭まで覆い隠すようなローブを目深にかぶったゾンビやスケルトンたちは、特に怪しまれることなく町に侵入した。
なんでもこの前の学校占拠の時もこういう風にして入ったらしい。
そして俺は、流れでアンデッドご一行に町を案内している。
「おやっさん、肉串3本!」
俺たちはコロシアム前の露天が並ぶ広場に来ていた。
そして焼き肉串を売っている露天の前に怪しげなローブの集団が集まっている。
「あいよ! にいちゃんやせてんなあ。もっと食わなきゃだめだぜ。1本おまけしてやるよ!」
「本当ですか!? ありっす!」
やせてるっていうかスケルトンなんですけど……。
たしかにローブで姿を隠してるとはいえ気づかなすぎじゃないか? というかスケルトンが肉を食べるのか? 体に肉がついてないのに?
胃袋ないのにどうやって食べているのだろうと思うと、口に入れた肉は暗黒の中に消えていった。モンスターってすごい。
その後はコロシアムで闘技を観戦した。
今日はちょうどジャクローサが試合をしている。
魔法学校で身につけた、魔法槍を利用し、攻撃力が以前より増したようだ。元々堅かった防御力に、高い攻撃力と遠距離からの牽制が加わった。
これは闘技場ナンバーワンの実力かもしれないな。
「あっ、痛そう!」
「ひいっ!」
興奮気味で見ていた俺の隣のゾンビが、試合中に攻撃がヒットするのを見るたびに身をすくめている。
……。
……。
そして俺たちは闘技場をあとにした。
いろいろと見た後、魔法学校に向かうと、何人かのゾンビがボランティア活動を今やっているが何か仕事はないかと訪ねていた。
謎の集団からいきなり言われて怪しんでいた職員だったが、俺を見ると態度を変えて信用し、ちょうど地域活動として町の清掃活動をするつもりだったから、それを手伝ってくれるとありがたいと申し出たので、アンデッドたち総出で社会奉仕活動をしていた。一緒に校内の清掃もやりました。
なんでも、迷惑をかけたから罪滅ぼしに……ということだが、さすがに事情を正直に話すと成敗されそうなので、こういう形にしたということらしい。
なぜか一緒に掃除を手伝うことになったことにたいして内心ちょっぴり文句を言ってる俺より人間的にできてると思う。
そうして町を観光したあとは、一日ボランティアの汗を流して日が暮れた。
なんて健康的な生活だろう。
その日一日は案内をしたわけだが、それでだいたい人間の町のことはわかったといって、アンデッドたちは各々町を歩いているようだ。
様子を見に来たということだけど、なにやってんだろうな。
と思いつつ、俺の方はこの前の冒険で手に入れた宝をスウやジャクローサと分配した。全員立場もクラスも異なるので、欲しいものがかぶらなくて助かる。
これが全員冒険者全員剣士とかだったらもめそうだなと思ったが、まああの二人とならそんなにもめないか。
物欲薄そうだし、俺も含めて。
そんな感じで各々過ごしていたある日、蒸し暑い夜に風に当たろうと、部屋の外に出たときのことだった。
「あれ、エピだ」
エピが宿の外へと出るところを見かけた。
なんとはなしに、なんとなく気になって、俺はエピの後をついて行く。ナチュラルに知られないためのスキルを使いながら。
月夜が照らす町中を歩いてエピについて行く。
昼間は賑やかだったが、今は少数の酔っ払いくらいしかいなくなった通りを抜け、エピは郊外へと向かう。
そして、町の外、小さな林の中に入ると――アンデッドたちが集まっていた。
集まった者同士で何か話し合っているようだ。
何をやっているのだろうか。
人目につかないようにしていることなら、あんまり首を突っ込まない方がいいか?
しかしここまで来て引き返すのもなあ、見て見ぬふりするってのはなんかやましいことしてるみたいだし。
「こんばんは」
微妙に合わない気がしたが、とりあえずそう声をかけてみた。
アンデッドたちは驚いたようにこちらを一斉に見る。
怖っ。夜だと怖っ。
「エイシ。全然気づかなかった。いつの間に来たの?」
「今さっき。暑いから散歩してたら、なんか見かけて」
後をつけてきたとはいわないでおく。
ストーカーっぽく思われそうだし。
「本当かー?」
エピが疑るような目を向けてくる。
俺は視線をそらしてかわし、こちらから話を向ける。
「ところでどうしたの、こんな時間に集まって」
「こんなもどんなも、エピたちはアンデッドだ。昼でも活動できるけれど、本来は夜行性。昼じゃないと人間の店や出し物がやってないから昼に動いてたけどね」
いわれてみれば確かに。
あまりになじんでいて忘れていた。
「まあ、話してたのはあれっすよ」
ゾンビの一人が前に出てきた。
あんまりゾンビの顔に区別をつけるのは簡単ではないのだが、たしか一番最初に俺に話しかけてきたゾンビのような気がする。
「あの、あれで。つまり――ええと、なんでしたっけ?」
おい。
「おい、おまえもう忘れたのかよ」
俺の心を代弁したかのように突っ込みを入れたのは、隣にいたスケルトンだった。ちなみに今はみんなローブを脱いでいるので、彼は完全に骨だ。
ゾンビはスケルトンに向かって頭をかいてみせる。
「へっへっへ、最近記憶力に自信がなくってよ」
スケルトンが肩甲骨をすくめてやれやれと首を振る。
「昔から頭悪いじゃねえかおまえ。まあ脳みそ腐っちまってるからな」
「なんだと。おまえなんて脳自体ないじゃないかよ!」
「はっ」
スケルトンが驚いたように身をそらせる。
「ちげえねえや!」
どっ! わはははは! とゾンビやスケルトンたちが一斉に笑う。
え、何、今の笑うところ?
