表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

お姫様の生徒会

初詣に願う

作者: 七島さなり

 十二月三十一日。子ども達の明るい声が響く公園にて。


「参るわよ!」


 一ノ瀬が気合いの入った声で言った。


 その声に公園内にいる数人が驚いた顔をして振り返る。


 けれど、すぐに何事もなかったように遊びに戻っていった。


「未成年だけで夜中に外出するのはあまり褒められたものじゃないと思うんだけど」


 ふーっと水筒の中のお茶に息を吹き掛けながらそう返す。


 水筒に口をつけて中のお茶を飲み込むと、熱が喉を通っていった。


「なんで夜中確定なのよ」


 ふうと息を吐く私を一ノ瀬はじとっとした目で見る。同時に呆れた様子で腰に手を当てた。


「違うの?」


 揺れる水面から目を離し、一ノ瀬の方を見る。


「違わないけどー」


 一ノ瀬は顔をしかめると、不機嫌を隠すことなく言った。


「うちの両親が一緒に来てくれるから別に未成年だけってわけじゃないわ」


 そして顔を近付けてくると


「行くわよね?」


 と口端を持ち上げて笑ってみせた。


「誰が行くの?」


 私はそれから顔を逸らす。


 一ノ瀬はしばらく私の顔を見つめた後、すっと顔を引いた。


「生徒会二年メンバー+αよ」


 そして腕を組んで誇らしげにそう宣言する。


「プラスアルファ?」


「予想はつくでしょ」


 そう言われても咄嗟には浮かんでこない。私がじっと黙っていると、一ノ瀬が私の隣に腰掛けた。


「十一時に迎えに行くから、おめかしして待ってるのよ」


 一ノ瀬は私の方を見て、どこか含みのある笑みを浮かべる。


 それから、全く関係ない話を始めた。


 私が断れないようにするためだというのは容易に分かったが、特に断る理由もなかったので私は一ノ瀬が楽しそうにする話をはいはいと聞く。


 そうして聞いている内に、私の中にプラスアルファになりうる人物の名前が浮かんだ。



「姫、僕のこと忘れてたの?」


 一ノ瀬父の車から降りて早々、私の隣に立つ長身の男が撫で肩を余計落として聞いてきた。


「忘れてたわけでは、ないけど……」


 一ノ瀬が言っていたプラスアルファ。一ノ瀬の幼馴染で私の友人である堂抜どうぬけ咲麻さくまに私はもごもごと言い訳を探す。


 決して忘れていたわけではない。もうすでに数に入っていたから、プラスアルファと言われてぴんと来なかったのだ。


 と、そう素直に言えばいいのに、どうしてかそれを言うのは躊躇われた。


「いちゃついてるところ悪いけど、置いてくわよ」


 気まずい空気の流れる私達の間に一ノ瀬が割って入る。


「でもー……」


 いちゃついているということを否定せず、堂抜はとぼとぼと歩き出した。


 私も否定してもどうしようもないと思い、何も言わずにその背中を追いかける。


「違うのよ、さっくん。この子、もうさっくんは居ると思ってたから+αって言われてもぴんと来なかっただけなのよ」


 すると、私が思ったことをそっくりそのまま一ノ瀬が言った。


「本当?」


 それに堂抜は少し輝きが戻った目で私の方を向く。


「一ノ瀬怖い」


 私はやっぱり素直に答えることが出来なくて、代わりにそう言った。


「まるわかりよ」


 一ノ瀬はふふんと笑う。そして、小走りで私達から遠ざかっていった。目指す先には二年間、同じ生徒会として活動してきた三人がいる。


「おい、見ろよ、長澤。さすがは縁結び。男女ペアが一杯いるぞ。どうだ、俺達も良縁を祈りに……」


 そう言うのは会計の篠修治しゅうじ


「ないわー」


 それを短く一蹴する書記、長澤藍花あいかさん。


「イカうめー!」


 と早々に出店で商品を買い始めた庶務の小笠おがさ誠一せいいち


 三人は境内を埋め尽くす多くの人の前で立ち往生していた。


「やっぱり人多いね」


 長澤さんが眉間に皺を寄せる。


「出店が出るところは人が集まるから、仕方ないわ」


 一ノ瀬がどうどうと手で示す。


「こんだけ人が多いと逸れる可能性もあるな。集合場所とか決めておくか?」


 まるでこれから運動でもするように、準備運動をしながら篠が言う。


「どうせ目的地はお参りだろ? なら、社前にしようぜ」


 それに同じくアキレス腱を伸ばす小笠が答える。


「そんな混むところで合流できるわけないでしょ?」


 すると一ノ瀬が頬に手を当てながらぼやいた。


「はぐれたら携帯で連絡をとりましょ。どうしても合流できないようなら駐車場のうちの車の前に集合で」


 そして携帯を掲げると、「これで大丈夫ね」と笑った。


「あ」


