326列車 雪路
さて、警備開始の時間が近づいた。
「永島君。そろそろ行こうか。」
土佐さんがそう言ったので、自分の荷物を持って外に出た。外に出ると今までに見たことの無い量の雪が降り積もっている。思わず遊びにふけりそうになるが、そのために外に出たわけではない。此れからこの中を車で走るのである。
「こんな量か・・・。結構積もってるなぁ・・・。」
どっちの意味で言ったのだろうか・・・。
「こりゃあ、パターン多少遅れても仕方なしだな。ああ、あと国道を回送で通るのはやめた方がいいな・・・。多分なれない車がハマってるから。」
土佐さんの声を聴きながら、雪を踏みしめる。ぐっと雪を踏み込むときに出る音が、足のあたりから響く。
さて、車庫につくと驚いた。車が大量の雪をかぶっているうえに、車の周りには降り積もった雪が取り囲んでいる。ちょうど車のあるところは雪が積もっていない。半分雪に埋もれた状態になっている。それはJRの車もこれからのる巡回車も同じである。地元ではこんな風になることはまずない。これは車を引き出すだけでも一苦労だ。
「まぁ、こうなってるよなぁ・・・。」
土佐さんはため息をついてから、
「屋根とフロントの雪は全部落としてから行くぞ。これ乗っけたまま走ったらそれこそ事故のもとだからな。」
土佐さんは持っていた傘を屋根の雪の中に突き刺した。そして、跳ね除けるように動かす。積もった雪はバサバサとお音を立てて、車の上から取り除かれる。しかし、それでもまだ多くの雪が残っている。僕もそれに加勢して、傘で屋根の上の雪を落とした。それでも、多くの雪が積もっている。高さにして20cmか30cm程度なのだが・・・。
屋根が終わると今度はフロントガラスとボンネットに降り積もった雪を取り除いた。これでようやっと前が見える状態になった。まだ積もっている場所には多くの雪が残っているが、あとは自然に溶けるのを待つ。
車のキーを差し込み、エンジンを付ける。エンジンはこれまでよりもかかるのに時間がかかった。外気の寒さのせいでエンジンがかかり辛くなっているのだ。エンジンがかかったら、ゆっくりを取り囲んでいる雪の中から抜け出した。4輪駆動にもなる車の為車高が高いから、この程度の雪ならば難なく超えることが出来る。
駐車位置から抜け出し、出口の方向に頭を向けたところで、一旦止まる。そこで僕が助手席に乗り込んだ。
「よしっ、行くぞ。」
雪道の中に巡回車が繰り出した。路面は雪で覆われているため、普段なら見える白線がどこにあるのかは全く分からない。今は降り始めて、しばらくたつので、路面には今まで通った車が残した轍が出来ている。それを目安に、車のハンドルを切り、右折レーンと思われる場所に車を引きだした。
しばらく止まれば、前の信号が青になる。ゆっくりと車は動き出す。
雪を踏みしめながら進む動きはゆっくりだ。
右に右折してから、大きい道の突き当りの交差点までやってくる。此処から左折して国道の方へと舵を切る。僕らの車の前には屋根に大量の雪を乗っけたまま走っている車の姿がある。
「全く。バカはこれだから困る。」
それを見て、土佐さんはそう呟いた。
「車の屋根の雪は取り除いといたほうがいい。これは覚えとかなくちゃダメだよ。」
「どうしてですか。」
そう聞き返した。
「車は走れば熱くなるんだよ。人が運動したら体温あがるのと同じようにね。冷えてるのが熱くなれば、当然雪が解けるんわけだ。あの状態で急ブレーキとか踏んでみ。ワイパーは壊れるし、前なんか全然見えなくなる。そうなれば後はどっかにぶつかるか後ろからぶつけられるかのどっちかしか道は残ってないからな。」
「・・・。」
「まぁ、あれで雪道に出る人間は大概そんなこと理解してないよ。危ないってことが分からないから、あれで出るんだからな。雪の危なさを知ってるのはそれでハマったことがある人だけだよ。」
と続けた。
確かにそうだろう。