難しくない?
アンデッドのジョーク難しくない?
「おいおいどうしたにいちゃん、そんな辛気くさい顔して」
と困惑してると、笑っていたスケルトンのうち一人が、俺の肩をたたく。
そんな表情になってる理由はあんたらだといいたいが、俺は一応は大人なので、そんなストレートにはいわず大人らしく曖昧な笑いで返事をする。
スケルトンは肩をもみながら続ける。
「俺のように表情筋を鍛えようぜ、ブラザー」
「あんた筋肉ないだろ!?」
「ちげえねえや!」
どっ! わははははは! とゾンビやスケルトンたちが一斉に笑う。
肩をたたいたスケルトンが俺に向かってサムズアップする。
いつの間にか俺がコントに組み込まれている――!?
「まあ、そういうことさ兄ちゃん。一度きりの人生笑顔で楽しくやらなきゃな。俺たちみたいにさ」
スケルトンが諭すようにいうと、ゾンビがスケルトンの肩をたたく。
「でもおまえ死んでるじゃねえか?」
「ちげえねえや!」
天丼か!
なんなのこのアンデッドたち、ちげえねえや!って決めぜりふ流行らそうとしてるの?
絶対流行らないし流行らせないからな。
……ふう、なんかどっと疲れたよパトラッシュ。
ていうかなんで俺ここに来たんだっけ。何しに来たのか忘れたよ。
……。
……。
……。
「つまり、学校から秘宝を手に入れる計画が失敗したから、それに代わる方法を探してるってわけ。理解した?」
なんやかやとアンデッドたちと話してから、本題のなぜここにいるのかを聞くという目的を思い出し、俺はエピたちから説明を受けた。
それによると、俺にダンジョンの中でいったとおり、外で活動するための恒久的な方法を探すということが目的らしい。
俺のはあくまで貸しただけだし、ほかのゾンビもいるし、ずっとなんとかできる方法というのが求められるらしい。
その報告会ということだが、まだうまい方法は見つかってないようだ。
まあ出てきて少しだしな。
「なるほどねえ。まあなかなか難しいんだろうね。でも魔元素があればいいなら、魔道具で一時しのぎするってことはできない? 秘宝ほどのパワーはなくても、その辺に売ってるし」
「それが妥当……のようだけど問題はある」
「なに? 問題って」
「力を維持しようと思ったら、普通の魔道具だと相当たくさん必要になるし、力を奪い尽くしてしまうのも早い」
あー、それはたしかに困るな。
魔道具って結構高級品だし、数にも限りがある。
ずっと入手し続けるのは大変かも。
「たしかにそうか。まあしばらくはここにいるから、俺が貸したアクセサリーの力を使えばいいよ、それで何か方法を見つければいいさ」
「おおー、ありがてえ、エイシの兄貴」
スケルトンが骨をならして感謝する。
喜んでくれるなら何より。
「エピ姉さん、この人なら話しても大丈夫なんじゃないっすか?」
「あっ、そうっすよ! この人エピ姉さんに勝ったって言ってたじゃないすか。だったらエイシ兄貴に協力してもらったら、そもそも解決するんじゃないすか?」
「そもそも解決? 何か問題が? ……そういえば、そもそもなんで故郷のダンジョンの外に出たがってるんだっけ? エピ達って」
俺たちに視線を向けられたエピは、しばし唇をねじらせて考え込んでいたが、難しい顔をしたまま、朱色の瞳でまっすぐに俺を射貫いた。
「エイシ。またダンジョン――アンホーリーウッドにいくときに案内しろって言ってたな?」
「あ、うん。知ってる人がいれば助かるって」
「いいぞ、エピ様が案内してあげる。感謝しなさい」
なんで突然?
と思ってまわりをみまわすと、ゾンビやスケルトンたちが頷いている。
どうやら、アンホーリーウッドの中に、その理由が存在している、ということか。
気になることと探索と、両方できるなら一石二鳥。
エピと一緒に、アンホーリーウッド完全制覇目指してみるとしよう。