 しかし、そこで私は重大なことに気付く。


「何?」


 突然、声を上げた私に堂抜が驚いた様子で視線を向けてきた。


「携帯忘れた」


 探す動作をしなかったのは、それが疑いようのないくらいの事実だったからだ。


 一瞬の間。


 ややあって、一ノ瀬が叫ぶ。


「なんで一番はぐれる人間が置いてくんのよ!」


「ごめん」


 一番はぐれる人間というのは大層不名誉だが、私は素直に謝った。 


 そうしてしばらく考え込むように黙っていた一ノ瀬は、ふうと息を吐くと


「仕方ないわ。誰か会長にリードをつないで頂戴。目を離した隙にあっという間にいなくなるわよ」


 と言う。


「失敬な」


 一ノ瀬の失礼な発言に私はむっとした。


「事実でしょ」


 しかし一ノ瀬は悪びれた様子もなくそう断言する。


「会長は出掛けると十中八九はぐれるからなあ。そこに関しては俺達もフォローできん」


 すると、篠も真面目な顔をして一ノ瀬の意見に賛同した。他二人も頷いて見せる。


「今日は絶対はぐれない」


 そこまで言われると、さすがの私もむきになってきた。


 そう宣言すると


「とにかく行こう」


 と言って境内を埋め尽くす人込みの中に突撃する。


 後ろで堂抜が言った


「大丈夫かな?」


 という声は聞かなかったことにして。



 それから数分後。


「見失った」


 ぐるり、と一回周りを見渡して私はそう呟く。


 さっき、人込みに押されるまま流されるまま来たせいで、気付けば見事にはぐれていた。


 どこか逃げられるところを探して横にずれる。しばらくすると、まばらにしか人のいない空間に出た。


「はあ」


 窮屈なところから抜け出せたことにひとまず安堵の息を吐く。


 安全地帯から見ると、自分がどんなところにいたのかがよく見えた。


「まだまだ先か」


 社に行くためには二つの階段を上る必要がある。私はその一つ目の直前まで来ていたようだ。


 よく見える場所から見渡してみても他の五人の姿は見えない。


 仕方なく、私は一ノ瀬が決めた集合場所に向かうことにする。


 しかし、私は見つけてしまった。さっきまでいた大群の近くで、喧騒に掻き消されそうな小さな声で叫ぶ、女の子の姿を。


「大丈夫?」


 私は咄嗟にその子に近付くと、目線を合わせるためにしゃがんだ。


「っ」


 迷子の子は私を見ると泣き止み、怯えた表情をした。


「迷子? 私もそうなんだ」


 子どもの扱いがよくわからない私は、とりあえず声を掛け続ける。


「見つけてもらえるまでお姉さんとお話してようよ? 私も一人じゃ不安で」


 すると、迷子は俯きがちに小さくこくんと頷いた。


「じゃあ、とりあえずこっちにおいで。そこは危ないから」


 そして私はその子の手をとり、行列から少し離れた位置に連れて行った。


 遠くの焚火がぼんやりと暗闇を写し出す。


「ここなら、きっとすぐに見つけてもらえるよ」


 行列からも、私達からも、お互いがよく見える位置に腰を下ろす。すると、女の子もちょこんと私の隣に体育座りをする。


 そうしたは良いものの、話す内容が浮かばない。私と彼女の間にしんとした沈黙が生じる。


「ママが」


 すると俯きがちになっていた女の子が震える声でそう呟いた。


「てをはなさないでね、って。でも」


 一度は落ち着いた不安がまた押し寄せてきたのか。女の子はしゃくりをあげると


「ママぁ……。ママぁ!」


 と声を上げて泣き始めてしまった。


 私はどうしたら良いのかわからず、横で慌てふためくしか出来ない。


 しかし、ばっと行列の方に目を向けた時、名案が浮かんだ。


「おねがいしよう」


 慌てて女の子の方を見る。焦っていたせいか、思ったよりも大声になってしまった。


 しかし、それが功を奏したのか女の子は泣き止んだ。


「神様に、ママが見つかりますようにって、お願いしよう」


 もう一度、少しゆっくりとした口調で言い聞かせるように言う。


 すると女の子は首を傾げた。


「そしたら、ママにあえる?」


「うん」


 それはまるっきり出まかせだったが、私は女の子にそう頷いてみせる。


「じゃあ、おねえちゃんもいっしょに!」


 女の子はそれに目を輝かせた。


 二人で一緒に社に向かって手を合わせる。


「ママが、みつかりますように」


 私も、この子が母親と無事に会えることを祈った。


 すると


「やよい!」


 どこからか、悲鳴のような声が聴こえた。


「ママっ!」


 そして隣にいた女の子が立ち上がる。


 駆け出した先に、泣きそうな顔をする若い女性が手を広げていた。


「…………」

 

