298列車 針
ずっと考え事をしていた。
「僕があれに拘ったのはあの空間が一人だからだよ。」
あの言葉が信じられないのだ。本当にそんな風に思って今までやってきたのだろうか。もしそうだとしたら、ナガシィの夢をずっと信じてきていた私は何なのだろうか。
「何か考え事でもしてる。」
そう言ってきた。今日は駅の巡回警備に入っている。巡回は決められた場所を2人で回るというもの。今日の相手は比叡副長だ。
「あっ。」
とっさに顔を上げた。
「前見たほうがいいよ。」
顔を上げると同時に比叡副長はそう言った。その通り前を見てみると当たるところに廃艦が通っている。それにびっくりして、思わず背中が反り返り、そのままバランスを崩した。後は床に尻餅をつくだけである。と思ったが、なかなか痛みがやってこない。どころか後ろで比叡副長が自分の体を支えているではないか。そして、私がバランスを取り戻すと副長はもとに戻った。
「こんなところで尻餅付きたくないでしょ。」
そう言った。
確かに床はきれいとは言えない。こんなところで尻餅をつくのは恥ずかしいなぁ・・・。
「それより、何考えてたのさ。」
比叡副長の話はコロコロと進んでいく。
「別に何も考えて・・・。」
「嘘はすぐバレるっていうの知ってる。」
そう言われると返す言葉がなかった。嘘に嘘を重ねるつもりはない。
「はい・・・。」
「仕事のこと。それともこれのこと。」
そう言いながら比叡副長は親指を立てた。
「まぁ、近いです。」
「ふぅん。近いかぁ・・・。」
と言ってから、
「まぁ、そっちのこととなるとあんまり話したくないかなぁ・・・。でも、そう言うことばっかり考えてて、仕事にならないっていうのはもっと駄目なことだから、打ち明けられうだけ打ち明けてみてよ。」
と続けた。
「・・・。」
正直そのことを考えてみた。だが、そんなこと考えている暇今あるだろうか・・・。まだまだ回らなければならない場所が残っている。
「あの・・・。」
「ああ、巡回のことなら心配しないで。まだまだ時間余ってるしもうちょっと長くいてもいいから。」
「・・・。」
そう言われると考えがまとまった。
「もし、もしですよ。私と彼が同じ夢を持ってて、その彼から「えっ」っていうような理由を聞かされたらどう思いますか。」
「「えっ」っていうのは具体的にどういう・・・。」
「ただそれだけの理由って思うようなことです。例えば、一人になりたかったから運転士になりたいとか。」
「・・・。」
この言い方が最善であったかはわからない。それに思ったとおりに伝わったのだろうか。そのことが心配であった。
「私だったら怒るかなぁ・・・。」
比叡副長はそう言った。
「だって、「それだけ」って思うような理由でしょ。本当はそれになりたくなかったんじゃないかなぁ。それかただ何となくで成りたかっただけだと思う。そう言う理由を言えるぐらいなら信念がないから。「信念がないんなら私に夢なんて語るなよ。騙すなよ。」って。私は言ってやるよ。そいつに。」
「・・・。」
「坂口さんはどう思ってるのかなぁ。」
そう聞いてきた。
「確かに、比叡副長が言っていることを思っていないわけじゃないです。騙してたのかっていう気持ちだってあります。でも、ただ成りたかったっていうつもりはなかったと思います。それになりたくないなら、尚更そんなこと言わない人です。」
「・・・。」
比叡副長は何も言わない。互いの間にしばらくの間沈黙がある。
「はぁ・・・。ようは信じたいんだな。絶対そんなんじゃないって。」
「はい。」
「じゃあ、まずはそう言ってやれ。そういうことで変わるかもしれないんだから。言わなかったらどっちも買われないってこと。よく覚えときなさい。」
そう言ってから比叡副長は時計を見た。
「そろそろかなぁ・・・。坂口さん、次のところ行こうか。」
そう言って歩きはじめた。
それに私もついていく。まだまだ仕事でも分からないことが多すぎる。それを実感していた。だが、それと同時にもう一つ別の悩みが出てきた。
もう一つっていうのはもし、ナガシィの言っていたことが本当であったかということである。そう信じたくはないが、もしそうであったら、私は本当に何もかも・・・。
考え事は次にナガシィを勤務がかち合う時まで続くことになるだろう。それまではずっと心の中で考えているだけだ。
(比叡副長の言うとおり、私は信じてやりたいんだ。)
そう言い聞かせ続けた。人を簡単には信じることが出来ないナガシィにとっては私が拠り所なんだ。全部の心を開けるのは私だけなんだ。でも、全部を受け入れたとしても、今回のことは度が過ぎている気がする。私は全部受け入れられるのだろうか。
「あっ・・・。」
ひとつ頭の中をよぎる。その顔は二ノ橋美萌の顔だった。こっちで何もかも話せる人は彼女しかいない。直感的に思った。
数日後。その間にナガシィと勤務がかち合うことはあった。だが、受け入れられないと思ったことからすぐには話さなかった。今日という火、私は休み。ナガシィは巡回警備に行っている。ナガシィとは会わない。
また、相談を持ちかけようとした二ノ橋とも会える日が少ないのであった。そのために会う火がここまでずれ込んだのであった。
「お待たせ。」
そう言って二ノ橋が走ってくる。
