295列車 実感のないスタートライン
さて、4人共同の生活が始まってからというもの時間の流れっていうのは早いものだった。1週間っていう時間は始まる前は少々長く感じたものの、始まってしまえば、そうでもない。あっという間に流れてしまった。でも、いまだに働いているという実感はなかった。この研修、すでに自分たちへの給料が発生しているというのだ。僕からしてみれば、学校の教育が仕事になったぐらいの話だけど、今まで通っていた学校と同じことをされているものだから、そういう感覚が全くない。これで本当に大人の世界に入ったのかぁって言うのがまるで他人事のようだった。
他人事のためか、学んでいるばっかではなかった。スマートフォンをいじって遊んだり、小説を考えたりしていた。小説のほうは何かと進歩があった。未来戦記の小説であるタイトル仮「波之調―ナミノシラベ―」。普段はコメディに徹する艦隊ゲームのシリアスバージョン「神の一手」とか。両方とも大枠はできていたから、肉付けをしたっていうぐらいだったけどね。そういうことをしていたら、あっという間に過ぎたのである。
4月1日。今日からが本格的に社会人になる1日目だ。
(ふぅ・・・。)
小説のネタを書いているスマホを置いて、息を吐いた。そして、スマホは充電器にさす。何かすれば、電池の消費が激しくなるからだ。
「さてと。」
そういいながら、体を起こす。山城たちはまだ寝ている。この時間に起きているのはこの部屋の中では僕だけだ。全員これでいいのだろうか。これからはこの時間かもっと早く起きなければいけない人も出てくるというのに・・・。今の人の朝起きる時間っていうのは同じ年代の僕にも理解できない。
まぁ、理解できないのは頭の上から足の先までだから、関係ないかぁ・・・。この研修のために買った寝巻代わりのジャージを脱いで、さっさと制服に着替えた。ワイシャツは持ってきたものの中から綺麗なものを選んで着る。ズボンとジャケットは会社から支給されたもの。ジャケットの腰部分には腰ベルトを着ける。このベルトは縦に二つ穴が開いたものだから、普段着と合わせたら、ただのヤンチャなガキに・・・という想像はどうでもいい。前部すんだら、ドア近くの小さな鏡を見た。
(これ着てたら、確かに警官と間違うよねぇ・・・。)
今更だが、そんなことを思った。
日綜警を含め、今あるすべての警備会社は法の下雁字搦めになって仕事をしているのが現状である。まず、第1に警備会社の制服は海上保安庁、警察官と同じもの、似たものにしてはならない。これは海上保安庁、警察官がもつ強制力を表さないためだ。確かに、遠目からいれば、見分けは付きにくいけど、ちゃんと警察官の制服とは一線を画するようになっている。これは「警備員は一般市民の一員であり、業務を強制遂行することはできず、あくまで協力を求めたうえで成り立つ」という考えがあるためだ。第2に警備員には特別な権限が与えられているわけではない。さっきも言ったけど、警備員の業務はあくまで協力を求めて行うものである。警察のようにこうして、ああしてと強制することはできない。なので、警察ができる逮捕や職務質問、交通整理。これも警備員はしてはいけないことになっている。だが、類似行為は認められている。だが、その類似行為も自分の家に誰かが訪ねてきた程度のことのみに限られる。尚、逮捕については現行犯逮捕のみ許されているが、取り調べをしたり、拘束したりすることはできない。そんなに逮捕する機会というものはないだろう。第3、他人の人権を侵害する行為はしてはならない。これは逮捕して他人の自由を奪ったりする行為のことを言う。このことから、警備員がもし犯人を現行犯逮捕しても、すぐに警察に引き渡さないと問題になる。下手をすれば、業務停止をくらうことも考えられるという。第4、警備業は業務のほとんどを警察が監視している。今着ている制服でさえ、行政の許可がないと着ることはできないのだ。これは過去にあった事例から、警察が面倒を見ますということになったらしい。
とまぁ、例を挙げるだけでもこんな感じである。とそうそう、逮捕のことについて知ったことだが、現行犯逮捕だけは一般市民にも権限はあるそうだ。だが、それをするときはあくまで人の自由を奪ったりすることがないように。ていうか、だから犯人見ても警察に電話だけで終わるのかなぁ・・・。
まぁ、警備員ってこんな人っていうのを知ってもらいたいって思ったから書いたことだ。頭の片隅にでも置いてもらえたらいい。
1週間でかぶりなれた制帽を目深にかぶった。
出発時間が近づいてくると、だんだんと部屋の人たちも起き始めた。そして、準備をする。今日は最終日だから、身の回りの片づけだけではなく、他にもやらなきゃいけないことがある。自分がやらなきゃいけないのはゴミ集めだ。伊勢島もそれだが、あんまりしてくれる気配はない。ハァ、まぁいいだろう。今日だけだし・・・。
そういうことその他もろもろ終わったら、バスに乗り込んだ。これから本社に向かうというのだ。本社っていうのはどこにあるのだろうか。簡単な話東京どっかだ。ただ、人の話を聞いているとそれが馬喰町の近くにあるっていうことだ。東京駅からかなり近いところにあるのかと人の話を聞きながら思った。
