333列車 人・人・人
「っていうことがあったんですよ。」
尾張さんは詰所に帰って来るなりその話題を持ち込んだ。
「またあのおばあさん出たのかい。」
「そうです。また出たんですよ。もう家でとか理由にならないぐらいですよねぇ。」
「家庭の事情ってやつでしょ。嫁姑関係がうまくいってないとか。」
「それだったらもう家庭がもってないんじゃないか。」
「まっ、他人の家事情なんて首突っ込むことじゃないですけどね。」
そう言って詰所の人たちは笑い飛ばした。
「何かあったの萌。」
僕は気になったからそう聞いてみた。
「何があったじゃないわよ。あれ見たときは本当に怖かったんだからね。助けに来てくれてもよかったじゃない。」
「そこからかなり離れたところをまわってたのに無理を言うな・・・。」
「そのおばあさんってなんであんなところで車いす全速力バックで坂上ってたのかなぁ。」
「さぁね。前に見たときは家でって言ってただけぐらいしか私も知らないけどなぁ・・・。でも、迷惑な話よねぇ。家出するんだったらもっと明るい場所にしなさいって。あんな下手すれば不審者としか思われない場所にやって来るなってことよ。」
「そうですよねぇ。」
それには全員頷いた。こっちからしてみれば本当にそう言うことである。こっちだってそう言う場所に人はいないと思っているところがあるからな。
警備員の仕事って本来人がいないと思っている場所に人がいることを疑って巡回するものだけど、いないことになれるといないことが前提になるよなぁ・・・。ていうか、全部が全部人がいると思って巡回することなんて人として無理だ。
「それはそれでいいんじゃないか。何もなくて。」
古鷹班長が言った。
「そうそう。何もないからよかったんじゃ無い。」
天城班長もそれに賛同する。
「実際人がいること分からなくて、そのあとで列車に飛び込み自殺している人だっているんだからね。ほら、二人とも土佐君と加賀君が○○での飛び込み自殺に対応したの知ってる。」
「はい。」
僕と萌の返事は揃った。
あの事件は3年ぐらい前の話らしい。天城班長が言った○○と言うところで下り列車に人がはねられたそうだ。そのあとはまぁ、バタバタしたことだろう。轢いた列車はそこから10キロ近く離れたところに止まるわ、上り列車は現場処理しているところに止まるわ、何かと散々だったようである。なお、列車を運転していた運転士は人を轢いたことに気付いたとか気付いてなかったとか。新幹線の非常ブレーキをかけてから停車するまでの距離(4キロくらい)からして気付くのが遅かったんじゃないかな。約78秒遅いことになるけど・・・(270km/hで1キロは約13秒)。
また、土佐さんと加賀さんはこの事で1日の体力とそれ以降の連勤の体力全てを持っていかれたらしい。
「不法侵入とかしなけりゃ問題ないのよ。」
その通りである。尚、新幹線の柵の中に勝手に入ると新幹線特例法とかの違反で住居不法侵入の現行犯となる。新幹線の構造物が住居であるかどうかと言う議論とかは置いといて、新幹線施設に不用意に入ると住居不法侵入となるらしい。うん、とにかくそうなるんだよ。そこは法律に詳しい方の出番かな。僕は法律には詳しくないからそうなるということを知っているだけである。
「そうそう、結局そこになるかならないかの違いぐらいしかないんだって。そこまでにならなかったら笑い話で終わるからいいけどね。」
「でも、ごくたまに笑い話に出来ないものもあるんでしょ。」
「うん、起こった時にはね。」
人間そう言うのには当たりたくないよね。
「あっ、ねぇ古鷹君。あの自殺があった後に同じ場所で深夜におばあさん見かけたっていう話。あの時はちょっとゾッとしたよね。」
天城班長はそう話題を振った。
「えっ、自殺の後にまた不法侵入でもあったんですか。」
萌は天城班長にそう聞いた。しかし、それに天城班長は首を横に振った。
「ううん。ただあの田んぼの中にある○○で深夜3時ぐらいにおばあさんを見かけたって話。」
なお、言った場所は田んぼのど真ん中である。当然近くに照明は無く夜になれば真っ暗になる。そういう所だから自殺志願者とか変なのが湧くんだよ。というのは置いといて・・・。
「ああ、あれか。あれは正直やめてくれよって思ったなぁ。」
「見たのは長良君と加賀君なんだけどね。そんな時間に寝間着とかそう言う格好してないおばあさんがいたんだって。加賀君が照らしたときはこっちに背中を向けてたみたいだけどね。そのあとにふっと顔をあげたんだって。」
「・・・その後どうなったんですか。」
「えっ、ああ、怖くなったからそっからアクセル踏みこんであの砂利の農道を突っ走ったって。」
「・・・。」
「まぁ、今じゃあよく言う徘徊じゃないかって話になってるけどね。でも、あのあとそのおばあさんは見かけないわね。見かけないほうがいいんだけど。」
「一時期お化けじゃないかとも言ってたなぁ、それ。」
古鷹班長は笑いながら、ロッカーの奥の方へ入っていった。僕たちはただ唖然としているだけだった。
本当に世の中にはいろんな人がいるようだ。
悲観する前に相談できる人に相談しましょうね。