 突然の出来事に反応が出来なかった。


 私は母と合流出来たことによって、さっきまでの不安そうな顔から一変した女の子を呆然と見送る。


 女の子は振り返ると、私に向かって手を振り、また行列の中に入って行った。


 その姿が消えるのを待って、私は呟く。


「今度は大丈夫だよ」


 神様が繋いでくれた縁はそうそう切れないだろう。


 私はズボンの後ろを軽くはたくと、もう一度社の方を見た。


「私も、見つけられますかね?」


 誰を。それは――。


「姫!」


 突然呼ばれた蔑称。だけどよく聞き慣れた声に私は振り返る。


「堂抜」


 そして、私は他の誰でもないその名前を呼んだ。


「もう! ちょっと出店に目移りした途端に居なくなるからびっくりしたよ!」


 堂抜は私に駆け寄ってくると思い切り両肩を掴んできた。少し固まっていた私をそれが現実に引き戻す。


「ノセ君達は大丈夫とか言って探さないしさ。もう、僕、気が気じゃなくて……」


 早口で捲し立てる堂抜。今まで笑っている顔しか見たことがなかったから、少し怒ったような顔は新鮮だった。


 けれど最後に


「無事で良かった」


 とやっぱりいつもの通りに微笑んだ。


「……ごめん。ありがとう」


 それに私は短くそう返すしか出来ない。


 顔が熱くて、思わず逸らした。


「? 姫?」


 堂抜は不思議そうに首を傾げる。


「どうし……」


 そしてそう言い掛けると、不意に胸ポケットが振動した。


「あ、多分、ノセ君だ」


 振動の元、携帯をポケットから取り出す。そして、カチカチとボタンを操作すると携帯を耳に当てる。


「ノセ君? 見つかったよ」


 電話の向こうで一ノ瀬が「良かったー」と言ったのが聞こえた。


「うん。わかった。鳥居の前に集合ね。じゃあ」


 携帯を閉じた堂抜はいつものような情けない笑顔を浮かべる。


「ノセ君達、もう並んでるらしいよ。僕達も行こっか」


 言うと同時に自然な動作で手を差し出してきた。


 その手をとるか、一瞬悩む。


 しかしまたはぐれるのも嫌なので素直に握らせてもらうことにした。


「またこれに並ぶの?」


「いや、これ出店の列がごっちゃになってるだけで、参拝の列はこの階段の上からなんだよ」


 堂抜はぎゅっと私の手を握り返すと、人込みに向かって歩き出した。


 その手は、熱い。冷えた手に心地いい温度。


 私は先ほど自分が思っていたことを思い出していた。


 神様が繋いでくれた縁はそうそう切れない。



「え、僕のお願い? なんで?」


 参拝を終え、列から抜けた私達。私の問いに堂抜は気の抜けた笑みを浮かべる。


「五円二枚入れてたから。余程叶えたい願いだったんだろうなって」


「あー、それは、ね……」


 私の言葉に堂抜はあははと乾いた笑い声を上げた。


 そしてポケットに手を入れながら


「就職。縁結びだから僕と僕に合った就職先を結んでくれますようにって」


 と言う。


「そっか。堂抜は就職組だっけ?」


「うん、大学とか専門学校に行くお金ないし、学びたいこともないし、頭も悪いし。そんなこんなで行く理由がないからね」


 将来。二年生の後半になるとそれを考える機会が多くなる。


 ずっと先のことだと思っていたが、案外そうでもないのかもしれない、と自分の道を見つめている堂抜を見て思う。


「姫は大学?」


 そんな私の気を知らず、堂抜は小さく笑って首を傾げた。


「私は、まだ決めてない」


「そうなの? てっきり合格祈願でもしてるのかと思った」


 一生懸命お祈りしてたし、と付け加えた堂抜は数歩前に進むと、私の前に立ちはだかるようにして止まった。


「じゃあ、姫は何をお願いしたの?」


 そして、振り返りながらそう尋ねてくる。


 それに私はすぐに答えを返すことができなかった。


「……人に言うと願いは叶わなくなるらしいから言わない」


 だから、答えの代わりに誰かに聞いた思ってもいないことを言う。


 すると堂抜は一瞬だけ石になったように動かなくなる。そして思い切りふきだした。


「この前、僕が同じこと言ったらそんなことあるわけないって断言してた癖に」


 お腹を抱えて楽しそうに笑う。


 そして


「僕も教えたんだし教えてよ、姫」


 と弾んだ声で言いながら無邪気な笑顔を近付けてきた。


 考え込むようにしばらく黙る。


「その呼び方をどうにかしてくれたら教える」


 私は逃げるようにそう言うと堂抜に背を向けて歩き出した。


「うぇ!?」


 それに素っ頓狂な声が上がる。


「あ、ちょ、ちょっと待ってよ!」


 慌てた声が私の後を付いてきた。


「ひ、じゃなくて――」


 そうして突然堂抜が叫んだその言葉。それに私の鼓動がうるさく高鳴った。


 慌てて、驚いただけだと言い聞かせる。けれど鼓動は言うことを聞かずに私の体の熱を上げていく。


「――」


 もう一度、近くにきた堂抜が言う。


 私の、家ではいつも呼ばれているはずの名前を。


 まさか知っているとは思わなかったし、呼ばれるとも思わなかった。


「縁結びの神様に願うことなんて、一つだと思う」


 だから、代わりに私は小さな声でそう呟いた。


 すると堂抜は


「え」


 と声を上げる。


 振り返って顔を見る限り、どうやら聞こえていたらしい。


「良縁」


 私はもう一度短く答えるとそのまま歩き始める。


 新年の始まり。私はどこかで、今年一年が今までとは違うものになりそうな気がしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