「ごめんね。梅田に呼び出して。でも、本当にこっちでよかったの。言ってくれれば天王寺とか中百舌鳥とか行ったのに。」
「いいって。私は苦にもなんとも思ってないから。」
二ノ橋はそう言った。
「ところで相談なんでしょ。立って話すのもなんだしどっかに入ろうか。」
そういう提案から、近くのお店の中に入った。
「で、ナガシィ君のことなんでしょ。」
二ノ橋さんは座るなりそう言った。「美萌ちゃんはエスパーか」と思ったが、
「図星でしょ。ていうか、萌ちゃんが人に相談することなんてそう言うことぐらいしかないんじゃないと思ってね。」
「なっ・・・何よ。その決めつけは。」
「ごめんごめん。でもそう言う先入観が強すぎるんだって。」
そういうふうに笑っていた。でも、言っていることも強ち間違っていないかぁ。私が相談することなんてそう言うことのほうが覆いかぁ・・・。
「で、今日はなんなのさ。」
そう言うことから始まり、二ノ橋に全部話した。仕事先で先輩に話したことも話した。全部聞き終わるまで二ノ橋は何も言わない。ほとんど話し終わってから、
「終りかな。」
と聞いてきただけだ。
「うん。」
「そうか・・・。ナガシィ君がねぇ・・・。萌ちゃんがどう思ってるかはよく分かったよ。」
そういうふうに言う。
「分かってくれたならいい。私だって言わなきゃって思ってるんだって。」
「甘いよね。それと怖いだけでしょ。」
「えっ。」
顔を上げた。
「だってそうでしょ。萌ちゃんは怖いだけだよ。もし、思ってることが現実になったらどうしようって。そう思ってるだけで、何にも話そうとしてないじゃん。それよりもその気持ちが萌ちゃんの言うことを邪魔してるって。気付かないかなぁ・・・。」
「・・・。」
「萌ちゃんって基本ナガシィ君に甘いんだよ。」
甘いと言われることは考えてもいなかった。私はそのことにただ驚いているだけだった。
「萌ちゃんって、ナガシィ君のこと思っちゃうんだよ。こういうこと言ったらもっとふさぎ込むんじゃ無いかって。でもさぁ、ナガシィ君だっていつまでも子供じゃないんだよ。萌ちゃんって何かと子ども扱いしてるから、ナガシィ君の言うことしょうがないって聞いちゃうところがあるんだって。」
そう言われれば、思い当たることがたくさんある。何でもかんでもナガシィの言うことを聞いてきたこと。それが就活の時になって如実に表れた。
就職試験に落ちているとき、自分はなんて言った・・・。何も言っていない。前部思っているだけで、本人には伝わっていない。ナガシィは挫折したことがないから、そう言う現実を見せつけられた上に、別の企業とか考えてみたらとか言ったら・・・。ナガシィにとって鉄道だけが全てだった人生に他の選択の余地はないと踏んで、ずっと何も言っていなかった。そして、「何も考える必要はないし。」「考えてたらそうなっちゃうし。」「そんなこと考えるくらいなら、考えない方がましだし。」ナガシィの言っていたこと全部聞いているだけだった・・・。自分の就職が決まった時。周りからは驚かれた。でも、其れもナガシィの心が折れるんじゃないかって心配したから・・・。大人のメンタルは持ってないってこっちが勝手に決めつけていただけだった。それの結果はどうだったか・・・。ナガシィからは「不愉快」とも言われる始末だった。あのことで感謝されたことなんて一つもない。
そして、今。ナガシィはどう思っているだろうか。ただのストッパーとして受けて、そこ以外は全部落ちて流れるがままにここに来た。何を思っているのかは話を聞いていればよく分かる。ナガシィは「此処で働くことに喜びは感じていいけど、誇りは持てない」と勝手に決めつけて、無駄な抵抗をしているだけに思える。その無駄な抵抗を私はずっと見ているだけ。「止めなよ」の一言もかけていない。
「萌ちゃん、ナガシィ君に飴しか配ったことないんだよ。ナガシィ君はずっとそれに甘えてるだけだよ。さっきも言ったけど、ナガシィ君だっていつまでも子供じゃないわけだし。それを萌ちゃんがずっと先延ばしにしてるだけだよ。「ナガシィ君は今のままのほうがかわいいから」って。全部萌ちゃんの勝手でしょ。それに好きって思ってるなら、ちょっとぐらい厳しいことも言いなさいよ。言ってやらないとずっとそのまま。止まったままだよ。」
「・・・。」
二ノ橋はここまで言ったが私の耳には入ってこなかった。今までの私の接し方をずっと振り返っていた。
そして、二ノ橋の言っていることも事実であると受け止めていた。
(私って・・・なんて馬鹿なのよ・・・。)
目を閉じた。
その時、僕はある紙に目を通していた。それには「名古屋駅に爆弾を仕掛けた」と書いてある。
「こういうことする人いるんですね。」
僕は独り言でそう言っていた。
「ああ。そういう火とか。居るんだよ。」
その声を受け取ったのは春風隊長である。春風隊長はそう言うとその髪がはさんであるバインダーを僕の手から取った。
「馬鹿だと思わないか。全く何を考えているかなんてわかったもんじゃない。でもなぁ。この人からしてみれば、こういって世間が騒いでくれるのが面白いって思っているんだよ。」
それを聞きながら、僕の中には一つの考えが生まれた。
(僕って、結構いい仕事してるんだなぁ・・・。)
おや・・・。