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1,転移してしまった

よろしくお願いします。

 平日の昼間に、俺は自室でパソコンの前に座っていた。

 長期休暇中の学生ではない。週末出勤で平日休みの仕事をしているわけでもない。夜勤だとか、有給休暇とかそういうわけでもないし主夫でもない。


 二十数年間、俺は定職についたことがない。大学を卒業してから数年間、どこかで働いたり学んだりは一度もしていない。

 要するにわかりやすくいうと、俺は、鳥海ちょうかい栄司えいしは、ニートである。


「ふう」


 ウェブサイトを巡回するのにも飽きて、俺はベッドの上に身体を投げ出した。

 あらためて考えると、結構長い間ニートをしているなと思う。


 きっかけは就職活動の失敗。

 どこの会社を受けても、何度選考に申し込んでも落選に次ぐ落選。

 さらにただ入社試験に落ちるだけでなく、いわゆる圧迫面接というもので精神をゴリゴリ削られ、俺のガラスのハートはどんどんダメージを受けていき、そしてついには砕け散った。


 俺は就職活動を放棄した。

 今年やらないからって一生できないわけじゃない。状況がよくなってからやればいいさと自分と家族に言い聞かせて。

 幸か不幸か、経済的にはうちの家は俺一人の食費くらいなら余裕があったので、俺は実家に寄生することができた。


 そして予想どおりに、俺はその後何年経とうが就職活動を再開することなく今に至っている。この生活は怠惰で楽で、一度漬かるとなかなか抜け出す気にならないのだ。

 働かない、仕事を探さない、教育を受けない。そんなわけで俺は今や完全にニートの要件を満たしてしまっている。


「これから先、どうなるんかねえ」


 ベッドに寝転んだまま、他人事のようにつぶやいたそのときだった。

 不意に凄まじい突風に吹かれたような衝撃を感じ、そして俺は、白い空間にいた。


「え?」


 俺、たしか自分の部屋のベッドにいたよな?

 ここ、どこ?


「あ、起きた起きた」


 気がつくと俺は、なんだかよくわからない白っぽい空間にいた。


 何も無い白い空間できょろきょろする俺。

 それを見下ろすように女の人が立っている。

 今しゃべったのは、この人のようだ。他に誰もいないし。


 立ちあがり、あらためて女の人を見る。

 ピンク色の髪? カツラか染めてるのか?

 いや、そういう感じじゃないな。自然な感じできれいな色だ。

 髪型はというと、髪を顔のサイドに垂らして結わえている。髪から顔に目を移すと、ちょっと気の強そうな感じの凄く整った顔立ちだ。


 そして服装は……ってうお、なんだこの服は。

 なんといったらいいのだろう、白い布を幾重にも巻き付けたような、古代ギリシャの人が着てそうな、たしかトーガとかいう服に似たものを着ているんだが、うっかりすると色々はみ出そうで、透けそうで、実に素晴らしい。

 素晴らしい……のだけど、普段異性と接することのないニートにはあまりにも刺激的ですよこれは。


「あのー、もしもーし。起きてるかーい」

「はっ! あ、うん。起きてる、見てない」

「はい? 見てるかどうかは聞いてないけど。というか私が話してるんだからちゃんと話してる方を見なさい」

「あっ、はい」


 声をかけられて俺は視線を再び顔に向ける。返事をして少し落ち着いた俺は、深呼吸をしてさらに気を落ち着ける。


「そうだ、見えそうとかそんなこと考えてる場合じゃない。ここはどこなんです?あなたは何か知ってるんですか、俺は家にいたはずなんだけど、いったい何が?」

「あー、まあ簡単に言うと、あなたはあなたの世界から吹っ飛ばされちゃった」

「へ? 吹っ飛ば――」

「ちなみに私は女神ね、女神ルー。ホルム――君から見れば異世界ってことになるのかな、異世界ホルムの女神だ。初めまして、ジャザーの人間」

「い、異世界ぃ?」




 自己紹介を終えた自称女神は、俺に状況の説明をした。

 それによると、実はこの世の中には俺のいた世界とは別の世界があるらしい。

 そして世界を正常な状態に保つには、その二つの世界の『気』をたまに循環させる必要があるらしい。そうしないと流れが止まった川が腐るようにダメになるということだ。


 その際、両方の世界の境界に一時的に穴を開けるのだが、たまにそれに巻き込まれて人や物が気と一緒に穴を通っちゃうことがあるらしい。そうすると、異世界にいってしまうわけだ。