本社に到着してみても、専門学校の入学式みたいなことはなかった。まぁ、ある意味そこはほっとしたというかなんというか・・・。本社の席で僕は後ろのほうだった。後ろのほうに歩いていくと、
「今治。」
「よっ。」
おなじみの顔だ。
「よーす。」
と言いながら、左手で直をこしらえて、顔に向けてみた。
「おい、やめろ。」
「冗談だ。」
「あっ。今治君。」
「萌ちゃんも久しぶり。」
「久しぶり。」
「ていうか、高槻もいるんでしょ。高槻はどこ。」
そういいながら、萌は高槻を探した。まぁ、すぐに見つかったみたいだけど。
「あっ。そうそう。永島や萌ちゃんたちと同じJR〇〇の・・・。」
そういって今治は男の子を指した。
「久しぶりだね。ナガシィ君。萌ちゃん。」
その人はそう言った。一瞬わからなかったけど、すぐに誰だかわかった。沙留桃李だ。二ノ橋さんが彼氏って宣伝した人だ。
「本当に縁があるみたいだねぇ。僕たち。配属先も同じ〇〇駅で変わらないしね。」
「へっ・・・へぇ・・・。」
そういう返事だけにした。いくら二ノ橋さんの彼氏の言うこと言っても信じているわけじゃあない。それに簡単にはそんなこと分からないだろう。ぬか喜びさせるためのウソかもしれないから、自分の目で見ない限りは信じないことにしよう。でも、もし本当なら・・・。淡い期待を持った。
しばらく今治たちを話してから、自分の席に戻ると入社式が始まった。今年入社は男性270名、女性36名の計306名だ。入社式が済むと用意されたお弁当を食べて、13時からそれぞれの支社に向けて赴任することになった。大阪支社は大阪に向かう新幹線に乗るだけで、支社には向かわない。今日は帰るだけである。明日支社に集まり、休み。それをはさんで各警備隊に行くことになるのだ。警備隊の配属は4月4日だ。
まぁ、警備隊にはいずれ全員配属されるのだから特筆すべきことじゃあない。だが、問題は乗る新幹線である。新幹線は15時10分発の「のぞみ43号」。今の時間は13時を回ったところ。東京駅馬喰町からそんなに離れてないのに2時間後の新幹線なのだ。2時間後の新幹線ではなくても十分間に合うのになんでだろうか。まぁ、僕のその問いかけに答えは無い。ただ単に今治と「この時間でなくても間に合うよね」と話しただけに終わった。
東京駅に着いたのは13時40分をちょっと過ぎたあたりだった。まだ時間がありすぎる。90分もなにに使えというのであろうか。まぁ、それはいい。ちょうど読み終わった本があるその続きを買うかぁ・・・。それを買って読んでいれば、時間もつぶれるだろう。
「んっ・・・。」
スマホが震えているのに気付いた。電話かメールかぁ・・・。取り出してみると電話だった。相手は萌かぁ。
「何。」
「何って、今どこにいるのさ。」
「えっ。今本屋さんの前だけど。」
「あっ。そうなの。もうホームに上がってるかと思ったじゃん。ていうか、どうした。ホームあがらないで。小説の続きでも買ってたの。それとももう電車はどうでもよくなったわけ。」
「・・・。」
「まぁ、いいわ。私ホームにいるから、上がってくれば、もうそろそろ14時40分ぐらいになるし、いい時間じゃないかなぁ。」
「分かった。じゃあ、今からホームあがるねっ。」
そういって電話を切った。電話をかばんの中に入れてから、日綜警からもらった切符を手にした。契約切符だ。普段新幹線に乗るときに使う切符よりも横幅がある。注意書きに改札機は通れませんと書いてある。まぁ、この長い切符は改札機では認識してくれないかぁ。注意書きに従いホームに上がる。「のぞみ43号」が出発するのは18番線。乗る車両は13号車。かなり後ろのほうだ。
ホームに上がると萌が待っていた。階段の近くにいたこともあってすぐに見つけれた。
「で、結局どっちなの。小説。それとも本当にどうでもよくなったのかなぁ・・・。」
「どうでもいいわけじゃないって・・・。でも小説は買ってた。」
「ふぅん・・・。まぁ、後で覚えてなさいね。」
すごく嫌な予感がする。
「ところでナガシィも13号車。」
「そうだよ。13号車11番のイングランド。」
そういった。座席は新幹線の真ん中ぐらいで内陸窓側の席だ。
「そうか・・・。私は14番のボストン。近いね。あっ、後今治君は9番チャイナ、高槻君は9番ボストンだって。」
と言った。アメリカ、ボストン、チャイナ、デンマーク、イングランド。専門学校の時に覚えたっけ・・・。ていうより、なぜそれで言った・・・。まぁ通じるからいいかぁ・・・。
「のぞみ43号」の発車を待っている間に今治と愛、少しの間話した。聞いた話によるとJRの警備をする人たちは「ドクターイエロー」のダイヤが分かるらしい。もちろん、このことについてもばらしたらダメである。「ドクターイエロー」のダイヤが他人にばれてしまうのは不都合・・・の割にはインターネットとかで調べればどうにでもなるのはなぜだろうか・・・。まぁ、それはいい。
来た「のぞみ43号」はN700系2000番台。ロゴに小さいAの付いたタイプのN700Aだ。
「X68かぁ・・・。」
これが大阪へ誘ってくれるそうだ。
社会人の始まりって、本当にタイトルの通りでした。
初めて実感がわいたのは給与明細かな・・・。