361列車 お願いは突然に
ふと時計を見た。
(あっ、そろそろ行かなきゃ。)
もう6時45分を過ぎている。6時50分ぐらいにはもう出なきゃと思うぐらいの時間になる。さっさとスーツを着込んで、出る準備を整えた。
(行ってきます。)
心の中で行って、部屋を出た。
アパートの下まで行くと、
「あっ、ちょっと。」
と僕を呼び止める声がした。振り向いてみると黒崎さんがそこに発っている。手には何か持っているけど、お弁当箱かな。
「あっ、ごめん。これから職場行くでしょ。悪いんだけどこれ大希に届けてくれないかな。大希せっかく作ったのに持っていき忘れちゃって。」
プンプン。ちょっと膨れて黒崎さんは言った。
「そうだったの。じゃあ、届けとくね。」
「ごめん、お願い。あっ、それと大希には梓ちゃん怒ってたぞって言っといてくれない。絶対口きいてあげないんだからって言ってもいいわよ。」
「いや、それはちょっと・・・。」
流石にそれは僕が言っちゃダメでしょ・・・。ていうか、愛妻弁当になるのかな。鳥峨家君って愛されてるねぇ。
「はい。黒崎さんからお届け物。」
僕はそう言って鳥峨家に渡した。
「あっ、ごめん。すっかり忘れてた。」
「黒崎さんちょっと怒ってたよ。」
「アハハ。そうか・・・アハハハ。」
(後でシバカレるのは確定ってところだな・・・。)
所変わって、
「もう聞いてよ。大希ったらね、私が作ったお弁当忘れてったのよ、どう思う。ひどいと思わない。」
「そうだねぇ。忘れてくのはねぇ。でそのお弁当どうしたの。」
そう聞くと、
「ああ、入り口のところで永島君と会ったから。それで届けてもらったの。仕事中に何食べてるのって聞いたら、「コンビニ弁当だよ」って・・・。いくらなんでも、毎日コンビニ弁当じゃ身体に悪すぎるでしょ。」
「それはそうだけどね。」
「・・・。」
「何。大希が体悪くするのは私達の生活に直結することなのよ。」
「それは分かってるから。ただ、梓が愛情込めて作ったお弁当も夏が近づいてきたらやめた方がいいよ。」
「えっ、何で。」
「昔に食中毒になった人がいるのよ。冗談抜きでね。大希君の健康の事を考えるなら、やる時期っていうのを選ばないと。」
「ああ、そう言うことなのね。」
冗談抜きで食中毒かぁ・・・。車の中って結構温度が上がるっていうしね。それでお腹を下すってことか。
「そうかぁ・・・。お弁当作る時期も選ばなきゃダメなのね。」
「うん。私も時折だけどナガシィにお弁当作ってあげたりするんだよ。」
「へぇ。萌って優しいのね。」
「優しいっていうよりは、ナガシィが料理とか作らないしね。」
「料理がダメなのはどっちも同じかぁ・・・。」
詰め所に戻って30分ぐらいたったら仕事が終り家路についた。
(はぁ、怒ってるって言ってたなぁ・・・。今も怒ってるかなぁ・・・。)
「ただいま。」
と言って入ってみた。
「お帰り。」
(ぶっきら棒だ。怒ってる、まだ怒ってる。)
そう思っていると梓が近づいてきた。
「荷物持つわよ。」
「あっ、ああ。」
「ご飯にする、それともお風呂。」
「えっ、梓っていう選択肢。」
パシッ。
「イテッ。」
「その前に何か謝ることはない。」
「ああ、悪かったよ。お弁当すっかり忘れてたのは。あっ、今日もおいしかったよ。」
「そう。じゃあ許してあげる。でも、今日私っていう選択は無しね。」
「えー。」
パシッ。
「えーじゃない。」
鳥峨家の荷物を持って部屋の奥に進もうとして、
「うーん、そうねぇ。1週間ぐらい我慢してもらおうかしら。」
「おい、結婚初日からずっと梓と過ごす夜が引き延ばされてないか。」
「気のせいよ。」
さて、僕が部屋に戻ると、
「お帰りナガシィ。」
「ただ今、萌。って僕が帰ってくるの待ってたりした。」
「ちょっとね。」
「・・・。」
「今日は何が食べたい。」
「うーん、お昼はから揚げ弁当だったからなぁ・・・。パスタでも作ってもらおうかな。」
「好きだね。パスタ。」
「・・・いいでしょ。」
「ところで、今日は何で来たのさ。」
「んっ、今日もまた梓と話したの。二人とも料理はダメダメっていうような話になってったけどね。」
正論過ぎて言い返せない。
「だから、ちょっと久しぶりに作ってみようかなぁって思っただけってこと。嫌だった。」
「ううん、嫌じゃない。」
「そっ、じゃあ早速作っちゃうわね。その間に着替えとか済ませちゃいなよ。」
「・・・。」
考えてみれば、鳥峨家君って黒崎さんとこんな感じなのかな。まぁ、そうとは限らないけど、状況は同じなんだろうなぁ・・・。
「ねぇ、ナガシィ。私はナガシィと一緒に暮らしたいなぁなんて。」
「へっ。・・・ああ、また冗談か何か。」
「私は本気だよ。」
「・・・。」
しばらくの間そのまま時間が流れる。萌と結婚・・・。かなり前は考えた。
「・・・。」
いや、それは違う。今でも淡い期待が有るが正しい。と言っても、「萌の中ではそんな気はないと思っていた。僕の事は萌が一番よく理解しているとは思っているけど、結婚したらいろいろと迷惑をかけそうだし。それに、ずーっと見てきたはずでしょ。」。いつの間にかそう自分の口から声が出ていた。
「それも込みで考えてだよ。」
「・・・展開早すぎるにもほどがあるよ。鳥峨家君と黒崎さんのこと見てたら羨ましくなった。」
「うん。」
「・・・。」
「ナガシィにとっての大切な人になりたい。」
「今でもそうだよ。」
「・・・むぅ、じゃあナガシィにとって特別な人になりたい。私の一生に一度のお願い。聞いてくれない。」
それにしばらくは答えなかった。
これにて完結。ではでは。