 ――おい。


「ちょっと待て、じゃあ俺がつまりその気の入れ替えとかいうのに巻き込まれたってことか」

「正解! いやあ、たまにあるんだよね、えへへ」

「えへへじゃないって! 早く帰してくれ!」


 そんなよくわからない世界なんて行きたくないぞ、ベッドとパソコンが俺には必要なんだ。

 しかし、女神ルーはパンと両手をあわせ頭を下げた。


「ごめん、無理!」

「無理って!?」

「本来は世界同士の境界って開けないものなんだよ、必要以上に混じっちゃ困るから。だけどずっとそのままだと腐っちゃうから仕方なく最小限開けてるわけで、あまり開けない方がいいの」

「でも俺が戻るのも必要だと思う」

「世界全体がかかってるから開けてるだけで、人間一人のために開けるとか無理でしょ、常識的に考えて。それに世界に穴を開けるのってエネルギーを凄く使うから、開けたくても当分開けられないし」


 女神は間髪入れずに首を振った。

 誰のせいで俺が巻き込まれたと思ってるんだと言ってやりたいが、たしかに世界と天秤にかけたら人間なんて羽みたいに軽いだろう。しかも俺ニートだし、羽より軽い埃のような存在さ、ハハハ……。


 自虐的な気分に陥ると、段々暗くなってきた。

 俺みたいな寄生ニートなんていなくなっても、別に世界は困らないんだろうあと考えるとちょっと虚しい。


 と、女神が俯く俺の顔を覗き込んで来た。


「あ、あの、そんなに落ち込まないで。ごめんね、その、私も言い方を考えた方がよかったよね、うん」


 あれ?

 意外とこの女神いい奴?


「私だって鬼じゃないから、ちゃんと考えてるよ」

「考えてるって、何を?」


 俺が顔をあげると、女神はほっとした表情で頷いた。

 そして、再び強気な顔になって腕を組む。


「もとの世界には戻せないけど、その代わり異世界で過ごすのに不自由ないようにはしてあげられる。さあ、聞いて驚くがいい!」




 女神曰く。

 異世界ホルムには魔法やスキルと言ったものがあるという。

 ホルムでは研鑽を積むことで人々が持つ可能性がクラスというものとしてあらわれ、このクラスを磨くことでスキルが身につくという。そしてスキルを使うと生きていく中の色々な場面で役に立つ。


 普通の人はよくて一つのクラスしか持たず、一つも目覚めないものも少なくない。二つのクラスを持つ者は希で、三つとなれば世界的な天才らしいのだが、そのクラスを女神の力で三つ好きなものを身につけさせようというのだ。


「オリンピック選手と学者とピアニストになれるようなもんか、それは凄い」

「ふふふ、私の力なら人間の潜在能力を引き出すくらい軽い軽い。それだけの才能があれば、見知らぬ世界でも余裕でやっていけるはずだよ。それに、しかも、なんと!」


 やたらもったいぶって、ルーは俺の鼻に人差し指を押しつけてくる。結構リアクションがウザいタイプだ、この女神。


「スキルには複合スキルというものがあるのだ」

「複合――なるほど、二つのクラス次第で合わせ技を覚えられるんだな。たとえば剣士と魔道師で魔法剣とか」

「お、おおう。鋭いな君。その通り、常人ではそうそうたどり着けない複数クラスの領域、そこにたどり着くと超強力な複合スキルが身につけられる。それにしても、いったいどこで習ったの」

「説明書を読んだのさ」


 というのはもちろん冗談だが、この手のスキルやらクラスやらって話なら俺は得意だ。伊達にインドア系ニートを長年やってないぜ!

 女神は感心した様子で俺の周囲をゆっくり周りながら観察するよう眺めている。こっちも角度を変えて見られて眼福眼福。


 とそこで、俺はちょっと真面目に考える。

 もう異世界に行くしかないのは動かないようだ。だったら、せいぜいいい条件でいけるように、選択を頑張ろう。

 元の世界に未練がまったくないと言ったら嘘になるけど、でも、こういう機会、心の底では待ってたのかも知れない。停滞した日々から新たな一歩を踏み出すチャンスを。それがどんなものであれ。