さて、歩みが遅いのは車だけではない。新幹線も同じである。米原~京都間を走る東海道新幹線は普段なら270キロで走っている。しかし、今日は雪が積もっているため、高速で走るとその分弊害がある。雪に対応していないということもあって、今は減速して走っている。どれほど減速しているのかは普段見ないものを見るからよく分かる。車体の側面についているフルカラーLEDがそれを物語っている。駅以外の場所であれば、あんなものは表示されていようといまいとどっちでもいいものだ。だが、今高架を通り過ぎて行った新幹線にはその表示が出ている。一番下で見積もって120キロぐらいしかスピードを出していないだろう・・・。
車は新幹線の高架をくぐり、またしばらく走って国道に出た。国道に出たらまた右に曲がる。そして、一路〇〇隊の最も西に位置する警備範囲担当班の東端に向かって走っていく。その道中では市街を抜けていく国道とバイパスにつながる国道とに分かれる場所がある。市街を抜けている側の道の先には坂の途中で立ち往生した車が止まっており、その下ではパトカーが泊まっている。市街に入るためには敗バスにつながる道路をオーバークロスするしかないが、その途中で車が立ち往生しているから、見ての通り通行止めだ。
バイパスにつながる方は車の流れはゆっくりだが、止まるということはなさそうだ。そのまま走り抜け、ようやっと東端までやってきた。所要時間は普段の夜なら25分くらいかかるところを40分近くかけて走ってきた。40分走った後に少しだけ停車し、再び車を動かす。
「こっちの方だったら車の数が多いから、轍が出来ていいんだけどな・・・。でも、東の農道とかは怪しいな・・・。」
「ああ・・・。」
僕はそれを聞きながら、今日の東の担当班の顔ぶれを思い出した。一人は浜名さんだが、もう一人は誰だったっけ・・・。
「向こうは細い農道ばっかりじゃん。だから、雪が降るとどこまでが道でどこからが側溝とか畑になるか全然見分けがつかなくなっちゃうんだよ。その上にそんなところ通る一般車なんてまずないからな。僕らぐらいしかそんなところにはいかないから。」
まぁ、一般車なんてまず通らない所を通るからなぁ・・・。
「だから、○班が通ってなかったら農道にはいかない。つか、それでいいし。」
「はい。」
「何においても、無理したらハマるからな。」
「はい。」
そう、無理したら、ハマるんだ。
巡回は土佐さんの言葉通りいつも以上に無理をしないように勧められた。普段走っている住宅街の細い路地をぬけ、警備範囲の西端近くにまで到達。それから巡回の始めたところに回送で戻ってきて、そこからまた細い路地をうねうねと抜けていく。
雪は路地を走っている間もシンシンを舞いつづけた。
休憩場所に到着し、仮眠をとる。仮眠をとった後に景色を見てみれば、白いままだが、仮眠前よりも雪が増えているということはなさそうだ。そして、また細い路地をうねうねと抜けていく。
雪は仮眠の途中に止んだようだ。だが、雪の影響はまだ残っているのは明白だった。
新幹線の高架橋の上には見慣れない保守用車が止まっている。四角い箱のようなものである。色までは暗いからよく分からないが、JR東海が保有するすべての保守用車と同じように黄色の警告カラーと青色の車体をしているだろう。
(あれが、新幹線のラッセルか・・・。)
過去にJR東日本が保有していたDD18ディーゼル機関車とは違うものだが・・・。
巡回はいつも以上にゆっくりとした足取りで行われていく。雪が踏み固められ、凍結した道路にスタッドレスタイヤなど気休めぐらいでしかない。それに注意して、車を運転する。何時もなら60キロを出す国道さえ、今日は40キロ以上を出すことは無い。
(事故らずに詰所に戻る。)
今はそのことだけを考えるのみだ。
DD18の種車はDD51だと分かっても、DD19の種車がDD51だとは分からない。




