340列車 したためる
翌日、紋別にある道の駅が開業する前に泊まったホテルを出た。今日はさっさと行動する必要がある。紋別から目的地の羽幌まで、稚内経由で約360キロもの距離がある。これをたった1日で且つ、間にあるすべての道の駅と宗谷岬に止まって移動する。途中にある道の駅「富士見」などは17時の段階で閉まる。ロスタイムを考えるとかなり厳しい。
車を走らせ、道の駅オホーツク紋別に到着。オープンからすぐに今治がカントリーサインを買いに行って、9時05分に出発した。
時速70キロで隣の興部まで走る。そこは昨日の本来の目的地だった場所である。
「ここに例のキハがいるんだよ。」
今治が到着するなりそう言った。
あっ、確かそう言ってたな。置いてあるのはおそらくキハ22とかの方だろう。
駐車場が見えてくるとその車両が見えてきた。周りの風景に溶け込んでいるような車体色だ。
「へぇ、こんなものが・・・。」
僕はそう言ってから、車をバックでとめた。
「これ、今はホテルになってるんだろ。」
高槻は確認するように言った。
「まぁ、ホテルって言っても泊まれるってだけだけどね。中の座席とかは全部引っぺがしてあって、カーペットが引いてあるんだ。」
ということはさながら、「サンライズエクスプレス」ののびのび座席みたいになっているってところか。あれはカーペットに簡単な壁があるぐらいの設備だけど、恐らくそんなものはついてないから、下にカーペットが引いてあるだけなのだろう。
ここはもともと名寄本線興部駅の構内跡地。そこの線路の上にこれを置いている。キハ22というのは国鉄型ディーゼルカーキハ20系の派生形式のひとつである。キハ22は寒地向けに製造されたキハ21形よりも耐寒、耐雪設備が必要になる北海道地域に投入された形式である。北海道地域には寒地向けディーゼルカーキハ21形も投入されていたのだが、所詮東北地方が限界の耐寒設備しか持たないキハ21型では北海道の冬は耐え難いものだったのだ。そこでキハ22形はキハ21形よりも耐寒、耐雪設備を強化し、新製投入されたのだ。
北海道地域の鉄道路線全てに進出できるため、活動範囲は案外広い。さらに、普通列車用の車両でありながら、急行列車にも投入されるという程の働き者でもあった。逆に言えば、北海道対応の急行列車キハ56形がそれだけなかったことの裏返しでもあるが・・・。ともあれ、キハ22形として名誉あることである。
ただ、働き者の割にはエンジンが1基しか積まれてなくてパワーがない。冬季には1両で輸送力過剰の赤字線を2両で運転するという上層部泣かせの我儘を発揮していたこともあった。1両じゃ寂しかったんだろう。それを鑑みたのか鑑みなかったのかは知らないが、国鉄は新製の段階でエンジン2機搭載のキハ22を作っていない。同じ系列の派生形式で勾配線区向けのキハ52形が生まれているにもかかわらずだ。恐らく、JRになってからは同じ大きさで出力強化したエンジンが作られるようになったであろうから、それもだんだんと解消された・・・と思う。深名線のキハ53の例があるから一概には言えなかったな・・・。
まぁ、ここに今静かに座っている彼らもここら辺を走っていた名寄本線、興浜南線を走っていたことには他ならないだろう。
外観は走っていた時とは全く違う色をしている。朱色一色の首都圏色とか呼ばれるものでもなく、窓下が朱色、それ以外が肌色の国鉄色でもない。車体全体は深緑で、それに目立つ黄色の細いラインが入っている。後は窓枠、幌受けが黄色になっている。
中に入ってみると確かに、今治の言う通りになっている。車内のほとんどは腰かけやすい高さになっている部分にカーペットが敷かれている。その上には誰かが使った後と思える布団一式が転がっている。
ただ、連結されている隣の車両を覗いてみるとその中はボックスシートのままだ。中には掃除の人以外誰もいない。
こちらの車両の方が実働していた時の雰囲気をよく残している方だろう。
「これが昔は動いてたんでしょ。」
萌が言った。
萌は今、運転席の中を覗いている。僕は貫通路の方から運転席の中を覗き込んだ。
キハ22の運転席は貫通路のある関係上左側にしかない。中はマスコンと、120まで書いてあるスピードメーター、圧力計、ブレーキレバーの受け、懐中時計の受け、各種ボタンがある。下の方を覗き込めば、汽笛とかもあるんだろう。
「動いてたんだねぇ、これが・・・。」
とはいっても、動いているところは想像できない。周りの風景はこれが走っていた時からは様変わりしすぎているだろうからな・・・。
「ツン。」
「ヒャッ・・・。なっ・・・何・・・。」
萌の不意打ちには相変わらず弱い・・・。
「ノートあるよ。」
「ノート・・・。」
見てみると確かにノートだ。中を見てみると結構いろんな人が描いている。ここを訪れたライダーとかが書いたものだろう。この先の行程の事が多く書かれている傾向にある。ここまでの旅行の事よりも、ここに来たことを書き残している人の方が多そうだ。
ふと上には萌の字がある。
「彼氏と友達で来てます。ただ、ここから羽幌まで行かなくちゃいけないんだって。まだまだ先遠いなぁ・・・。頑張って運転してくれる人がいるから後でちゃんとお礼しとこ♡」
とある。
「じゃあ、僕も書くか。」
そういい、近くのペンを手に取った。
「滋賀からきてます。友達がカントリーサインの収集をしているんだって。でも、そのたびは今日は羽幌まで行かなくちゃならない。頑張っていくよ。」
と書いた。
さてさて、主目的となるカントリーサインを今治がゲットしたら、すぐに興部を出発。オホーツクラインを70キロで飛ばして、雄武に到着。雄武でのカントリーサインをゲットしたら、次の道の駅マリーンアイランド岡島を目指して車を走らせる。郊外に近づくと雨が降ってきた。僕はヘッドライトを付けアクセルを70キロが出るように踏み込む。車はただその中を走り続けた。
ノートが置いてあったら書きたくなる人。