 だから――。


「ルー、はやく俺にクラスを。最高の組み合わせを探してやるから!」

「おうおう、そんなにがっついちゃって、うい奴よのう。でもそういう現金なわかりやすいのってこっちも助かるから好きだよ。それじゃあ、エイシの可能性を探るよ。びりっとするかもだけど男の子だから我慢してね」


 そう言うと女神は俺の胸に手をかざし、掌から光が溢れ俺の体を覆っていく。おお、なんか本当に神の力っぽい。

 どう見ても俺の方が年上なんだけど、まあ、神様ってくらいだし実年齢的には俺を男の子といえるくらいの婆さんなんだろうな。


「なんか言った?」

「え? いやいや、何も」

「何か聞こえたような気がしたんだけど、まあいいか。……よし、見つかった!」


 女神の言葉とともに光が消え、空中にゲームのウィンドウのような映像が出現した。なるほどここに俺の可能性がクラスとして表示されるんだな、魔法やスキルにしろこれにしろ、俺にとっては慣れやすくて嬉しいね。


 まず、ウィンドウの一番上に出てきたのは【パラサイト】という文字。

 あまりいい響きではないけど、まあそういう可能性があっても選ばなければいいのだから問題はない。

 ウィンドウにはだいぶ余白があるし、これからどんどん出てくる他のもっと格好よくて役に立ちそうなのを選べばいいのだ。


 ……。

 ……。

 ……。

 ……。


「さあ、選んで」


 空白が目立つウィンドウの隣に、表情の消えた女神の顔があった。


「あのー、選んでといわれても、一つしか出てないんだけど。パラサイトしかないんだけど。たしか、可能性の中から好きなのを選べって――」

「全部」


 女神は気まずそうに言い放つ。


「全部。これで。君の才能」

「………………。冗談、だよね?」


 女神はふるふると首を振る。

 結ってある髪があわせて揺れる。

 白い世界に桃色の髪はよく映えるなあ………………ちょっと待て。


「最初に三つ選べるって言ったよね!? ということは普通は三つ以上あるってことだろ!?」


 きっと普通は5、6個はあるはずだ、そうじゃなきゃ選べないし。

 それなのに俺の可能性は一個だけなんて何かが間違ってる。


「うん、今まで巻き込まれた人はだいたい30個くらいはあった」


 思ったより多かった。

 というか普通30あるのに俺1個だけって、俺の才能のなさやばくない?

 マジやばい超やばい逆にやばい。語彙力が貧困になるほどやばい。


「正直、私もびっくりしてる。まさかここまで可能性のない人間がいるなんて……」


 女神と同じく頭を抱えるしかなかった。

 自分ではもう少しろくな人間だと思ってたよ。あはははは――。


「そうだ! 神様の力でなんとか二つ増やせないか?」

「それは無理」


 即答である。


「神って言ってもできることとできないことがあるの。才能が少しでもあれば、私はそれを引き出して数十倍にすることもできる。でも君には才能が無いの。少ないんじゃなくて無いの。ゼロには何をかけてもゼロなんだ」


 俺は言葉を失った。

 もうどうしようもないと確定してしまった。

 神ですらどうにもできない才能のなさって、どうしろというのだ。

 ルーは拳をぐっと握り、力強く言う。


「ゼロには何を賭けてもゼロなんだ」

「二度言わんでいい!」


 はあ。どうやらどうあがいても俺の可能性は一つしかないらしい。

 しかもパラサイト=寄生って、まさに俺じゃないか。 

 ちゃんと当たってるところがまた腹が立つな。


「まあ、そういうわけだから、潔く諦めよう。ほら、男の子だし」

「男の子ならなんでも我慢できると思ったら大間違いだぞ」


 でも、まあ、考えてみれば一つ才能があるだけでもいい方か。

 言ってたもんな、異世界じゃ一つでもクラスがあれば悪くはないって。俺も少なくとも一つはクラスを得られるんだし、普通の人並ではあるんだから、なんとかなるだろう。そうさ、前向きに考えよう何事も。


「まあでも、そうだな。やるしかないならやるしかないか。よし、ルー。そのパラサイトってクラスの力、引き出してくれ」

「よく言った! 私も初めて見たクラスだからどうなるかわからないけど、さあ、行くよ……!」


 ルーがさらっと爆弾発言をした気がしたが、止める間もなく再び俺の胸に手を当て、柔らかい光が俺を包み込む。

 身体の内側から何かが沸き上がってくるような感覚がして、光はどんどん強くなり、目の前の白はどんどん濃くなり、そして全てが白に染まった。



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