348列車 三連話
何年くらい前の話なのだろうか。それは分からない。ただ、結構前の話であることには変わりない。
時間は0時を過ぎている。ただ、まだ休憩時間までは長い。前話の巡回と同じように車が上から降りてきて、普通の道に出ようとする。運転している人は夜露副長、助手席には落ちかけている赤城さんが乗っている。
道に出る前にいったん停止する。今出ようとしている道は昼間結構通りの激しい道だが、22時を過ぎるとその交通量は一気に減る。ときどきくるトラックや乗用車があるぐらいだ。今どっちからも車は来ない。
「左自転車。」
発進した瞬間に赤城さんの声が車の中に響く。その声にブレーキを踏みこんで、車はびっくりしたように停車する。赤城さんの声量は差し迫った危険を示唆するぐらいの大きさだった。自転車は相当近い位置にいたことになるが、当の自転車は車の前も後ろも通らないばかりか現れない。
「夜露副長、いくらなんでも今のは目が覚めます。今左から自転車が来てました。」
「えっ、自転車なんて見えなかったけど。もしかして無灯火。」
車を運転していれば、無灯火の自転車の怖さっていうものがよく分かるはずである。ライトを付けない自転車は運転手からは見え辛い。発見が遅れ事故になる可能性を孕んでいる。
「無灯火ではありません。ちゃんとライトつけてました。」
「そんな自転車見えなかったけど・・・。」
「えっ・・・。」
車の中が一気に寒くなった気がする。今夏なのだが・・・。さて、車の周りを見ても走り去る自転車の姿は無いし、近づいてくる自転車もない。
「赤城、ちょっとなにを見たの。」
「・・・もう何も聞かないでください・・・。」
というのが精一杯だった。
前話の時とは違い、今度は車を上において、そこから調べられる点検個所まで歩いていく。懐中電灯を片手に歩いていくのは僕たちがここに来た時にはもういない人なのだけど名前は駿河さんっていう人。その時期は定年が近づいてきていた時らしい。一緒に仕事をしているのは土佐さん。
「駿河さん、こっちタバコ吸ってますよ。」
「はい、じゃあおじちゃん調べて来るわい。」
そういい、ゆっくりした足取りで調べに行った。
煙草の煙が夜の空に靡く。夏であるから、まだ昼の暑さが抜けきっていないようだ。まぁ、空気が湿っていないから身体にまとわりつくような気持ち悪さは無い。
「ハァ・・・。ってあれ。」
土佐さんが煙草をふかしたとき、懐中電灯を持ってこっちに戻ってくる駿河さんの姿を見た。
(もうちょっとかかってたと思ったけどなぁ・・・。)
そう思っていた時、駿河さんがこう言ったらしい。
「なぁ、土佐君。人がいるんだけど。」
(・・・人。点検個所に・・・。)
「そりゃ、まずいなぁ。飛び降りようとか考えてなきゃいいけど・・・。」
時間は22時を過ぎたぐらい。新幹線はまだ動いている。もう東京に向かう列車は無いが、新大阪に来る下りと名古屋まで運転する上りが残っているからだ。京都が近い場所だが、ここでも十分に200キロ以上のスピードを出して通過していく。N700系はまだ登場していない時期だが、300系にも、500系にも、最新鋭の700系にもそれぐらいの性能が備わっているからな・・・。
「いや、そっちに人はいないんだ。あっちの方歩いて行ったら井戸みたいなところがあるだろう。」
そう駿河さんは言う。
「井戸・・・。ああ、有りますね。」
「そこの上に軍服来た人立ってるんだわ。ただ、懐中電灯で照らしたら消えて、また照らさなくなるとボアッとあらわれるんだ。」
「・・・。」
(それってマジの幽霊じゃん・・・。)
軍人って、確かにここには軍人が祭られているお墓もあるけど・・・。
「あ・・・足はあったんですか。」
「足はあったよ。じゃなくて、早くこっから出るけどいい。」
「はい。」
車にそそくさと乗りこんで、ここから出た。
時間は今0時30をまわろうとしている。新幹線は法律的にも走ってはならない時間になっている。最短3分間隔で運転される東海道新幹線も今は沈黙している。住宅が密集するところを通り抜ける高架橋の下を通り、車は左に曲がる。名神の下をくぐる手前で上に上っていくための細い道が有り、そこに車は入っていく。
登り切ると砂利を踏みしめる音に変わる。砂利の上を少し走ってから止まった。ヘッドライトを消すと辺りは真っ暗だ。この闇を照らす光は一つもない。
シートを倒し、
「古鷹班長先休憩しますね。」
そういい、加賀さんは休憩に入った。
「お休み。」
そう声をかけた。古鷹班長もそのすぐ後に書類を整理し終え、休憩する。
周りは名神から聞こえてくる車の音もあんまり聞こえてこない。辺りは静寂が包んでいる。とても静か・・・、
「グウウウ・・・。」
いや、いびりだけは聞こえてきている。
車はそのあと2時間動かない。次に動かすのは2時30分以降だ。
2時30分になると携帯電話のアラームが鳴った。けたたましいぐらいの音で目が覚め、古鷹班長と加賀さんは起き上がった。眠い目を多少こすった。車内の明かりが灯った。
「わっ・・・。」
加賀さんが声を上げた。
「どうした・・・。」
「ちょっと、古鷹班長これなんですか。」
そう言いながら、フロントガラスを指差した。指差したところはちょうど助手席の前あたりだ。そっちの方向を見ると明らかに手形と分かるものが有った。手形だとして付いていたのは左手のものになりそうだ。
「おいおい、こんなの寝る前は無かったぞ。」
「そりゃそうですよ。流石にこんなところに手形あったら気付きますって。」
「全くこんな場所でしかもこんな時間に誰がいたって言うんだよ。」
古鷹班長はそう言いウェットティッシュを片手に車の外に出た。その手形があるところにウェットティッシュを置いて、何回か往復させる。
「ちょっと待ってください。これ、外じゃなくて中です。」
加賀さんはそう言って車から出てきた。表情は完全に青ざめている。
「こ・・・これって本当にどうやってついたんですか・・・。」
流石に冗談とも思っていた古鷹班長も表情が変わった。車の中に乗り込み、すぐにこの場所から出た。
「これどうするんです。」
「下にある駐車場ちょっと借りよう。」
車を下の駐車場に止め、内側についている手形を取った。他にも手形とかがついてないか車内を見たが、車内についていたものはそれ一つだ。ただ、車の後部にも同じ手形がついていた。しかも一つではない。数えてみたところ6つあった。それを拭いたティッシュには赤いものが付いたが、結局それが何なのかはいまだに分かっていない。
ただ、これ以降ここの墓地は夜間の休憩場所から外れることになった。
又聞きを脚色しています。




